第43話 アメリカを兄弟のような国家にする
大和・発令所。
最初に気がついたのは桐山だった。
気がつくと、発令所の床に倒れていた。
ゆっくり頭を振って、あたりを見渡した。
乗員たちが、床のあちこちに倒れている。
(地震と津波——また転移したのか。だが、それを考えるのは後だ)
桐山は立ち上がり、北沢の肩を揺すった。
「司令——司令!」
北沢がゆっくりと目を開けた。しばらく、天井を見つめていた。
「広島は、どうなった」
桐山に、わかるはずはなかった。
「わかりません。まず、田村艦長を起こします」
桐山は発令所を回り、田村、宮本、松永を次々と起こして回った。
北沢は田村の方を見た。
「元気な者から、怪我人の有無を確認させてくれ。艦の損傷点検も急げ」
「はっ」
乗員たちが、ふらつきながらも動き始めた。
***
十分後。
田村が北沢の前に戻ってきた。
「報告します。怪我人はいません。艦の主要設備に、目立った損傷は確認されていません」
北沢は頷いた。
「レールガンの運用系統は」
「異常なしです」
北沢は武蔵の中村に連絡を入れた。
「中村艦長、そちらの状況はどうだ」
「怪我人はいないようです。艦の損傷については、現在点検中です」
「わかった。続けてくれ」
しばらくして、中村から続報が入った。
「点検、完了しました。武蔵、異常はありません」
北沢は小さく息を吐いた。
(とにかく良かった)
***
北沢は、大和の周りをモニターで確認した。
穏やかな、青い海面だった。
しかし——昭和二十年の太平洋とは、どこか違う気がした。
遠くに、陸地が見えた。
険しい山が、海岸まで迫っていた。
深い緑に覆われた山々が、青い海に突き出していた。
「田村、あの陸地は何だと思う」
「わかりません。日本なのか、どこなのかも」
「すぐに確認しよう。レーダードローンを上げてくれ。高度千メートルで周囲を確認。それと——念のためレールガンの準備もしておけ」
「はっ」
レーダードローンを発射させた。素早く垂直に上昇していく。
「高度五百メートル——」
モニターに、周囲の景色が映し出された。
「高度千メートル——」
北沢がモニターを見た。
北方に——大きな半島が見えた。
険しい山々が連なり、深い緑に覆われていた。
海岸線はリアス式で、小さな入り江が無数に刻まれていた。
「桐山、地図や、元の世界の航空写真と照合してくれ」
桐山が確認を始めた。
「紀伊半島に似ていますね。艦の位置ですが——半島の南端から、約二十キロメートル沖です」
北沢はモニターを見つめた。
半島の山肌に、集落は見えなかった。
いや——よく見ると。
「映像を、もっと拡大してくれないか」
「はい」
モニターが拡大された。
海岸線に沿って、小さな集落が点在していた。
茅葺きの家が数十軒。
小さな船が、入り江に並んでいた。
北沢は目を細めた。
「桐山、あれは和船だよな」
「そうですね。昭和二十年の船ではないようです」
北沢は、腕を組んだ。
(また——転移したのかもしれないな)
(今度は、いつの時代だ)
しばらく黙っていた。
「まず距離を取る。陸から五十キロメートル沖に移動してくれ。そのくらい離れていれば、我らのことはわからないだろう」
「はっ」
「田村、移動が終わったら、武蔵の会議室に主要メンバーを集めてくれ」
「はっ」
***
武蔵・大会議室。
北沢(司令)、田村(大和艦長)、中村(武蔵艦長)、橘(KI重工技術責任者)、鶴田(KIホールディングス財務担当)、松永(レールガン・CIWS開発責任者)、早川(ドローンシステム開発責任者)、桐山(北沢の参謀)が顔を揃えた。
そして——田中剛少尉。
空母攻撃のために武蔵に乗り込んでいた、横須賀鎮守府の零戦操縦士たちの隊長だ。
北沢は田中を見た。
(この者たちを、無理やり転移に巻き込んでしまった。せめて、これまでの経緯だけは話しておかねばならない)
「本日の会議には、田中少尉にも参加していただいている。不安もあるだろうし、心の整理がつかないのは——我らも同じだ」
田中は答えた。
「我ら十五名、現在の状況が理解できず——不安に思っている者が多いであります」
北沢は頷いた。
「無理もありません。解決にはならないと思いますが、これまでのことを、すべてお話しします」
北沢は、KIホールディングスが原潜大和と武蔵を開発した経緯から語り始めた。
相模沖の大地震と核爆発のエネルギーにより、田中たちの時代——昭和二十年へと転移したこと。そして今回、その昭和二十年よりもずっと過去へ、二度目の転移をした可能性があることを、順を追って説明した。
田中はしばらく黙っていた。
「理由はわからないが、二度目の転移に、巻き込まれた可能性が高いということですね」
「そうです。我らも、こんなことになるとは思いませんでした。現在の場所は紀伊半島の南方約五十キロメートル沖。半島には漁村と和船を確認しました。江戸時代よりも——さらに昔かもしれません」
田中は頷いた。
「状況は理解しました。隊員には、そう説明します」
北沢が申し訳なさそうに頭を下げた。
「武蔵に乗り込んでもらったばかりに、ご迷惑をおかけしました」
「気にしないでください」
田中は静かに首を振った。
「大和と武蔵の一回目の転移がなければ、横須賀鎮守府の我ら十五名は——特攻としてアメリカの艦船に突撃し、死んでいた人間です。家族とは、みな今生の別れを済ませています」
田中は北沢をまっすぐ見た。
「我ら十五名、この状況に取り乱す人間は——一人もおりません」
北沢は少し間を置いた。
「そうですか。少し安心しました」
「我らも、転移を喜んで受け入れているわけではありません。元の世界に家族を残してきている点では——十五名の方々と同じです」
田中は少し間を置いた。
「北沢司令、一つお願いがあります」
「なんですか」
「我ら十五名を——正式に仲間に加えていただけますか」
北沢ははっきりと答えた。
「もちろんです。今後は同じ仲間として——よろしくお願いします」
田中も、初めて笑った。
***
北沢は全員を見渡した。
「では——我らは、これからどうするべきなのか。忌憚のない意見を聞きたい」
しばらく沈黙があった。
最初に口を開いたのは橘だった。
「二回も転移して——正直、私もどう考えをまとめればいいか、掴みかねています。ただ、こういうときこそ、原点に立ち返るべきかと」
橘は少し間を置いた。
「長年、技術屋としてやってきました。壁にぶつかったら、まず出発点に戻る——そういう考え方の癖がついているのです」
「そもそも、KIホールディングスが原潜大和と武蔵を開発した目的は、何だったか」
橘は続けた。
「太平洋戦争の敗戦以降、日本はアメリカにずっと従属させられてきました。世界が四ブロックに分かれてからは、その立場はさらに苦しくなった。この状況を脱し、日本を真の独立国にしたい——それが、我々の出発点でした」
参加者は、黙って橘の話を聞いていた。
「太平洋戦争真っ只中の日本に転移し、強力な兵器で日本軍に協力し、停戦協議を始められる状況にまで持っていきました。しかし——アメリカは怯みませんでした」
橘は一拍置いた。
「その根幹にあるのは、アメリカが持つ豊富な資源と、圧倒的な工業生産力です。戦争が終われば、結局アメリカは世界の覇権を握ります」
会議室が静まり返った。
橘は、その沈黙を受け止めるように、ゆっくりと続けた。
「未来の日本のために、時代を過去に遡った我らにできることは——アメリカという国が生まれないようにする。あるいは、アメリカ建国に日本が深く関与し、アメリカと日本を兄弟国家のようにしてしまう。それが——我々の目標となるのではないでしょうか」
鶴田が言った。
「橘さんの意見に同意します。ただし——方法論については、皆目見当がつきません」
田村が続けた。
「具体的には、我らがこの時代の日本に介入し、その目的に向かうよう導くことになるでしょう。もちろん——そんなことが許されるのか、私にもわかりません」
中村が口を開いた。
「介入するとなれば、相手は権力者です。江戸時代なら徳川家、戦国時代なら織田・豊臣・徳川のいずれか、それより前なら室町・鎌倉幕府の将軍——時代ごとに、働きかける相手は変わってきます。手段も二つです。支援して友好関係を結ぶか、脅して支配下に置くか」
桐山が言った。
「確かに、その通りです。ただ、どちらの手法をとるにせよ、避けて通れない課題があります。我らには——海上兵力しかないということです。攻撃型ドローンで内陸部を攻撃するにしても、ミサイルの保有数には限りがありますから」
北沢が言った。
「まずは——この時代が、いつなのかを調べる必要があるわけだな」
北沢はしばらく黙っていた。そして、参加者に確認した。
「歴史改変に関わるのは、もう止めにしたいという意見はなかったですね。日本海溝で隠遁生活を送る——そういう意見があってもいいと思っていますが」
誰も答えなかった。
田中が手を挙げた。
「私からも意見を言ってもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
「転移という特殊な状況に置かれているのなら——状況に目を背けるのではなく、我らの存在意義を求める生き方をするべきではないかと思います。海の底に隠れて一生を終えるのは——我ら十五名にはできません」
会議室を、活気ある空気が包んだ。
「同意します」
田村が頷いた。
「私も」と橘。
「同じです」と桐山。
次々と声が上がった。
北沢はゆっくりと全員を見渡した。
(また——始めることになるな)
やがて北沢が穏やかに言った。
「わかった。では——まずこの時代を調べることから始めよう」




