第35話 ずいぶんと手荒く歓迎してくれたものだな
戦艦大和・艦橋。
北沢から伊藤に連絡が入った。
「伊藤司令長官、お見事でした。休む間もなく恐縮ですが、ミッチャー中将に降伏勧告をお願いします」
伊藤は答えた。
「わかりました」
「有賀、ミッチャー中将に繋いでくれ」
「はっ」
しばらくして、回線が繋がった合図が届いた。
伊藤は通信機を手に取って、英語で話しかけた。
「ミッチャー中将ですか、こちら第二艦隊司令長官、伊藤整一であります」
「第58任務部隊・総指揮官のミッチャーだ。ずいぶんと手荒く歓迎してくれたものだな」
「それはお互い様ということで」
「それで——用件を伺おうか」
「ところで——スプルーアンス大将はご健在ですか」
ミッチャーは、一瞬の間を置いてから答えた。
「なぜ、それを聞く」
「以前、アメリカに駐在していた頃に——お会いしたことがありまして」
「そうか。だが、貴官に教えられることはない」
ミッチャーの声は、それ以上を語らなかった。
伊藤はそれ以上、踏み込まなかった。
「失礼しました。では——本題に入りましょうか」
有賀が横で見守っていた。
「ミッチャー中将、降伏をお願いしたい」
「降伏などしない。砲撃でもなんでもすればいい」
伊藤は少し間を置いた。
「中将が軍人として降伏を拒否されるのは理解できます。しかし——四万人にもおよぶ乗組員の命は軽くはありませんぞ。私も軍人です。部下の命の重さは——よくわかっています」
伊藤は続けた。
「アメリカは民主主義の国と聞いています。四万人の将兵を見捨てたことが国民に伝われば——ホワイトハウスは大いに困るのでは」
ミッチャーはしばらく黙っていた。
「一つ聞きたい。なぜ急に日本軍は強くなった」
伊藤は少し間を置いた。
「それは言えませんな」
ミッチャーは苦笑した。
「それはそうだな」
「日本はアメリカと停戦をしたいと考えています」
「捕虜を解放することで、停戦交渉に応じろということか」
「そうです。捕虜となることで——戦争の終わりに協力いただけませんか」
ミッチャーはしばらく沈黙した。
(スプルーアンス大将の艦隊が来るまで——あと四時間。それまで、時間を稼げばいいだけだ)
「少し考えさせてくれ」
「一時間待ちます。捕虜の安全は保証します」
「わかった」
通信が切れた。
ミッチャーは窓の外を見た。
海には、航行不能になった空母が並んでいた。
飛行甲板に穴が空いたまま、動けずにいる。
あの空母部隊に——何万人もの乗員がいる。
ミッチャーはしばらく動かなかった。
(生け捕り——提督として、これほどの屈辱はない)
***
交渉から一時間が経過。
戦艦大和・艦橋。
ミッチャーから連絡がきた。
「伊藤中将、条件を聞こう」
「捕虜の解放と引き換えに——停戦交渉と給油艦四隻をお願いしたい」
「給油艦まで——」
「我らの艦は燃料を必要としています」
ミッチャーはしばらく考えた。
「大統領に伝える。返事は明日になる」
「わかりました。捕虜の安全は保証します」
***
大和・発令所。
北沢と桐山は、モニターに映した記録データを見つめていた。
坊ノ岬沖海戦の記録。艦隊編成。指揮官の名。
桐山が言った。
「司令、ミッチャー中将はすでにスプルーアンス大将へ救援要請を出しているはずです。旗艦ニューメキシコの艦隊が、空母部隊を救援に向かっている可能性が高い。むろん、そのことをミッチャー中将が伊藤司令長官に明かすはずはありませんが」
北沢はしばらく考えていた。
「スプルーアンス大将の艦隊の規模はどうだろうか」
「記録から推定すると、戦艦二隻、軽巡洋艦数隻、駆逐艦十数隻というところです。リー中将の戦艦部隊よりは、小規模になりますね」
「スプルーアンスとは、どんな人物だ」
桐山は記録に目を落とした。
「冷静沈着、合理主義者。感情ではなく、常に計算で動く指揮官です」
「そういう男なら、救援要請を受けてどう考えるだろうか」
「リー中将の戦艦部隊——あれだけの規模が全滅した以上、自分の艦隊で挑んでも勝ち目は薄いと踏むはずです」
「では、来ないと思うか」
「いえ——来ます」
「なぜだ、まさか——」
「そうです。ミッチャーの空母部隊を沈めに来るはずです。空母十八隻と、その乗員何万人が日本の手に落ちたまま——それを黙って見過ごせば、アメリカにとって計り知れない不利益になります。合理主義者であればこそ、見過ごせないはずです」
「場合によっては、大統領の許可をとっているかもしれないな」
「だぶん、そうだと思います」
北沢は少し間を置いた。
「まず、艦隊の位置を掴む必要がある。空母が無力化されてから、すでに六時間は経っている。ミッチャーの救援要請が直後だったとすれば——」
「戦艦部隊の巡航速度から逆算すると、現在地からおよそ二百キロメートル南方にいるはずです」
***
武蔵・ドローン操作室。
北沢から連絡が入った。
「早川くんを頼む」
「はい、早川です」
「武蔵から偵察型ドローンを出してほしい。スプルーアンスの艦隊を捜している。想定位置は——現在地から南方、およそ二百キロメートルの海域だ」
「わかりました。ただちに捜索させます」
偵察型ドローンが、南の空へ次々と飛び立った。
四十分後、モニターに艦影が映し出された。
安藤が言った。
「発見しました。戦艦二、軽巡洋艦四、駆逐艦十二隻。速力を上げて北上中です。距離、二百十キロメートル」
早川はその報告をそのまま北沢に伝えた。
***
大和・発令所。
北沢は早川に答えた。
「ご苦労でした。偵察型ドローンを、ただちに帰還させてください」
「はい」
通信が切れた。
北沢が言った。
「次は、伊藤司令長官に繋いでくれ」
通信が繋がった。
「伊藤司令長官、南方より新たな敵艦隊を発見しました。スプルーアンス大将の救援部隊と思われます。戦艦二、軽巡洋艦四、駆逐艦十二隻です」
伊藤はしばらく黙った。
「戦艦大和もいきますぞ」
「空母の監視は、いかがされますか」
「矢矧と駆逐艦部隊に任せます。動けぬ空母を見張るだけの仕事なら、彼らで十分です。戦艦大和には——もう一花咲かせていただきたい」
「役割分担ですが、敵戦艦二隻は、戦艦大和にお任せします。それ以外の巡洋艦・駆逐艦は、こちらの大和で排除します。武蔵は——沈めきれなかった艦が出た場合の、最後の一撃を担います」
「よろしくお願いする」
通信が切れた。




