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原潜大和・武蔵、転移す ―信長と、未来を変える―  作者: ゲンタ
第4章 アメリカ編

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第102話 この船に来てから——楽しいことばかりじゃ

武蔵・大会議室。


今日は、女たちだけの寄合《よりあい》だった。

お市、徳姫のほか、伊賀衆や織田家臣の縁者から嫁いだ女性たちも、丸く輪になって座っていた。


お市が、ふと思い出したように口を開いた。

「早川殿——化粧は、どうしておられるのじゃ」


早川は少し驚いた顔をした。

「私は——あまり凝ったことはしていませんが……」


そこへ、美咲が身を乗り出した。

「私でよければ——お答えしますよ」


美咲は、自分の部屋から小さな袋を持ってきた。

「これが化粧水、こちらが乳液——両方とも、肌に潤いを与えるものです。こちらのクリームは、乾燥がひどい時や、夜寝る前に使います。それから、これが口紅、こちらが頬紅……」


並べられた品々を、女性たちが興味深そうに覗き込んだ。

小さな瓶、丸い容器、細い筒——見たこともない形の道具ばかりだった。


お市が目を丸くした。

「そんなに、たくさんあるのですか」


「はい。先の世では——これくらいは、当たり前でしたので」


お市は、少し得意げに立ち上がった。

「では——妾のものも、お見せしよう」


侍女が、漆塗りの小箱を持ってきた。

中には、紅を溶いた小皿と、白粉《おしろい》の入った袋、そして眉墨《まゆずみ》が一つ、収められていた。


「妾は——これだけじゃ。肌を整えるのは、米のとぎ汁かのう」


美咲は、その品数の少なさに、思わず驚いた。

「これだけで、済ませておられるのですか」


「これで十分。あとは——工夫次第じゃ」


藤林の親戚の娘が、遠慮がちに口を開いた。

「お市様——わたくしは、そのようなもの、一つも持っておりませぬ」


もう一人が、恥ずかしそうに続いた。

「伊賀では——化粧など、縁のないものでございました。日々の暮らしで、精一杯でしたので」


お市は、優しく微笑んだ。

「気にすることはない。妾とて——長政殿が亡くなられてからは、化粧など、久しくしておらなんだ」


堀の親戚の娘も、小さく頷いた。

「わたくしの家でも——白粉は、特別な日にしか使いませぬ」


美咲は、少し考えてから言った。

「では——せっかくですから、皆さんも少し、試してみますか」


伊賀の娘たちの顔が、ぱっと明るくなった。

「よろしいのですか」


「もちろんです。少しだけですけどね」

美咲は、悪戯っぽく笑った。


女性たちは、慣れない手つきで口紅を塗っては、互いの顔を見て、きゃっきゃと声を上げた。


徳姫が、美咲の小瓶を手に取り、しげしげと眺めた。

「肌を整えるとはどういうことじゃ」


「化粧水は、肌に潤いを与え、荒れを防ぎます。この、乳液というものも、あわせて使うと——肌がしっとりするのです」


「不思議な匂いがするのう」


「花の香りを、少し加えているのです」


徳姫は、恐る恐る、手の甲に少しだけ化粧水をつけてみた。

「おお——すっと、染み込むようじゃ」


それを見て、伊賀の娘たちも、恐る恐る手を伸ばした。

一人が、頬を撫でながら声を上げた。

「これは——わたくしの肌が、わたくしの肌でないような」


周りから、どっと笑いが起きた。


ひとしきり盛り上がったところで、美咲がふと、表情を曇らせた。


「ですが——」


「なんじゃ」


「先の世から、こちらに来てしまいましたので……。この化粧品も、いずれは、使い切ってしまいます。なくなったら、どうしようかと」


部屋に、しばし静かな空気が流れた。


早川が、ぽんと手を打った。

「それなら——村上先生に、作っていただきましょう」


「村上先生に、でございますか」


「はい。武蔵には、薬を作る設備がありますから。化粧水くらいなら、案外できてしまうかもしれません」


お市が、興味津々に身を乗り出した。

「妾の白粉《おしろい》も——もっと肌に優しいものにしていただけるであろうか」


「白粉《おしろい》には、鉛が使われていることが多いです。鉛は——体に良くありません。米の粉や、白い土——カオリンというものを使えば、同じように白く見せながら、体への害は少なくできるはずです」


お市が、少し驚いた顔をした。

「白粉《おしろい》は——体に悪いのですか」


「長く使い続けると、肌が荒れたり、時には体調を崩すこともあります。せっかくですから——安全なものに替えた方がいいです」


美咲がうれしそうに言った。

「お市様、村上先生のところに——お願いに行きましょう」


徳姫が笑った。

「美咲殿は——本当に、化粧がお好きなのですね」


「好き、というより——これは、女の嗜みですから」


お市も、うれしそうに頷いた。

「この船に来てから——楽しいことばかりじゃ」


女たちの笑い声が、大会議室に、いつまでも響いていた。


***


武蔵・医務室。


美咲とお市が、村上先生を訪ねた。


お市が村上に頼んだ。

「先生、女性たちが使う化粧品を——作っていただくことはできませんか」


村上は、少し考え込んだ。

「化粧品、ですか……。専門ではありませんが、怪我人も病人もおらず暇なのでやってみましょうかね」


美咲が続けた。

「化粧水や乳液のもとになる、グリセリンというものなら——石鹸を作る過程でも採れると聞いたことがあります」


村上は頷いた。

「そうですね。植物の油を使えば——不可能ではないでしょう。ワセリンのようなものも——精製の手間はかかりますが、武蔵の設備なら作れるかもしれません」


「花の香りとかつけれますか」


「香りですか——それも、できないことはありません。花びらを蒸留すれば、香りのもとになる油分——精油《せいゆ》が採れます。武蔵の設備を使えば、この時代の道具よりも、ずっと効率よく抽出できるはずです」


お市が身を乗り出した。

「では——桜や梅の香りも」


「花の種類さえ集めていただければ、試してみましょう。ただ、花によっては、思うように香りが取れないものもあります」


美咲が、うれしそうに言った。

「桜の化粧水なんて——素敵ですね」


村上は苦笑した。

「まずは——試作からですね。あまり期待しすぎないでください。サンフランシスコ湾についたら、花摘みとかしてみてはいかがでしょう」


お市の目が、ぱっと輝いた。

「それは、よい思いつきじゃ。向こうに着いたら——さっそく、皆で花を摘みに参りましょうぞ」


「先住民の方々にも、教えていただけるかもしれません。あちらにも——きっと、良い香りの花があるはずです」


美咲も頷いた。

「きっと新しい香りが見つかります——楽しみですね」


お市は、うきうきとした様子で言った。

「新天地に着いて早々、花摘みとは——なんとも、浮き立つ話じゃ」


ふと、お市は思い出したように言った。

「そういえば——先ほど、早川様から聞いたのですが。白粉《おしろい》は、体に悪いそうですね。安全な白粉《おしろい》も、作っていただけないでしょうか」


村上は頷いた。

「今使っておられる白粉《おしろい》には——早川くんが言うように、鉛が使われていますので、使わない方がいいでしょう」


「やはり体に良くないのですね」


「代わりに——米の粉や、カオリンという白い土を使えば、同じように白く仕上がりながら、体への害はずっと少なくなります。武蔵の設備なら、細かく、なめらかに仕上げることもできるはずです」


「作るには——なにか、材料を集めねばなりませんか」


「米の粉は——武蔵に米が積んでありますし、細かく挽く加工もできます。カオリンは、白い粘土のようなものです。こちらは——少し調べてみる必要がありますね」


お市の顔が、ぱっと明るくなった。

「それは、ぜひお願いしたい」


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