第26話 東京を守るぞ
横須賀鎮守府・会議室。
松永の説明が終わり、会議室が静まり返った。
大和が活躍することで、友軍としての軍事力を示すことはできるはずだ。
北沢はしばらく地図を見つめながら考えた。
(手柄を独占すれば、軍部から反感を買う恐れがあるな)
(ここは、海軍と陸軍の顔を立てる方が良さそうだ)
北沢の目が、窓の外に止まった。
横須賀の飛行場に、戦闘機が並んでいた。
紫電改だった。
整備兵たちが、黙々と作業していた。
(先月配備されたばかりだったな)
(あの機体は——この時代では間違いなく高性能のはず)
北沢は梶原の方を見た。
「一つ提案があります。レールガンによる攻撃で混乱したB29を——上空で待機させておいた戦闘機で、追撃するという作戦はいかがでしょうか」
梶原が目を細めた。
「我らの戦闘機に——出番があるということですな」
「この基地や近隣の基地には、戦闘に参加できる戦闘機はどれくらいありますか」
梶原は有馬大佐を見た。
有馬が答えた。
「海軍では——横須賀に紫電改が十数機。他には零戦・雷電合わせて三十機ほど。厚木に零戦・雷電が四十機。木更津にも二十機ほどあります。ただし整備中のものも含みます。実際に飛べる機体は、その半数といったところです」
梶原が続けた。
「陸軍にも声をかければ——調布の疾風・隼が二十機。成増の隼が三十機。熊谷にも二十機程度はあるはずです。合わせれば——百機近くになります」
北沢が頷いた。
「通常の九千メートルからの爆撃なら手が出せませんが、今回は千五百から二千メートルの低空で飛んでくる。どの機種でも十分に届く高度になります」
中島中佐が身を乗り出した。
「帝国海軍の戦闘機が——まともに戦える高度ということですな」
「大和が、B29の先頭を叩いて混乱させる。そこに戦闘機が追い打ちをかける。いつもより戦いやすい夜になるはずです」
梶原はしばらく黙っていた。
「ありがとうございます」
北沢は首を振った。
「東京を守るのは——帝国海軍です。我らはそのお手伝いです」
***
昭和二十年三月十日。
横須賀・飛行場。
整備員たちが慌ただしく動き回っていた。
近隣の基地から選りすぐりのパイロットと戦闘機が集められていた。
横須賀の紫電改・零戦・雷電。
厚木から零戦と雷電。
木更津から零戦。
これらの各航空隊から選抜した戦闘機隊を——第三〇一海軍航空隊と命名した。
調布と成増から陸軍の疾風と隼。
これらの各航空隊から選抜した戦闘機隊を——帝都防空飛行隊と命名した。
飛行場に並んだ戦闘機は、合わせて八十機ほどになった。
整備兵が手を動かしながら話している。
「これだけ集まったのは久しぶりだな」
「燃料も、弾薬も、今夜のために集めておいたんだ」
「撃ち落とせるのか」
「勝ってもらうために、しっかりと整備をするだけだ」
***
午後十一時。第三〇一海軍航空隊。
横須賀鎮守府の飛行場から飛び立った戦闘機の編隊が、闇の中で旋回しながら待機していた。
編隊長の声が無線に入った。
「各機、位置を確認せよ」
「二番機、異常なし」
「三番機、異常なし」
「四番機——燃料、問題なし」
編隊長は眼下の東京湾を見下ろした。
闇の中に、横須賀の港明かりが小さく見えていた。
編隊長が言った。
「東京を守るぞ」
「はっ」
四機の返答が、重なった。
「司令部の説明によると、B29は後部の機銃以外は、兵装が撤去されているそうだ」
二番機のパイロットが無線で言った。
「では、後部以外からの攻撃には無防備ということですね」
「そうだ。各機、聞こえたな。今までの恨み、存分に晴らしてやれ」
「はっ」
四機の返答が、重なった。
***
第21爆撃集団。B29操縦室。
エンジンの低い唸りが、機体全体に響いていた。
闇の中を、編隊は北上し続けていた。
副操縦士が言った。
「こんな大規模な爆撃は初めてですね。三百機以上が一度に飛ぶなんて」
機長が答えた。
「歴史に残る夜だ。東京を燃やし尽くしてやる」
爆撃手が口を開いた。
「何回か試験的に爆撃に行ったやつらから聞いた——日本の防空能力なんて、ないに等しいらしい。高射砲は当たらない。戦闘機も攻撃できない」
「ジャップは、しょせんジャップだぜ」
誰かが笑った。
「さっさと降伏すれば、こんな目に遭わないのにな」
機長は前方の闇を見つめた。
「今夜の爆撃で、何万人が死ぬか分からん。しかし——戦争を早く終わらせるためだ」
しばらく沈黙があった。
副操縦士が言った。
「東京はもう目の前です。観光旅行を楽しみますか」
「ゲイシャガールに爆弾をプレゼントしてやるぜ」
誰かが笑った。
そのとき——航法士が顔を上げた。
「機長、もうすぐ東京まで百キロメートルです」
「よし。爆撃投下準備——」
***
午前零時。大和発令所。
「田村、レーダードローンを上空に飛ばせ」
小型のドローンが、勢い良く垂直に上昇した。
上空三千メートルで静止した。
しばらくして。
「B29編隊を識別——ものすごい数です。位置を確定。レーダードローンとレールガン制御システムを連動——照準完了」
「大和から、三十キロメートル地点通過——」
田村が言った。
「レールガン、撃て!」
閃光が走った。
音はほとんどなかった。
金属が空気を切り裂く、低い音だけが響いた。
五秒後。また閃光。
また五秒後。また閃光。
発令所のモニターには、B29の編隊が映し出されていた。
先頭から順に、一機ずつ消えていった。
「一機目、撃墜」
「二機目、撃墜」
「三機目——」
***
第21爆撃集団。B29操縦室。
「先頭を飛んでいた一機が、突然爆発したぞ」
誰も何も言えなかった。
「な、なんだ」
また一機が爆発した。
「攻撃を受けている! どこからだ!」
「わからない! 音がしない!」
「高射砲か! そんな、はずは——」
また一機。
また一機。
「五秒ごとに、一機落ちていくぞ!」
***
大和発令所。
「B29編隊、七十キロメートル地点通過。撃墜数——四十機」
「ECM起動」
田村が操作した。
モニターの中で、B29編隊が突然乱れ始めた。
一機が大きく旋回した。
別の機が針路を外れた。
編隊がバラバラになり始めた。
「ECMが効いているみたいだな」
「横須賀鎮守府の司令部に連絡せよ。攻撃可能と」
***
第21爆撃集団。B29操縦室。
機長は計器を見た。
計器が狂い始めていた。
「無線が切れた!」
「計器が——全部おかしい!」
「編隊の司令官と連絡が取れない!」
機長は叫んだ。
「撤退する。引き返せ!」
B29が引き返そうと、次々と向きを変え始めた。
「ちくしょう。戦闘機が追って来やがった! 撃ち落とそうにも、武装が外されている」
「機長、どうするんです」
「爆弾を海に落とせ。機体を軽くして全速力で逃げるしかない」
「了解」
「なんとしても、生きて帰るぞ」
***
第三〇一海軍航空隊。
編隊長の声が無線に入った。
「各機、攻撃開始せよ」
「はっ」
四機の返答が、重なった。
B29に向かって、猛スピードで飛んでいく。
「撃て!」
二十ミリ機銃が火を噴いた。
B29のエンジンが炎を上げた。
「やったぞ!」
三番機が叫んだ。
「山田の分だ!」
四番機が続いた。
「中村の分!」
「田口の分!」
次々と、B29が火を噴いて落ちていった。
編隊長は引き金を引きながら、思った。
(ほんの少しだが、仇を取ることができた)
「深追いするな。引き上げだ」




