第121話 そういうやり方は気に入らぬぞ
由良湊・食事会会場。
信長が北沢の方を向いた。
「ところで北沢殿、半兵衛と官兵衛の横に座っている者たちは何者であろうか」
半兵衛が信長の近くにやってきた。
「五人の名前は、ルイス、ディエゴ、パブロ、マテオ、フアンといいます。日本から見れば、東の海の彼方、船で二月以上も離れた、遠い大陸の民です」
信長の目が興味深そうに光った。
「そんな遠くから——」
「この者たちの祖父母は、かつてその大陸に栄えていたアステカ帝国という国の民でございます」
半兵衛は続けた。
「アステカ帝国は——日本よりもはるかに広大な国でした。ですが、今から六十年ほど前——わずか数百人のスペイン兵の前に、あえなく滅び去りました。今では、その名も——ヌエバ・エスパーニャ副王領と変えられ。スペインの植民地として、生きながらえています」
信長が聞いた。
「植民地とはなんだ」
半兵衛は少し考えてから答えた。
「征服した国のすべて——土地も、そこに住む民も、産する物も——本国のためだけに使う。それが、植民地というものでございます。もとよりあった国の民のことなど、初めから考えてはおりません」
「本国のためだけ、か」
「はい。奪ったものを本国へ送り、代わりに自らの言葉、自らの信じる神を押しつける。逆らう者は、容赦なく力で押さえつけるのです」
会場が静まり返った。
森長可が思わず声を上げた。
「数百人で、日本よりも広大な国を——! そんな馬鹿な」
「馬鹿な話ではありません。彼らは疱瘡という病を利用したのです。この地の者たちは、疱瘡という病そのものを知らず、体もこれに慣れておりませんでした。そこへ病を持ち込み、人口を激減させたところで——攻め込んだのです」
柴田勝家が、拳を握りしめた。
「病を利用しただと——。そういうやり方は気に入らぬぞ。武人のすることではない」
半兵衛は大きく頷いた。
「そして——征服された後の扱いも、目を覆うものです。エンコミエンダという仕組みが作られました。土地とともに、そこに住まう民までもが、まとめてスペイン人に割り当てられるというものです。民は朝から晩まで働かされ、逆らえば鞭で打たれる。病に倒れても、休むことすら許されません」
信長は眉をひそめた。
「そこまでするのか」
「彼らの仲間が何人も、過労と折檻で命を落としたと——この者たちから聞きました」
信長はしばらく黙っていた。
やがて、抑えた声で言った。
「まるで——家畜のようではないか。いや、家畜であっても、そんなことはできない」
滝川一益が、怒りを抑えながら言った。
「病を使って国を滅ぼしておいて、その国の民を家畜同然に扱うとは——」
佐々成政も続いた。
「我ら武人として生きてきた者にとって、聞くに耐えない話です」
「ところで——なぜこの五人は、日本に来ることになった」
半兵衛は五人の方を、一度静かに見やった。
「この者たちは——エンコミエンダに逆らい、いつか自分たちの国を取り返そうと、密かに仲間を集めて動いていた者たちです」
「取り返す、とな」
「はい。祖父母の代から奪われたままの土地を、いつか自分たちの手に戻す——それだけを胸に、山中に隠れ潜みながら、機会を待っていたそうです。ですが、その拠点をスペイン兵に見つかり、急襲されました」
「生き残ったのが、この五人か」
「仲間の多くを失い、逃げる途中で我らと出会いました。行く当てもなく、食べる物もない——そういう有様でした」
信長は五人へ目を向けた。
「よくぞ、生き延びた」
ルイスたちは、深く頭を下げた。
***
柴田勝家が、勢いよく立ち上がった。
「上様——ヌエバ・エスパーニャに乗り込んで暴れてやりましょうぞ! 病を利用し、民を家畜扱いする輩など、この儂が黙っておれん」
森長可も、目を輝かせた。
「某も、ぜひ加えてくだされ。腕が鳴りますぞ」
滝川一益、佐々成政も、それぞれ頷いた。
信長は、しばらく武辺者たちの顔を見渡していた。
やがて、口元に笑みを浮かべた。
「面白い。北沢殿——この者たちに、存分に働いてもらう場を与えてやってもらえぬか」
北沢は頷いた。
「願ってもないことです。スペインが勢力を増せば、新しく作ろうとしている国にも大きな影響がありますから」
「ヌエバ・エスパーニャとはどのような国でござるか」
「ヌエバ・エスパーニャは日本の五倍もの広さがあります。気候は場所によってさまざまで——高地は涼しく過ごしやすく、低地の海沿いは蒸し暑い。食べ物は、先ほどの果物のほか、とうもろこし——これは、まだ日本に伝わって間もない穀物ですが——それと、豆が主食とされています」
北沢は説明を続けた。
「アステカの都であった場所は——今も、この地の中心として使われております。高い山に囲まれた盆地の——さらに湖に浮かぶ島の上に築かれた、四方を水に囲まれた、まさに要塞のような都でございます。今では、メキシコシティと呼ばれ、この植民地全体を治める首都となっております。記録によれば、現在のスペイン兵の数は——数千人程度です」
「兵の数は意外と少ないな」
「スペイン兵といっても、船で本国から連れてきた兵はごく一握りです。大半は、現地生まれのスペイン人や、混血の者たちで占められています」
信長は続けた。
「ヌエバ・エスパーニャに連れていける兵は数百か。スペイン兵は強いのか」
北沢が答えた。
「スペイン兵は、火縄銃と大砲を持っています。ですが、我らが大型船の建造とともに改良した鉄砲と大砲は——比較にならないくらい性能が高いです」
北沢は続けた。
「大砲については、砲身にライフリング——螺旋状の溝を刻んでおります。これにより、砲弾は回転しながら、まっすぐ遠くまで飛びます。形も、球型から紡錘型に変え、後ろから素早く弾を込められる仕組みにいたしました。おかげで、射程距離はおよそ倍以上、命中精度も格段に上がっております」
「わからぬ言葉が多いが、倍の長さ飛んで、よく命中するということですな」
「改良鉄砲についても——同じ技術を用いております。銃身にライフリングを施し、弾も紡錘の形に。点火の仕組みも、火縄から、雨の日でも使える火打ち石式に改めました。これも、後ろから弾込めができますので——一分間に撃てる弾の数は五倍以上、有効射程も少なくとも倍以上になっております」
「大砲と同じじゃな。しかも後ろから弾込めができるのか。すごいではないか」
「海神丸の乗組員には配備しています」
「なんじゃ。武器の性能では、スペインなど恐るるに足らぬではないか。だが——兵の数に差があるのは、確かに問題じゃな」
勝家が、にやりと笑った。
「上様、奇襲で今川の大軍を打ち破った桶狭間を思い出しますな」
半兵衛が口を開いた。
「某と黒田殿も同行させていただきますぞ」
信長が、満足そうに頷いた。
「優秀な軍師が二人もついて来るなら、心配などいらぬな」
***
半兵衛は続けた。
「兵が足らぬところは、民の力を借ります。エンコミエンダに苦しむ民を蜂起させるように仕向けます。民衆を立ち上がらせ、スペイン兵の横にも後ろからも民が襲いかかるでしょう」
信長は、うれしそうに言った。
「さすが、軍師殿面白いことをいうの。一揆を各所で起こさせるということだな」
「そのとおりでござる」
半兵衛はしばらく信長を見つめていた。
(天下人ではない今の織田殿は——なんとも魅力的な人物だ)
(織田家が、これほど大きくなったわけが、わかる気がする)




