第38話 それは——北沢たちへの裏切りではないですか
ホワイトハウス。執務室。
補佐官が現れた。
「大統領、報告があります。日本の外務省に潜り込ませているスパイから連絡がありました」
トルーマンは顔を上げた。
大統領に就任して、まだ日も浅い。
次々と難題が降りかかってくる。
「なんだ」
「信じがたい話ですが——」
「聞かせろ」
補佐官は少し間を置いた。
「日本軍に、未来から来たという艦隊が加勢しているそうです。名は『わだつみ独立艦隊』。未来の兵器を使っているらしいのですが——詳細は、まだ掴めておりません」
トルーマンはしばらく黙っていた。
「未来の兵器を使って、空母十八隻を鹵獲したということか」
「おそらく、そういうことかと」
トルーマンは天井を見上げた。
(未来の兵器——)
(音もなく撃ってくる兵器。無人の飛行機。全部、未来の技術か)
「ならば——そのわだつみ独立艦隊を消してしまえば、日本など、どうにでもできるということだな」
「その通りです」
トルーマンは笑った。
「よし。では日本にとって、とてつもなく有利な条件を提案しようではないか」
「有利な条件――ですか」
「東アジアの盟主を任せる。アメリカの同盟国として、石油も鉄鉱石もアメリカから安く提供する。日本が長年求めていたものを、全部くれてやるというのはどうだ」
補佐官は息を呑んだ。
「そのかわりに——わだつみ独立艦隊をアメリカに引き渡せと伝えるんだ」
「彼らを捕まえさせるのですか」
「未来の技術なのだ。それは、日本ではなく、アメリカが持つべき技術じゃないかね」
補佐官は少し間を置いて答えた。
「しかし、日本軍にわだつみ独立艦隊を捕らえさせるなど——可能でしょうか」
「無理かもしれんな」
トルーマンは続けた。
「しかし——それでいい。もし日本軍がわだつみ独立艦隊を捕まえようとすれば、彼らは当然反発する。日本軍への支援をやめるだろう。頭にきて日本軍を叩いてくれるなら——なおいいではないか」
補佐官は黙って聞いていた。
「いずれにしても——わだつみ独立艦隊は、この世界で孤立する。そこに、アメリカが手を差し伸べるのだよ。さぞかし感謝してくれるはずだ」
「さすが大統領です」
「あの艦隊を手に入れたら——まず技術を奪え。乗組員は、アメリカに忠誠を誓うのであれば、生かしておいてやれ。利用価値は大いにありそうだからな」
「日本と交わした約束は——」
補佐官は言いかけて止めた。
「失礼しました。当然、反故にされるのですね」
「当たり前だ。適当な理由を考えておけ」
***
官邸・閣議室。
アメリカとの非公式な停戦交渉が、スイスで秘密裏に行われていた。
そこで提示された条件を聞いた閣僚たちは、狂喜した。
石渡大蔵大臣が声を上げた。
「東アジアの盟主を任せる——だと!」
東郷外務大臣が続けた。
「石油も鉄鉱石も安く提供するとは」
別の閣僚が言った。
「我らが長年求めていたものが、全部手に入るではないか!」
官邸の雰囲気が、一気に沸き立った。
しかし——阿南陸軍大臣が言った。
「わだつみ独立艦隊を引き渡すのであれば、そのことは、海軍の北沢信奉者に絶対に漏らしてはならない」
東郷が眉をひそめた。
「なぜですか」
「海軍の豊田・梶原を始めとした、北沢信奉者がなにをするか、わからないだろ」
全員が頷いた。
阿南陸軍大臣が言った。
「たしか、伊四百型潜水艦が二隻あったな」
「伊四百と伊四百一です」
海軍省の随員が答えた。
阿南陸軍大臣が続けた。
「艦長をこちらの言うことを聞く者に替えてしまえ。どうせ今の艦長は、北沢の影響を受けているだろうからな」
東郷が言った。
「我らに従順な艦長と、入れ替えてどうするのですか」
「まず、豊田を通じて、伊四百型にも活躍の場を与えてほしいと北沢に願い出させろ。そして、ここぞという場面で——伊四百型の魚雷を、わだつみ独立艦隊に向けさせる。あの未来の潜水艦を、奪い取ってしまえ」
安原内務大臣が言った。
「それは——北沢たちへの裏切りではないですか」
鈴木貫太郎は首を振った。
「裏切りではない。北沢たちには、この日本が、西欧諸国やアメリカと肩を並べ、アジアで大きく発展するための礎となってもらう。それこそ、彼らが望んでいたことではないか」
鈴木貫太郎は続けた。
「彼らには——アメリカに行ってもらおうではないか。あちらもあの技術を、粗末には扱うまい」
会議室が、静まり返った。
***
昭和二十年五月六日。
大和・発令所。
通信長の宮本から報告が入った。
「司令、原爆輸送計画を傍受しました。インディアナポリスは現在移動中。五月二十日には、テニアン島に到着する予定です」
北沢は頷いた。
「やはり早まったか。大統領が急がせたのだろうな」
「すぐ動きますか」
「田村、テニアン島まで何日かかる」
田村が答えた。
「全速で——二日ほどです」
***
北沢は伊藤に通信を入れた。
「伊藤司令長官、五月二十日にテニアン島に原爆が持ち込まれようとしています。これからテニアン島沖に向かい、輸送船を撃沈してきます」
伊藤はしばらく黙っていた。
「やはり停戦の引き伸ばしは——日本に原爆を落とすためだったのでありますな。しかし、どうやってそのことを」
「アメリカの通信を傍受し、暗号を解読しました」
「なんと。これまで日本がやられてきたことを——お返しできるのですな」
「北沢司令、一つお願いがあります。伊四百型と伊四百一型の潜水艦を、作戦に同行させていただけませんか。潜水艦乗りにも、活躍の場を与えてやりたいのです」
「かまいませんが——作戦に間に合いますか」
「呉から四〜五日で合流できるはずです。インディアナポリスの到着まで二週間あります。十分間に合うと思います」
「いいでしょう。わかりました」
「ありがとうございます」
通信が切れた。




