第106話 始まりとしては上々です
シャーマン島。
タカウたちと入れ替わりに、桐山が短艇でシャーマン島に上陸してきた。
藤林が出迎えた。
「桐山殿——オローニ族との顔合わせ、うまくいきましたぞ」
桐山は、満足げに頷いた。
「詳しく聞かせてください」
「先住民——オローニ族のタカウという男と話をしました。いただいた会話集が、さっそく役に立ちましたぞ」
「オローニ族は、どんな様子でしたか」
「素朴で穏やかだという印象です。我らに対して、敵意は持っていないようでした。お土産の鏡を渡すと——飛び上がって喜んでくれました。握り飯も美味しそうに食べていました」
藤林は続けた。
「別れ際に——タカウが何か言っていました。会話集で確認すると、ここに住んでいい——と言ってくれたような気がします。米ができるのを楽しみにしている——とも言っていたかもしれません」
「いい出会いになったわけですね」
「それと——自分たちの村に遊びに来い、とも言っていたような気がします」
桐山は安心したようだった。
「たぶん——そういうことでしょう。少なくとも我らに好感を持ってくれたことは間違いないですね」
「そうあってほしいです」
「まずは、よかった」
桐山は周囲を見渡した。
(順調な滑り出しだ。これなら——うまくいく)
(ここから——新しい国作りが始まるぞ)
***
村上水軍の男たちも、短艇で次々上陸して来た。
休むまもなく、大張り切りで——動き出した。
村上武吉が大声で指示を出した。
「海神丸と行き来するには——桟橋がないと不便だ。材木を集めてこい」
男たちが川沿いのコットンウッドを切り始めた。
斧の音が——シャーマン島に響いた。
***
桐山は藤林に提案した。
「藤林殿——タカウの村を訪ねてみませんか」
「オローニ族の村にですか」
「交易の話を進めようと思います。細々とでも——オローニ族の産品と日本の産品を物々交換する交易を育てていきたいのです。それによって、もっと深い信頼関係が築けると思います」
「なるほど」
「今回は、ここに住んでいいと言ってもらいました。しかし——次はどうなるかわかりません。人数が増えれば、それだけで警戒されることもあるでしょう。我らの存在が、彼らにとって良いことだと——思ってもらわないといけないのです」
「確かに」
藤林は感心したように桐山を見た。
(本当に先のことまでよく考えるものだ)
「彼らが何を喜び、我らが何を求めるべきか——まずはそこを見極める必要があります。そのうえで、手に入れた産品を日本に持ち帰り、堺の商人に値をつけてもらいましょう」
「値が決まれば——交易が成り立ちますね」
「そういうことです。彼らが豊かになれば——我らへの信頼はさらに深まります」
「さすが桐山殿、次から次へと考えが及びますな」
「まず——タカウに使者を送りましょう。会話集が役に立ちますな」
藤林は笑った。
「そのとおりですな」
***
桟橋の工事が進む一方で——村上の男たちは川に網を仕掛け始めた。
「こんなに魚がいるとは——」
「瀬戸内海より多いんじゃないか」
男たちが——次々と魚を引き上げた。
「でかい——!」
大きな鮭が——網にかかっていた。
「これは——干物にすれば最高だな」
武吉がにやりと言った。
「十五日もあれば——帰りの分の干物は十分揃いそうだな」
「水もうまい。休養にはもってこいだ」
男たちが——笑い声を上げた。
川の水が——朝の光の中に静かに輝いていた。
***
翌朝——桐山は武蔵に連絡を入れた。
「レーダードローンを飛ばしてほしい。オローニ族の村の場所を確認したい」
しばらくして——武蔵から報告が届いた。
「シャーマン島から北東に約三キロ——川沿いに村らしき建物が見えます。三十棟ほどの小屋が円形に並んでいます」
「ありがとうございました」
桐山は藤林を見た。
「お聞きになりましたよね。さっそく使者をお願いします」
***
才蔵は数名の海神衆を連れ——土産の鏡を持ってオローニ族の村に向かった。
しばらくして——戻ってきた。
「タカウ殿——快く了承してくれました。明日にでも来てほしい。歓迎すると言ってくれました」
「それはよかった。ご苦労さまでした」
***
翌日——桐山と藤林は数名を連れて村に向かった。
川沿いの道を歩いていくと——やがて村が見えてきた。
葦と木の枝で作られた丸い小屋が——三十棟ほど、円形に並んでいた。
中央には広場があり——焚き火が赤々と燃えていた。
村の入口に——タカウが立っていた。
笑顔だった。
「ハウカ——」
才蔵が笑顔で答えた。
「ハウカ——」
村の中央で——歓迎の席が設けられた。
女たちが——次々と料理を運んできた。
団栗粉で作った、平たく焼いた煎餅のようなもの。
川で獲れた鮭の焼き物。
貝の蒸し料理。
野いちごと木の実が盛られた籠。
桐山は食べ物を口に運んだ。
「素朴だが——悪くない」
隣に座る藤林が、思わず口を開いた。
「これは——うまいですな」
タカウがうれしそうに笑った。
***
食事が落ち着いたところで——桐山は会話集を懐から取り出した。
「遠い国から——たくさんのものを持ってきました」
桐山は荷物を広げた。
鉄の鍬、ナイフ、針——。
絹の布、綿の布——。
塩——。
タカウと仲間たちが——次々と手に取った。
鉄の鍬を持ったタカウが——目を輝かせた。
何か叫んだ。
(石器しか知らない彼らには——鉄は魔法のように見えるのだろう)
針を手にした女たちが——小さく叫んだ。
絹の布を触った老人が——しばらく放さなかった。
「これらを——あなたたちの産品と交換したい」
会話集を必死にめくりながら——桐山は伝えた。
タカウは何度も頷いた。
やがて——仲間たちが次々と産品を持ってきた。
柔らかく仕上げた鹿の皮。
水が漏れない精巧な籠細工。
ラッコの毛皮——ふわふわとして光沢があった。
干した鮭。
団栗の粉。
桐山は産品を手に取って確かめた。
(鹿の皮、ラッコの毛皮、籠細工——堺の商人に見せれば、いい値がつくだろう)
「これを——いただいても良いですか」
タカウは笑顔で頷いた。
最後に——タカウが何か言った。
桐山は会話集を必死にめくった。
(また来い——だろうか)
(友達——だろうか)
桐山は会話集を閉じた。
(たぶん——そういうことだろう)
夕暮れが——村を染めていた。
焚き火が——ゆらゆらと揺れていた。
帰り道——藤林は言った。
「桐山殿——うまくいきましたな」
「始まりとしては上々です」
川の水が——夕暮れの光に輝いていた。




