第109話 こんな素晴らしい場所に連れてきていただいた
シャーマン島・伊賀村。
本部テント。
北沢は地図を見渡した。
「では——まとめましょう」
全員が北沢の方を見た。
「まず——武吉殿は、乗組員を休ませ、出航準備が整い次第、由良湊に戻ってください。そして、次の移住希望者をこちらに連れてきてください」
武吉が頷いた。
「はっ」
「帰りのルートを覚えてもらうため——武蔵が由良湊まで並走します。途中、武蔵でマニラのスペイン艦隊を沈めます。ただし、いきなりスペインやポルトガルの艦船と遭遇する可能性もあります。気を引き締めてください」
「承知しました——楽しみです」
北沢は苦笑した。
「海戦を楽しみにするのは、まだ早いですよ」
北沢は続けた。
「この航海の目的は——あくまで、海神丸だけで、長距離航海をやり遂げること、操船技術を身につけることです。海神丸での実戦は、その後の話です」
「わかっております。偶然、海戦になった場合という意味ですので」
「それと——日本へ戻る際には、オローニ族から得た産品を積んでいってください。堺の商人に、値を見立ててもらいます」
北沢は続けた。
「逆に、こちらへ来る際には、オローニ族へ渡す産品を積んでくることになります。この行き来は、今後も何度となく続くはずです。積み込みの方法についても、今のうちから工夫しておいてください」
「わかりました」
「大和は——いったんここへ戻り、休養と、食料・水の補給を済ませてから出発してください」
北沢は続けた。
「出発の際には、松永にも同乗してもらいたい。それと——念のため、疱瘡の予防ワクチンも積んでおいてください」
無線から——半兵衛の声が届いた。
「いよいよですな」
官兵衛も続いた。
「南蛮の様子を見てこれますな」
北沢が言った。
「それから——不測の事態に備え、才蔵殿が率いる海神衆二十名にも、大和へ乗り込んでいただきます」
「それと——医師と看護師も、必要でしょうね」
北沢は少し考えてから続けた。
「伊賀の——見習い医師の伊織と、同じく見習い看護師の志乃さん。お二人にも、大和に乗ってもらいましょう。村上先生と連絡を取りながらであれば、ある程度のことは対応できるはずです」
ふと思い出したように、北沢は付け加えた。
「そうなると——竹丸も、一緒の方がよさそうですね」
才蔵は頷いた。
「承知しました。そのように手配します」
北沢は藤林を見た。
「伊賀村は——藤林殿にお任せします」
「はっ」
「柵の強化、村の建設、熊の生息調査。色々あると思いますが——よろしくお願いします。オローニ族との信頼構築も頼みます」
藤林は頷いた。
「この土地のことは——タカウ殿たちが一番よく知っていますからな。教えを乞いながら進めます」
北沢は全員を見渡した。
「以上です——それぞれよろしくお願いします」
「おおーっ——!」
***
お市が北沢の方を向いて口を開いた。
「北沢殿——妾たちは、どうすればよろしいでしょうか」
北沢は少し考えた。
「お二人は——まだ見たことのない場所に、行ってみたくはありませんか」
お市は目を輝かせた。
「もちろん、行きとうございます」
徳姫が続けた。
「妾も、ぜひ」
北沢は穏やかに笑った。
「そういえば——せっかくの機会です。武蔵に残っている女性たちにも、ヘリで来てもらいましょう」
お市の目が、ぱっと輝いた。
「それは——皆、大喜びいたしますわ」
北沢は才蔵の方を見た。
「才蔵——熊への警護を頼む」
才蔵は頷いた。
「承知しました——しっかりと、皆様をお守りいたします」
***
ヘリに乗って、女性たちが次々とやってきた。
海神衆に守られ、ひとかたまりになって歩きながらも——女性たちの表情は明るかった。
誰もが、雄大な景色に見とれていた。
北沢とお市は、子どもたちを連れて伊賀村の周囲を歩いていた。
茶々、初、江は——草原を走り回っていた。
「お母様——見ててください!」
江が草の中に転がった。
「はしたないですよ——江」
お市が苦笑した。
初が山を見上げた。
「日本と——景色が違いますね」
茶々も続いた。
「広々としています——どこまでも続いている感じです」
江が立ち上がりながら言った。
「かくれんぼをしても——だれも見つからないくらい、広いです」
北沢は笑った。
「この大陸は、日本の何十倍の広さがありますからね」
「何十倍——」
三人が——思わず顔を見合わせた。
「想像ができませんわ」
***
しばらくして——子どもたちが川の方に駆けていった。
北沢とお市は——並んでゆっくりと歩いていた。
遠くに——シエラネバダの雪山が白く輝いていた。
お市は、しばらく景色を見つめていた。
ふと——遠い記憶が、胸をよぎった。
(長政殿が——生きておられたら)
あのひとは、新しいものが好きなひとだった。
きっと——この景色を見れば、子供のように目を輝かせたに違いない。
お市は、そっと目を伏せた。
(もう——遠い昔のことじゃ)
北沢が、お市に声をかけた。
「どうかされましたか」
お市は、微笑みながら首を振った。
「いえ——なんでもありません。あまりの美しさに、見惚れておりました」
お市はしばらく雪山を見つめていた。
やがて——少し微笑んだ。
「娘たちと一緒に、こんな素晴らしい場所に連れてきていただいた。それだけで——十分です」
川の方から——子どもたちの笑い声が聞こえてきた。
***
少し離れたところを——宮本が歩いていた。
隣には——堀殿の親戚の娘、沙世が並んでいた。
沙世は——草原を静かに見渡していた。
「ここでは——土地の取り合いも、水の取り合いも、ないのですか」
「今のところは——ありません」
「戦に明け暮れる大名も——おられないのですか」
宮本は微笑んだ。
「オローニ族という方々が、この辺りに暮らしています。ですが——争いを好まない、温和で優しい人たちなのです」
沙世は、目を見張った。
「争わずとも、生きていけるのですね」
「彼らは、そうして生きてきたのです。長い間——ずっと」
沙世は、しばらく黙っていた。
やがて——小さく微笑んだ。
「日本では、考えられないことですね」
川の水が——朝の光の中に輝いていた。
***
天正十年(1582年)三月下旬。
サンフランシスコ湾。
大和、武蔵、海神丸が——ゆっくりと湾を出た。
ゴールデンゲート海峡を抜けると——太平洋が広がった。
北沢は通信機を取った。
「田村——このまま海神丸が南下を続ければ、アカプルコ以南で、ガレオン船と鉢合わせる恐れがある。大和は速度を上げてアカプルコへ向かい、予定通りミニレールガンで片付けておいてくれ」
「承知しました」
大和が——波を切って、南へ向かった。
***
海神丸・甲板。
村上武吉が——舵を握っていた。
東に——カリフォルニアの海岸線が続いていた。
断崖絶壁が——波に削られて続いていた。
岩の上に——無数の海鳥が並んでいた。
波が岩に砕けて——白い飛沫が上がった。
右手に太平洋——左手に大陸。
船乗りの一人が言った。
「瀬戸内海とは——まるで違うな」
しばらく南下を続けていくと——景色が変わってきた。
海岸線が低くなり、砂浜が見え始めた。
「あの浜——日本の浜に似てますよ」
「松が生えておるぞ——」
「本当だ——日本みたいだな」
男たちが——思わず顔を見合わせた。
「この大陸は——どこまで行っても美しいな」




