第116話 上様が——捕らえられたというのです
天正十年(一五八二年)六月上旬。
武蔵・発令所。
田村から連絡が入った。
「ポルトガルのリスボン、スペインのセビリアを叩き終わりました。これからどうしますか。サンフランシスコ湾に戻りますか、それとも由良湊ですか」
北沢の声が届いた。
「ご苦労様でした。よくやってくれました。こちらは——もう少しで由良湊に到着します」
北沢が続けた。
「さきほどの話ですが——記録では、六年後の一五八八年にアルマダ海戦があって、スペインの無敵艦隊がイギリスに大敗。以降——イギリスが海の覇権を握り始めます」
「確かそうですね」
「スペインの艦隊を叩けば——歴史どおりなら、イギリスが台頭してきますね。それは、日本にとっては好ましくないです。申し訳ないですが——イギリスの艦隊も沈めてください」
「そうですね。オランダはどうしますか?」
「攻撃せずに、無傷で放置しましょう」
「オランダは疑われますね」
「しばらくは、犯人探し、犯人叩きをやってもらいましょう」
「なるほど。では、これからイギリスに向かいます」
通信が切れた。
乗組員全員に伝わるよう、北沢はマイクを持った。
「さあ——もうすぐ由良湊だ。到着したら少しゆっくり休みましょう」
「おおーっ——!」
発令所に——陽気な歓声が上がった。
海神丸が先に——由良湊に入っていった。
武蔵がその後に続いた。
中村が静かに声を上げた。
「司令——モニターを見てください。由良湊の様子がおかしくないですか」
北沢はモニターを覗き込んだ。
港は——静かだった。
造船は続けているようだが、なんとなく活気がないように感じた。
(おかしい——)
(我らが戻ってくれば、港にひとが集まってくるはずだ)
ちょうどそこへ——武吉から連絡が入った。
「司令——港の様子がおかしいですね。歓迎されてないというか」
北沢も同じ違和感を覚えていたところだった。
「私も、今——同じことを思っていた」
「海神丸は、まだ下船させておりません」
「それがいい。念のため——このまま様子を見よう」
「そうですね。いったん港から出ますか」
「そうします——」
海神丸が——向きを変えた。
武蔵もゆっくりと向きを変えた。
その時——。
「司令——大阪湾の方向から大型船が来ます」
北沢はモニターを見た。
(あれは——海神丸と同型の船だ)
「織田殿に渡した蒸気船だ——九鬼水軍が乗っているはずだが」
「手旗信号で問い合わせますか」
「頼む——どういう状況なのか聞いてくれ」
しばらくして——武吉から連絡が入った。
「司令——大変です」
武吉の声が——普段と違った。
「とんでもないことが起きています」
「どうした」
「上様が——捕らえられたというのです」
発令所が——静かになった。
予想外の返答に、北沢も状況が理解できなかった。
「なにが起こったのだ」
「捕らえたのは——明智光秀殿だそうです」
北沢はしばらく黙っていた。
(光秀殿——)
(あの真面目を絵に描いたような男が——なぜ)
「もう少し、詳しい話を聞いてくれないか」
「はっ——」
通信が切れた。
発令所が——重い静けさに包まれていた。
中村が言った。
「司令——どうしますか」
北沢は腕を組んだ。
(なぜだ)
***
武吉から連絡が入った。
「九鬼水軍に問い合わせる前に——向こうから警告が届きました」
「どんな警告だ」
「——我らは明智殿の命令には逆らえない。だが、海神衆とも戦いたくない。今すぐ日本から離れてくれ——です」
しばらく間があった。
発令所の空気が——重くなった。
中村が言った。
「司令——いったん紀州沖に戻るべきです。偵察ドローンを飛ばして——状況を把握しましょう」
北沢は頷いた。
「海神丸に——紀州沖まで引くと伝えてくれ」
「はっ」
武蔵と海神丸は——静かに紀州沖に移動した。
***
「早川くん——由良湊、伊賀、安土の上空を、偵察型ドローンで飛ぶように指示してくれ」
「はい」
田中少尉の操縦で——偵察型ドローンが静かに発艦した。
全員がモニターをじっと見つめた。
やがてモニターに、由良湊上空からの映像が映し出された。
造船所も、船大工たちの住居もそのままだった。
モニターを見つめる誰もが、同じことを思っていた。
(明智の謀反なら、由良湊は廃墟になっているはずだ)
(状況が理解できない)
北沢は言った。
「伊賀に向かってくれ」
***
モニターが——伊賀の上空に切り替わった。
北沢は——思わず息を呑んだ。
ほぼすべての村が——燃やされて廃墟になっていた。
かつて人々が暮らしていた家々が——黒く焦げた残骸になっていた。
北沢の表情が固くなった。
(なぜ——こんなことを)
(伊賀は——我らの領地だからか)
(新天地への移住を、楽しみにしていたひとたちは……)
拳が——強く握られた。
「安土に向かってくれ」
***
モニターに——安土城周辺の映像が映し出された。
予想に反し、建物は——どこも燃やされていなかった。
城も——そのままだった。
しかし——城の周囲に、青い旗が立っていた。
「桐山——あの旗は」
桐山が答えた。
「水色桔梗、明智家の旗です」
北沢はゆっくりと腕を組んだ。
(光秀——お前はなにをしたいのだ)
(織田殿を捕らえ、伊賀を焼いた)
モニターの中で——安土城が映し出されていた。




