第114話 英霊に——敬礼
少し時間は遡る。
大和が、ベラクルスでの休暇に入る、その直前のことである。
武蔵・発令所。
田村から連絡が入った。
「ベラクルス港を叩き終わりました。これから七日間の休養に入ります」
北沢が答えた。
「ご苦労でした。よくやってくれました」
北沢が続けた。
「こちらは——マニラまであと十日ほどの場所です。もう少し近づいたら、偵察ドローンを飛ばして——スペイン船がいるかを確かめます」
「いよいよ——マニラ湾の攻撃ですね」
「武蔵にも搭載してもらっているミニレールガンで、さっさと片付ける予定です」
「松永のミニレールガン、使い勝手が良かったですよ」
「田村、申し訳ないが、休養が終わったら——ポルトガルとスペイン本国の主要港も叩いてくれ」
「はっ」
通信が切れた。
***
七日後。
武蔵・発令所。
田村から連絡が入った。
「七日間の休養を取れたのはいいのですが、少々問題と言うか、報告がありまして」
なにかあったのかと、北沢が急いで口を開いた。
「どうした——スペインから攻撃を受けたのか」
「スペイン兵から攻撃を受けましたが、才蔵たちが返り討ちにしました」
そのやり取りが耳に入り、武蔵・発令所が静まり返った。
田村は、助けたルイスたち五人の若者のことを説明した。
エンコミエンダという制度により、アステカ人の末裔である彼らが、どれほど過酷な扱いを受けているか——その経緯も、あわせて伝えた。
北沢は、しばらく黙っていた。
「そうか——それで、五人を大和に乗せたのだな」
「はい」
「わかった。いずれ日本で、彼らから詳しく話を聞こう」
「五人の世話は、竹中殿と黒田殿にお任せすることになりました。竹中殿は——なんと、スペイン語まで習得されていて」
北沢は、少し感心したように言った。
「良い機会だ。彼らに日本語を教えながら——彼らから、スペイン語を学んでみてはどうだ」
「いいですね。片言くらいは話せるようになっておきます」
通信が切れた。
***
翌日。
マニラが、かなり近くなってきた。
北沢はドローン操作室の早川に連絡した。
「早川くん——偵察ドローンをマニラ湾に飛ばしてくれ。スペイン船が何隻いるかわかればいい。なるだけ目立たないようにな」
「わかりました。今日は田中少尉が操縦します——これから発艦してもらいます」
「海神丸に——しばし停船するよう連絡してくれ」
通信員が連絡を入れた。
しばらくして——武吉の声が届いた。
「停船——了解しました。マニラ湾の偵察ですね」
北沢が答えた。
「そうだ、スペイン船の有無を確認する」
「わかりました——待っています」
「ハッチを開けろ——偵察ドローンを飛ばす」
「はっ——!」
ハッチが——静かに開いた。
偵察ドローンが——勢い良く飛び出した。
田中が静かに操縦桿を握った。
モニターに——フィリピンの島々が映し出された。
エメラルドグリーンの海。
緑に覆われた山々。
青い空に白い雲。
美しい景色だった。
田中はモニターを見つめていた。
(ここだ——)
(戦友たちが死んでいった海だ)
田中はゆっくり口を開いた。
「戦友が——この辺りで死んでいる」
操作室が静かになった。
「マリアナ沖で——次々と撃墜された。七面鳥撃ちと嘲笑された戦いだ。腕の立つ奴ばかりだった」
誰かが言った。
「戦友だったやつらが、たくさん死にましたね」
「原因は、アメリカが——VT信管という新型砲弾を使っていたからだと聞いたぞ」
「VT信管——とは何ですか」
「砲弾が敵機の近くを通過するだけで——自動的に爆発する信管だ。直撃しなくても——周囲の機体を吹き飛ばせる。どれだけ巧みに操縦しても——近くを通っただけで爆発する」
田中は続けた。
「おまけにレーダーで、戦闘機の接近を全部把握されていた。上空から奇襲されて——次々と撃墜された」
「逃げることは——できなかったのですか」
「できなかった——というより、戦友たちは逃げなかった。技術差がわかっていても——突っ込んでいった」
操作室が静かになった。
「無意味だとわかっていても——突っ込んでいく。それが戦争というものだ」
田中はじっとモニターを見つめた。
(あいつらは——何を思い、死んでいったのか)
「だから——この空の上から戦友を見送りたい」
後ろから、声があがった。
「自分もであります」
一人、二人、三人——。
「時空を遡っているわけだから——戦友たちは死んではいない。でもな——そうしたいじゃないか」
田中は言った。
「英霊に——敬礼」
操作室の全員が——モニターを見つめて敬礼をした。
モニターの中で——フィリピンの青い海が、静かに広がっていた。
しばらく沈黙が続いた。
「これからマニラに向かいます——」
操縦桿を握る手が——わずかに震えていた。
***
武蔵・発令所。
北沢はモニターを見つめていた。
偵察ドローンの映像が——マニラ湾を映し出していた。
「マニラ湾に——ガレオン船が五隻いるな」
そこへ——武吉から連絡が入った。
「司令——何隻ですか」
「五隻だ」
しばしの間を置いて、武吉が言った。
「海神丸にやらせてください」
北沢は、驚いたように目を見開いた。
「武吉殿——」
「実戦を積んでおかないと——いざという時に役に立ちません。海神丸十隻で仕掛けます」
北沢はしばらく黙っていた。
(村上衆の操船と大砲の腕は——訓練では問題なかったが)
(しかし、スペイン艦隊は歴戦の強者だ)
「武吉殿——」
「お願いします」
北沢は答えた。
「……わかった。任せる」
「ありがとうございます——!」
海神丸から——どっと歓声が上がった。
北沢は続けた。
「ただし——よく聞いてくれ。相手は、何千キロもの航海を乗り越えてきた歴戦の強者たちだ。油断すればやられるぞ」
「わかっています」
「大砲の射程距離を生かせ——近づきすぎるな。一隻ずつ確実に仕留めていけ」
「承知しました」
「戦の準備ができたら連絡してくれ。こちらから合図を送る」
「はっ——!」
通信が切れた。
北沢は中村を見た。
「中村——海神丸の準備ができ次第、武蔵も彼らの援護に動く」
「武吉殿は大丈夫でしょうか。相手の操船技術が、村上衆より遥かに上回っていれば……」
「松永のミニレールガンを準備しておいてくれ」
「はっ」
(武吉殿——頼むぞ)
北沢は静かにモニターを見つめた。
マニラ湾の青い海が——静かに広がっていた。




