第99話 伊賀の民が応募してくださるのは幸運でしたな
武蔵・大会議室。
半兵衛が心配そうに尋ねた。
「その場所が——狙い目ということはわかりました。しかし場合によっては、我らも疱瘡に罹るおそれがあるのではありませんか」
北沢は頷いた。
「そのとおりです。だから——村上先生に、すでに手を打ってもらっています」
全員の視線が——村上先生に集まった。
村上は軽く頷いた。
「ご安心ください。疱瘡には、すでに対処済みです」
「対処済み——とは」
「種痘という方法があります。疱瘡にかかっても、軽い症状で済んだ者がいます。その者の瘡——かさぶたの膿を、少しだけ、まだかかっていない者の体に入れます。すると、二度と重い疱瘡にはかからない体になるのです」
村上は続けた。
「織田殿にお願いし、この国で患者の中から——もっとも症状の軽かった者を探し出しました。その後は、武蔵の製造の仕組みを使い、免疫を与えることができる薬を作り上げたのです」
(AIを活用した武蔵の製造プラントは、優秀だったな)
半兵衛は身を乗り出した。
「では——疱瘡にかかる心配はなくなったのですか」
「軽い発熱程度で済みます。これを乗組員全員と——海神衆にも受けてもらう予定です」
半兵衛が尋ねた。
「まだかかっていない者の体に入れるというのは、注射するということですか」
村上は頷いた。
「種痘は、注射ではありません。針の先で、皮膚に小さな傷をいくつかつけ、そこに痘苗を植え付けるだけです。注射針とは別に——この種痘用の器具も、すでに作らせています」
官兵衛が感心したように言った。
「村上先生は——そんなこともできるのですね」
村上は穏やかに笑った。
「なんでもできるわけではありません。ただ——先人の知恵を借りただけのことです」
***
北沢は藤林の方を見た。
「藤林殿——北アメリカ大陸を希望する人たちはいそうですか。こればかりは——無理やり連れて行くわけにいきませんから」
藤林は、はっきりと答えた。
「伊賀には、希望者がたくさんおります」
「伊賀の方々が」
「もともと——伊賀という土地は、痩せております。田畑だけでは、とても食うていけませぬ。それゆえ、忍びという仕事で、生計を立てざるを得なかったのです」
藤林は続けた。
「危ない仕事を、好んでやりたい者などおりませぬ。他に、食べていく術がなかった——それだけのことにございます」
「北アメリカ大陸は、豊かな土地であることは間違いないです」
「それであれば、この国で忍びをやっている者たちは、みんな希望するのではないでしょうか」
北沢は穏やかに笑った。
「忍びの方たちが来てくれるのは——頼もしい限りです」
北沢は続けた。
「普通の農民であれば、土地を耕す者と、外敵から守る兵、両方が要ります。しかし忍びの方々なら——その両方を、一人で担っていただける」
北沢はしばらく考えてから続けた。
「特に——最初に渡る者たちには、そういう、たくましさが必要です。見知らぬ土地で、なにが待ち受けているかわかりません。まず切り拓く役目は、忍びの方々にお願いしたいと思っています」
***
北沢は地図を指し示しながら説明を始めた。
「具体的に、北アメリカ大陸のどこに拠点を作るかですが——条件が三つあります」
藤林が確認した。
「どのような条件でしょうか」
「まず——港が作りやすい場所であること。海神丸を日本と何度も往復させる必要があります。波が穏やかで水深が十分な湾が必要になります」
「次に——温暖であること。移住者が生きていくための作物を作らなければなりません。寒すぎれば作物は育だちませんから」
「そして——良質な水が近くにあること。川がなければ——農業も生活も成り立ちません」
全員が地図を見つめた。
「以上のことを考えると——一番いい場所はここになります」
北沢は地図の一点を指した。
「サンフランシスコ湾です」
桐山が同意した。
「そうですね。そこは、天然の良港です。湾内は波が穏やかで——大型船でも入れます。湾のすぐ北にサクラメント川が流れていて——川沿いの低湿地なら稲作も可能でしょう。気候も温暖で——日本の気候に近いです」
桐山が続けた。
「それと、記録ではスペインは、まだここに来ていないはずです。ですので、いきなり戦が始まったりもしません」
官兵衛が大きく頷いた。
「そんないい場所なら、急がねばなりませんな。スペインがやってくる前に」
「ただ——一つ注意すべきことがあります」
全員が桐山を見た。
「サンフランシスコ湾の近くに——グリズリー湾という湾がありまして」
藤林が聞いた。
「グリズリーとは何ですか」
「熊です。体長約二メートル半——日本の熊より遥かに大きいです」
部屋が静かになった。
半兵衛が心配そうに聞いた。
「熊の気性はどうですか」
「気性が非常に荒く——家畜や人間も攻撃します」
官兵衛が言った。
「戦わないといけないのですね」
「まずは、農地を柵で囲むことから始めることになります。ただし——現地の先住民が長年グリズリーと暮らしています。彼らの知恵を借りることも大切です」
藤林が自信ありそうに言った。
「伊賀の者たちは——山で暮らしてきましたから、熊には慣れております」
桐山が頷いた。
「そうですか、やはり伊賀の民が応募してくださるのは幸運でしたな」
「いただいている銃もあります。逆に食料にしてみせます」
「頼もしいですな」
北沢は地図のサンフランシスコ湾を指した。
「ここが——我らの新天地になります」




