第42話 これが戦争なのです
大和・発令所。
桐山が北沢に聞いた。
「北沢司令、その後、伊藤中将からの連絡はありましたか」
「豊田司令長官をはじめ、海軍が職を賭して、我らを守ってくれているようだ。定期連絡によれば——停戦条件をめぐる閣議が、いまだに決着を見ないまま続いているらしい」
田村が続けた。
「官邸がそんなことをしている間に——アメリカは次の核爆弾の準備を進めているのではないですか」
「そうだろうな」
北沢は宮本を見た。
「アメリカ軍の通信傍受は継続してくれているな」
宮本が答えた。
「それが——どうも暗号を変更したようです。今のところ解読できていません」
桐山が話に加わった。
「インディアナポリスを、あのタイミングで沈められたのです。さすがに、こちらの動きに気づいたのでしょう」
桐山が話を続けた。
「大和には核ミサイルが搭載されています。そのことを官邸経由で、アメリカに伝えるというのはどうでしょうか」
北沢はしばらく黙った。
「問題は官邸だ。大和の核のことを知った官邸がどう判断し、行動するのか——まったく読めない」
「少なくとも——我らをアメリカに差し出すのはやめると思います」
「桐山は、官邸を信頼できるか」
「できなくなりました」
「そうだな。信頼できない相手に、核の話はできない」
田村が言った。
「最悪は——核兵器の撃ち合いになったりして」
北沢は腕を組んで考えた。
(アメリカは——我らと日本政府の間に、見事なまでに不信感を植え付けたわけか)
(その手腕の半分でも、こちらの官邸に分けてやりたいくらいだ)
***
昭和二十年八月六日。夜明け前。
大和・発令所。
宮本から報告が入った。
「司令——暗号の解読に成功しました。テニアン島から——午前二時頃、B29が広島に向けて飛び立ちました。原爆を積んでいると思われます」
「広島まで——距離は」
「約二千七百四十キロメートルです」
「どれくらいで到着する?」
「広島まで——早ければ約六時間です」
「今、何時だ」
「午前四時三十分です」
北沢は立ち上がった。
「広島への到着は——午前八時頃だな。まだ間に合う。豊田司令長官にこのことを連絡しろ。急げ!」
続いて北沢が急いで命じた。
「レーダードローンを飛ばせ! B29を捉えるんだ!」
「はっ」
レーダードローンが空へ飛び上がった。
しばらくして——モニターに、B29の機影が映し出された。
「捉えました——距離、二百五十キロメートル」
「レールガンの射程に入ると同時に撃墜せよ!」
「はっ」
その時。
艦体が激しく揺れた。
「地震か——! でかいぞ!」
轟音。
海が、光に包まれた。
田村が叫んだ。
「司令! これは——」
北沢は発令所の柱を掴んだ。
(間に合わなかったか——)
(この世界の日本は、同じ歴史を辿るのか)
(もし我らが消えれば、この時代の日本は、どうなる)
(海軍のみんなは……)
大きな津波が、戦艦大和とその周囲の艦船を飲み込んでいった。
拿捕したアメリカの空母も——一隻、また一隻と波に消えていく。
光が、強くなった。
やがて——すべてが、白くなった。
***
しばらくして。
静かな海が戻った。
しかし——海面には、何もなかった。
波だけが、静かに揺れていた。
***
神奈川・日吉。連合艦隊司令部地下壕。
豊田のもとに、二つの短い通信が届いていた。
一つは伊藤からだった。
「想像を絶する津波が来ています——大和が飲み込まれようとしています」
それきりだった。
もう一つは北沢からだった。
「広島に原爆を搭載したB29が向かっています。市民に避難を呼びかけてください。飛べる戦闘機をすべて飛ばして——B29を撃墜してください」
それきりだった。
(北沢司令……)
豊田はしばらく通信機を見つめていた。
しかし――すぐに立ち上がった。
電話をつかんで連絡をした。
「神田! 緊急だ。すぐ来い」
神田少佐が飛び込んできた。
「広島に原爆が向かっている。すぐに広島の防空司令部に連絡しろ。市民を避難させろ」
「はっ!」
「それと——松山の三四三空に連絡しろ。四国沖でB29を迎撃せよ、と。三四三空なら——すぐに飛べる」
神田が答えた。
「三四三空の紫電改なら——B29の一万メートル程度の高度にも届きます」
「飛ばせ。一機でも多く飛ばすんだ!」
「はっ!」
***
松山の第三四三海軍航空隊・飛行場。
夜明けの空の下、整備兵たちが走り回っていた。
「緊急発令! 広島に向かうB29を撃墜せよ!」
パイロットたちが飛び起きた。
「広島だと」
「急げ!」
エンジンが唸りを上げた。
紫電改が次々と滑走路を駆け抜けた。
翼を翻し、夜明けの空へ飛び出していく。
しかし——間に合うかどうかは、誰にもわからなかった。
***
B29コックピット。
副操縦士が言った。
「あと少しで広島だ」
機長は前方の空を見つめたまま答えた。
「ロスアラモスの開発チームも、テニアン島の復旧チームも——急がされて、死ぬほど苦労したそうだ。だが、その苦労も、今日で終わる」
しばらく沈黙があった。
「この爆弾の威力は——ものすごいものだと聞いたぞ」
「一発で街が消えるそうです」
機長はしばらく黙っていた。
「広島にも——大勢の市民が住んでいるんだろうな」
「はい」
「俺たちが——地獄の扉を開くことになるのだな」
副操縦士が言った。
「機長、そういう考えは止めましょう。これが戦争なのです。誰かがやらなければならないんです」
機長は答えなかった。
そのとき——見張りが叫んだ。
「戦闘機だ! 追ってくるぞ!」
機長は操縦桿を握りしめた。
「振り切れ。この爆弾を落とすまでは——撃ち落とされるな」
夜明けの空に、B29の機影が消えていった。
広島の空は——まだ、青かった。




