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原潜大和・武蔵、転移す ―信長と、未来を変える―  作者: ゲンタ
第4章 アメリカ編

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第117話 信忠——お前がやりたいようにやれ

安土城・信長を監禁中の部屋。


光秀は静かに頭を下げた。

「上様——考えを改めていただきましたでしょうか」


信長は窓の外を見たまま答えた。

「何回も同じことを言いに来るな。それに——もう上様でもなかろう」


「いえ——某にとって上様であることに変わりはありません。ですので、見張りは付けておりますが——決して粗略になど扱っておりません」


信長は振り返った。

「信忠はどうした」


「すっかり回復されておられます。ご安心ください」


信長はしばらく黙っていた。

「光秀よ、お前はこの国をどうしたいのだ」


光秀は口を開いた。

「武をもって、この国を統一し、戦《いくさ》のない世を作る——それを上様が実現されました。まことに、すばらしき偉業でございます。ですが、その後のなさり様には——某、どうしてもついていけぬのです」


「聞こう」


「上様から南蛮の脅威についてお聞きし——某も、まさにそのとおりだと存じました。ですが——信忠様を新たな権力の中枢に据えるためだけに、この国の仕組みをすべて改める必要が、本当にございましょうか。今の仕組みのまま、征夷大将軍になっていただき、織田幕府を開かれれば、それでよろしいのではございませんか」


光秀の声が——わずかに震えた。

「古くから、そういう形にて、この国は続いてきたのです。なぜ、これまで続いてきた伝統を、いとも簡単に捨て去ろうとされるのですか」


光秀は続けた。

「南蛮の脅威に備えるのは理解できますが——いきなり宣教師を追い出したり、大きな軍船を作ったり。不用意に南蛮を刺激するのは、いかがかと思います。堺や博多の商人衆からも苦情が届いております」


「続けよ」


「某のもとには——公家衆、旧幕臣衆、臣従された有力大名衆から、上様のなさり様を心配する声が、毎日のように届いております」


信長は小さく笑った。

「そんな奴らの言葉に引きずられたのか——情けなきことよ」


光秀は頭を下げた。

「決してそうではありません——このままでは、再び天下が乱れることを心配しておるのです」


光秀は続けた。

「織田幕府をお作りなさいませ。古きより続く仕組みを、壊されるのはおやめください。さすれば——不安を抱く者たちも安心するはずです」


「それだけか」


「そうしていただけるのであれば——この身、いかような処罰も受けましょう」


「信忠にも同じようなことを言っておるのだな」


「もちろんでございます」


「信忠はなんと」


「聡明なる信忠様は、某の考えに賛同いただいております。すでに朝廷には征夷大将軍の内諾を得ております。上様には、太政大臣はいかがかと——」


部屋が静かになった。

信長はしばらく天井を見上げていた。


「信忠をここに連れてきてくれぬか」


「しばらくお待ちください」


***


光秀が部屋から出ていった。


しばらくして、光秀とともに信忠が部屋に入ってきた。

「上様、ご無事でしたか」


「見てのとおりじゃ」


「そちの傷の具合はどうじゃ」


「すっかり治りましてございます」


「そうか。肝心なことを確認するぞ。その方は征夷大将軍になりたいのか」


「なりたいわけではありません。上様の偉業をもちまして、この国のすべての大名は、織田家の武力にひれ伏し臣従しました。しかし、未だに、公家や寺社といった勢力は健在。また、織田家の武将たちでさえ、古き体制を望むものが多く——」


信忠は続けた。

「上様の目指す新しき世を作ろうとすれば、これから先、何度も戦《いくさ》を繰り返すことになるでしょう。この国の民が望むものは、戦のない世です」


「それが光秀と話して決めた結論というわけか」


しばしの間を置いて、信長は重い口調で告げた。

「わかった。信忠——お前がやりたいようにやれ」


二人は目を見開いた。

「上様——よろしいのですか」


「だが約束しろ。天下統一の大恩人である北沢殿たちには手を出すな」


「その点については、一つお詫び申し上げなければなりません」


信長の表情が険しくなった。

「どういうことじゃ」


「上様が安土城に幽閉されたことを聞きつけ、有岡城の戦いで負けた者たちが、徒党を組んで伊賀に攻め込んでしまいました。しかし今後は、二度とこのようなことがないようにいたします。伊賀の者どもには迷惑料も払いまする」


(こんな二人で、この国をまとめていけるのか)


「伊賀も、有岡城も、由良湊も儂が北沢殿に渡したものだぞ」


「わかっておりまする。以後このようなことは誓ってさせませぬ」


「そうか」


「それと、報告がございます。海神《わだつみ》丸が戻ってきました。揉め事が起きぬよう、九鬼水軍に命じて、由良湊から紀州沖に出ていっていただきました」


「攻撃させたのか」


「いいえ、そのようなことは——いかがするべきか、上様のお考えを」


信長は二人を見据えて言った。

「信忠、光秀——こうせぬか」


「はっ」


「儂は隠居する。隠居場所は由良湊とする。隠居料として紀伊、伊勢、志摩、伊賀と堺をよこせ。そしてその地は永代、どの大名にも手出しをさせないことを、幕府が約束させよ」


「わかりました。この信忠、将軍としてお約束いたします」


「それと、北沢殿が作ろうとする新たな国と、由良湊とで交易することを認めよ。また、北沢殿がお作りになった大型船は由良湊に戻せ」


「もちろん認めます。また、大型船もお戻しします。北沢殿はこの国の恩人ですから」


「儂からは、それだけじゃ」


信忠と光秀は、同じことを思っていた——あんなに苦労して統一された天下を、なぜあっさりと手放されるのか、と。


やがて——二人は頭を下げた。

「上様の仰せのとおりにいたします」


「信忠、幕府はどうするのじゃ」


「幕府の本拠地は、本願寺跡地に難攻不落な巨城を作ります。南蛮との交易は、九州の平戸のみを窓口として、幕府の監視のもと再開します。それ以外の場所については、宣教師も含め外国人の出入りは禁止とします」


「そうか」


(旧体制を抱えたまま、この国を作り変えることなどできるはずがない)

(新たなる仕組みは、破壊の上にしか存在しないことがわからないのか)


信忠と光秀は顔を見合わせ、安心したような表情を浮かべた。

二人が出ていった。

部屋が——静かになった。


信長は窓の外を見た。

(この国は——どうなるのだろうか。足利幕府の二の舞にならなければいいが)

(弱き国が、生きていけるほど、世界は甘くはないぞ)


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