第49話 国宝級ですよ、これ——
天正六年九月。
堺港。九鬼水軍旗艦・鬼丸甲板。
九鬼嘉隆は旗艦・鬼丸の甲板に立ち、大坂湾を見つめていた。
穏やかな海だった。
秋の日差しが、水面に反射して揺れていた。
(こんなに穏やかな海が——あと数週間もすれば、血で染まるかもしれないのか)
嘉隆は腕を組んだ。
(鉄甲船が——間に合わなかった)
台風で建造が大幅に遅れた。
理由にならんと、信長様には激しく叱責された。
(これで、前回のように負ければ——儂の切腹だけで済むかどうか)
(最近の信長様は、はっきり言って怖い。前はそうではなかったのだが……)
嘉隆は海を眺めながら考えた。
(配下の海賊どもを鍛え上げてはきた。しかし——村上海賊の練度には、まだ遠く及ばぬだろう)
村上水軍の戦い方は独特だ。
小早船で素早く敵船に近づき——焙烙玉を投げつける。
火薬を詰めた陶器に長い縄を付けて、振り回して敵船に投げ込む。
着弾すると火炎が広がり、木造の船はたちまち燃え上がる。
二年前の第一次木津川口では——九鬼水軍は一方的に焼き払われ、大敗を喫していたのだ。
(あの火攻めに、同じ木造の安宅船で挑むのか)
(鉄甲船さえあれば——焙烙玉など恐れるに足らなかったのだが)
嘉隆は歯を食いしばった。
(しかし——ないものをねだっても仕方がない)
(今ある船で——なんとか戦うしかない)
穏やかな海が、広がっていた。
(海の神様が——味方してくれますように)
***
武蔵・大会議室。
参加者の方を見回して北沢が言った。
「我らがこの時代に活動するには——お金がいる。忍びたちも活動費が必要だ」
田村が苦笑した。
「司令、それはそうですが、まさか泥棒をするわけにはいきませんからな」
参加者たちが、一斉に考え始めた。
橘が、ふと思いついたように言った。
「武蔵の3Dプリンターで、フィギュアでも作って売りますか。未来の技術力で——精巧なやつを」
早川が真顔で乗った。
「確かに、刀や槍をビシッと構えた、戦国武将風のフィギュアとか売れそうですね」
田村が楽しそうに言った。
「買い手は、どんな奴だろうな」
松永が続いた。
「フィギュアがだめなら——絵本はどうです。プリンターで、元の世界の絵本を印刷して売るとか。桃太郎とか、さるかに合戦とか」
桐山が乗り気になって続けた。
「堺の金持ちは買いそうだな」
「いっそ、ラーメンでも売りますか」
誰かが言うと、また笑いが起きた。
北沢は、その様子を眺めていた。
(二度も転移させられて、慣れぬ時代に放り出されて——みんな、内心では相当こたえているはずだ。そう思っていた。少し安心したな)
北沢は、思わず口元を緩めた。
肩の奥に、ずっと詰まっていたものが、少しだけほどけていく気がした。
ひとしきり笑いが収まったところで、田中が手を挙げた。
「冗談はさておき——一つ、真面目な提案があります」
「なんでしょう」
「大阪湾の海底には、交易船が沈んでいるのではないでしょうか」
北沢が田中を見た。
「というと」
「堺は貿易港です。南蛮や明からの——様々な荷を積んだ船が行き交っています。嵐で沈んだ交易船、海戦で沈んだ軍船が——海底に眠っていると思うのですよ」
田村が続けた。
「大和のソナーと、早川さんが開発してくれた海中探査ドローンで——海底を調べるのはどうですか。金銀などのお宝があれば——バルーンで浮かせて回収すればいいんです」
北沢は頷いた。
「そうだな。ここはそんなに深くないしな」
「大阪湾中央部の水深は三十〜四十メートルです。武蔵には潜水装備があります。潜水資格を持つ乗員も何名かいますから——十分いけるはずです」
北沢は思わず笑った。
「戦闘もないし——宝が見つからなくても、乗組員のレクリエーションになるな」
「確かにそうです。ずっと艦内にいるのも息が詰まりますから。なんといっても——宝探しですから」
北沢は桐山を見た。
「何かが沈んだという記録はないか」
桐山がiPadを操作した。
しばらくして顔を上げた。
「大阪湾では過去に何度も嵐があり、難破した船の記録がありました。また——第一次木津川口の戦いで沈んだ九鬼水軍の船も、海底にあるはずです」
田村が目を輝かせた。
「戦で沈んだ船には——武器や銅銭が積まれていることがあります。明の商船なら——国宝級のお宝もあるかもしれませんよ」
北沢は苦笑した。
「田村、張り切っているな」
「すみません。つい楽しくなりまして」
「銅銭はいいとして——金銀とか、焼き物のお宝どうする」
桐山が続けた。
「忍びたちに、堺の両替商に持ち込んでもらえばどうでしょう」
田村が、勢い良く立ち上がった。
「いいですね。やりましょう! 今からすぐに準備を開始します。なんか——楽しくなってきました」
北沢は苦笑した。
「田村、一番退屈しているのは、お前じゃないのか」
「そうかもしれません。でも——宝探しですよ」
***
武蔵・ドローン操作室。
安藤がモニターを見つめながら、海中探査ドローンを操作していた。
「アクティブソナーで海底を走査します——」
モニターに、海底の地形が映し出された。
「何かあるぞ——」
「どこだ、どこだ」
乗員たちが、安藤の後ろから覗き込んだ。
「この反応——木造の船体です。しかも、かなり大きい」
探査ドローンを近づけた。
海底に、船の残骸が横たわっていた。
珊瑚が絡みつき、魚が群れをなして泳いでいた。
「船の形が——」
「明の船じゃないですか! 船首の形が違いますよ」
「明船だ!」
「よっしゃー!」
発令所がどよめいた。
「俺が行く!」
「いや俺だ!」
「潜水資格は俺の方が上だ!」
田村が呆れたように笑った。
「じゃあ、じゃんけんで決めろ」
「「「最初はグー!」」」
***
大阪湾・海上。
四名の乗員が、ウェットスーツと空気タンクを装備してゴムボートに乗り込んだ。
「急げ、急げ!」
「宝が待ってるぞ!」
ボートが波を蹴立てて走り出した。
目標地点に到着した。
海面は穏やかだった。
四人が海面を覗き込んだ。
青い海の底に、うっすらと船の影が見えた。
「あれだ——」
「ちょっと待て、慌てるな」
一人が細いケーブルを取り出した。
「ダイバー間の通話はこの有線ケーブルで繋ぐ。ボートから武蔵へは無線で中継だ」
「準備OKだな」
「よっしゃ——行くぞ!」
ざぶん。ざぶん。
ざぶん。ざぶん。
四人が次々と海に飛び込んだ。
水しぶきが上がった。
やがて——波紋だけが、静かに広がっていった。
***
大阪湾・海中。
海底に沈んだ明船の前に、四人が浮かんでいた。
船体は海藻に覆われていた。
色とりどりの魚が、船の隙間を泳いでいた。
一人が船内に入った。
暗い船倉に、水中ライトを当てた。
(——何かある)
砂と泥の中に、壺が並んでいた。
大きな青磁の壺。染付の皿が積み重なっていた。
通信機に向かって叫んだ。
「壺と皿——高そうなやつがいっぱいあります! 明の陶磁器に違いありません!」
別の一人が船倉の奥を照らした。
棒状の金属が見えた。
砂を払うと——鈍い銀色が光った。
「銀の延べ棒——発見です!」
また別の一人が声を上げた。
「金の延べ棒もあります! これは——金ですよ。金!」
***
モニターで見ていた乗員たちが、一斉に歓声を上げた。
田村が腕を組みながら言った。
「引き上げは日没後だ。今は場所を記録して戻ってこい」
「えー! 今すぐ引き上げないのですか!」
「昼間は堺の船が通る。目立つだろ」
「はい」
田村は笑った。
(転移して、こんな愉快なのは初めてだ)
***
日没後。大阪湾・海中。
バルーンが膨らんだ。
ゆっくりと、明船の積み荷が海面に浮かび上がってきた。
武蔵のクレーンが、次々と荷を引き上げた。
甲板に並んだ青磁の壺、染付の皿、銀の延べ棒、金貨、明銭、珊瑚——。
乗員たちが、目を輝かせて見つめていた。
田村が言った。
「これだけあれば——当面の活動資金には十分だろう」
早川が、iPadの画面と壺を見比べていた。
「国宝級ですよ、これ——」




