第36話 この調子ならアメリカに勝てるのではないでしょうか
出撃から二時間後。
大和・発令所。
大和、武蔵は、スプルーアンスの手前五十キロメートルの海上に到着した。
北沢が命じた。
「浮上して、伊藤司令長官と通信を繋いでくれ」
通信が繋がった。
「スプルーアンス艦隊との距離五十キロメートルです。この後は、それぞれの獲物を狙いに行きましょう」
「わかりました」
通信が切れた。
「レーダードローンを飛ばせ」
小型のドローンが、垂直に上昇した。
上空三千メートルまで上がると、敵艦隊に向けて水平に飛び始めた。
「スプルーアンス艦隊が、レールガン射程圏内に入り次第攻撃せよ」
「はっ」
しばらくして。
「駆逐艦および軽巡洋艦を識別——計十六隻、位置確定しました。ドローンの位置は大和が測位を継続中。目標との距離データとあわせて、レールガン制御システムを連動——照準完了」
北沢は短く言った。
「撃て!」
閃光が、続けざまに走った。
モニターの中で、小さな艦影が一つ、また一つと消えていく。
「軽巡洋艦四隻、撃沈確認」
「駆逐艦——十二隻、撃沈確認」
発令所に、短い沈黙が落ちた。
残るは、戦艦二隻のみだった。
***
戦艦大和・艦橋。
有賀が報告した。
「司令長官、敵戦艦二、距離二万五千メートル」
伊藤は双眼鏡を構えた。
護衛を失い、丸裸で北上を続ける二隻の艦影が見えた。
あの艦のどちらかに、スプルーアンス大将がいる。
渡米時代、共に机を並べた男。若き日、互いの国の未来を語り合った男。
(まさか、こんな形で相まみえることになるとはな)
有賀が横で、静かに待っていた。
伊藤は双眼鏡を下ろさなかった。
(貴様も軍人。俺も、軍人。それだけのことだ)
伊藤は一度、目を閉じた。
開いたとき、その目に迷いはなかった。
「主砲——撃て」
轟音が、艦体を揺るがした。
四十六センチ砲が、火を噴いた。
砲術長が双眼鏡越しに叫んだ。
「夾叉! 命中確認!」
一隻目の艦影が、大きく傾いだ。
黒煙が、天に向かって立ち上っていく。
伊藤は、その煙を見つめたまま、しばらく動かなかった。
(すまん、と言うのも——違うのだろうな)
「第二射——撃て!」
再び轟音。
二隻目の艦体からも、火柱が上がった。
***
旗艦ニューメキシコ・艦橋。
スプルーアンスは、双眼鏡を下ろせずにいた。
数分前、護衛の軽巡洋艦と駆逐艦部隊が——一隻残らず消えた。
「護衛の軽巡洋艦と駆逐艦部隊——いったい、なににやられたというのだ」
参謀が硬い声で言った。
「発射炎も見えませんでした。どうなったのか、まったくわかりません」
スプルーアンスは、水平線の彼方を見つめたまま答えなかった。
(見えない何かに、一方的に艦隊を潰された。ミッチャーの空母部隊も、同じ目に遭ったのかもしれんな)
(我々の知らないところで——なにかが起きているようだ)
そのとき、艦体が大きく傾いだ。
轟音とともに、艦橋の窓ガラスが震えた。
「命中! 艦首に着弾!」
スプルーアンスは水平線の先——巨大な艦影を見た。
戦艦大和。
「あの化け物が撃ってきたのか」
「はい。しかし——この一撃は、相手がわかっているだけ、ましかもしれません」
参謀の声には、皮肉にも安堵に似た響きがあった。
スプルーアンスは言った。
「正体不明の何かに殺されるよりは——まだましか。情けない話だ」
二度目の轟音。
艦体が、さらに大きく傾いた。
「浸水拡大! このままでは——」
スプルーアンスは、静かに命じた。
「構わん。何があろうと——一発でも多く、あの戦艦大和に撃ち込め」
参謀が振り返った。
「提督——」
「通信を繋げ。ミッチャーにだ」
***
バンカー・ヒル・司令部区画。
ミッチャーの前で、通信機が鳴った。
雑音混じりの声が届いた。
「……ミッチャー中将、聞こえるか」
「スプルーアンス大将! 今、どちらで——」
「すまないが——救援には行けそうにない」
ミッチャーは息を呑んだ。
「戦艦大和に、やられた。護衛も全滅だ。正体不明の兵器で——瞬く間に消えた」
スプルーアンスの声は、驚くほど静かだった。
「後は——お前の判断に任せる」
「提督、そんな——」
「ミッチャー中将」
スプルーアンスは続けた。
「十八隻の空母と、何万人もの捕虜を日本に渡していいのか。良く考えて、お前が判断するんだ」
「……はい」
「海の底で、待っている」
通信が、途切れた。
ミッチャーは、しばらく受話器を握りしめたまま、動けなかった。
***
ホワイトハウス。執務室。
補佐官が血相を変えて入ってきた。
「大統領、緊急の報告があります」
ルーズベルトは車椅子の上で、疲れ果てた顔を上げた。
「何だ」
「ミッチャー中将から報告がありました。太平洋にて——第58任務部隊、壊滅。空母十八隻が鹵獲され、戦艦・巡洋艦・駆逐艦は全滅。救援に向かったスプルーアンス大将の艦隊も、全滅いたしました」
ルーズベルトは動かなかった。
「ミッチャー中将はどうしいてるのだ」
「捕虜として、バンカー・ヒルにおられます。将兵——約四万名が、捕虜となっております」
ルーズベルトは目を閉じた。
(四万名もの捕虜)
(空母十八隻が鹵獲)
「日本側からも——何度か連絡が来ています」
「なんと言っている」
「捕虜の解放と引き換えに——停戦交渉と給油艦四隻を要求しています」
「ミッチャー中将と、通信を繋ぎますか」
「もういい」
ルーズベルトはしばらく黙っていた。
やがて、吐き捨てるように呟いた。
「なぜだ、ミッチャー。なぜ、おめおめと捕虜などになった」
「大統領——」
「断れ」
補佐官が言った。
「大統領——四万名の将兵を見捨てたことが、国民に伝われば——」
ルーズベルトは目を細めた。
「そうだな。大いに困る」
「民主党は再来年の中間選挙を控えています。四万名の捕虜を見捨てたとなれば——世論が黙っていません」
ルーズベルトは腕を組んだ。
「ゆっくりと交渉を進めるんだ。捕虜の返還交渉をのろのろやっている間に——原爆作戦を急がせるのだ」
「なるほど」
「日本に原爆を落としてやれば——停戦交渉など必要ない。日本は無条件降伏するはずだ。ごめんなさいとな」
補佐官は黙って頷いた。
ルーズベルトは窓の外を見た。
ワシントンの空は、青かった。
(原爆だ。それしかない)
***
大本営。
小磯内閣に代わり、鈴木貫太郎内閣が発足していた。
陸軍大臣は杉山元から阿南惟幾に代わり、閣僚の顔ぶれも一新されていた。
戦況の報告を待つ会議室に、報告が届いたのは翌日のことだった。
「戦艦大和、空母十八隻を鹵獲! ミッチャー中将以下、将兵約四万人を捕虜に! 救援に向かったスプルーアンス大将の艦隊も撃破」
会議室がどよめいた。
梅津参謀総長が声を上げた。
「やったじゃないか!」
及川軍令部総長が頷いた。
「さすが戦艦大和だ」
米内海軍大臣が続けた。
「わだつみ独立艦隊、やってくれましたな!」
梅津が重ねて言った。
「これ以上の金星はない!」
末席にいた若い参謀の一人が、興奮気味に言った。
「このままアメリカを占領できるかもしれません!」
阿南陸軍大臣が立ち上がった。
「これは、歴史的大勝利だ!」
誰もが興奮していた。
笑い声さえ上がった。
***
官邸。
大戦果の連絡が、官邸に届く。
官邸・閣議室も勝利に酔いしれる。
しかし——しばらくして。東郷外務大臣が口を開いた。
「北沢司令から、停戦交渉を進めるよう言われていたが——この調子ならアメリカに勝てるのではないでしょうか」
広瀬大蔵大臣が続けた。
「そうだ。わだつみ独立艦隊がある限り、アメリカには負けはしない」
別の閣僚も言った。
「空母十八隻まで奪ったのだ。もっと要求を強気に交渉しても良さそうだな」
新しく総理大臣になった鈴木貫太郎は、黙って聞いていた。
(北沢司令は停戦を急げと言っていたそうだが——)
(この大勝利を前にして、閣僚たちに弱腰な交渉をしろと言えないぞ)
「東郷、外務省に、交渉を強気で行けと伝えておけ」
***
外務省。
交渉担当の外務省職員が報告した。
「大臣、アメリカは給油艦を承諾したものの——停戦交渉は、いろんな理由を付けられて、なかなか進みません」
外務大臣の東郷茂徳は腕を組んだ。
「給油艦はもらっておけ。停戦交渉は、向こうが急いでいないなら——こちらも急ぐな。アメリカに勝てるかもしれないからな」
職員は少し間を置いた。
「大丈夫でしょうか」
「大本営は強気だ。構わん」
「はっ」
東郷が部屋を出た後——職員は一人、窓の外を見た。
(もともと石油の八割以上をアメリカから輸入していた。鉄鉱石もそうだ)
(そんな国と戦争を始めて、ここまで持ちこたえたことが奇跡なのに——)
(大臣は、何を考えているのか)
しかしその考えは、口に出せなかった。




