第113話 エンコミエンダ
ベラクルス南方の砂浜。
七日間の休暇も——今日で終わりだった。
名残を惜しむように、田村たちは、ゆっくりと片付けを始めていた。
幾度となく果物を求めて通ううちに——先住民の村人たちとは、言葉を交わさずとも、いつしか顔なじみになっていた。
その時——遠くの砂浜から、馬蹄の音が響いてきた。
十名ほどの若者が、砂埃を上げながら駆けてきた。
その後ろから、馬に乗ったスペイン兵の五人が追っていた。
火縄銃の乾いた銃声が、立て続けに響いた。
若者の数名が、糸が切れたように倒れた。
「ハルテ——!」
兵の一人が、何かを大声で叫んでいた。
止まれ、と言っているようだった。
残った若者たちは、力尽きたように足を止めた。
やがて——スペイン兵の目が、才蔵たちの姿を捉えた。
馬を止めぬまま、銃口をこちらに向けてくる。
パン——。
いきなり撃たれた。
弾は逸れた。運が良かったとしか、言いようがなかった。
才蔵は、懐に忍ばせていた拳銃を静かに構えた。
周りの海神衆も、同じように身構えていた。
「撃て」
才蔵の短い一言で、乾いた音が連続した。
馬上の兵たちが、次々と地に落ちた。
弾を免れた五人の若者が、倒れたスペイン兵に飛びかかった。
拳を、何度も、何度も振り下ろした。
恨みの深さを物語るように、その動きは止まらなかった。
やがて——スペイン兵は、動かなくなった。
若者たちは、荒い息のまま、才蔵たちを睨みつけた。
警戒しているのは、明らかだった。
才蔵は会話集を取り出し、ページをめくりながら伝えようとした。
だが、若者たちの表情は変わらなかった。
言葉が、届いていなかった。
才蔵は無線機を取り出した。
「竹中殿を呼んでくれ」
その間、才蔵は地面に腰を下ろし、村人から買い取った果物を目の前に並べた。
手振りで、食べろ、と示した。
若者たちは、しばらく躊躇っていたが、やがて意味を悟ったのか、貪るように果物にかぶりついた。
***
しばらくして、半兵衛が官兵衛とともに、大和からやって来た。
半兵衛は若者の前に膝をつくと、聞き慣れない言葉を、ゆっくりと口にした。
「私たちは——敵ではない」
若者たちの表情に、わずかな変化が走った。
言葉が通じたようだった。
官兵衛が驚いた顔で聞いた。
「竹中殿、いつの間に異国の言葉を——」
半兵衛は小さく笑った。
「軍師とは、必要であれば、何でも覚えるものです」
言葉を交わすうち、事情が少しずつ明らかになっていった。
彼らは、メキシコの過酷な労役——エンコミエンダに反対し、密かに解放運動を続けていた者たちだった。
しかし山中の拠点をスペイン兵に急襲され、生き残ったのは、この五人だけだという。
半兵衛が穏やかな表情で聞いた。
「これから——どうする」
若者の一人が、力なく首を振った。
言葉はわからずとも、その様子だけで才蔵にも、彼らの考えが十分に伝わった
半兵衛は、無線で田村に事情を話し、彼らを船に乗せる許可を得た。
***
若者たち五人は、服もボロボロで、体もかなり汚れていた。
海神衆の一人がシャワー室に連れていき、身を清めさせたあと、自衛隊の服に着替えさせた。
その後、五人は大和の食堂に案内された。
田村、半兵衛、官兵衛、才蔵の四人が、彼らを囲むように席についた。
五人の名前は、ディエゴ、パブロ、マテオ、フアン、そして代表格の男——ルイスと名乗った。
五人ともスペイン語を話した。
簡単なやり取りは半兵衛が通訳し、込み入った話になると、iPadの自動通訳ソフトを介して会話を進めた。
ルイスが、ぽつりぽつりと語り始めた。
「私たちの祖父母は——アステカ帝国の民でした」
かつてこの地に栄えていた帝国が、スペイン人によって滅ぼされたこと。
祖父母の代までは、まだナワトルの言葉や祭りが残っていたこと。
しかし今では、スペイン語しか話せない者がほとんどだということ。
そして今、自分たちがどのような扱いを受けているか、ということだった。
「エンコミエンダ——というものがあります」
ルイスは、絞り出すように言った。
「土地とともに——私たちも、割り当てられてしまうのです。まるで、家畜のように」
半兵衛が聞いた。
「割り当てられる、とは——誰に」
「エンコメンデーロと呼ばれる者たちにです。王から土地を与えられたスペイン人が——その土地に住む私たちのことも、まとめて自分のものにしてしまうのです」
「奴隷として働かされるのだな」
「朝から晩までです。休む間もありません」
「逆らえば、どうなるのだ」
ルイスは、一瞬、言葉を詰まらせた。
「鞭で打たれます。何度も——何度も」
官兵衛が眉をひそめた。
「病に倒れても、休めぬのか」
「休めません。倒れたまま、働かされた者もいます」
半兵衛は、しばらく黙っていた。
「それでは、死んでしまうではないか」
ルイスは、拳を握りしめた。
「何人も、何人も死にました。過労で。あるいは——折檻で」
半兵衛と官兵衛、才蔵の表情が、次第に険しくなっていった。
田村も、拳を握りしめていた。
若者たちは気が動転しているのか、自分たちが乗せられているこの大和が、この時代にはあり得ない船だということにさえ、気づいていないようだった。
田村が口を開いた。
「これから、スペインに行って、ガレオン船をすべて沈めてくる。お前たちはどうする。望むなら、銀とその服、食料を渡して、陸に下ろしてやることもできる」
ルイスは、はっきりと首を振った。
「私たちの国を滅ぼし、好き放題にしているスペインです。奴らの船を沈めに行くというなら——どうか、私たちにも手伝わせてください」
「わかった。明日、スペインに向けて出航する」
「どれくらいで到着しますか」
「十日だ」
「そ、そんなに早く……」
ルイスは、信じられないという顔をした。
田村は半兵衛に目を向けた。
「五人の面倒は、竹中殿と黒田殿にお任せしたいが、よろしいでしょうか」
半兵衛が頷いた。
「承知仕る」




