表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
原潜大和・武蔵、転移す ―信長と、未来を変える―  作者: ゲンタ
第1章 近未来編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/13

第10話 引き金を引かなかった

官邸・執務室。


江崎総理は閣僚たちを見渡した。声が震えていた。

「西村君、海上自衛隊に命令してくれ。原潜を魚雷で撃沈せよ、と」


執務室が凍りついた。


西村防衛大臣が立ち上がった。

「総理、正気ですか。あの原潜は——日本の希望ではないですか」


桐島外務大臣の声が震えていた。

「命を懸けて立ち上がってくれた人たちを、我々が沈める。外務大臣として、世界にそれをどう説明しろと。私にはできません——」


佐伯経産大臣が冷静に続けた。

「総理、一度この決断をすれば、前例ができます。日本は核で脅せば言いなりになる国だと、世界中が学ぶ。次の要求は、もっと理不尽なものになります」


永田国交大臣が言った。

「総理——本当にそれが、国民を守ることになるのですか」


江崎総理は目を閉じた。

(そんなことは、わかっている。しかし——核のボタンに手をかけた国を相手に、私にできることなど何もない)


「国民を守るためだ——やるしかない」

絞り出した声は小さかった。


総理の声というより、追い詰められた一人の人間の声だった。

「坂本に命令を出してくれ」


***


相模湾沖・海自艦艇。


潜水艦を含む海自艦艇が、大和と武蔵を完全に包囲していた。


坂本海上幕僚長からの命令文が、潜水艦各艦に向けて発せられた。

「官邸からの命令だ。大和と武蔵に対し、魚雷攻撃を実施することが決定した。攻撃合図を待て。これより、最後の投降勧告行う」


大和の発令所に、坂本からの通信が入った。

「北沢先輩、最後の勧告となります。今すぐ投降してください。応じない場合、五分後に魚雷攻撃を開始します」


北沢は静かに答えた。

「坂本、お前も分かっているはずだ。今ここで投降すれば、この原潜はあの国に渡るのだぞ。この国の未来はないぞ。それでいいのか」


「……総理の命令です、先輩」

坂本の声が、わずかに揺れていた。


「五分、待ちます。お願いします」

通信が切れた。


***


相模湾沖・大和発令所。


田村が北沢を見た。

「どうしますか」


「待つ。五分間、日本を信じる」


発令所に、重い沈黙が落ちた。


(包囲を突破できなくはない)

(レールガンで包囲艦を無力化し、CIWSで魚雷を迎撃する。技術的には、できる)

(しかし——)


北沢は、発令所から全員を見渡した。

田村。橘。松永。早川。鶴田。そして全乗組員たち。

みんな、黙って北沢を見ていた。


(この者たちは、自分の判断一つで死ぬことになる。すでに自分の覚悟は決まっている。だが、この命たちを道連れにしていいのか)


北沢は目を閉じた。

田村が近づいてきた。

「司令」


「……田村」


「みんな——覚悟は、できています」


北沢は田村を見た。

「この艦に乗り込んだ日から、全員わかっていました。命を懸けてやっている。それは最初から同じです。司令が気にすることは何もありません」


「しかし、お前たちを——」


「司令」

田村はそっと遮った。


「我々は、覚悟してここにいます。だから、司令の決断がどうであれ、我々は従います。ただ——」


田村は少し間を置いた。

「私は、同じ海自の仲間に砲を向けることは、できません」


北沢はしばらく黙っていた。

やがて、小さく頷いた。

「わかった。応戦はしない」


***


五分が経過した。


坂本の声が届いた。

「北沢さん。済まない」


通信が切れた。


坂本は、魚雷攻撃命令を発した。

職務として、正しい行動だった。


しかし——。

「済まない、先輩」

誰にも聞こえない声で、もう一度呟いた。


(私には、先輩のような生き方はできない)


坂本は拳を握った。

海面に、大和と武蔵の艦体が浮かんでいた。


***


相模湾沖・海自艦艇。


潜水艦隊指揮官、河野一佐は命令文を読み終えた後、しばらく黙っていた。


副長が聞いた。

「司令、どうされますか」


河野は魚雷発射管の方向を見た。

(あの艦に乗っているのは、我ら自衛官の同僚だ。国を守ってきた仲間だ)


「全艦に通達する」


河野はマイクを手に取った。

「坂本幕僚長より、大和と武蔵への魚雷攻撃命令が下された。しかし、私はこの命令には従わない。我が艦は魚雷を発射しない」


河野は続けた。

「各艦の判断は、各艦の艦長に委ねる。ただ——あの艦に乗っているのは、我ら自衛官の仲間だ。それだけは忘れないでほしい」


通信が切れた。


発令所が静まり返った。

しばらくして、各艦から応答が届き始めた。


『第二艦、魚雷攻撃を実施しない』


『第三艦、同じく』


『第四艦、発射しません』


河野は目を閉じた。

(みんな、同じ気持ちだったか)

胸が熱くなった。


どの潜水艦も、引き金を引かなかった。

河野の艦を含め四人の艦長たちは、それぞれの艦で、同じ海を見ていた。


***


大和の発令所。


「司令、モニターを確認しました。海自の艦艇に動きはありません。ソナーにも魚雷発射の兆候はありません」


北沢は目を閉じた。

(海自の連中が、命令を拒否してくれたのか)


田村を見た。

唇を噛んで、正面を向いていた。

「命令違反を選んでくれた」


北沢は言った。

「海自は、まだ生きている」


しかし安堵している暇はなかった。

海自が動かなければ、某国は次の手を打つ。

それは分かっていた。


北沢は衛星電話を手に取った。

「総理、北沢です。海自は魚雷を撃ちませんでした。しかし某国は衛星で見ている。次は核ミサイルのボタンを押すでしょう」


北沢は声を一段落とした。

「総理、よく聞いてください。相模湾で核が炸裂すれば、風向き次第で東京・横浜・千葉——首都圏三千万人以上が放射性降下物に晒されます。海水が蒸発して放射性の雨が降る。人が住めなくなる地域が出ますよ」


江崎総理は黙っていた。


「総理、今すぐ某国にこう通告してください。『日本は報復核を保有している。核攻撃を行えば、報復する』と。それだけでいい。その一言で、三千万人の被害が防げるのです」


長い沈黙があった。


「北沢君」

江崎総理の声が震えていた。


「私には――できない」


北沢は受話器を握りしめた。

(なぜだ。なぜ、その一言が言えない)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ