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カァーム・ビュラクラト ―社畜女官ローゼルの婚約破棄奮闘録― 私は何も望まない  作者: 兎丸 蓮


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第83話 その勧誘、百害あって一利なし

 ――おぉ、良かった。クレインバール卿。


 満面の笑みを浮かべてオークレー次官がルシアンの方に颯爽と歩いて来た。

 本日も低レベルな取り巻き騎士たちを引き連れ、華やかな笑顔で登場だ。


 嫌悪感がつい滲んだルシアンは、一歩後ろに退いた。


(勘弁してくれよ、ここでまた面倒な人物と会うなんて……)


 内心でルシアンが辟易している間にも、彼らは距離を詰めてくる。

 

 例のナディア・グロウディーナ嬢を引き連れたお茶会で、オークレー次官は総帥から大目玉を食らったはずだ。

 だが、全然懲りず、こうやって隙あらばルシアンに擦り寄ってくる。


 なんとかルシアン・クレインバール軍師を懐柔しようと必死だ。


「クレインバール卿。

 申し訳ないが、今から急ぎグロウディーナ公爵家へ行ってくれないか?」


「今から? 

 なぜですか?」


 ルシアンは露骨に不審がった。 

 しかも、またグロウディーナ公爵家だ。


「なんでも火急の用なんだそうだ」


 オークレー次官は、神妙な顔つきで言った。


「火急?」


 そんなに急ぎならハウルデュース統帥が直接伝令を持った使い魔が、ルシアンの前に現れるはずだ。

 ますます懐疑的にオークレー次官を睨みつけるように見た。


 次の瞬間、オークレー次官は朗らかに笑った。


「いやいや、火急と言っても軍事に関わるようなことじゃないよ。

 招待されたと思って、気軽に楽しんで来い」


 意味深にウィンクしてくるので、ルシアンは眉をひそめた。


「招待?」


 これはまたナディア嬢と俺を近づけようとする魂胆だな。

 見え透いていて、吐き気をもよおす。


「お断ります」


「接待だ。これも業務の一環だ」


「はっ、接待ねぇ」


 ルシアンは鼻で嘲笑う。


「相手はグロウディーナ公爵ですか?」


「無論」


「おかしいですね、今宵、グロウディーナ公爵は陛下と内々な食事会に参加するそうですよ」


 ルシアンの冷ややかな声に、オークレー次官の顔が強張った。


 内々な食事会。そう言いつつ、陛下お気に入りの臣下イースティリア子爵の陞爵《しょうしゃく》の前祝いだ。

 ふだん、グロウディーナ公爵はイースティリア家とは接点を持つことはしないが、さすがに今回は陛下からのお声掛けもあり、参加せざるを得ないようだ。


 公爵不在の夜だからこそ、またあの末娘がオークレー次官にねだって開催する晩餐会なのだろう。


(っていうか、あんなところで提供される食事、何が入っているか分かったもんじゃない)


 ただでさえ、先日の強行お茶会の時に焚かれた甘ったるいお香。

 思い出すだけでも、胃から何かがせり上がってくるほどだ。

 それだけどこか凶暴で官能的な甘い香りだった。


 彼らが置いて行った香炉の残留物を調べさせると、強力な媚薬と淫薬、そして催眠効果のある物質まで練り込んであった。


 あれは危険だ。

 彼らが何かをしてこの俺を操ろうとしていたのは明白。


「まあまあ、いいじゃないか、細かいことは」


 オークレー次官は鷹揚に手をひらひらさせ、ルシアンに近寄る。


「彼女は君との結婚を強く望んでいるんだ。

 実に可愛らしいお嬢さんだし、いやはや、色男はいいねぇ。

 羨ましい限りだよ」


「可愛いとか容姿は関係ありませんよ。

 羨ましいと思うのでしたら、次官がお相手をして差し上げてはどうでしょう?」


 ルシアンは肩をすくめた。


「いやいや、私では相手はつとまらないよ。

 君の容姿が彼女はひどくお気に入りだからね」


 ねっとりとした次官の口調に、ルシアンは嫌悪感を覚えた。


 ――あたくし、ルシアン・クレインバール様と結婚したいんです。


 彼女がルシアンに固執する原点は、どこかで皇族を警備をしていたルシアンを見たナディアが、一目惚れをしたことだ。

 まるで珍しい玩具でも欲しがる幼子のように、父親にねだり始めたのだ。


 グロウディーナ公爵家としては辺境伯と親戚になることはやぶさかではないのだろう。

 彼らは水面下でいろいろ強引に推し進めてきたが、こちらは願い下げだった。


「次官。何度も言っておりますが、父サリッド・クレインバールから公爵家に正式に婚姻のお話はお断りしております。

 我がクレインバール辺境伯家は、彼女を嫁に迎え入れるつもりはありません、とね」


「いやはや、それだよ。

 サリッド殿は何が不服なんだ? 

 そもそも公爵家からの正式な申し出は一介の伯爵家が断れるはずはないんだぞ。

 それを辺境伯家だからと公爵が甘んじてくださっているんだ」


「はっ、甘んじて?」


 ルシアンは鼻を鳴らす。


「ふざけたことを。

 伯爵でも辺境伯は一般の伯爵位に含まれませんよ。

 実質的な立場は公爵家とほぼ同等です」


「この国ではそうだが、他国では違うのだよ」


 分かっていないな、と小馬鹿にするように次官はため息をついた。


「分かっていないのはあなたでしょ。

 ここはあなたが育った国ではありません。

 れっきとしたアイルナバロー連合帝国です。

 帝国の身分階級に馴染めぬのでしたら、国籍を返上し、祖国に帰られてはどうですか?」


 皮肉めいたルシアンの声に、次官のこめかみが不愉快そうに動く。


「今はそんな話をしておらん。

 とにかく君よりも格上の公爵家のご令嬢が君と食事したいと申しているんだ。

 貴族であれば、それに従うのが道理であろう」


 次官の声に苛立ちが含まれた。


「職権乱用甚だしいですね」


「職権乱用とは、失礼だなぁ。

 私は君の将来を上官として案じているんだ。

 グロウディーナ公爵閣下との婚姻を持てば、両家はもちろんのこと、国としてもこの上なく盤石なものになるのだぞ」


「盤石ねぇ……」


 ルシアンは呟いた。


 彼らの狙いは分かっている。


 可愛い末娘のため、と言いつつ、クレインバール辺境伯領の豊富な資源と、強靭なクレインバール私兵団が目的だ。

 なにせ、彼らがいれば、安易に周辺弱小国に戦争を仕掛けることができる。


「ルシアン様」


 側に控えていたマルスクがそっと声を掛け、耳打ちする。


「今宵はこのまま王都で仕事があるからとご帰宅されてはいかがでしょうか?」


 ルシアンはマルスクをまじまじと見た。

 なんと魅力的な提案。ルシアンはふっと一瞬だけ笑みを浮かべた。


「あぁ、そうだった。

 マルスク、ありがとう」


 ルシアンは勿体ぶった口調でマルスクに目配せをした。

 マルスクは口元に笑みを湛えたまま静かに後ろに下がった。


「オークレー次官。

 誠に申し訳がない」


 ルシアンは威圧感を与えるように真正面から立ちはだかった。


「今宵は王都巡回に参らなくてはならないので、せっかくのお誘いですが辞退しなくてはなりません」


「王都巡回? 貴殿が? 

 国の軍師はそんな下っ端の仕事をしなくていいんだよ。

 それよりも、軍師しかできない仕事を真っ当すべきだ。

 公爵家との食事会を優先する方が国のためだ」


 オークレー次官は鼻を膨らませた。


「国のため――おかしな話ですね。

 王都の和平を憂慮され、私に苦言を申されたのはグロウディーナ公爵ご自身ですよ?」


「なに?」


 オークレー次官の眉がぴくりと動いた。


「そうそう。

 この際ですから、一つよろしいでしょうか?」


 ルシアンは恫喝の響きを持たせ、にっこりと笑って見下ろす。


 大きなルシアンの影が覆いかぶさったオークレー次官は、冷水を浴びせられたように、全身を硬直させた。


「私に任務を与えたいのであれば正規ルート、総帥を通してください。

 このような指示命令系統は大変迷惑です。

 上官のあなたがルールに従ってくださらないと、他の騎士たちに示しがつかないでしょ?」


 ルシアンは笑みを浮かべたまま、取り巻きの騎士たちをジロリと見た。

 彼らはたちまち凍り付いたように立ち尽くす。


「き、君と私の仲ではないか。

 堅苦しいことを言うな」


 オークレー次官は開き直ったように声を上げた。


「いいえ、規則は規則ですから」


「硬い、硬いなぁ。

 私はね、君の能力を一際買っているんだよ。

 だからこそ、君に有利な出世方法を伝授しようとしてだね……」


「有利な出世?」


 ルシアンは低い声音で、オークレー次官の台詞《せりふ》を打ち消した。


「でしたら、彼らに託せばいいでしょう?」


 ルシアンは取り巻きたちをギロリと睨む。

 その気迫に押され、取り巻きたちが滑稽なほど慌てふためく。


「いや、彼らではナディア嬢は満足しないんだよ」


「は? 魔法騎士団は、公爵令嬢の喜ばせ組ではないんですが?」


 ますます凄みのあるルシアンの声に、オークレー次官は本能的に震え上がった。


「では、もうひとつ言っておきましょう。

 我がクレインバール一門にとって、いくら発言力の大きな公爵家と婚姻しても、全く旨味がないんです。

 だいたい公爵家と我が一門と考え方が根本的に違う」


「考え方?」


 オークレー次官は訝しげに顔を曇らせた。


「ええ。先日のお茶会の時にも申し上げましたが、当家は魔法使いしか求めません。

 魔法絶対主義なんですよ。

 魔法使いが誕生していない公爵家との婚姻はできかねます」


「それ。実はね、公爵に聞いてみたんだよ」


 突然指差して、得意気にオークレー次官は口角を上げる。

 ついさっきまで怯えていた表情から一転、水を得た魚のように元気を取り戻す。


「公爵閣下は辺境伯の後継者は養子をとるなり、妾に産ませればいいという寛大な考えをお持ちなんだそうだ。

 素晴らしいよねぇ。

 つまりは、正妻は魔法保持者でなくとも問題ないとしている」


「笑止。それはあくまで公爵だけのお考えでしょ? 

 公爵家の考えを当家に押し付ける真似は控えていただきたい。

 百害あって一利なしです」


「なんだと?」 


 驚愕したかのように次官は目を見開く。

 あり得ないとばかりに口をパクパクさせる。


 それもそうだろう。

 グロウディーナ公爵ほどの権力ある家柄を公然と「百害あって一利なし」と言ってのけられるのは、この国の皇族、他の公爵家とクレインバール辺境伯家だけだ。


 ましてや、オークレー次官の祖国では、辺境伯は一般の伯爵位と同じ扱いなのだから。


「では、先を急ぎますので。失礼」


 ルシアンは踵を返して立ち去ろうと一歩踏み出した。


「イースティリア家に災いが降りかかるぞ」


 非難めいた次官の声がした。


 ルシアンは冷ややかに振り返った。

 その鋭い眼差しは異様な光を放つ。


 マルスク以外、その場にいる者が硬直した。

 オークレー次官も「しまった」とばかりに、口を手で覆う。


 コツコツと靴音をたて、ルシアンはオークレー次官の前に立つ。


「それはイースティリア子爵家を潰すという脅しですか?」


「え、っと、いや、そのだな……」


 必死に動揺を悟られまいと押し隠すオークレー次官だが、ルシアンの威圧感は凄まじい。

 目を泳がせる。


「さすがに次官もご存知でしょう? 

 この国では、不当に上級貴族が自分より格下貴族や民衆へ妨害、また難癖をつけて不条理な条件をつけて搾取する等、公正でない行いをすることは基本禁止されています」 


「なっ……!」


「先程の発言、このまま脅迫罪の現行犯で逮捕できますよ。

 もしそんなことになったら、脅迫した縁者の公爵も逮捕しないといけなくなるかもしれませんね。

 グロウディーナ公爵家がイースティリア子爵家に災いがかかるぞと言い脅した、と」


「いや、それは……」


 オークレー次官は口ごもった。

 気まずい沈黙が流れた。


「申し訳がない。

 前言撤回する……。

 口が滑った」


 しばらくしてから、オークレー次官は静かに謝った。

 

「口が滑った、ねぇ……」


 ルシアンから呆れた声が漏れ出る。


「いいですか、次官。

 公の場ではこのような発言は一切許されませんよ。

 次官という地位にいたいのであれば、以後お気をつけください。

 よろしいですか?」


 オークレー次官はぐっと詰まった。


 この様子だと、オークレー次官はどうやら気づいていないようだ。

 グロウディーナ公爵は、なぜかイースティリア家とは距離を置いているということを――。


 そもそも公爵家と子爵家。身分差があり過ぎる。接点は少ない。

 もちろん、したたかなグロウディーナ公爵が、一介の子爵家を表立って目の敵にした発言をするとは思えないし、歯牙にもかけないだろう。


 だが、あの公爵は確実にイースティリア家を避けている――


「おお、そうだ。

 クレインバール卿」


 ルシアンの威圧感に気圧されながらも、オークレー次官は何か閃いたように唐突に明るい声を出した。


「そちらの領土は前戦争時代より格段と豊かになって、領民の出産率も上昇しているだろ?」


「はあ……」


 ルシアンは生返事をした。


(藪から棒に何を言い出すかと思えば……。

 まだ何かあるのか?)


「よくご存知ですね」


 だが、ルシアンはわざと面白がるような声を出した。


「そりゃあ、あの土地は国の防衛の要だ。

 他国に奪われるわけにはいかないからな」


 オークレー次官はそれを好意的と受け取り、さらに饒舌になる。


「そう、それで次に上がる問題は食糧問題なんじゃないのかい?」


「ええ。そうですね。

 ここ数年で解決しなければならない課題です」


「そうだろう、そうだろう。

 あいにくクレインバール辺境伯領は農地に向いている土地が少ないと聞くからな。

 このまま出生率が上昇しても、食べていくものがなくては本末転倒だ。

 そこでだ」


 オークレー次官は、ますます意気揚々と声を張り上げ続ける。


「公爵令嬢との婚姻関係になれば、農作物を公爵領地から輸入してもらえて、一気に食糧問題が解消するぞ。

 これでクレインバール辺境伯領は、ますます磐石になることに間違いない」


「ああ、なるほど。

 そういう手もありましたね」


 ルシアンは歯を見せて微笑んで見せた。


「名案であろう! 

 それなら是非ともナディア嬢を娶るべきじゃないのか? 

 その方が領民も喜ぶだろうし……」


「次官。せっかくのご提案ですが、食糧問題についてはすでに手を打ってあります」


 ルシアンは次官の台詞に被せるように、毅然と言い切った。


「は?」


 オークレー次官は呆然とした表情になった。

 ルシアンはついつい彼を揶揄いたくなった。


「イースティリア嬢の父 イースティリア子爵ですよ」


「イースティリア子爵?」


 オークレー次官は話がつかめず、ぽかんとする。


 身分至上主義者の彼は、子爵位の貴族の魔法の能力に興味がない。

 メイット・イースティリアほど腕のある土魔法の使い手はいないというのに。


 この男は、本当にこの国の皇帝陛下の関心事に興味がない。

 なぜ、陛下がここまで彼の土魔法に重きを置くのか——


 帝国民を飢えさせないためだ。

 腹が減っては人間良からぬことしか考えない。

 だからこそ、最低限みんなが食っていけるよう土壌改革を行おうとしている。


(この国の上流貴族なら知っていて当然なんだけどな)


 ルシアンはくすっと笑った。


「次官、よくお考えください。

 今年はグロウディーナ公爵領地も天候不順により、かなり麦の生産に大打撃を受けてます。

 従来通り、他の領地にも輸出できる量が収穫できるとは言い難いでしょう」


「確かに今年はそうかもしれん。

 だが、来年は豊作だぞ。

 だいたい、不作の翌年は豊作なんだ」


「ほう、初めて聞く説ですね」


「私の祖国ではそういう統計があるのだよ」


「そうですか」


 ルシアンは苦笑せざるを得なかった。

 

 昔ながらの天候や星回りに結びつけた民間信仰の一つだろうか。

 いろんな国の論文を読んだが、そんな話、聞いたことがない。


「そりゃあ、イースティリア子爵領地もそれなりの農業大国らしいな。

 特に果物は名産と聞く。

 だが、果物ごときでは腹は膨れまい。

 主食となる麦が重要だ」


「ええ。左様で」


「だからこそ、ナディア・グロウディーナ嬢を娶り、揺るぎない絆を作るべきだろう。

 それなのに、子爵の小娘を選ぶとは……愚かだ。

 そもそもナディア嬢以上に好条件な令嬢はいない、その機会を無下にするような残念な男に成り下がるな」


 オークレー次官は小馬鹿にしたように肩を揺らして笑った。


 ルシアンはしばらくそんな彼を黙って見下ろす。

 じっと、冷ややかに。


「――次官こそ、もう少し聡明な方と思ってました。

 ですが、俺の買い被りでしたでしょうか、残念でなりません」 


 今度はルシアンが、やれやれと首を振った。


「なにを?」


 オークレー次官の顔が大きく歪む。


「ご提案いただいた通り、輸入に頼るのも一つの手です。

 だが、今年のようにその供給部分に何か憂いがあれば、逆にうちが手詰まりになります。

 そういった場合、公爵家との婚姻に何も旨味はありません。

 逆に、食糧難の我が領地に援助を求められても困りますしね」


 ルシアンはため息をついた。


 先日のナディアとの会話をルシアンは思い出す。


 ――我がクレインバール家は魔法使いしか求めません。


 そう冷ややかに言うルシアンにナディアは、薄ら笑いを浮かべていた。


 ――それは現段階ですよね?


(十中八九、ナディア嬢はこれを盾に婚姻を迫る気だったのだろうな)


 今更彼らが農産物の輸出をチラつかせたとしても意味はない。

 それを人質に無理難題を言い渡される可能性の方が高い。


 それこそ、クレインバール私兵団を貸せ、とか。


 悪いが、すでにイースティリア子爵とはローゼルとの結婚を機に、土壌改良を依頼している。

 将来的なクレインバール辺境伯の食糧難に向けて、打開策はある。


「そういうわけで、次官。

 我が領地の食糧問題について、公爵家が握る輸入路はもはや不要。

 我が家はイースティリア子爵家との婚姻を望みます」


 ルシアンは艶然とオークレー次官に笑みを向けた。

 ますます次官は意味が分からないと混乱する。


「なぜに、イースティリア子爵家なのだ? 

 どういうことなのか何が何だか……」


 目を何度も瞬き、取り巻きたちに目配せする。

 だが、取り巻きたちはあえて視線を逸らし、会話に加わらないようにする。


 その様子は滑稽というより、哀れで惨めだった。


(うむ。この男、グロウディーナ公爵の腰巾着と思っていたが、そこまで重要視されていないかもしれないな)


 イースティリア子爵は、明日『伯爵』になる。

 それなのに、その情報すら共有されていない感じだ。


 その時、ルシアンは一つの疑問が湧き出た。


 実は最初からグロウディーナ公爵は彼を重用していないのではないか——?


 グロウディーナ公爵は忌々しいほど優秀だ。

 だからこそ、魔法を使えない血統でも公爵位にいる。


 そして、手元に置く人材は有能な者を好む。

 それが敵対派閥の者だとしても決して無下にすることはない。


 逆に、使えないとみなしたら、平気で切り捨てる――


 ルシアンは一瞬閃いたことがあり、深く考え込む。


 だが、すぐ顔を赤くなったり青ざめたりを繰り返す男を目の前にすると、なんだかすべてが阿保らしくなってきた。


(元々この男は少々胡散臭すぎるんだよ。

 なにかにつけても……)


 先日のお茶会解散後、あそこに集まった面々がそれぞれ独自に調べてくれているが――


 まさかな。

 けど、こちらでも調査してみる価値はあるかもしれない。


「それでは、お先に失礼します」


 爽やかにそう言い放って、冷徹な笑みを浮かべたままルシアンはオークレー次官たちから去った。


 コツコツと鳴り響く靴の音。

 気づけば、夕日はとっくに沈み、空は紺碧とオレンジのグラデーションに彩られていた。


 どちらにしろ、裏にいるグロウディーナ公爵は注意しなければならない。

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