第46話 この御恩は命を懸けて
武蔵・大会議室。
北沢、桐山、田中、早川の四名が座っていた。
向かいに才蔵、志乃、竹丸が並んで座っていた。
才蔵は昨夜より顔色が良くなっていた。
村上医師の治療が効いているのだろう。
北沢が、穏やかに口を開いた。
「昨夜はゆっくり休めましたか」
才蔵が頷いた。
「おかげさまで——久しぶりに、ゆっくり眠れました」
竹丸が小声で志乃に言った。
「ふかふかだった」
早川が穏やかに微笑んでいる。
北沢が続けた。
「我々は怪しいものではありません。これからいろいろとお聞きしたいのですが——お話しいただけますか」
才蔵が頷いた。
「お話をお聞きした後ですが、傷が治るまでこの船で休んでいただき、その後は出会った場所にお連れします。もちろん、当面困らない量の食料もお渡しします」
才蔵と志乃が顔を見合わせた。
「あ、ありがとうございます」
「まず——お三方のお名前を聞かせていただけますか」
才蔵が答えた。
「某は才蔵と申します。妻は志乃。息子は竹丸です」
北沢は頷いた。
「才蔵さん、志乃さん、竹丸くん。よろしくお願いします」
竹丸が少し照れたように俯いた。
北沢は田中を見た。
「田中少尉、何から聞くのがいいと思う」
田中は少し考えてから、才蔵に向き直った。
「才蔵さん、今の将軍様のお名前はわかりますか」
才蔵は少し首を傾けた。
(なぜそんなことを聞くのだろう)
「足利義昭公でございます。ただし今は——遠く備後の鞆におられると聞いています」
「ありがとうございます。では——織田家の居城はどこですか」
「安土でございます」
才蔵はまた首を傾けた。
(誰でも知っていることを、なぜこんなに丁寧に聞いてくるのだろう)
(この人たちは——ひょっとして、この国の人間ではないのか)
才蔵はちらりと船内を見回した。
(この見たことのない船。不思議な道具の数々。昨夜の治療——)
(南蛮人とも違う。いったい何者なのだ)
才蔵は思った。
(この国の人間でないとすれば——むしろ都合が良い)
(行き場のない我ら家族にとって、危険な存在ではないのかもしれない)
北沢が田中を見た。
「田中少尉は、歴史関係に詳しいのか」
田中はうれしそうに答えた。
「多少ですけど」
続けて才蔵に向き直った。
「才蔵さんは、どこのお生まれですか」
才蔵はしばらく黙っていた。
言うべきかどうか——迷っていた。
志乃が静かに才蔵を見た。
竹丸は、じっと父親の顔を見ていた。
やがて才蔵は口を開いた。
「伊賀でございます」
「伊賀ですか——」
田中の目が、興味深そうに動いた。
「伊賀ということは——あなたがたは忍びですか」
才蔵は少し間を置いた。
「はい。忍びの仕事は、世間から見下されております——ですが、痩せた土地で、家族を養うためには大事な生業なのです」
「なるほど」
田中は続けた。
「怪我をされていましたが——伊賀で何があったのですか」
才蔵はしばらく黙っていた。
「今年の春のことでございます。北畠の軍勢が——突然、伊賀に攻め込んできました」
「織田殿が、お命じになられたのですか?」
才蔵の目が、わずかに険しくなった。
「北畠信雄殿が——独断で動いたと聞いております」
「それで」
「伊賀の地の多くが焼き払われました。忍びの技で抵抗しましたが——鉄砲には敵いませんでした。多くの者が殺されました。某は妻と子を連れて山に逃げましたが——逃げる途中で追ってきた兵に腕を斬られたのです」
志乃が俯いた。
竹丸は何も言わなかった。
「その後、山を越え、堺まで逃げてきました。しかし——野盗にも襲われ、食べるものもなくなり」
少し間をあけて、才蔵は続けた。
「あの松林で——家族三人、ここで死ぬのかと覚悟していたところを、桐山様たちに助けていただいたのでございます」
早川が声を落として言った。
「そんなことが——」
桐山がiPadを操作しながら聞いた。
「今は天正何年ですか」
才蔵が桐山の手元をちらりと見た。
(あの板のような物は——いったい何だろう)
気にはなるものの、素直に質問に答えた。
「天正六年でございます」
桐山は画面を確認した。
(天正六年——記録では天正七年が、第一次天正伊賀の乱。一年早いな)
(やはりここも——パラレルワールドみたいだ)
「伊賀に織田軍が攻め込んだのは、これが初めてなのですか」
「はい。初めてです」
桐山は頷いた。
(才蔵さんは忍びだから——年号も大名の動向も把握しているわけか)
北沢が重い口調で言った。
「辛い思いをされましたね」
才蔵は首を振った。
「いえ——家族みんなが生きております。それだけで十分でございます」
田中がさらに続けた。
「織田家以外で、有力な大名をご存知ですか」
才蔵は少し考えてから答えた。
「西は毛利家。四国は長宗我部家。東は北条家。北は上杉家でございます」
田中は北沢を見た。
北沢は頷いた。
(天正六年――我らは、戦国時代にやって来たのか)
***
才蔵が口を開いた。
「あのう——あなたがたは、どこのご家中の方でしょうか」
北沢は才蔵をまっすぐ見た。
「その前に、一つ聞かせてください」
「はい」
「このままでは——三年後に、織田家が総兵力五万の大軍で、もう一度伊賀を攻めます。そのせいで、伊賀は壊滅することになります」
才蔵の顔色が変わった。
「なぜ——そのようなことがわかるのですか。将来を見通せるのですか」
「もう一度、お聞きします。この話を聞いて、あなたはどうしたいですか」
才蔵はしばらく黙っていた。
志乃が心配そうに才蔵を見た。
竹丸が、じっと父親の顔を見ていた。
やがて才蔵が言った。
「伊賀には——親類も仲間もいます。その話が本当なら、伊賀に戻ってみんなを逃がしてやりたい。でも、逃げるところがない者たちばかりです。かなわないまでも、一緒になって、戦う準備をするしかありません」
北沢は穏やかに頷いた。
「才蔵さん、戦ばかり繰り返されることをどう思いますか」
才蔵は少し考えてから答えた。
「戦があれば、たくさんの者が死にます。畑が荒れ果てれば、餓死する者が出ます。戦など、この世に必要ありません」
「我らは——この国から戦をなくそうと思っています。才蔵さん、我らに協力していただけませんか?」
才蔵はしばらく黙っていた。
「この国から戦がなくなれば、伊賀は壊滅しないのでしょうか」
北沢はきっぱりと言った。
「そうです」
才蔵は北沢をしばらく見つめた。やがてはっきりと言った。
「我ら家族は、あの松林で死んでいく運命でした。命を助けていただいた御恩は、命を懸けてお返しします。戦をなくすための仕事、なんなりと命じてください」
才蔵は深く頭を下げた。
志乃も頭を下げた。
竹丸も、少し遅れて頭を下げた。
北沢は言った。
「では——我らのことをお話しましょう」




