第19話 この時代の日本を救っていただけるのでありますか
大和・司令室。
北沢が説明を続けた。
「そうだ、ちなみに戦後の日本には、徴兵制度はない」
久我は少し驚いた表情を見せた。
「徴兵が……ないのでありますか」
「ない。自衛隊は全員、志願した者だけだ」
久我は少し間を置いてから言った。
「私は職業軍人でありますが——仕事があるのに、赤紙一つで徴兵された友人がたくさんおりました」
北沢は頷いた。
「軍を悪と国民に刷り込んだ以上、徴兵制度は矛盾するからな」
島田が小声で言った。
「徴兵制度がないことは……羨ましいでありますが……それで……」
久我が続けた。
「そうです。もしもどこかの国に攻め込まれた場合、どうなるのでありますか」
北沢は答えた。
「困ったことになるだろうな。しかし幸運なことに、数十年もそういうことがなかったからな」
久我は少し考えてから言った。
「未来の日本は——本当に運が良かったのですね。数十年も他国に攻め込まれることがなかったとは」
北沢は頷いた。
「そうだ。平和が続いたおかげで技術力と経済力だけは、世界でも有数の国になることができた」
島田が、ぽつりと言った。
「そういう幸せが——日本にも訪れるのですね」
久我も頷いた。
「専守防衛という縛りはあっても、アメリカ軍の基地があっても——平和が続くのであれば、それで良かったのかもしれない気がいたします」
司令室が、しばらく穏やかな空気に包まれた。
北沢は言った。
「確かにそうだ。しかし——その代わり、国民の国防意識はどんどん低下していった」
「国防意識が……」
「日本にアメリカ軍の基地があることで、国民は次第に——自分たちは戦わなくても、アメリカ軍が守ってくれると思うようになってのだ」
久我が聞いた。
「アメリカ軍は、日本を守るために基地を残したのでありますか」
北沢はわずかに首を振った。
「いや、私は違うと思う。日本を監視するためだ。変な気を起こしたら許さないぞ——そういうことだったと思っている」
久我は黙って頷いた。
しばらく間があった。
久我が聞いた。
「それで——平和な日本は、ずっと続いたのでありますか」
司令室が、静まり返った。
北沢は少し間を置いて答えた。
「続かなかった」
久我と島田が、北沢を見た。
「日本は——再び、核を落とされた」
「なんと……」
久我の声が、わずかに震えていた。
北沢は続けた。
「核が爆発する直前に、巨大な地震が起きた。その力で——この艦は、過去に飛ばされたようだ」
久我は、しばらく何も言えなかった。
(この艦は——未来から来たのか)
ゴムボート。白い照明。光る板。潜望鏡のない発令所。
女性の乗員。見たことのない服装。帝国海軍の名簿に存在しない艦名。
すべての疑問が、一つに繋がった。
久我は、大きく頷いた。
「わかりました」
島田はまだ、口を開けたまま固まっていた。
***
久我が口を開いた。
「これから司令はどうされるのでありますか」
「決めていない。日本人としては——この時代で、これから起こる悲惨な出来事を食い止めたい。東京が燃え、広島が消え、長崎が消える。それを知っていて黙っていることはできない」
北沢が続けた。
「しかし——我らがこの時代で動くことで、この未来の歴史が変わってしまうのではないかと思うのだ」
久我が言った。
「司令、一つだけ確認させてください。大変失礼ですが、このまま何もしなくても、未来の日本に、核が落ちるのではないではありませんか」
久我が続けた。
「ならば、この時代で動いたとしても——それより悲惨な未来になるとは思えません。この時代の日本を、助けていただけないでしょうか」
北沢は久我をまっすぐ見た。
「そうしたい気持ちはある。しかし——過去が変われば、我らも、この艦も消えてしまうのではないかと思うのだ」
「なるほど……そういうことでありますか」
北沢は田村を見た。
「田村、早川くんを呼んでくれ」
田村が少し笑った。
「彼女なら何かいい考えが浮かびそうですね。大学の研究室から引く手あまただったというし——すぐ呼んできます」
田村が司令室を出た。
***
しばらくして、早川が司令室に入ってきた。
久我と島田が、同時に身を固くした。
(通路ですれ違った女か。女なんかに意見を求めるとは!)
早川は久我と島田をちらりと見てから、北沢に向き直った。
「お呼びでしょうか」
北沢が言った。
「早川くん、我々はどうも時間を逆行したらしい。この世界で何かすると、我々が消えてしまうのではないかと思うのだが——君の意見を聞きたい」
早川は少し考えてから言った。
「パラレルワールドの話ですね」
「たぶん、そういうことだ」
早川は椅子を引いて座った。
「物理学的には——時間旅行をした場合、二つの考え方があります。一つは、過去を変えると元の未来が消えるという考え方。もう一つは、過去を変えても元の世界とは別の世界が分岐するだけで、元の世界は消えないという考え方です。後者をパラレルワールド理論と呼びます」
久我と島田は顔を見合わせた。
(この女、何を説明しているんだ)
(意味が分からない)
島田が久我の耳元で囁いた。
「艦長……あの女は、何を言っているのでありますか」
久我は小声で返した。
「黙れ。口の聞き方に気をつけろ」
島田が小さく頷いた。
「さっぱり分からないのは、私だけでありますか」
「俺もだ。だが、とにかく黙って聞け」
北沢が早川に尋ねた。
「それで——どちらだと思う」
早川はしばらく黙った。
「わかりません。理論上はどちらもあり得ます。ただ——確かめる方法があります」
「どういうことだ」
早川は北沢を見てから、久我に目を向けた。
「例えば——この艦の乗員の中で、自分の曽祖父や祖父の名前がはっきり分かる者がいるとします。その人物がこの時代に存在するか確かめてもらうのです」
久我は黙って早川の話を聞いていた。
(つまり——先祖がいなければ、いいということか)
「もし存在しなければ、我らがいた世界とこの時代は繋がっていない。ここで何をしても、我らは消えないということになります」
早川は久我を見た。
「久我さん、調べられそうですか」
久我は黙って早川を見た。
(未来の女はこういう感じなのか)
隣で島田が、わずかに眉をひそめた。
「軍が命じれば、すぐに分かります」
北沢は久我を見た。
「わかった。久我中尉、そういうことだ」
久我は北沢をまっすぐ見た。
「確認できましたら——司令は、この時代の日本を救っていただけるのでありますか」
「約束しよう。ただし総理大臣や閣僚とも話をする必要がある。手配できるかな」
久我は頷いた。
「この日本の未来を知ったからには——命を懸けてお手伝いさせていただきます」
隣で島田が直立した。
「私もであります」
北沢は、二人を見て黙って頷いた。




