第32話 貴様ら。戦友の仇は取れたな!
武蔵・ドローン操作室。
操作モニターには、アメリカ第58任務部隊の艦影が映し出されていた。
空母が、いくつも見えた。
「見えたぞ」
「すごい数だぞ。艦載機も満載じゃないか」
「うじゃうじゃ空母がいやがる」
「戦艦・巡洋艦・駆逐艦……アメリカの野郎、なんでこんなに数を揃えられるんだ」
隊長の田中剛少尉が大声で命令する。
「いいか。狙うのは空母だ。艦載機に出撃されたら、戦艦大和が沈められてしまう」
田中が続けた。
「こちらは十五機。もう一回出撃する時間はない。一機も撃ち落とされるんじゃないぞ」
隊員たちから声が上がった。
「もちろんであります。戦友の名前を付けた愛機を——撃ち落とされるものですか」
「戦友に仇を取らせてやります」
「この小さな機体の曲芸飛行に——当てられるものなら、当ててみろと言いたいです」
田中が頷いた。
「よし。攻撃対象を割り振るぞ」
モニターに映し出された空母群を指差した。
「映像の左端は山本二等兵曹。その隣は佐藤一等兵曹。続いて——」
次々と名前と目標が割り振られた。
「了解」
「了解であります」
田中は言った。
「攻撃開始せよ。ミサイルを撃ち終わったら——すぐさま引き返せ。そして、必ず——戦果を上げて帰ってこい」
***
アメリカ空母バンカー・ヒル・甲板。
見張りの兵士が空を見上げた。
「なんだあれは——小さな飛行機が飛んで来るぞ」
甲板の各所に配置された機銃座の兵士たちが、一斉に空を向いた。
機銃手が首を傾けた。
「ジャップの飛行機か? やけに小さいな。笑わせるぜ。撃ち落としてやる」
複数の機銃が空に向いた。
しかし——。
「ちょこまかと動き回りやがって!」
「くそ——あんなの、当たるかよ!」
「なんで、あんな動きができるんだ!」
「機銃の弾が怖くないのか……」
各所の機銃座で、機銃手が目を細めた。
「待て——あれ、ひとが乗っていないぞ」
「何だと」
「操縦士がいない。無人機だ」
しばらく、誰も動けなかった。
「ジャップめ、ふざけたもの、寄越しやがって」
次の瞬間。
小さな機体が急上昇した。
空母の真上に出た。
そこから——垂直に急降下してきた。
「来るぞ! 来る!」
轟音。
飛行甲板に、穴が空いた。
「甲板がやられた!」
機体はすでに離脱していた。
***
武蔵のドローン操作室。
「一番機、飛行甲板に命中! いったん離脱!」
その瞬間——操作室が沸いた。
「山田——見たか! 仇を討ったぞ」
「やったな!」
「命中したぞ!」
「二番機も命中だ!」
「甲板に穴が空けてやった!」
「やれ! やれ!」
「三番機——命中!」
「たけし、見てたか!」
「これが零戦乗りの腕前よ!」
田中の大声が響く。
「貴様ら、静かにしろ!」
操作室が、一瞬で静まった。
「まだ終わっていないぞ。次は舵だ。浮かれて操作を誤ったら、機体を失う。集中しろ!」
「はっ!」
返事が揃った。
田中は続けた。
「一番機、海面近くを飛んで舵を壊せ」
「はっ」
操作室に、再び緊張が戻った。
早川は、後ろからその光景を眺めていた。
(さすが一流パイロット。私のドローンもなかなかね)
(戻ってきたら、さっそく整備しなければ)
***
バンカー・ヒル艦内。
「艦長、甲板に穴が空きました。さらに舵も破壊されて——航行できません」
艦長が叫んだ。
「飛べる艦載機はないのか」
「あの穴を避けて、航行できない空母から発艦するには——相当の技量が必要です」
「ならどうするんだ!」
「とにかく、発艦は不可能です」
艦長は拳を握りしめた。
「こんなことが——巨大空母が、あんな小さな飛行機に——」
「艦長、他の空母にも同様の報告が入っています」
「何隻だ」
「現在——六隻。まだ増えています」
艦長は窓の外を見た。
遠くに、別の空母が煙を上げているのが見えた。
「こんなこと、戻ったら軍法会議ものだぞ」
誰も、答えられなかった。
***
やがて——十八隻すべての空母から、同様の報告が届いた。
通信士が青ざめた顔で振り返った。
「艦長——十八隻、全空母が航行不能、発艦不能です」
艦長はしばらく言葉を失っていた。
「全部だというのか……」
「はい。飛行甲板と舵を、正確に狙われています」
艦長は司令部区画に急いだ。
ミッチャー中将は、地図の前に立ったまま、急いで報告に来た艦長の方を冷ややかに見つめた。
「艦長——全空母が航行不能とは、本当か?」
「はい、中将。飛行甲板と舵を、正確に狙われました」
ミッチャーは表情を変えなかった。
「戦艦部隊指揮官のリー中将に繋げ」
「はい」
しばらくして、リー中将の声が届いた。
「……提督」
それだけ言って、リー中将は言葉に詰まった。
「レーダーにもかからない、小さい飛行機があっという間に、輪形陣をすり抜けてしまいました。提督——申し訳——」
ミッチャーは、抑えた声で遮った。
「詫びなど要らん」
その声には、怒りも苛立ちもなかった。
リー中将は、その静けさに背筋が冷えた。
「そちらの砲は無事なんだな」
「無事です、提督。ですが——敵艦隊が、レーダーに映りません」
ミッチャーは通信機を握ったまま、しばらく黙っていた。
リー中将は、その沈黙が怖かった。
叱責されるより、ずっと恐ろしかった。
「空母は全滅も同然だ。輪形陣を維持して、二度目の攻撃に備えろ。今度はすべて撃ち落とすんだ」
「ま——間違いなく」
通信が切れた。
リー中将は、しばらく受話器を握ったまま動けなかった。
***
バンカー・ヒルの艦長が聞いた。
「提督、これからどうされますか」
ミッチャーは窓の外——煙を上げる僚艦を見つめた。
長い沈黙のあと、彼は言った。
「戦艦ニューメキシコのスプルーアンス大将に、報告しなければならんだろうな」
艦長が少し間を置いた。
「独断で艦隊を動かした件も、含めてでありますか」
ミッチャーは答えなかった。
やがて、低く呟いた。
「今さら隠しても仕方があるまい。全艦隊が壊滅寸前だ。提督の耳に入らないはずがない」
***
武蔵・ドローン操作室。
「十七隻目、甲板に命中。離脱します」
「十八隻目——舵の破壊。完了しました」
田中が言った。
「全機、機体は無事だな」
「はっ」
田中は小さく頷いた。
「貴様ら。戦友の仇は取れたな! 十五機で、十八隻の空母を仕留めたのだ。大戦果だぞ。任務を終えたものから順に帰還せよ」
誰も答えなかった。泣きそうで声が出なかった。
しかし——全員の目が、赤くなっていた。
早川はモニターを見つめていた。
緊張で、強く握りしめていた手がゆっくりと開いた。
(良かった——成功して)
***
大和・発令所。
北沢のもとに、早川から報告が届いた。
「司令、攻撃型ドローンが目標を達成——全機無事に帰還しました」
北沢は頷いた。
「ご苦労。零戦の操縦士たちに、慰労の言葉を頼む」
***
武蔵・ドローン操作室。
早川が北沢への連絡を終えると、操縦士たちの視線が集まった。
田中が代表して言った。
「早川さん、戦友の仇を討つことができました。ありがとうございます」
「それにしても——この無人機、すごいです」
別の操縦士が続けた。
「これがあれば帝国海軍だけでなく、帝国陸軍だって無敵じゃないですか」
早川は少し間を置いた。
「残念ながら——ミサイルの在庫も、機体の在庫も限られているのよ」
「えっ」
「だから大本営には、善戦を続けている間に——アメリカとの停戦交渉を進めてもらうようお願いしているのよ」
操縦士たちが顔を見合わせた。
田中が言った。
「停戦、ですか」
「そう」
しばらく沈黙があった。
田中が口を開いた。
「仇を討とうと出撃しましたが——あの艦隊の数を見たとき、正直ぞっとしました」
田中が続けた。
「たとえ我らが何十隻と撃沈しても、次々とあの数の艦船や艦載機が生産されれば……」
別の操縦士が続けた。
「いつかは、物量に押し潰されてしまうであります」
田中は早川を見た。
「無敵の兵器があっても——数に限りがあれば、物量には勝てないでありますね」
早川は頷いた。
「そういうことです。だから——この戦果を、停戦交渉の力にしてくれればいいのだけど」
田中はしばらく黙っていた。やがて言った。
「……戦友たちも、それを望んでいると思います」




