第22話 未来から来たことが一目瞭然です
哨戒艇千鳥・甲板。
西田は大和を見上げたまま、しばらく黙っていた。
B29が引き返していく姿が、まだ目に焼き付いていた。
(電波だけで——指一本触れずに、B29を追い返した)
西田は久我を見た。
「久我、貴様の判断は正しかったな」
久我は頷いた。
西田は大和を見上げた。
「この艦を——なんとしても帝国海軍の味方にしなければならない」
「司令長官にも、ぜひ同じお気持ちになっていただきたいであります」
西田は頷いた。
「私が責任を持って説得する」
久我が口を開いた。
「少佐、横須賀港に近づいた際、いきなり潜水艦が攻撃されることは、ないでありますね」
「当然だ。そのために直接確認に来た。それに——」
西田は少し間を置いた。
「さっきのB29を見ていればわかる。電波だけで三機を追い返した。もっと強力な兵器も搭載しているはずだ。攻撃なんかしても——返り討ちにあうだけだ」
久我は少し間を置いてから言った。
「北沢司令がおっしゃられていました。『もし攻撃されれば、我らも身を守らなくてはならない』と。逃げるとは言われなかったのです」
「やはりそうだろうな」
西田の顔に、苦笑が浮かんだ。
「さっきのB29への攻撃を見ていればわかる。あんな技術を持つ艦に、今の帝国海軍が勝てるはずがない」
西田はもう一度、大和を見上げた。
しばらく黙っていた。
「司令長官には、なんとしても、同じお気持ちになっていただかねばならない。私は一足先に、横須賀の港に戻り、このことを司令長官に報告する」
「よろしくお願いします」
***
大和・発令所。
久我から連絡が入った。
「西田少佐の許可が出ました。横須賀港まで移動をお願いします。私の哨戒艇が先導いたします」
田村が受話器を置いた。
「司令、どうせ横須賀鎮守府まで行くなら——武蔵のヘリで乗り込むのはどうでしょう」
北沢は少し考えてから、顔を上げた。
「それはいいな。百聞は一見にしかずだ」
「この時代には、ヘリはありません。言葉でいろいろ説明するより、空から降りたてば、未来から来たことが一目瞭然です」
「久我中尉に伝えてくれ」
「はっ」
田村は無線機を手に取った。
***
哨戒艇千鳥・艦橋。
「久我中尉、こちら大和の田村。北沢司令から伝言です」
「どうぞ」
「『横須賀鎮守府へはヘリコプターで向かう』と。ヘリコプターとは——回転翼で空中を飛ぶ機械。飛行機とは違い、垂直に離着陸できます」
久我は少し間を置いた。
「回転翼で空を飛ぶ機械なのでありますか」
「この時代には、まだ存在しないものです。北沢司令によれば——言葉で説明するより、見てもらった方が早いと」
久我は西田を見た。
西田は腕を組んでいた。
「梶原司令長官に伝え、鎮守府の庭に着陸できるよう手配しておく」
「田村艦長、許可をいただいたと北沢司令にお伝えください」
通信が切れた。
西田が久我に言った。
「回転翼で空を飛ぶ機械——どういうものだろうか」
「私も見たことがありません」
西田は大和を見た。
「あの艦には——他に、もっとすごいのが載ってそうだな」
「そうかもしれません」
「とにかく、大急ぎで横鎮に戻る」
「よろしくお願いします」
***
大和・発令所。
北沢は田村を見た。
「では、誰が横須賀鎮守府に行くかだが——田村は大和に残ってくれ。不測の事態に備えてほしい」
「はっ」
「私と——」
北沢は少し考えた。
「私と、桐山一等海佐、宮本二等海佐で行く。桐山は私の補佐を、宮本は通信士の栗原と、いつでも連絡が取れるようにしておいてくれ。そして松永も来てくれ。技術的な説明が必要になるかもしれない」
松永が頷いた。
「了解しました」
「iPadとプロジェクター、無線機の準備も頼む」
北沢は田村を見た。
「田村、頼む」
「はっ。不測の事態を想定し、すぐに行動を起こせるように臨戦態勢を組んでおきます」
***
入念な飛行前点検が終わり、武蔵の甲板後部のハッチが開いた。
ヘリコプターが姿を現した。
回転翼が広がり、エンジン音が低く響き始めた。
哨戒艇の甲板の上で、久我が双眼鏡を構えたまま動けなかった。
「な——なんだ、あれは」
島田が驚いて久我の方を見た。
「翼がないのに、飛んでいるであります」
ヘリコプターはゆっくりと浮上し、安定した姿勢で空中に静止した。
哨戒艇の乗員たちもざわめいた。
「帝国海軍に、こんなものがあったか?」
「空に浮かんでいる——なぜだ」
「翼もなしに、どうやって」
久我は双眼鏡を下ろした。
「これを見れば、司令長官も、北沢司令の話を、信じるしかないだろう」
ヘリコプターは横須賀の方向へ向かって飛び始めた。
***
横須賀鎮守府・中庭。
兵たちが庭の四隅に立ち、帽子や旗を振っていた。
「こちらだ! こちらに降りてくれ!」
「真ん中だ! 真ん中に降りろ!」
しかし誰も、上空に浮かぶヘリから目を離せなかった。
「な、なんだあれは、帝国海軍の新兵器か」
「翼がないのに飛べるのか」
「いきなり落ちてこないのか」
「風がすごい」
ヘリコプターがゆっくりと降下してきた。
回転翼が巻き起こす風が、庭の砂埃を巻き上げた。
兵たちの軍帽が吹き飛んだ。
「うわっ」
「風が——」
「帽子が!」
数名が顔を腕で覆い、体をよろめかせた。
一人が尻餅をついた。
ヘリコプターは構わず降下し、庭の中央に着地した。
エンジン音が徐々に低くなった。
回転翼が止まった。
庭が静かになった。
兵たちは、誰も動かなかった。
誰も口を開かなかった。
ドアが開いた。
北沢が降り立った。続いて桐山、宮本、松永が降りた。
兵たちが、四人を見つめていた。
服装が違った。階級章が違った。
しかし——日本人だった。
誰かが小声で言った。
「日本語を話すのか」
「当たり前だろ、日本人だ」
「でもあの機械は——」
「しっ、黙れ」
足音が近づいてきた。
若い海軍中尉が、キビキビとした足取りでやってきた。
四人の前で敬礼した。
北沢は帝国海軍式の敬礼を返した。
桐山、宮本、松永も続いた。
中尉が一瞬、目を見開いた。
(敬礼の形が——同じだ)
「有馬大佐の命により、ご案内します。どうぞ、こちらへ」
北沢は頷いた。
「頼む」
四人は中尉の後に続いた。
石畳の通路を歩いた。
左右に兵たちが立ち、四人を見つめていた。
誰もひそひそと話し合っていた。
煉瓦造りの建物が見えてきた。
明治時代に建てられた横須賀鎮守府の庁舎だった。
分厚い木製の扉が開かれていた。
中尉が扉の前で立ち止まり、再び敬礼した。
「会議室は二階であります。どうぞ」
北沢は建物を見上げた。
(この建物も——私たちの時代にはまだ残っていた)
四人は扉をくぐった。




