第12話 当たりくじを引くのは昔から得意だ
官邸地下一階、危機管理センター。
江崎総理は閣僚たちを見渡した。
北沢の言葉が、もう一度耳の奥で響いた。
『核を持たないまま、核の脅しに怯え続けること。それこそが、国民を最も危険な状態に追い込んでいるのではないですか』
江崎総理はゆっくりと立ち上がった。
「諸君、私は決断した」
室内が静まり返った。
「大和と武蔵、および搭載核兵器を、日本国保有の正式な戦力として認定する」
誰も声を上げなかった。
だが、全員が深く頷いた。
「某国の代表に繋いでくれ」
回線が繋がった。
ブロック代表の声は、相変わらず穏やかだった。
「これは江崎総理。なにかご用でしょうか」
江崎総理は、はっきりと言った。
「大和と武蔵は、日本国の正式な戦力です。核も同様です。もし、我が国を攻撃するなら、ただちに報復しますぞ。それだけお伝えします」
長い沈黙があった。
「それは、脅しですか」
「事実をお伝えしたまでです」
通信が切れた。
室内に、緊張が走った。
「総理——」
そう西村が言いかけた瞬間、防衛省からの緊急通報が入った。
「弾道ミサイル発射を探知。某国内陸部より一発。着弾予測、相模湾沖。着弾まで僅か」
江崎総理の顔が蒼白になった。
(撃ってきたのか。本当に撃ったのか)
「西村君、今すぐ海自の通信回線で坂本に伝えろ。艦艇を全速で離脱させろ」
西村が海自の回線で坂本に怒鳴った。
「坂本、海自の艦艇を今すぐ離脱させろ。核ミサイルが発射された。説明は後だ。急げ」
江崎総理は衛星通信機を手に取り、北沢を呼んだ。
「北沢君、核ミサイルが発射された。着弾まで僅かしかない。今すぐ潜航してくれ」
「了解しました。田村、急速潜航、全速離脱だ」
田村の声が続いた。
「武蔵にも伝達。急速潜航、最大深度までだ」
北沢の声が戻った。
「総理、まもなく潜航します」
江崎総理は一瞬、言葉を詰まらせた。
「必ず生き残ってくれ。大和と武蔵と核は、今この瞬間から日本国の正式な保有兵器だ。大和と武蔵は、日本国の艦となった」
「承知しました。ご英断に、感謝します」
通信が切れた。
江崎総理は受話器を握ったまま、動けなかった。
(間に合ってくれ)
***
大和・発令所。
「田村、今から言うことを武蔵にも流してくれ」
「了解しました。通信員、水中通話機を繋げ」
「繋ぎました。司令どうぞ」
北沢はマイクを握った。
「全乗組員に告ぐ。某国が核ミサイルを発射した。着弾まで僅かだ。本艦はただちに全速離脱する。相模湾中央部の深海域まで潜れれば、衝撃波を凌げる可能性がある。間に合うかどうかは——わからない」
北沢は続けた。
「しかし、諸君にどうしても伝えたいことがある」
北沢の声が変わった。
「江崎総理が、ただいま決断された。大和と武蔵と核を、日本国の正式な保有兵器として認定すると」
艦内に、静寂が広がった。
「諸君は今この瞬間から、日本国の正規艦の乗組員だ。核ミサイルにより、関東地方は相当の被害を受けるだろう。その後、この国がどうなるかは誰にもわからない。だからこそ——我々は必ず生き残らなければならない。日本のためにだ」
艦内のあちこちから、声が上がった。
嗚咽に近い声もあった。
***
相模湾。
深度三百メートル。全速航行中。
そのとき、ソナーが異常な反応を示した。
「司令、海底から異音。低周波の振動です」
次の瞬間、艦体が揺れた。
核爆発ではなかった。
核爆発なら、衝撃波は一瞬だ。
これは違う。
ゴォォォ——。
地の底から這い上がってくるような、低く長い振動だった。
艦全体が、巨大な何かに包まれるように揺れ続けた。
「司令、地震です。しかもかなりの規模です。海底から地鳴りが——」
北沢は計器を見た。
ソナーが、かつて見たことのない波形を描いていた。
「南海トラフ地震か」
「おそらく」
北沢は思わず苦笑した。
「核ミサイルが飛んでくる上に、南海トラフ大地震か。踏んだり蹴ったりとは、このことだな」
田村が落ち着いた声で言った。
「ここまで来たら、運に任せるしかありません。司令——運は良い方ですか?」
「任せろ。当たりくじを引くのは昔から得意だ」
ゴォォォォォ——。
二度目の振動が来た。
一度目より、遥かに大きかった。
艦体が激しく傾いた。誰かが転倒する音がした。
計器のいくつかが警報を鳴らし始めた。
「震度、推定九以上。震源は紀伊半島沖——南海トラフ本震です」
北沢は手すりを掴みながら言った。
「核ミサイルだけでも首都圏壊滅だ。そこに南海トラフが重なれば——」
言葉が続かなかった。
関東だけではない。東海、近畿、四国。日本の太平洋側が、同時に揺れている。
(日本はどうなる)
田村が北沢の目を見た。
何も言わなかった。
しかしその目が、同じことを問いかけていた。
ゴォォォォォォ——。
三度目の振動が艦を襲った。
今度は縦揺れだった。
計器が一斉に振り切れた。
ソナーが悲鳴を上げた。
「何だ——」
艦体を包むように、白い光が広がっていく。
田村が叫んだ。
「何だ、これは——」
誰も答えられなかった。
意識が遠くなる。
田村は手すりを握ったまま、思った。
(核ミサイルが着弾したのか)
(それとも——)
(我々はここで消えるのか。日本はこれからどうなるのだろう)
(見届けることは、できそうにないな)
結果がわからないまま、すべてが消えた。




