第120話 世界の歴史はどう変わるのでしょうね
武蔵・発令所。
田村が言った。
「それにしても、アフリカ、インド、アジアと——どこに行ってもポルトガルの旗だらけでした。ですが、大型船をすべて沈めましたので、海上交易帝国も開店休業になったはずです」
「そうなると、ヨーロッパには、オスマン帝国経由でしか香辛料が入らなくなりますね」
「香辛料の値上がりの恨みは、船が沈められていないオランダに向けられるでしょうね。お前、怪しいぞと」
「戦争が始まるかもしれませんね」
「プロテスタント対——カトリック、という構図になるかもしれませんね」
田村は続けた。
「もともと、オランダ(プロテスタント)はスペイン(カトリック)から独立しようと戦っている最中です。そこへ、香辛料をめぐる恨みまで重なれば——余計に、対立が深まると思います」
「そうなるかどうかは別として、ポルトガルとスペインは、財政破綻しないにしても、今まで搾取してきたお金をすべて吐き出すことになるでしょうね。イギリスは、植民地が少ない分、もっと財政が苦しくなりますね」
「数年後、もう一回やれば、すべての国が財政破綻しますかね」
「そうなったら、世界の歴史はどう変わるのでしょうね。オスマン帝国が強くなったりするかもしれませんね。大いに興味があります」
***
由良湊・食事会会場。
大和が帰ってきた。
今日は、数名の当直を残して、全員が上陸していた。
浜辺で、盛大な食事会が開かれた。
もちろん、由良湊の周囲は、海神衆が警備にあたっていた。
用意してもらった金網の上で、身分に関係なく、みんなで魚や貝類を焼いて食べた。
あちこちで、火の粉が弾け、香ばしい匂いが立ち上っていた。
村上水軍と九鬼水軍の男たちは、すぐに意気投合していた。
「お主のところは、ずいぶん遠くまで行ってきたそうじゃないか」
「大海原を、海神丸で走るのは最高の気分だぞ」
「我らも行きたいのう」
「次は行けるんじゃないか。見たこともない景色が待ってるぞ」
もとは、海に生きる者同士——かつては海賊と呼ばれた者たちだ。
話し始めれば、帆船の癖、航海術、潮の読み方——尽きることがなかった。
伊賀から港に移り住んだ者たちが、職人たちと車座になっていた。
忍びの技を面白がる大工。
船大工の苦労話を熱心に聞く女房たち。
織田家の武将たちも、その輪の中にいた。
身分も、出自も、関係なく語らい、飲んでいた。
柴田勝家が、大声で笑いながら、村上の男たちに酒を注いでいた。
「なんの、儂とて——元をたどれば、尾張の片田舎の地侍よ。大名面など、笑止よ」
前田利家も頷いた。
「まことにござる。そのころの我が家は——あばら家でな。親父殿の家がうらやましかったぞ」
誰もが、もとを正せば、大した身分ではなかった。
海賊、忍び、地侍——それぞれの生業で、それぞれの海と山を生き抜いてきた者たちだった。
だからこそ——野暮な奴はいなかった。
誰も彼もが、車座になって、心置きなく笑い合っていた。
浜辺には、魚の焼ける匂いと、笑い声と、波の音が、いつまでも入り混じっていた。
***
車座で飲み食いする者たち全員が、興味津々にちらちらと眺めている物があった。
大和がフィリピンで仕入れてきた、南国の果物だ。
籠に山と積まれたそれらは——見たこともない形をしていた。
黄色く輝く楕円の実。
硬そうな緑の殻に、無数の棘を生やした奇妙な塊。
表面に何本もの突起が生えた、赤みがかった丸い実。
「あれは——何の実じゃ」
誰かが、隣の者に小声で聞いた。
「知らん。だが——ずいぶんと、いい匂いがするぞ」
甘く濃厚な香りが、風に乗って漂ってくる。
と思えば、その奥から、なんとも形容しがたい、癖の強い匂いも混じっていた。
誰もが、鼻をひくつかせながら、籠の方をちらちらと見ていた。
だが、誰も手を伸ばそうとはしない。
田村が立ち上がって説明を始めた。
「はい、こちらに注目——。南蛮まで行って来た帰りに——呂宋で果物を大量に買ってきました」
新しいもの好きの信長が、さっそく食いついてきた。
「どんな果物であるかの」
「マンゴー、マンゴスチン、ジャックフルーツ、ドリアンです。ドリアンは臭いが美味いですぞ。ただ——大和の中がたいへんな匂いになっておりましてな」
全員が大笑いした。
笑いが収まると、誰もが、あの匂いの正体はドリアンかと、籠の中の棘だらけの実を、あらためてまじまじと見つめた。
さっそく女衆が、果物を小さく切り分け始めた。
しかし、どう切り分けたら良いのかわからず、作業が止まった。
田村が、楽しそうに説明して回った。
信長がドリアンを一口食べた。
「……なんじゃこれは」
顔をしかめたまま、動かなくなった。
周囲が一斉に静まり返った。
「上様——どうされました。お口に合いませぬか」
信長はしばらく黙っていた。
やがて——ゆっくりと、もう一口食べた。
「臭いは——たしかにひどい」
「だが、うまい。これは——うまいぞ。勝家、食ってみよ」
「某は臭いのは――」
どっと笑いが起きた。
お市がマンゴーを口に運んだ。
「まあ——なんて甘いのでしょう」
徳姫も続いた。
「妾も、いただきます」
茶々、初、江の三姉妹が、ジャックフルーツを前に、目を輝かせていた。
「これは——どうやって食べるのですか」
田村が笑いながら答えた。
「中の実だけを、こうやって——」
子供たちが、われ先にと手を伸ばした。
半兵衛と官兵衛も、マンゴスチンの皮を剥きながら、静かに味わっていた。
半兵衛は、車座になって笑い合う人々を、しばらく眺めていた。
身分も、出自も関係なく、誰もが打ち解けている。
(織田が大きくなる前は、この輪の中には羽柴殿もいたのだろう——)
(人間とは、難しい生き物です)
信長が、三個目のドリアンに手を伸ばしていた。
堀が、呆れたように言った。
「上様——それほどお気に召しましたか」
「うまいものは、うまい。それだけのことじゃ」




