第103話 嫁が乗っていなくても——守ってくださいよ
大和・発令所。
通信長の宮本が——にやりと笑って田村の方を見た。
「田村艦長——伊賀の花嫁殿はいかがですか」
田村は咳払いをした。
「そ、その——あんなに若い娘が嫁に来てくれるとは思わなかったのだ。藤林殿の親戚の娘らしい。年増で済まないと言っていたが——早川くんと、そう変わらぬ年頃でな」
「早川さんに言いつけますよ」
「お前、それはだめだろ」
「冗談ですよ。ところで——たまには武蔵の方に行かれなくて大丈夫ですか」
「な——そ——そういうことを言うんじゃない」
田村は天井を見上げた。
「お前だって——堀殿の親戚の娘さんだろ。まだ子供らしいじゃないか」
「まだ何にもしませんよ、子供ですから。でも、この時代では普通に嫁入りする年齢なのだそうです。ただ——武家のお嬢さんは礼儀正しすぎて、接し方がいまいちわからなくて」
「わかるぞ、それは。俺たちの時代の女性とは、勝手がまるで違うからな」
田村は腕を組んで頷いた。
「とにかく——武蔵には嫁がいっぱい乗っているんだ。何かあったら、大和は身を挺してでも守らねばならん」
「嫁が乗っていなくても——守ってくださいよ」
「そりゃあ、そうだが」
発令所に——一斉に笑いが起きた。
宮本はふと思い出したように言った。
「ところで——早川さんは、どうするんですかね。織田殿のご子息の——どなたかから、縁談が来ていたと聞きましたが」
田村は答えた。
「きっぱり断ったそうだ」
発令所のメンバーが——一斉に田村を見た。
宮本が、予想通りだという顔で続けた。
「まあ——そうでしょうね。あの早川さんが、この時代のお嬢さん然として振る舞う姿なんて、誰にも想像できませんから」
少し間を置いて、宮本はにやりと笑った。
「それなら——松永さんあたりが、案外お似合いなのでは」
田村は首を振った。
「松永はだめだ」
「なぜですか。いいひとですよ」
「あいつは、レールガンと結婚している」
発令所が——どっと笑いに包まれた。
笑いが収まったところで、宮本が思い出したように言った。
「そういえば——由良湊にいた頃、竹中殿と早川さんが、熱心に話し込んでいるのを見たことがありますよ」
「竹中殿と?」
「はい。竹中殿は——奥方とは、離縁されたと聞きましたし。あちらも学者肌ですし——案外、お似合いなのではと思ったんですが」
田村は、少し考えてから首をひねった。
「いや——あれは、恋愛っぽい雰囲気は、まったくなかったな」
「そうなんですか」
「二人とも、目を輝かせて——なにやら、難しい図面を挟んで議論していたぞ。まるで学者同士の論争だ。あの様子じゃ——色恋の入り込む隙間なんて、なさそうだったぞ」
「竹中殿が『この起点をずらせば、もっと精度が上がるのでは』と言うと、早川さんが目を丸くして『それ、実は前から気になっていたんです』なんて盛り上がっていてな」
「傍で聞いていた俺には、半分も理解できなかったが——二人は、飯を食うのも忘れて話し続けていたよ」
宮本は、思わず吹き出した。
「それは——もう、完全に同好の士ですね」
「だろう? あれを恋愛と呼ぶのは、無理があると思うぞ」
宮本は苦笑した。
「それは——それで、お似合いなのかもしれませんよ」
発令所に、また小さな笑いが広がった。
田村は苦笑しながら——モニターに目を戻した。
(司令が武蔵にいるからって気が緩みがちだな)
(いや、緩んでいるのは——俺か)
「——全員、持ち場に戻れ」
「はっ——!」
笑いながら——全員が動き出した。
***
天正十年(1582年)三月上旬。
武蔵・発令所。
北沢はモニターの景色をじっと見つめた。
桐山の方を振り返った。
「サンフランシスコ湾についたのかな。どう思う」
「ゴールデンゲートブリッジはありませんが——到着したと思います」
「あれは、たぶんエンジェル島だろうな」
「だと思います」
「桐山——藤林殿と海神丸に乗り込んで、サンフランシスコ湾に入っていってくれ。無線機も一つ持っていけ、連絡が取れるように」
「はっ」
「海神丸は——エンジェル島の周辺に停泊させよう。湾内でも屈指の水深があり、風も穏やかだ。島影に隠れる形にもなるゆえ、万一の際にも守りやすい」
「大和に繋いでくれ」
田村が通信に出た。
「こちら大和。司令、やっと到着しましたね」
「田村——お疲れ様だった。海神丸を、ここまで事故なく導いてくれた。見事でした」
「いえ、村上水軍の連中が、よくやってくれましたから」
「教え子ですからね。後ほどしっかり褒めてあげてください」
北沢は続けた。
「だが、まだ安心できないぞ。これから海神丸には、警戒しながら湾の奥に進んでもらう」
「承知しました」
北沢は続けた。
「大和は明日にでも、アメリカ大陸の西岸沿いをパナマあたりまで南下して——スペインの船が、どこまで北上してきているか、確かめてきてほしい」
「了解です。さっそく準備にかかります」
「武蔵はゴールデンゲート入口に残り、緊急時に備えることにする」
田村が確認した。
「もしも、スペインのガレオン船から攻撃を受けたら——どう対処しましょう」
北沢が答えた。
「偵察してくるのが主な目的だが、危険を感じれば沈めてかまわない」
「承知しました」




