第14話 疑心暗鬼
大和・発令所。
そのとき、モニターを見ていた田村が言う。
「艦長、右舷百メートルに小型艦艇二隻。こちらに接近しています」
木造の小型艦艇だった。
全長三十メートル足らず。艦首に小口径砲を一門搭載している。
甲板に数名の乗員が立ち、こちらを凝視している。
艦旗は——旭日旗だった。
北沢が驚いたように言った。
「帝国海軍の哨戒艇のようなのだが、いったい、どういうことなんだ」
哨戒艇の乗員たちが、大和と武蔵を見ている。
その表情は、双眼鏡越しにもわかった。
呆然としていた。
***
帝国海軍。哨戒艇艦橋
哨戒艇艦橋では、久我信二中尉が双眼鏡を握りしめていた。
二十八歳。横須賀鎮守府所属の久我は、二隻の哨戒艇、千鳥と都鳥を率いる千鳥の隊長だった。
半年前まで駆逐艦に乗っていたが、艦を失って千鳥の艦長に回された。
同期の半数が、もういない。
「でかいな」
副長の島田少尉が横に立っていた。
「艦長、あれは帝国海軍の潜水艦でありますか」
「違う。帝国海軍にあんな艦はない。全長を見ろ。二百五十メートルはある」
「確かにそれくらいは——」
島田が絶句した。
甲板では、水兵たちが小声で囁いていた。
「おい、あれ、魚雷を撃ってこないのか」
「いや、艦の向きはこっちを向いていないから大丈夫だ」
「だから、浮上したまま艦首をこちらに向けられる前に、こちらから攻撃しないとだめだろ」
「そうだな、潜られたらどうにもならんぞ」
島田が水兵たちの方を見て怒鳴りつけた。
「お前ら、艦長の指示があるまで黙ってろ」
久我の目が細くなった。
「所属不明の艦が相模湾に浮いている。敵の可能性がある。砲撃用意」
「艦長——」
島田が制した。
「お待ちください。アメリカの艦に、あのような大型の潜水艦があるという話は聞いたことがありません。それに——もしアメリカの艦であれば、すでに攻撃してくるはずであります」
久我は双眼鏡を下ろした。
「そうだな」
「砲撃の用意はしておくとして、まずは無線で呼びかけてみてはいかがでしょう」
久我が頷いた。
「そうしよう。都鳥には、砲撃の用意をしておけと連絡しておけ」
「はっ」
島田が、都鳥に連絡し終わったのを見て、久我は無線手に命じた。
「全周波数を切り替えながら、あの艦に呼びかけてみろ」
「はっ」
無線手が周波数を変えながら呼びかけ始めた。
「こちら帝国海軍横須賀鎮守府所属哨戒艇。正体不明の潜水艦に告ぐ。所属と目的を答えられたし」
***
大和の発令所。
「艦長、帝国海軍と名乗る哨戒艇から無線が入っています。所属と目的を問われています」
北沢は田村を見た。
「話してみてくれ」
モニターを見ていた宮本が、振り返った。
「司令、なにが起こるかわかりませんよ。いったん潜水しましょう」
「いや、まだだ。お互いに疑心暗鬼なのだ。落ち着いた行動が大事だ」
北沢は首を振った。
「ですが、やつら砲撃の用意をしていますよ」
宮本がモニターを指差した。哨戒艇の甲板で、砲員たちが小口径砲に取りついているのが見えた。
北沢は抑えた声で言った。
「まず、話してみよう。相手の出方を見たい。危険と判断したら、すぐに潜水する。田村、それでいいな」
田村は頷いた。
「わかりました。潜航長、いつでも潜れるようにしておけ」
北沢が言った。
「では、話してみてくれ」
田村は頷いた。
「繋いでくれ」
通信が繋がった。
「こちら……日本の海軍である。所属は軍機につき、ここでは明かせない。貴艦の艦長と話をしたい」
しばらく間があった。
久我の声が返ってきた。
「私が艦長であります。久我信二中尉であります。貴艦の艦長殿の階級と、お名前をお聞かせ願いたい」
北沢は田村を見た。
「帝国海軍と名乗っているのだから、大佐でいい」
田村が応答した。
「大和の艦長、田村誠一。階級は海軍大佐だ」
また間があった。
久我の声が戻ってきた。
「承知いたしました。田村大佐殿、一つお聞かせ願えますか」
「何かな」
「この艦は……帝国海軍所属の艦で間違いありませんか」
田村は北沢の顔を見た。
北沢が頷いた。
「間違いない」
しばらく沈黙があった。
久我がまた口を開いた。
「このような巨大な潜水艦が存在するとは、聞いたことがありません。いずこで建造されたのでありますか」
田村は答えた。
「軍の機密だ。横須賀まで先導してもらえるか」
「はっ。承知いたしました」
モニターには、哨戒艇の乗員たちが全員甲板に出て大和を見上げている映像が映し出されていた。誰も動かなかった。誰も言葉を発しなかった。
ただ、見上げていた。
その表情には、恐怖ではなく——どこか畏敬のようなものがあった。
田村が言った。
「司令、これからどうしますか。このまま横須賀について行くのは、あまりに危険です。いきなり砲撃される可能性があります」
「そうだな。久我中尉には、我らが未来から来た可能性があると伝えておこう。それが正しいかどうかも、話せば見えてくるはずだ。その反応を見て、横須賀に行くか行かないか判断しよう」




