第47話 先の世の方々なのですね
武蔵・大会議室。
北沢が穏やかに言った。
「この船を見て——どう思いましたか」
才蔵は少し考えてから答えた。
「これまで見たことがない船です。天井に明かりがありましたが——蝋燭の明かりではありませんでした。船の外側も内側も床も——木ではなく、鉄のように見えました。鉄でできた船が、なぜ浮いているのか不思議です」
志乃が続けた。
「治療に使っておられた道具も——見たことのないものばかりでした」
北沢は言った。
「私たちは——この時代の人間ではありません。この船も、着ているものも、治療の道具も——この時代には存在しないものなのです」
才蔵の表情が、わずかに動いた。
(本当の話なのだろうか——)
才蔵は、真偽を確かめようと北沢をじっと見つめた。
「早川くん、iPadで、なにか見せてあげてくれないか」
早川がiPadを取り出した。
画面を才蔵の前に向け、音楽を流した。
次の瞬間——。
才蔵と志乃が、後ろに飛び退いた。
竹丸が志乃にしがみついた。
「な——何ですか、これは!」
才蔵は腰の据わっていない声で叫び、思わず刀に手をやりかける。しかし刀がないことに気づき、顔が少し赤くなる。
志乃は口元を手で覆ったまま、目を見開いて固まっていた。
小さな箱から人の歌う声が聞こえてくる——その事実だけで、頭が追いつかないようだった。
早川は思わず微笑んだ。
「大丈夫です。先の世では普通のことですから」
才蔵はしばらく動けなかった。
やがて、恐る恐る画面を覗き込んだ。
「この中に、小さい人間が入っているのですか」
早川が首を振った。
「そんな小人はいません。音を覚えて、鳴らすことができる道具です」
才蔵には意味がわからなかった。
それでも、恐怖よりも困惑の方が、少しずつ勝り始めていた。
竹丸だけが違う顔をしていた。
母の袖を掴んだまま、しかし目は、iPadの画面に釘付けだった。
怖がるというより——食い入るように見つめている。
「父上、母上。あれは——光る絵も動いています」
竹丸が、小さな声で言った。
早川が竹丸に気づき、画面をそっと近づけた。
竹丸は一瞬びくりとしたが、すぐに身を乗り出した。
「触っても——よいのですか」
「そっとですよ」
竹丸が指先で画面に触れると、映像が切り替わった。
竹丸の目が、大きく見開かれた。
才蔵は、その様子をしばらく黙って見ていた。
やがて、深く息を吐いた。
「先の世の方々なのですね」
「そうです。この時代から何百年も先の時代から来ました」
「この国から戦をなくすと言われたのは、それだけの力をお持ちだということなのですね」
田中がうれしそうに答えた。
「そうです。この船は——すごい力を持っています」
北沢が続けた。
「ですが、陸に上がって調べたり、手紙を渡したり、護衛したりというようなことはできません」
才蔵が頷いた。
「それは——忍びの得意とするところでございます」
「だから——才蔵さんのような忍びの方に協力していただけると、心強いのです」
才蔵はしばらく黙っていた。
やがて言った。
「なるほど——某が役に立てるということですね」
北沢は思わず笑った。
「そういうことです」
***
田中が、遠慮がちに才蔵に尋ねた。
「才蔵さんは——上忍ですか、中忍ですか、下忍ですか」
才蔵は少し間を置いた。
「伊賀に上忍は三家しかおりません。服部・藤林・百地でございます。某は中忍です。仕事をするときには——下忍を数名従えます」
「では——才蔵さんを頭とする忍びの集まりが、すでにあるということですね」
「残念ながら——信雄殿のせいで、忍びは散り散りになっています」
北沢が言った。
「集められますか」
才蔵はしばらく考えた。
「時間をいただければ——集められます。ですが、怪我をしたり、死んでしまったりした者がいるかもしれません」
「何人集まれば十分ですか」
「五人もいれば——大抵のことはできます」
北沢が言った。
「もっと大掛かりなことをお願いする場合には——上忍の方々にも、仲間になっていただく必要がありますね」
才蔵は答えた。
「上忍の方々は——今の伊賀の状況を、誰より悔しく思っているはずです。伊賀を救えるとなれば——必ず動いてくれます。某から話を持ちかけてみます」
***
北沢が尋ねた。
「一つ確認させてください。伊賀から逃げてきた方々ですが、堺の近辺にどれくらいおられますか。怪我をしたり、食べる物がなかったりしているのではないですか」
才蔵の顔がわずかに緩んだ。
「た、助けていただけるのですか」
「できる範囲でお役に立ちたいと思っています」
才蔵は少し考えながら答えた。
「堺の近くには——某が知っているだけで、数十人はいると思います。みな山を越えて逃げてきましたので、怪我をしているものも多いと思います。食料もほぼ尽きているはずです」
「伊賀全体ではどうですか」
才蔵は首を振った。
「伊賀全体となると——某には把握できません。山に潜んでいる者、他の国に逃げた者、まだ伊賀に残っている者——様々だと思います」
北沢は穏やかに言った。
「まずは、堺の近くの方々から助けましょう。才蔵さん、居場所はわかりますか」
「だいたいは——わかります。あの松林の近くだけで——十数人は潜んでいるはずです」
「では、村上医師と食料を持って——助けに行きましょう。ただし、我らがこの時代の者でないことは、しばらく秘密でお願いします」
「本当に、ありがとうございます」
才蔵は深く頭を下げた。
***
中村が口を開いた。
「複数のボートで迎えに行きましょう。夜間なら目立ちません」
続けた。
「武蔵への収容は問題ありません。工作母艦として設計されていますので——数十人程度なら十分受け入れられます」
村上医師が続けた。
「怪我をしている方が多ければ——医務室だけでは足りないかもしれません。処置室を増やす必要があります」
中村が答えた。
「一日あれば——簡易の処置スペースを作ります」
才蔵は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。こんなに親身にしていただけるとは——」
志乃の目が、赤くなっていた。
竹丸が志乃の袖をそっと引いた。




