第112話 七日間——しっかり休むぞ
マゼラン海峡。大和・発令所。
カリャオを出た大和は——南へ南へと向かった。
やがて——両岸に陸地が見え始めた。
モニターを見ながら、田村が言った。
「マゼラン海峡に到着したぞ。いったん艦を停止せよ」
田村が楽しそうに言った。
「全員——交代でフライングブリッジに登って、外を見学してこい。滅多に見られない景色だぞ」
乗組員が——交代でフライングブリッジに向かった。
田村と半兵衛、黒田が——並んで立った。
目の前に——壮大な景色が広がっていた。
両岸の岩壁が——切り立ってそびえ立っていた。
岩壁の上には——万年雪が白く輝いていた。
半兵衛が言葉を失うほど感激していた。
「なんという景色だ——」
雪を抱いた山々が——海峡の両側にずっと続いていた。
山の中腹には——氷河が青白く光っていた。
「田村殿、あれは——氷ですか」
「氷河という。何千年もかけ、積もった氷が——山の斜面を流れ落ちていく」
半兵衛がじっと氷河を見つめた。
「何千年も——」
その時——轟音が響いた。
氷河の一部が——崩れ落ちた。
巨大な氷の塊が——海に落ちた。
ドォォォン——!
白い水柱が上がった。
波紋が——海峡全体に広がった。
乗組員たちが——一斉に息を呑んだ。
「氷が——崩れ落ちた——!」
「なんという迫力だ——!」
官兵衛は感激したように言った。
「この世界には——こんな場所があるのですな」
(松寿丸にも見せてやりたかったな)
海峡の上空を——アホウドリが静かに舞っていた。
海が——青から緑へと変わっていった。
太平洋から——大西洋へ。
田村は思った。
(マゼランが——この海峡を初めて通ったのは六十年前か、何を思っただろうな)
大和は——ゆっくりと海峡を抜けた。
***
大西洋。大和・発令所。
サルバドール港のガレオン船を沈めた大和は——武蔵に連絡を取った。
北沢の声が届いた。
「田村、サルバドール港はどうだった」
「大西洋に面した湾口の港です。高さ八十メートルほどの丘の上に——石造りの建物が並んでいました」
「大型船は何隻でしたか」
「二隻です。サトウキビを積んでいたようです。夜間にミニレールガンで沈めておきました。乗組員は全員——岸に泳ぎ着いたと思います」
「ご苦労でした」
「そちらはどのあたりですか」
「まだ——太平洋を西に向かっている途中だ」
「こちらは、これからコロンビアのカルタヘナ港に向かいます——スペインの拠点港になります」
「南米各地の金、銀、エメラルドを——本国に送り出す積み出し港。南米で最も豊かな港の一つでしたね」
「そのあとは、パナマのポルトベロ港です——パナマ地峡を渡った銀が集まってくる中継拠点です。ここから船に積んでセビリアに送られるはずです」
「ポルトベロの後はどうしますか」
「この後は、ドミニカ共和国のサントドミンゴ港です——スペインが、この地域で最初に作った植民地の首都です。カリブ海支配の総本山とも言える場所です」
「コロンブスが最初に到達した地でしたね」
「次はキューバのハバナ港——カリブ海最大の要塞港です。本国に帰る船団が——ここに集結して大西洋を渡ります」
「重要な港ですね」
「その通りです。そして最後はベラクルス港です——アカプルコからメキシコを横断して運ばれた産品が、ここから大西洋に送り出されます」
「アカプルコが太平洋の出口なら——ベラクルスは大西洋の出口というわけですね」
「主要港はたくさんありますが、全部叩いていきます」
田村は続けた。
「ベラクルスを片付けたら——そこで、乗組員にいったん休憩させます」
「ぜひそうしてください。引き続きよろしくお願いします」
通信が切れた。
半兵衛が言った。
「サルバドールは美しい港でしたが——記録によると奴隷を売買する港でもあるのですね」
官兵衛は感心したように半兵衛を見た。
「全部——頭に入っているのですね」
(このひとは——一度読んだら忘れないのか。どういう頭なのだろう)
半兵衛が続けた。
「アフリカ大陸から連れて来られた奴隷は——死ぬまで、サトウキビ畑で働かされたとありました」
発令所が静かになった。
官兵衛の表情が固くなった。
「スペインといい、ポルトガルといい——まったく好きになれないですな」
***
メキシコ・ベラクルス沖。
大和・発令所。
田村は全員に言った。
「カルタヘナ、ポルトベロ、サントドミンゴ、ハバナと叩いてきた——ベラクルスで最後だ」
少し間を置いて田村は続けた。
「さっさと終わらせよう。ここを叩き終わったら——七日間ゆっくり休む」
「おおーっ——!」
発令所に——どっと歓声が上がった。
松永がモニターを覗き込んだ。
「あれは——なんでしょう。頑丈そうな高い壁で囲っていますけど」
官兵衛が答えた。
「要塞ですね。南蛮ではああいう要塞を作るようです。築城方法には興味がありまして」
田村が驚いた。
「黒田殿も、しっかり記録資料を読み込まれているようですな」
「いや、楽しいですから」
官兵衛がうれしそうに答えた。
「ベラクルスはメキシコ湾の出口。アカプルコから陸路で運ばれた銀とアジアの産品が——ここからスペイン本国に送られます」
モニターに——ベラクルスの港が映し出された。
メキシコ湾の穏やかな海に——六隻のガレオン船が錨を下ろしていた。
石造りの倉庫が並び——荷を運ぶ人足たちが動いていた。
田村は言った。
「夜を待とう——松永、準備しておいてくれ」
「了解しました」
***
深夜——。
ベラクルスの港が静まり返っていた。
「浮上——ハッチを開けろ」
大和がゆっくりと海面に浮かび上がった。
ミニレールガンの砲身が——音もなく上昇した。
「全六隻——照準完了」
「撃て——」
パシュッ——パシュッ——パシュッ——。
暗黒の海に——黒い閃光が走った。
しばらくして——港に叫び声が上がった。
「船が——沈んでいくぞ——!」
六隻が——次々と傾いて沈んでいった。
「全艦——沈没確認しました」
「よし——潜航して、南に移動する」
半兵衛が言った。
「これで——残りはスペイン本国とポルトガル本国の港だけですね」
***
大和はベラクルスから少し南に移動した沖合で停船した。
人気のない砂浜に——才蔵たち数名が小型船で上陸した。
なぜか田村も一緒だった。
「才蔵——果物を調達しに行くぞ。大和から会話集と銀を持ってきたな」
才蔵は頷いた。
「田村殿、艦長が船を空けていいのですか」
「いいんだよ。たまには」
砂浜から少し歩くと——先住民の小さな村があった。
田村は会話集を取り出した。
ゆっくりと——たくさんの果物が欲しいと伝えた。
銀を渡すと——村人たちが顔を見合わせた。
しばらくして——果物を大量に持ってきた。
「お——!」
田村は思わず声を上げた。
パイナップル、バナナ、アボカド、パパイヤ——。
籠に山盛りになった果物が——次々と並べられた。
「ずっと果物とか食べていなかったからな——最高だぞ」
才蔵は一つ手に取った。
「そんなに美味いのですか」
「食べればわかる——」
才蔵はバナナを一口かじった。
しばらく黙っていた。
「……確かに——最高です」
田村は声を上げて笑った。
村人たちが——二人の様子を見て笑っていた。
「ありがとう——」
田村は会話集をめくりながら——お礼を伝えた。
村人たちが——笑顔で手を振った。
***
砂浜に——果物が並べられた。
「七日間——しっかり休むぞ——!」
「おおーっ——!」
半兵衛がパイナップルを口に運んだ。
(甘い——こんなものがあるとは)
「うまいですな——これは」
官兵衛が続いた。
「これはどんな味でしょうか」
才蔵がアボカドを手に取った。
「食べてみろ」
田村が勧めた。
才蔵が一口かじった。
「……不思議な味ですな」
田村は砂浜に横になった。
(アカプルコを出て——どれだけ走ってきたことか)
(インカの話を聞き、マゼラン海峡を抜け、大西洋を渡った)
(少し——休もう)
メキシコ湾の風が——砂浜を吹き抜けた。




