第21話 貴様はあの艦を信頼できると思うか
哨戒艇千鳥・艦橋。
久我は無線機の前に立った。
「こちら哨戒特務艇第八号、久我信二中尉。横鎮通信所、応答願います」
しばらく間があった。
「横鎮通信所、感度良好。どうぞ」
「緊急の要件があります。西田少佐への取り次ぎをお願いしたい」
「少々お待ちください」
久我は受話器を握ったまま、待った。
やがて聞き慣れた声が届いた。
「西田だ。久我か、どうした」
久我は一息ついてから言った。
「少佐、信じがたい話ですが——重要な報告があります」
「中尉がそういうのだ。余程のことなのだろうな」
「未来からの友軍を、横須賀まで先導しています」
「おい待て。アメリカ軍に騙されているのではないか」
「二隻の巨大潜水艦です。浮上したまま移動しています。全長二百五十メートル——帝国海軍にも、アメリカ海軍にも、こんな艦はありません」
「二百五十メートルだと」
「少佐も見ればわかります。この時代の艦の作りではありません」
西田が少し間を置いた。
「後どれくらいで着く」
「現在の速力で、およそ二時間であります」
「わかった。司令長官に報告する。くれぐれも——」
「はっ」
「よし。浦賀沖、港の五海里手前で停船させろ。私が直接確認に行く」
「はっ。承知しました」
通信が切れた。
久我は受話器を置いた。
島田が横に立っていた。
「うまくいきそうでありますか」
「西田少佐は信頼できる。あとは司令長官次第だ」
久我は大和の艦体を見上げた。
***
大和・発令所。
北沢はモニターに映し出された横須賀の海岸線を見ていた。
「横須賀鎮守府か。私たちの時代では海上自衛隊の基地になっていたな。アメリカ軍の基地も並んであった」
田村が静かに言った。
「懐かしいですね。同じ場所なのに、全然違う」
「そうだな」
田村が少し笑った。
「しかし原始時代とかに飛ばされなくて良かったですよ。言葉も通じませんからね」
北沢も小さく笑った。
「もし神様のような存在があるとすれば——この時代に来たことに、意味があるのかもしれないな。ここから未来を作り直せ、と言われているような気がする」
田村は少し間を置いた。
「そうであってほしいですね。時空の迷子のまま人生が終わるのは——さすがに、あんまりですよ」
北沢はそっと頷いた。
「そうだな」
***
田村が発令所のモニターを確認した。
「司令、横須賀鎮守府から哨戒艇がこちらに向かって来ます」
「まさかに備えて、迎撃の準備はしておけ」
「CIWS、展開済みです。発令所からの遠隔操作に切り替えてあります」
「発砲の判断は私が下す。それまで動かすな」
「安心ください。自動迎撃モードはオフにしてあります」
「抜かりないな」
「はっ」
北沢は腕を組んだ。
「しかし、そんなことになったら——我らはいったいどこで生きていけばいいのか」
田村が苦笑した。
「日本海溝にでも深く潜りますか。食料は武蔵にありますし、LED野菜工場もある。しばらくは持ちますよ」
「情けないが——深い海の底でゆっくり考えるのも悪くないかもしれんな」
二人は少し笑った。
しばらくして、田村がモニターを見た。
「司令、久我中尉より位が上そうな士官が、哨戒艇に乗り込みましたね」
北沢はモニターに目を向けた。
「西田少佐だろうな。久我が連絡したのだろう。——いよいよだな」
***
西田少佐を乗せた哨戒艇が近づいてきた。
艇の上で、西田が双眼鏡を下ろせずにいた。
(でかいな!)
全長二百五十メートルとは聞いていた。
しかし実際に目の前にすると、スケールが違いすぎた。
帝国海軍最大の戦艦でもこれほどではない。
哨戒艇が横付けされると、久我が甲板に立っていた。
西田が乗り移った。
「久我」
「西田少佐」
「確かに——でかいな」
西田は大和を見上げながら言った。
「はっ。私は、島田とともにあの艦の中に乗り込みました」
「どうだった」
久我は少し間を置いてから答えた。
「潜水艦特有の匂いがありませんでした。その時点で、帝国海軍の潜水艦とはまるで違います。通路が広く、天井が高い。照明が白く明るく、電球とは違う光り方です。計器類は日本語ですが、光る文字が並んでいる。発令所には潜望鏡もありません」
西田は眉をひそめた。
「潜望鏡がない発令所など——あり得ないな」
「しかし、確かにそうでした」
「代わりに——光る板が壁一面に並んでいます。地図のようなものが映し出されていました」
西田は腕を組んだ。
「女性も乗艦していました」
「女がか?」
「兵器の開発者だそうです」
西田はしばらく黙った。
「司令は何者だ」
「海軍大将相当の方です。北沢と名乗られました。——少佐、私はあの艦に乗り込んで確信しました」
「何をだ」
「あの艦は——この時代の艦ではありません。世界のどの国も作れません。西田少佐、私はあの方々に——この日本を助けていただきたいと考えております」
西田は久我の目を見た。
久我は目を逸らさなかった。
西田は大和を見上げた。
「久我、貴様はあの艦を信頼できると思うか」
「信頼できます」
「根拠は」
「私が、艦に乗り込み、この目と耳で、そう感じました」
西田はしばらく黙っていた。
やがて、小さく頷いた。
「わかった」
そのとき。
大和の発令所の田村から無線が入った。
「久我中尉、B29と思われる編隊、接近中。高度九千メートル。三機。針路は——東京方面です。日本軍の戦闘機と高射砲で追い返せそうですか。それとも我らが対処しますか」
久我は西田を見た。
西田が目で合図した。
「久我です。北沢司令をお願いします」
北沢が無線に出た。
「久我中尉、B29、どうする」
「今の日本の戦力では、B29を確実に追い返すのは難しいです。お願いしてよろしいでありますか」
「わかった」
***
大和・発令所。
北沢は田村を見た。
「田村、ECMで追い返せ。撃墜はするな。歴史への介入は最小限にとどめる」
「はっ。ECM起動します」
***
哨戒艇千鳥・甲板。
西田は双眼鏡を空に向けた。
高度九千メートル。豆粒のようなB29が三機、編隊を組んで飛んでいた。
島田が呟いた。
「あの高さでは、帝国海軍のどんな兵器も届きません。高射砲の射程は五千メートルが限界。戦闘機も、あの高度まで上がれるものは数少ない。やつらはそれを知っていて、好き勝手にやってやがる」
西田も、悔しそうに双眼鏡を握りしめたまま、黙っていた。
(あの高さまで届く兵器が、帝国陸軍にも海軍にもない。それが今の日本の現実だ)
砲声はなかった。閃光もなかった。
何も起きていないように見えた。
しかし——。
B29編隊が突然、不規則な動きを始めた。
一機が大きく旋回した。
「艦長——」
島田が声を上げた。
編隊がバラバラになり始めた。
二機目が急旋回する。
三機目も続いた。
やがて——全機とも針路を変えて、引き返し始めた。
西田は双眼鏡を下ろせなかった。
口が、半開きになっていた。
(何もしていない——のに)
(なぜだ。なぜ引き返す)
島田が叫ぶように言った。
「艦長! B29が——引き返していきます!」
「見えている。黙れ」
久我の声も、わずかに震えていた。
西田がようやく口を開いた。
「久我、いったいどうなったのだ。なにもしていないのに、いきなり引き返すとは——」
久我は大和に向かって無線を入れた。
「田村大佐殿、今、何をされたのでありますか」
田村の声が返ってきた。
「電子妨害です。編隊間の無線を狂わせました。指示が届かなければ、編隊としての爆撃行動は維持できません。撃墜しなくても、追い返せます」
西田は黙っていた。
島田が呟いた。
「電波で……無線を狂わせることができるなんて……」
久我も、しばらく言葉が出なかった。
(あの高度のB29を——指一本触れずに追い返した)
「ご興味があれば、後ほど詳しくご説明します」
田村の声は、いつも通り落ち着いていた。
西田はしばらく、引き返していくB29を双眼鏡で追い続けていた。
やがて、ゆっくりと双眼鏡を下ろした。
やがて言った。
「——この艦は、本物だ」




