第115話 気になるのは、操船技術だ
マニラ湾。
海神丸・甲板。
海神丸が——単縦陣を組んで、スペイン艦隊に向かって進んでいた。
武吉は、腕を組んで甲板に立っていた。
(湾内は——微風だ)
(外輪を目一杯使えば、海神丸はガレオン船の三倍の速さで走れる)
風だけに頼る敵とは、そもそも足の速さが違う。
(海神丸の大砲の実用射程は——四百メートル)
(対して、イスパニアの大砲の射程は——せいぜい百から二百メートルというところか)
——ならば、四百メートルを保ったままなら、こちらだけが一方的に撃ち込める。
(単縦陣ですれ違いざまに撃ち合う戦い方であれば、負けることはないはずだ)
桐山殿に教えていただいた、あの丁字戦法。
敵の前を横切り、こちらの全砲門を、敵の一点に集中させる戦い方。
(あれを——試してみたい)
だが——気になるのは、操船技術だ。
(我らの腕は——スペイン艦隊と同等なのか。それとも、遥かに下なのか)
三年間の訓練を、信じるしかない。
武吉は、短い間に、考えを巡らせていた。
***
マニラ湾。
イスパニア旗艦・甲板。
司令官エスコバルはじっと前方を見た。
「司令——見慣れない艦隊がこちらに向かってきます」
「何隻だ」
「十隻ほどです。外輪がついた見慣れない形状の帆船。砲も搭載しています」
エスコバルは眉をひそめた。
「戦闘用意——!全艦帆を上げろ。砲の準備をさせろ。乗組員に銃を持たせろ」
「了解しました——!」
艦隊が大急ぎで動き出した。
「もたもたするな——!」
艦がゆっくりと動き始めた。
エスコバルは単縦陣を組ませた。
「どこの馬鹿か知らんが——無敵・イスパニア艦隊の名を知らないのか」
「敵艦隊、向きを変えて、こちらの正面に向かってきます」
「距離はどのくらいだ」
「まだ、千メートル以上離れています」
「単縦陣での撃ち合いでもするつもりなのか」
エスコバルは首を傾けた。
(馬鹿なのか。短距離で撃ち合えば、双方が穴だらけになって終わりだぞ)
「もうすこし、様子を見る」
「了解しました」
***
海神丸・村上武吉。
武吉はじっと前方を見た。
「距離をとって砲撃するだけでは——我らの実戦経験にはならん。我らの操船技術も見極めねばならぬ」
「はっ——!」
武吉は続けて命じた。
「大砲——いつでも撃てるようにしておけ。単縦陣で、やつらの進行方向の左をすれ違うような進路で進め。敵の先頭艦との距離が八百メートルのところで、丁字戦法を仕掛ける。手旗信号で全艦に知らせろ」
「はっ——!」
手旗信号が——次々と後続の艦に送られた。
「距離九百メートルです。松永殿にいただいた距離計で計測しました」
「近づくまで、待て」
距離が縮まっていった。
「八百五十——」
「八百——!」
「左に回頭——!」
海神丸が——イスパニア艦隊の前をT字に横切り速度を落とした。
砲手は、砲台を回転させるレバーを回しながら、砲を敵艦に向けた。
敵艦が距離を詰めてきた。
「距離五百」
武吉が命じた。
「目標、先頭艦!」
「距離四百」
武吉が命じた。
「撃て——!」
ドォォォン——!ドォォォン——!ドォォォン——!
ライフリング砲が——一斉に火を噴いた。
紡錘型の砲弾が——まっすぐに、先頭のイスパニア旗艦に飛んでいった。
***
イスパニア旗艦・エスコバル。
「このままでは、敵艦隊と衝突してしまうではないか」
ドォォォン——!
砲弾が——甲板の手すりを吹き飛ばした。
「何だ——!」
「砲弾が当たっただと——!」
エスコバルは目を剥いた。
ドォォォン——!
砲弾が——船腹に穴を空けた。
浸水を始めた。
(四百メートルも先から、狙って砲弾を撃っているのか——!)
(そんなことが——できるのか)
ドォォォン——!
砲弾が——船腹に再度命中。
そこからも浸水が始まった。
「艦が止まりました。このままでは後続艦が衝突します」
「左に回頭して、いったん離脱せよと伝えろ」
「了解しました」
ドォォォン——!
砲弾が——船腹に再度命中。
旗艦は沈没した。
後続艦は、あわてて進路を変えて逃げ出した。
***
海神丸・村上武吉。
「単縦陣で追うぞ。逃げるスペイン艦隊と四百メートルの距離をとって並走する」
「はっ——!」
逃げるスペイン艦隊の三倍の速度で海神丸が追いかける。
すぐに追いついて、並走する。
武吉が命じた。
「撃て——!」
ドォォォン——!ドォォォン——!ドォォォン——!
ライフリング砲が——一斉に火を噴いた。
砲弾が——第二船、第三船、第四船の船腹に穴を空けた。
浸水が始まる。
ドォォォン——!
砲弾が——再度、船腹に穴を空けた。
沈没を始めた。
やがて——五隻すべてが、マニラ湾に沈んでいった。
「五隻——全艦沈没確認しました」
武吉は静かに海を見た。
(負ければ潔く死ぬ——これが海の戦というものだ)
武吉は北沢に連絡した。
「五隻——全艦沈没させました」
北沢はしばらく黙っていた。
「……ご苦労様でした」
武吉は静かに空を見上げた。
「田村殿の訓練——無駄ではなかったな」
マニラ湾の空が——青く澄んでいた。




