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原潜大和・武蔵、転移す ―信長と、未来を変える―  作者: ゲンタ
第4章 アメリカ編

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第105話 ハウカ

シャーマン島・移住者拠点。


上陸した者たちが——一斉に動き始めた。

由良湊で大量に準備しておいた、テントや食料などが、荷揚げされていた。


藤林が指示を出した。

「まず——通路を確保してからテントを建てろ。縦と横に真っ直ぐな道を作れ。後で困らないようにするのだ」


「はっ——!」

男たちが動き出した。


縦に一本、横に一本——真っ直ぐな通路が確保されていった。

その両側に——テントが次々と建てられていった。

しばらくして——小さなテント村が出来上がった。


「次は柵だ」

周囲に落ちていた木を拾い集め——簡易的な柵が作られていった。


完成した柵をひと回りした藤林は頷いた。

(まずはこれで十分だ)


***


テント村の中心で——米が炊かれ始めた。

煙が——静かに空に立ち上った。

しばらくして——米のいい匂いが漂ってきた。


藤林が安堵しながら呟いた。

「寝る場所もできた。後は米が炊けるのを待つだけだ」


男も女も——火の周りに集まってきた。

疲れ果てたのか——次々と横になり始めた。


長い航海で揺れ続けた体が——大地の感触をじわじわと思い出していた。

「まだ体が揺れている——」


「揺れない地面がありがたい」


「このまま眠りそうだ」


誰の顔も——穏やかに緩んでいった。


***


藤林は才蔵の方を見た。

「長旅だったからな——みんな草臥れ果てていることだろう」


「そうでしょうね。このまま横になりたい気持ちが、よくわかります」


「才蔵——お前も休みたいだろうが、握り飯を食ったら、元気そうな者を連れて、少し遠くまで、様子を見てきてくれ」


才蔵は頷いた。

「承知しました。もうひと踏ん張り頑張ります」


才蔵は、炊きたての握り飯を急いで頬張ると——二十数名の海神《わだつみ》衆を連れて、テント村を出ていった。


***


二時間ほどが過ぎた頃——才蔵が戻ってきた。


「どうだった」


才蔵が答えた。

「先住民の姿は見えませんでした。熊の足跡もありません。獣の気配は——少しありましたが、すぐに逃げていきました」


「そうか」


藤林は空を見上げた。

夕暮れが——シャーマン島を静かに染め始めていた。


「今日は休もう。交代で見張りを立ててくれ」


「はっ」


テント村の中に——ひっそりと夜が訪れていった。

遠くで——川の流れる音が聞こえていた。

横になった男の一人が、ふと空を見上げた。


(星が——多いな)


目を閉じると——波の揺れが、まだ体の中に残っていた。

(今日はよく眠れそうだ)


***


明け方——テント村の見張りをしていた男が駆け込んできた。

「頭領——先住民のひとたちが来ています」


藤林はさっと起き上がった。

「何人だ」


「十人くらいです」


「どんな感じだ。険悪な様子か」


男は少し首を傾げた。

「いえ——なんだかのんびりした感じで……」


藤林は静かに笑った。

「竈のところに来てもらってくれ。丁重にだぞ」


(先住民はオローニ族のはずだと——桐山殿が言っていた)


藤林は懐を探った。

(これで会話ができると渡された会話集——役に立つ時が来た)

(それにしても——なんでも用意のいいひとたちだ)


***


案内されて——先住民たちがやって来た。

十人ほどの男たちだった。

浅黒い肌に——黒々とした長い髪。


腰には鹿の皮で作った腰布だけをまとい、上半身は裸だった。

首には——貝殻を連ねたネックレスが光っていた。

体つきは筋肉質で——よく日に焼けていた。


先頭の男が——藤林をじっと見た。

その目が——恐れているわけでも、敵意があるわけでもなかった。

ただ——純粋に、珍しいものを見る目だった。


藤林も先頭の男を見た。

(温和そうな顔だ——)

(これなら——うまくやれそうだ)


藤林は会話集を開いた。

ゆっくりと、オローニ語で声をかけた。


「ハウカ」


先頭の男が——目を丸くした。

仲間たちと何か話していた。

やがて——先頭の男がにこやかに笑った。


「ハウカ」


藤林は胸を撫で下ろした。

(通じた——)


竈の火が——朝の光の中に、静かに揺れていた。


***


藤林は会話集をパラパラとめくりながら——ゆっくりと話し始めた。

「遠い国から——船で来た」


先頭の男が——ゆったりと頷いた。


「この場所で——米というものを作らせてほしい」


男は首を傾げた。

(米がわからないのか——)


藤林は、種籾が入った袋を持ってこさせて——男に見せた。

男の目が輝いた。

何か仲間に話していた。


「できた米を——あなたたちの物と交換してもいい」


先頭の男——タカウは、にこにこと笑っていた。

(大丈夫なのか。怒っていないのか)

(にこにこしているが——本当にわかっているのだろうか)


藤林はしばらくタカウを見つめた。

(そうだ——土産物だ)

(準備していたのだ)


その前に——藤林は会話集をめくった。

「あなたの——名前は」


先頭の男は自分の胸を指した。

「タカウ」


藤林はゆっくりと繰り返した。

「タカウ」


タカウは、にこにこと笑いながら頷いた。

藤林も自分の胸に手を当てた。

「藤林」


「フジ、バヤシ」

タカウがたどたどしく繰り返すと、仲間たちから笑い声が起きた。


タカウ自身も——照れくさそうに笑った。


藤林は才蔵の方を振り返った。

「鏡を持ってきてくれ。それと——握り飯を十個だ」


「はっ」


才蔵が走っていった。

すぐに戻ってきた。

藤林は、ゆっくりと鏡をタカウに差し出した。


タカウが鏡を受け取った。

その瞬間——タカウが飛び上がった。


「おっ——!」


仲間たちも一斉に覗き込んだ。

わあわあと騒ぎ始めた。

自分の顔を見たり、仲間に向けたり——しばらく収まらなかった。


(これほどはっきりと——自分の顔を見たことはなかったのだろうか)


藤林は会話集をめくった。

「あなたに——渡す」


タカウは目を丸くした。

それから——満面の笑顔になった。

胸に押し当てて——何度も頷いた。


続いて——握り飯が配られた。

一人ひとりに——丁寧に手渡した。


タカウが一口かじった。

目が——大きく見開かれた。

仲間たちも次々と口に入れた。

何か口々に言い合っていた。


(うまいと言っているようだ——)


しばらくして——タカウが立ち上がり、ゆっくりと口を開いた。


藤林は会話集を必死にめくった。

(ここに住んでいい——だろうか)

(米ができるのを楽しみにしている——だろうか)

(自分たちの村に遊びに来い——だろうか)


藤林は会話集を閉じた。

(たぶん——そういうことだろう)


タカウはまだ笑っていた。

鏡を胸に抱えたまま——笑っていた。

藤林はほっと空を見上げた。


(うまくいきそうだ——)

朝の光が——シャーマン島を静かに照らしていた。


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