第18話 これは偽物です。我らを騙すための——
大和・司令室。
「これから見てもらうのは、これから起こることだ。君たちも薄々感じていると思うが——まずは映像を見てくれ」
久我はそっと頷いた。
「ところで、今は昭和何年だ」
「昭和二十年一月二十日であります」
北沢は田村を見た。
「その時期あたりから始めてくれ」
「承知しました」
田村が操作した。
司令室のモニターに、映像が映し出された。
***
最初は東京だった。
テロップが流れた。
『昭和二十年三月十日未明。B29爆撃機325機が東京下町に焼夷弾を投下。死者は約10万人以上、罹災者は約310万人』
夜の空が、赤く燃えていた。
B29の編隊が、次々と焼夷弾を投下していく。
下町が、川が、橋が——炎に包まれていった。
逃げ惑う人々。折り重なる遺体。
久我は、息を止めた。
島田は強く拳を握りしめていた。
海上の映像。
巨大な艦が、何百もの艦載機に群がられていた。
テロップが流れた。
『昭和二十年四月七日。戦艦大和、鹿児島県坊ノ岬沖にてアメリカ軍・艦載機の攻撃を受け撃沈。乗員約三千名のうち、生存者わずか二百八十名』
煙を噴き上げながら、艦が傾いていく。
やがて——大爆発が起きた。
久我は、目を逸らした。
(大和が……帝国海軍最強の艦が)
沖縄の映像。
洞窟の中で、民間人が息絶えていた。
老人が、子供が、若い母親が——。
崖から身を投げる人々の姿もあった。
テロップが流れた。
『昭和二十年四月一日〜六月二十三日。沖縄戦。アメリカ軍約二十万が上陸。日米両軍および民間人を合わせた死者約二十万人。沖縄県民の四人に一人が犠牲となった』
久我は、映像に見入っていた。
南の島の飛行場のようだった。
銀色の爆撃機に、細長い物体が積み込まれていった。
そして——白い閃光。巨大なきのこ雲。
テロップが流れた。
『昭和二十年八月六日 午前八時十五分。広島市に原子爆弾投下。人類史上初の核兵器実戦使用。同年末までの死者、約十四万人』
久我は、そこで目を逸らした。
(広島だ)
(木下兵曹長の……)
廃墟になった街の映像。
テロップが流れた。
『昭和二十年八月九日 午前十一時二分。長崎市に原子爆弾投下。同年末までの死者、約七万四千人』
巨大なきのこ雲が、久我の脳裏に焼き付いた。
玉音放送。
戦艦ミズーリの甲板。
日本の代表が、書類に署名していた。
その横に——連合軍の司令官が立っていた。
映像が止まった。
司令室が、しばらく静まり返った。
久我は湯呑みを、両手で強く握りしめていた。
「これは……」
北沢が言った。
「ほとんど、アメリカ軍が撮影した映像だ」
久我がゆっくりと口を開いた。
「アメリカ軍は……こんな映像を撮影しながら戦争をしていたのですね」
答えはなかった。
そして——一枚の写真だった。
静止画だった。
二人の男が並んでいた。
一人は正装のモーニング姿。背が低く、直立していた。
もう一人は開襟シャツ姿。背が高く、腕を組んでいた。
テロップが流れた。
『昭和二十年九月二十七日。昭和天皇、東京・アメリカ大使館にてマッカーサー元帥と会見』
島田が、立ち上がった。
「恐れ多くも天皇陛下が——こんな写真に収まるはずがありません。これは偽物です。我らを騙すための——」
「島田」
久我が制した。
「座れ」
「しかし艦長——」
「座れと言った」
島田は、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
久我は写真を見つめた。
(天皇陛下が——敵の将軍と並んでいる)
だが、それが偽物だと、もう思えなかった。
この映像を通して見てきたすべてが、あまりにも——本物の重さを持っていた。
島田の目から、涙が落ちた。
「私は——東京の下町の生まれです」
声が震えていた。
「こんな……戦闘とは関係のない、市民を。子供を。老人を——」
「私の両親も、親戚も——殺されるというのですか」
声が途切れた。
久我は、しばらく黙っていた。
「俺の親は長崎だ」
短い一言だった。
島田は口を閉じた。閉じるしかなかった。
久我は一度目を閉じた。
「貴様も軍人だろ。取り乱すな」
「はっ」
しかし久我自身の手が、湯呑みの上で、かすかに震えていた。
***
久我が口を開いた。
「北沢司令、アメリカに負けた日本はどうなったのですか」
北沢は少し間を置いてから答えた。
「日本は焼け野原になった。食料が不足して、餓死者が出た。親を亡くした子供たちは浮浪児となり、劣悪な暮らしの中で命を落とすものも多かった」
久我は黙って聞いていた。
「仕事もない、食べ物もない中で、家族を養うために身を売る女性が出た。パンパンと呼ばれた。軽蔑した者もいたが——生きるためだった」
島田が小さく呟いた。
「そんな」
「しかし」
北沢は続けた。
「朝鮮半島で戦争が始まり、日本はアメリカ軍の物資補給工場となった。特需と呼ばれる好景気が生まれ、経済的には日本は復活した」
久我が聞いた。
「経済的には、とはどういうことですか」
「アメリカ占領軍による日本支配が始まったのだ。二度と戦争をする気が起こらないようにな」
「どういうことですか」
「まず教育だ。日本軍は悪。アジアに攻め込んで迷惑をかけた——だから、アジアにお詫びしろという教育が始まった」
「そんな——我らはアジアを占領しようなどとは」
「そんなことは、アメリカにとってどうでもいいことなのだ」
北沢は淡々と言った。
「とにかく、軍を持つことは悪。軍をもてば、旧日本軍がやったように、悪いことをする——そういう方向に国民の意識を変えられていった」
「憲法もアメリカが新しく制定した。建前は日本が作ったとなっているがな」
「憲法までも……」
久我と島田が息を呑んだ。
田村がモニターを指した。
条文が映し出された。
「これだ、読んでみてくれ」
久我は声に出して読んだ。
「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない——」
久我は読み終えて、しばらく黙っていた。
「この憲法では……軍を持てないということになりませんか?」
「だから平和憲法と呼ばれた。戦後教育で『軍は悪』と教えられた国民は、この憲法に誇りを持ち、大切にしてきた。軍を保有していなければ、敵国に攻め込まれることはないと……」
「では——戦後の日本に軍隊はなかったのですね?」
「いや、自衛隊というものが作られた。自衛のためなら戦っていいという集団ができた。あえて集団と言ったが、実質は軍隊だ」
「では、軍隊を持てたのですね」
北沢はわずかに苦笑した。
「しかし専守防衛という縛りが作られた。敵に先に攻撃されない限り、武器を使えない。やられてから初めて戦っていいという縛りだ」
久我は眉をひそめた。
「それは、死んでから戦えということではないですか」
北沢は少し間を置いた。
「ただ、運が良いことに——戦後数十年、日本は他国に攻め込まれてもいないし、どこの国にも攻め込んでいない」
久我は、北沢の話す内容を必死に理解しようとしていた。




