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カァーム・ビュラクラト ―社畜女官ローゼルの婚約破棄奮闘録― 私は何も望まない  作者: 兎丸 蓮


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第96話 指折り数えた推理と、蠢く陰謀の影

 ――御仁。父メイット・イースティリアはあえてその名を出さない。


 だけど、ローゼルは思い当たった。

 その人の名は、リュシューリル・グロウディーナ公爵。


「そうだよね?」


 ローゼルが父の顔色を窺うと、父はゆったりとした動作で椅子の肘掛に頬杖をついた。

 その眼光が鋭くなった気がして、ローゼルは思わず背筋を伸ばした。


「……どうしてそう思ったのかな?」


「お父様はお約束をしたんでしょ? 

 その方がイースティリア家に今後一切関わらないって」


「そうだね」


「ということは、御仁と呼んだのと、ウルーム伯爵が助けを求めた貴族。

 上流階級の人物になる」


「うむ、いい線いっているね」


 どこか父は面白がるような声を出した。


「でしょ。

 それでね、有力貴族で私が今まで仕事で密に関わっていない人物を探したの。

 現役官僚だと、宰相のデメトリオ公爵、魔法省大臣リックランス公爵、総帥のハウルデュース公爵、外務大臣のグロウディーナ公爵のこの四人」


 ローゼルは指折り数えた。


「つまり、この国の四大公爵家。

 皇族や引退された方まで含めればもっといるけど、そこまでウルーム伯爵が広範な人間関係をお持ちだったかと言えば、違う。

 私の知っている限りでは、ウルーム伯爵は狭く深く付き合うタイプの人だった」


「そうか。

 なかなかするどい観察眼だ。

 ウルーム伯爵家の未来の夫人として教育はちゃんとできていたようだね」


 父は複雑そうに微笑んだ。


「まあね。

 そのためだけに十年近く必死で勉強したもの」


 ローゼルが小さく肩をすくめる。


「あとは消去法かな。

 そもそも宰相のデメトリオ公爵とはウルーム伯爵はまったくご縁がないようだったし、ハウルデュース公爵は私の同期のレイノルドのお父様。

 それに」


 おもむろにローゼルはルシアンの顔を見上げた。

 その視線にルシアンが気付いた。


「ルシ様の上司だもの」


 にこっとローゼルが笑うと、ルシアンも柔らかく微笑んだ。

 その笑顔に胸がときめくも、ローゼルは続ける。


「あと、リックランス公爵はルシ様の腹心の部下である第2魔法騎士団長のアラン・リックランス卿の御父上。

 それに以前、魔法省で私が応援要請に行ったときに、声を掛けてくださったこともあるし。

 すごい気さくな方で素敵だったよ」


「なるほど。

 なんだかんだその三人は外しても良さそうだね」


 父は少し嬉しそうに頬を緩ませた。


「あとは、お父様の交友関係やお仕事の繋がりを考えると、やっぱりグロウディーナ公爵かな、と思ったの。

 ウルーム伯爵と蜜月関係にある公爵家だから。

 それなのに、次期伯爵夫人の予定だった私には一度も紹介すらされたことがない」


 この前、王城の来客サロンで初めて言葉を交わした。

 それだけグロウディーナ公爵とは接点がなかった。


 まるで、あちらが私と父を避けているようだった——


「参ったな。

 ローゼルが恐れ多くもライアナース卿の『懐刀』なんて呼ばれる理由が分かった気がするよ」


 どうやら、ローゼルは言い当てたようだ。


 父はどこか楽しんでいる様子だ。その一方で諦観の念を示すようにルシアンと顔を見合わせ、同時に苦笑を洩らした。


「もう、ルシ様は最初からその御仁の正体をご存知だったんですね?」


 ローゼルは拗ねるような顔をした。


「薄々ね。

 だけど、はっきりと伯爵から言い切られてはいないよ」


 ルシアンは悪びれる様子はなく、むしろ口元には寛いだ笑みを湛えていた。


「それでも私よりいろんなことを知ってましたよね?」


「そうだね。

 イースティリア伯爵に、ようやく義理の息子と認めてもらえたからね」


「ん? それはどういう意味ですか?」


「信頼してもらえたから、さっきの話――ウルーム伯爵たちに『禁術に手を染めた』となじられた過去の件とかを特別に教えてもらえたんだよ。

 そのお陰で亡きマリアーナ夫人とローゼルが同一の魔物で、呪術によって襲われたことが判明したんだ」


「あぁ、それで」


 ローゼルは納得するように頷いた。


 道理で。

 この部屋に来てから父とルシアンがやけに打ち解けたような目配せをし合うのは、情報を共有していたからか。

 

 仲間外れだったことに、ローゼルは不服に思って、ちょっぴりいじけた気分になった。


 父がくすっと笑った。


「ローゼル、私は言っただろ? 

 最近、ようやくいろんなことが鮮明に分析できるようになり、まるで呪縛から解き放たれたような、そんな感じだって。

 クレインバール卿に話してようやく自分が嵌められたことに気づけたんだよ」


「それは……、その、まさにずっと洗脳されていた感じってこと?」


 おずおずとローゼルは問いかけた。


「そうだね。

 端的に言えばそうだったのかもしれない」


 話しているうちにそんな気がしてきたらしく、父は一人で頷いている。


 窓の外の陽射しが、ゆっくりと傾いていく。


 また、あのちぐはぐな感覚が訪れた。

 自分の知らない何かが、どこかに向けてゆっくりと進行しているような——


 ふと、ローゼルは、一つの噂が気に掛かった。


 ――ウルーム伯爵は、危険思想者。


 魔法は奇跡の力。

 与えられた者にしか発動しない。

 けれど、ある手法を使えば、魔法に匹敵する力が手に入る。


 それが呪術と錬金術の合算魔術だ――。


 彼が提唱する新しい術式だ。

 呪術は禁術の中でも最もおぞましい術式。

 それなのに、唱え続けている。


 ローゼルは身震いした。


 ついこの前まで、一緒にお茶を飲んでいつも通り優しく話し掛けてくれた方だったのに。


 ――ウルーム伯爵は、危険思想者。


 もう一度心の中で呟く。


 身体のどこかで冷たくなる。

 その時、突然、何かが理解できたような気がした。


 そういうことか。


 ローゼルは一人でそっと頷く。


 全部繋がった――。


 どうして、誰もかつて見たことなかった呪術の魔法陣をウルーム伯爵は『これは呪術の魔法陣だ』なんて断言できたのか。


 なぜルシアンたち魔法騎士団がウルーム伯爵領地の禁足地まで足を運んだのか。

 あの領地を執拗に嗅ぎまわって、来客サロンに現れてまでウルーム伯爵を連行しようとしたのか。


 ようやく分かった気がする。


「ウルーム伯爵は、呪術と関係があるんですね? 

 だから、四角い魔法陣を見てそう断言できた。

 違いますか?」


 とうとう、ローゼルはそう口に出して聞いてみた。


 ハッとしたように、ルシアンも父も目を大きく見開いてローゼルを見た。

 やがてその表情に、じわじわと不穏なものが滲む。


 重苦しい空気が部屋を埋め尽くした。


 何かが動いている。

 私の知らないところで。


 ローゼルはじっとルシアンを見た。

 これ以上隠し立ては許さない、と訴えるように。


 やがてルシアンがはあ、とため息をついた。


「そこまで気づくとは。

 まだ伏せておいてもいいと思っていたけど――

 この際だから話しておこうか」


 ルシアンは腰を浮かせ、座り直した。姿勢を正してよく通る声で言う。

 

「伯爵に話すのも初めての話です」


 父は姿勢をしゃんと伸ばして、ルシアンの口元に注目した。


「これはまだ捜査中の話なんですが、ウルーム伯爵は過去、自身の錬金術と呪術を融合させた機器を製造していた疑惑が浮上しています」


 喉がひゅっと鳴った。

 ローゼルの胸の奥で冷たい衝撃が広がった。


「呪術と融合……」


 小さく父が震える声で呟いた。


「はい。ローゼの言うとおり、ウルーム伯爵は呪術を知っている」


 ルシアンは言葉を切った。


 ウルーム伯爵は呪術を知っている。


 ローゼルは肩を強張らせた。


 彼が父に「禁術に手を染めた」と責めた話を聞いた時点で、推測していたことだけれど、改めてルシアンが放った一言はさり気ない凄みがあった。

 

 その静かな響きに、現実味が感じられた。


「まさか、ナージュ・ウルームの提唱する呪術と錬金術の合算魔術が完成したというのですか?」


 顔が青ざめた父が身を乗り出した。


「いえ、それはまだ確認されていません。

 今のところ、ウルーム伯爵の錬金術と別の呪術師の力が合わさった機器しか。

 恐らく、融合魔術自体はまだ開発中なのでしょう」


 怜悧なルシアンの声が続く。


「ただその辺りも看過できない状況です。

 彼は亡ナバロー王国の再建を望む『秘密結社 黒の杖』とも密接な関係にもあります」


「秘密結社 黒の杖?」


 知らない組織だ。


 この国にはいくつか反政府組織が潜んでいると聞いたことがある。

 そのうちのひとつなのかしら。


 ローゼルは首を傾げた。


「聞いたことないよな?」


 ルシアンはローゼルを安心させるかのように、にっこりと微笑んでみせた。


「はい……。

 すみません」


「謝る必要はない。

 それが健全で、ローゼは真っ当な世界で生きている人間だって証だ」


「でも……」


 黙っている父の様子から、父も薄々この組織の存在は知っていた感じだ。


 自分だけまた知らない事実。

 無知は恥ずかしい。


 ローゼルは居心地の悪さにもじもじした。


 ルシアンがローゼルに説明する。


「その組織は呪術を主とする邪教アミラス教の新興宗教団体で、ナバロー王国の王権復古を望む危険組織だ。

 その上、呪術を使って、すでに亡くなったナバロー王国王族の魂を蘇らせようとしている物騒な連中だよ」


「そうですか。

 ——アレも彼らの仕業だったんですね」


 父が口を挟んだ。


「アレ? なにそれ?」


 ローゼルは思わず聞き返した。


「つい最近まで王都を騒がせていた婦女連続殺人事件だよ。

 彼らの仕業だったと小耳に挟んだことがあったんだ」


「え? あの事件の首謀組織って、その『秘密結社 黒の杖』だったの?」


 行きつけの酒場の看板娘、ハイネが攫(さら)われた事件だ。


「この事件の真相は軍事機密となっております。

 むやみに不安を煽るのもよくないので、このままご内密にお願いします」


 念を押すように、ルシアンはすっと人差し指を口元に当てた。


「分かりました」


 ローゼルが硬い声で頷くと、父も「承知しました」と答えた。


「ご承諾いただき、感謝します。

 今回二人にお話をしたのは、ウルーム伯爵がすでに呪術とは切っても切れない関係だからです」


「そういうことですか。

 まさかナージュがそんな危険思想者と密接な関係にあったなんて……。

 つくづくローゼルがあの家に嫁ぐ前に分かってよかったですよ」


 ほっとする父に対し、ローゼルはふと思いついたことがあり、心臓が跳ねた。


 そうだ、もし父が事業に失敗しなかったら——。

 女官になっていなかったら——。

 予定どおり私はとっくにレオーネと結婚していた。


 そう思ったらゾッとした。


「そもそも、ローゼルを襲った魔物。

 あれはウルーム伯爵の錬金術と呪術師によって意図的に生み出したものかもしれません」


 ルシアンは臆することなく言った。


「意図的に!?」

 

 ローゼルが声を上げ、父の顔にも驚愕が走った。


「じゃあ、マリアーナのときも?」


「亡き夫人については――申し訳ございません。

 恐らく、としか言い切れません。

 なにせ月日が経ちすぎているために検証ができかねる状況です」


 ルシアンは首を振って、ローゼルを見た。


「ただ、ローゼを襲った魔物と同一の種類が、今現在他の貴族も襲っています」


 他の貴族も襲って――。


 ローゼルはさらに目を大きく見開いた。

 不安が駆け巡って、ローゼルは眉をひそめた父と顔を見合わせた。


「ローゼ。

 先日、夜遅くまでローゼが王都内図書館で調べていたのは、前ディウースリィ伯爵の死因だろ?」


 唐突にルシアンに尋ねられ、ローゼルは顔を強張らせた。


――もはや契約審査室で誰が味方で敵なのか分からない状況だ。

 よって、君に命じる。

 情報漏洩者を炙り出せ。

 そのためには、どんなことにでも尽力を注ごう。


 不意に上官ライアナース卿の声が蘇った。


 契約書内の機密が漏れている疑惑があるから、極秘で調査するよう特命を受けた。

 相手がルシアンでも、うっかり漏らすわけにはいかない。


「大丈夫。ライアナース卿から詳細はすでに聞いているよ」


「え?」


「無論、特命の内容も。

 当然だろ。

 ローゼの降り掛かった火の粉の原因は、すべて解明して次に備える。

 二度と同じ目には遭わせないよ」


 ルシアンがそっと耳打ちした。


(え、ちょっと待って……いつの間に上官同士で話がついているのよ……!)


 さすが魔法騎士団のトップ。知らぬ間にライアナース卿にも確認していたようだ。

 自分の動向がすべてルシアンに筒抜けで、ローゼルは口をパクパクさせた。


 至近距離で見つめてくるルシアンの真剣な瞳と、甘く艶のある声。

 行動力あるルシアンに感心する一方で、からかわれているような気恥ずかしさに、ローゼルは見舞われて赤面した。


「……はい、そうです」


 おどおどとローゼルは頷いた。


 ルシアンは満足そうに、にっこりと笑った。

 だが、すぐに真顔に戻って、椅子の肘掛けに腕を乗せ、慎重な声を出す。


「実は、前ディウースリィ伯爵も――ローゼの考えているとおり、同じ種類の魔物に殺されたんだ」


 ローゼルはあまりの衝撃に、自分の胸元を押さえた。

 動悸が速まって、息がうまくできない。


「他にも襲われた貴族は、前ディウースリィ伯爵同様、国家機密級の稀少な資源採掘関係で、軍事とも深く関わる鉱山資源を持つ領主ばかりだった」


 さらに、ローゼルは恐怖に押しつぶされそうになりながら、ルシアンの顔を恐る恐る見た。


 険しい表情のルシアン。

 不穏な影がローゼルの中で広がった。


 国家機密に関わる資源については、皇族が個別に採掘に関して契約を交わしている――。

 つまり、ローゼルの憶測どおり、法務省から契約内容情報が漏洩している。


 嫌な予感が胸を掠めた。


 調査しなければ……!


 このままにしておけない。

 自分にしかできないこと——

 

 それは、この情報が漏れた元凶を突き止めるのが先決。


 明日の朝はやく出仕しよう。

 溜まっている仕事もあるだろう。

 きっとこの休んだ二日間の間にも仕事は山積みだ。


 隙を見てすぐにでも――

 これ以上、被害者を増やさないために。

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