第40話 官邸命令——わだつみ独立艦隊を拘束する
昭和二十年五月二十日。テニアン島沖。
大和・発令所。
通信士の宮本から報告が入る。
「伊四百型より連絡あり。晴嵐、全機帰還完了だそうです」
北沢は頷いた。
「これより、戦艦大和に向けて帰投する。伊四百型にも伝えてくれ」
「はっ」
大和がゆっくりと動き始めた。
その時——。
大和・発令所の通信機が鳴った。
聞き慣れない声だった。
「こちら伊四百。わだつみ独立艦隊に告げる」
発令所が静まり返った。
「伊四百、伊四百一、魚雷発射管を大和・武蔵に指向。ただちに停船せよ。官邸命令——わだつみ独立艦隊を拘束する」
誰も口を開かなかった。
田村が語気を強めて言った。
「いったい、どういうことだ」
北沢も状況が理解できない。
(官邸が——なぜ)
(アメリカとの停戦。原爆阻止。いい流れできているのに)
「司令、どうしますか」
北沢は重い口調で言った。
「停船する。戦わない」
「しかし司令——」
「日本人同士で戦うつもりはない」
発令所が静まり返った。
***
伊四百・発令所。
艦長が通信機の前に立っていた。
「停船を確認した。これより拘束手続きに——」
「艦長!」
村田副長が前に出た。
「この命令には従えません」
艦長が振り返った。
「命令だぞ。従え」
「従えません」
村田は憤っていた。
「瀕死の日本がここまでこられたのは——わだつみ独立艦隊の働きがあってのことです。東京大空襲を防ぎ、戦艦大和を救い、ここで原爆も阻止してくれた。その恩人を拘束して——どうするつもりですか」
「アメリカに引き渡す。官邸の命令だ」
「恩人を売り飛ばすのですか」
村田は、語気を強めて一歩前に出た。
「軍法会議にかけられても——殺されても——そんな命令には従えません」
艦長は村田を見た。
「村田副長を解任する」
その瞬間。
発令所の乗員の一人が声を上げた。
「そんな卑怯な命令には、従いません!」
別の乗員が続いた。
「同じです」
「我らも従いません」
次々と声が上がった。
発令所の全員が、憤りを滲ませながら村田の後ろに並んだ。
艦長は動けなくなった。やがて、目を閉じた。
「わかった。……よくも、邪魔をしてくれたな。だが、これで終わりだと思うな。貴様らは、全員——軍法会議にかける」
村田は答えた。
「そんなの覚悟の上です」
「艦長を拘束しろ」
「はっ」
村田は通信機を取った。
「こちら伊四百・村田副長。伊四百一・木村副長に繋いでくれ」
しばらくして、声が届いた。
「こちら伊四百一・木村副長」
「木村副長、うちは艦長を拘束した。そちらは——」
「同じだ。こちらも艦長を拘束した。安心したぞ。卑怯な命令になど従えるか」
しばらく沈黙があった。
「艦長から、軍法会議にかけてやると言われなかったか」
木村がきっぱりと答えた。
「言われたよ。だがな、わだつみ独立艦隊の助けがなければ——日本は終わっていたはずだ。軍法会議なんかどうでもいい。俺の方から大和に連絡を取ろうと思うが——」
「そうしてくれ。怒っているかもしれんな」
「事情を説明して謝るしかない」
「頼む」
***
伊四百一・発令所。
木村が、力を込めて通信機を取った。
「こちら伊四百一副長の木村であります。伊四百と伊四百一の艦長を拘束しました。北沢司令、申し訳ありませんでした」
木村からの報告と謝罪を、北沢は聞いていた。
すべてを聞き終えた後も——しばらく黙っていた。
「木村副長、事情はわかりました」
「申し訳——」
「謝ることはない。貴殿らがいなければ、もっと困ったことになっていた」
木村は少し間を置いた。
「伊藤司令長官には、先ほど連絡しました。なにも知らされてなかったようで——たいへん怒っておられました」
「そうでしょうな」
北沢は言った。
「一緒に、戦艦大和のところに戻りましょう」
「はっ——しかし」
木村が聞いた。
「北沢司令、海軍を——まだ信じていただけるのでありますか」
北沢はしばらく黙っていた。やがて、きっぱりと言った。
「豊田司令長官、梶原長官、伊藤中将——彼らが黙っていないでしょう。海軍を信じます」
***
大和・発令所。
北沢は、武蔵の中村に木村副長からの報告を伝えた。
(武蔵の乗組員たちには、中村から事情を説明してくれるだろう)
「田村、潜航して戦艦大和のもとへ帰還する。武蔵にも連絡せよ」
「はっ」
大和がゆっくりと動き始めた。
北沢はマイクを取り、大和の乗組員全員に事情を説明した。
桐山が言った。
「官邸は、アメリカから相当な好条件をちらつかされたのでしょう。それにしても、戦争相手をずいぶん信用したものです。日本人のお人好しは、昔から変わりませんね。現に、こうして原爆計画は継続されていたわけですから」
田村が怒りを抑えながら言った。
「それにしても、我々を売り渡す決断をしていたとは——納得がいきません」
北沢は落ち着いた声で遮った。
「怒っても仕方がない。伊四百型の連中は、命令を拒んでくれた。海軍のすべてが、腐っているわけではないということだ」
田村は少し間を置いた。
「私には、そこまで割り切れません」
「私だって同じだ」
北沢が抑えた声で続けた。
「だが——ここで日本政府と縁を切って、この世界でどう生きていくのだ。この件は、簡単には結論が出せない」
田村は頷いた。
「確かに、そうですね」
「警戒はしないといけないが、もう少し様子を見ようじゃないか」




