第76話 秘めた昇爵と、燻る嫉妬
王城連続強姦魔を捕縛から一夜明けて――。
別件の憂慮すべき事案の質疑応答が取調室で交わされていた。
「そもそもさぁ、ネイト・ファーヴァ書記官くん。
おかしいと思わなかったわけ?」
第3騎士団長トーマス・ケリークロノムの声が響く。
「まあ、なんとなく違和感はありましたね」
ネイトは憮然とした表情で取調室の椅子に座って、悪びれる様子なく答えた。
「そうだよね。
いくら同期ローゼル・イースティリア女官の被害状況確認の事情聴取とはいえ、書記官の君が執り行うのはおかしなことだよね」
トーマスは、ネイトが記載した報告書のサイン欄を指でトントン叩く。
寝不足で少々彼は機嫌が悪いが、その寝不足特有の変なテンションで、声はいつも以上に朗らかだ。
「ですから、さっきも言いましたよね?
私も彼らに言い渡されたとき、違和感を覚えてその理由を尋ねましたって」
ネイトは肩をすくめながら続ける。
「けど、『下級爵位の書記官のくせに口答えするな』と彼らに逆切れされたんですよ。
いくらあっちが新米騎士とはいえ、爵位を持ち出されると私は何も言えませんからね」
フンとネイトは鼻を鳴らした。
「あー、分かった分かった。
で、誰が貴殿にイースティリア女官の取調べを担当しろと言った?
ここにフルネームを書いてくれ」
宥めるように第4騎士団長ノーラン・ターラントが言い、ネイトの前のテーブルに真っ白な紙を差し出した。
ネイトは平然とした表情で、騎士三名の名前を羽ペンで書く。
「ちっ、またこいつらかよ……」
トーマスが小さく舌打ちをした。
「処罰もん、決定だな」
ノーランは鼻を膨らませた。
「っていうか、三人とも伯爵位以上の御子息様で、お二人の部下ですよね。
もう少しちゃんとした教育をされた方がいいと思いますよ。
この連中、本当迷惑です。」
ネイトはいけしゃあしゃあと言い放った。
二人はぐっと詰まった。
強面のノーランに、物腰は柔らかいが毒舌のトーマス。
文官から恐れられている二人の団長を目の前にしてもネイトは全然震え上がる様子もない。
もともと彼は物怖じしないタイプだし、数年に渡る書記官業務で団長たちにすっかり慣れっこだ。
しかも彼の場合は剣の腕も立つし、弁も立つ。
その上、有能だ。
騎士たちの間でも可愛がってもらっている書記官の一人だ。
(どちらかといえば、こういう男は書記官ではなく、現場で活躍する魔法騎士団員として迎え入れたい人材なんだけどな)
ルシアンは壁にもたれ腕を組み、冷ややかにネイトを眺めた。
その彼がなぜここで取り調べを受けているのか。
事の始まりは、新米騎士三人の怠慢が公然と顕著になり、規律の乱れが目に見えて深刻化したことだった。
王城に出仕していても訓練をサボり、任務を果たさず、立場の弱い書記官や官僚を恐喝して仕事を押し付ける。
事情聴取の報告書のサインを見れば、怠けているのは明白なのだが、腹立たしいことに、それがまかり通ると思っているようだ。
だいたいああいう手合いは、義務を果たさず権利ばかり主張するから面倒なんだ。
それだけじゃない。
奴らは王都を偉そうに軍服で闊歩し、威張り散らして乱暴狼藉を働いている。
(しかも、それをグロウディーナ公爵に指摘されたのは本当に最悪だ)
ルシアンは内心で腸が煮えくり返りそうだった。
いくら昨晩の王城連続強姦魔事件を解決したことで、ローゼルとの関係が深まり、私生活は満たされていても、肝心な仕事がこれでは――。
一度こういう輩が出ると魔法騎士の評判は地に落ちる。
真面目に働いている騎士たちが割を食う。
「あ、コイツ」
トーマスは、ネイトが紙に書いた三人の騎士のうちの一人の名前を指で忌々しげに叩いた。
「昨夜も今朝も欠勤しやがったんだよねぇ」
「病欠か?」
ノーランが尋ねた。
「いや、無断欠勤。
猫の手も借りたいっていう状況なのに、くそっ」
「うちのところのこの二人も同じだ。
昨夜の巡回、雨が降って来たからと平然とサボりやがったんだ」
ノーランはカリカリと後頭部を掻いた。
二人ともかなり苛立っている。
「ルシアン様。
これで十二件ですよ、アイツらのサボり。
出仕したら絞めていいですよね」
目の下に隈を作っているトーマスが、ルシアンに訴えた。
トーマスは昨晩に王宮魔術師クロフォードから緊急呼び出しを受け、早朝からその捜査に引き続き対応していた。
それなのに、王城に戻れば問題の新米部下は無断欠席。
上官として、毅然とした対応を迫られていた。
ノーランも同様、グロウディーナ公爵から王都警備について苦言をもらったとなっては、黙っていられない。
しかも、その王都を荒らしている問題騎士が自分の部下だ。
二人が苛立つ気持ちも分からなくもない。
ルシアンは、はあ、とため息をつく。
「絞める前に始末書を作成させろ。もちろん監視付きで」
「んなもんより、絞めたから書かせた方が手っ取り早くないですか?
監視だって、奴らより爵位が格上で、役職も俺ら団長クラス、もしくは副団長班長レベルじゃないと無理っすよ。
そんな条件に当てはまるのは、公爵令息のアランか侯爵令息のノーランぐらいですよ」
トーマスは、ヤケクソ気味に言った。
「とはいえ、三人ともここんとこ多忙で、そんな奴らに時間は割けません」
「爵位を言えばレイノルドがいるぞ。
レイノルドに任せればいいじゃないか」
「駄目っすよ。
書記官じゃあ舐められる。
絞めるしかないでしょ」
トーマスは忌々しげに指をポキポキ鳴らした。
これは相当きているな。
普段どれだけ面倒な問題でも、トーマスは飄々と笑って任務をこなす。
だが、ここまで荒れているのは珍しい。
それだけ今回の新米騎士たちに苛立ち、自身の寝不足や多忙さが限界に達しているのだろう。
仕方がない。
今回の問題の新米騎士は、伯爵、侯爵令息ばかりで、下級貴族が多い騎士や書記官をあからさまに貶め、言うことを聞かない。
騎士団の中でも摩擦は起きる一方。
実力社会で縦社会の武官。
それなのにこんな輩が出たのは、オークレー次官が原因だ。
本来なら特殊な才能がない限り、みんな数年の新人騎士訓練期間を経て、魔法騎士団に正式入団する。
だが、オークレー次官は、彼らは身分が高い令息だからと、たいした実力もないのに特例で即魔法騎士団に入団させた。
異例中の異例。
そして、悪しき前例だ。
「始末書を書く前に退団届を出される方が面倒だ。
一方的な暴力、辱めを受けたと身体と精神的苦痛で俺たちを訴えて来るぞ」
ルシアンの声は冷静だった。
「ちっ。
そういうことだけ小癪にも頭が回るんだよなぁ」
ノーランが舌打ちをして、苛立ちを露わにする。
カリカリと頭を掻く。
「お前らの気持ちも分かる。
だが、まずはやるべきことをやらせろ。
自分たちがいかに粗相をして、俺たちに迷惑をかけてきたのか。それを文書化しておけ。
そのあと、絞りたいだけ絞り込めばいい。
退団して家に泣きついても、こっちにはその始末書さえあれば、勝てるからな」
「……はあ、承知しました」
トーマスは大きくため息をつく。
「なあ、ファーヴァ書記官」
ルシアンはネイトに穏やかな声で確認する。
「ひとつ、聞いてもいいだろうか?」
「はい、何でしょう」
ひんやりとしたネイトの眼差しがルシアンを見た。
「書記官が騎士のように事情聴取を行う立場にはない。
君らの立ち位置は、正確な記録を残す立会人であり、取調べる権限は与えられていない。
それはよく理解しているはずだろう」
「はい、承知してます」
「現に同僚十一人の書記官が、強引に越権行為を強いられ、ルール違反をしたとして、俺たちから取調べを受けている。
情報収集に優れた君ならそういう話はとっくに耳に入り、この命令を受けた時、上に疑問を呈するだけの胆力もあるはずだ。なぜ、我々に相談しなかった?」
ネイトは椅子に座り直して答える。
「当然しようと思いましたよ。
ですが、ここんところ事件が立て続けで、魔法騎士団全体的に手薄だったじゃないですか。
特に団長クラスはほぼ不在。
上層部も会議続きです。
なかなか相談しにくい状況です」
「うむ……」
「俺が、総務省のヨオンナ・ピージャンス女官が軍部の情報を知っていた事実の報告をした時ですら、無視したじゃないですか。
あれだって、俺がレイノルド書記官に相談して、彼が総帥に話してくれた。
そうじゃなければ、団長方の耳に届いていなかったでしょう?
となると、俺みたいな三下書記官は『相談しても無駄かな』と思ってしまうのも無理ないと思いませんか? 」
「一理あるな」
トーマスが唸るように呟いた。
「しまいには、爵位が上の騎士に『本日中に俺達の代わりに報告書を上に出せ。
そうしないと痛い目をみるぞ』なんて脅迫されては、最早、事情聴取をやるしかありませんよね」
ネイトは小さく肩をすくめた。
「ますます正論だ」
腕を組んだトーマスは、眉をひそめた。
「だが、イースティリア女官と君は同期。
だからこそ、情に絆され、正しい調書が出来ない場合もあるぞ」
ノーラン・ターラントがネイトの顔をギロリと覗き込んだ。
「いいえ。彼女と俺の場合はそんなことは起きません。
彼女は法務省の人間で法曹一家のライアナース卿の部下。そんな彼女が不正を許すとは思えません。
それに、こういうのって仲がいいからこそ、腹を割って話せることもありますよね」
ネイトは胸を張って言い捨てた。
「ほう」
ルシアンのこめかみが、思わずぴくりと動く。
同期……。その言葉は耳障りだ。
ルシアンは腹の奥でカッと熱くなるものを感じた。
たぶん——これは嫉妬だ。
俺よりも、昔のローゼルを知っているからだ。
ルシアンはぐっとそれを押し殺す。
「あー、もういい。
分かった分かった」
トーマスが手をひらひら振った。
「ファーヴァ書記官とイースティリア女官が親しい友人関係だってのは知っているし、君の立場上、アイツらに強く出れないのも。
――それよりも、どれくらいの割合の書記官がアイツらに仕事を押し付けられているか、知ってるか?」
「そうですね。
たぶん私くらいの下端書記官は全員仕事を押し付けられたことがあるんじゃないでしょうか。
しかも、大半は脅迫を受けてますよ」
「脅迫?」
三人の顔が一斉に強張った。
「はい。私の場合は身分を盾にされただけで、別に後ろめたいことはありませんが――。
他の面子は存じません」
ネイトは奇妙な間をあけて答えた。
「本当か?」
ノーランがぐいっと顔を突き出して睨みつける。
「はい。存じ上げません」
ネイトは涼しい顔で頷いた。
「ふうん」
トーマスが爽やかな笑みを浮かべる。
だが、その眼光の奥には意地悪な光があった。
「とはいえ、君もさぁ、何か自分に利があったから渋々やることにしたんじゃないのかな?
だってさぁ、君ほど頭が回る男なら、こうやって俺たち団長に目をつけられる厄介事は避けるでしょ。
子爵令息の君の場合、こういうのって出世に響くし。
そもそも、ああいう面倒な連中、嫌いだよね?」
ほんの僅かにネイトの顔が引きつった。
それをトーマスは見逃さなかった。
「ほ~ら、その顔。
何かあるよね?」
トーマスが頬杖をついて、じっとネイトを探るような目つきで覗き見た。
「いえ、何も……」
ネイトはサッと目を逸らした。
だが、ノーランがテーブルに頬杖をついて、鋭く睨みつける。
「ファーヴァ書記官。いいんだぜ、こっちでお前のこと根掘り葉掘り調べても。
けど、騎士団に調べられるってことは、どういうことか分かるよな?
信頼失くして刑部省の書記官を外されるってことだぞ」
途端にネイトは不貞腐れた表情になった。
「ほら、観念して言えよ」
ノーランは立ちあがって覆いかぶさるように言った。
ただでさえ、いかつい顔つきなのにさらに迫力が増す。
「あはは、ノーラン。柄悪すぎだって。
ノーランが睨むと、余計凄味が増すんだからさ、みんな怖がっちゃぜ?」
トーマスが苦笑する。
「トーマスに言われたくないね。
寝不足で俺以上に目つき、ヤバいぞ」
ノーランはせせら笑った。
「で、どうなんだ?」
ルシアンが低い声で間に割り入って、ネイトを睨む。
その眼差しに気圧されたのか、ネイトは渋々口を開く。
「別に……。
俺の場合、本当に親の権力を笠に着て言われたんですよ。
お前のところの家を潰すぞって。脅迫罪だと反論しましたけど――」
ネイトは黙り込む。
「しましたけど?」
煽るようにトーマスが聞き返した。
一瞬だけネイトがルシアンを見、顔をしかめた。
そのまま机に視線を落としたまま、諦めたように呟く。
「こんな暴言を吐く騎士たちが、イースティリア女官の聴取をするのは少々心配でしたので、引き受けざるを得なかったというのはあります」
ネイトの語尾が徐々に弱くなって、最後は口を尖らす。
それから、また気まずそうな顔でルシアンをちらっと見た。
(ふうん、明らかに俺を意識してるな)
「ファーヴァ書記官」
ルシアンはあえてネイトに余裕の笑みを向けて呼ぶ。
ネイトは気まずそうにおどおどと顔を上げた。
「君の言い分はよく分かった。
確かに、そんな乱暴騎士たちの聴取を女官が受けるのは可哀想だし、効率的ではなかっただろう。
今回は君が対応してくれてよかったかもしれない。
とはいえ、それは結果論。
ルール違反はルール違反だ。
以後、必ず一人で判断しないこと。
君の教育係、もしくはドレイクに相談しなさい。
俺からもドレイクに口添えをしておく」
「……かしこまりました」
ネイトは頭を下げながら返事をした。
(ほう、素直な反応だ)
ルシアンは話題を変える。
「ところで、奴らは君たち官僚から金銭を巻き上げたりはしていないよな?」
「……俺はないですけど、されている奴はいると思います」
ネイトは慎重な声で答えた。
「マジかよ」
トーマスは顔をしかめ、ノーランは再び盛大に舌打ちをした。
「ありがとう、ネイト・ファーヴァ書記官。
教えてくれて」
「いえ」
「もういいよ。
忙しいところ、ありがとう。
今後も君の活躍に期待しているよ」
ルシアンはとりあえずその場を収めることにした。
「はい。
こちらこそお手間をとらせ、申し訳ございませんでした」
ネイトは真摯な顔つきで言うと、席を立った。
「あっ、そうそう。
ファーヴァ書記官」
ルシアンは彼を呼び止めた。
「なんでしょう?」
やや緊張した面持ちでネイトは振り返った。
「ここでの会話は内密に頼むね」
「はい、それは承知しております」
「そうか、それならいい。
ありがとう」
ルシアンは手を振った。
だが、ネイトはそこから動かない。
「あの、僭越ながら、私からも軍師閣下にお尋ねしたいのですが、よろしいでしょうか?」
硬い表情のままネイトがルシアンに尋ねた。
「ん? なんだ?」
「——イースティリア女官のこと、本気なんですか?」
ネイトから真っすぐ投げられた質問に、ルシアンは一瞬目を見開く。
トーマスとノーランが興味深そうにルシアンとネイトを交互に見た。
一瞬間を置いて、ルシアンは艶然とした笑みを湛えて短く答える。
「――君には関係ないことだ」
ぴくっとネイトの肩が上がって、身を乗り出した。
「いいえ。イースティリア女官は俺の同期であり、大事な友人です。
ちゃんとお答えください」
「ふうん、友人ね」
ノーランが嘲笑った。
男ばかりの王宮では、女官は目立つ。
しかも最難関と言われる文官登用試験に受かった女官は少数だ。
当然、年頃の男たちは否が応でも注目する。
(だからこそ、器量のいい女官は独身官僚に目をつけられる)
一匹狼のローゼルが、珍しく彼とは深く話す仲なのは知っていた。
酒豪のローゼルと、酒と葉巻を嗜むネイト・ファーヴァ。
法務省の法律を作って検証する女官。
法律に違反する者に罪状を用意する官僚。
部署は違えども、互いに法を扱う文官として仕事内容も似通っている。
身分も子爵の令息令嬢。
似た境遇で、文官登用試験に合格した教養深き者同士。
その上、共通の趣味を持つ者たちが合うのも当然だ。
ルシアンは、じわりじわりと焦燥感にも似た嫉妬心が、再び疼き出すのを感じた。
ローゼルと年齢も近く、ローゼの気心知れた男友達――。
俺の知らないローゼを知っている男。
呼吸を整えようと、ルシアンはわざと息を大きく吸い込んだ。
(問題は過去じゃない。
今から俺が、誰も知らない彼女を知っていけばいいんだ)
ふっとルシアンは、あえて美しく微笑み、大人の余裕を装う。
「心配するな。
俺にとってもイースティリア女官は大事な女性だ。
当然、真剣だからこそ彼女の父親に話も済んでる」
ネイトはあからさまに顔を歪めた。
トーマスとノーランが息を呑んだのも分かった。
「ローゼルの父親……。
イースティリア子爵にですか?」
挑みかかるようにネイトが尋ねた。
「ああ、そうだよ」
「ですが……辺境伯嫡男のあなた様と子爵令嬢では身分差がある。
このままでは彼女が周囲から攻撃されてしまいます。
中途半端なのは止めてください」
「ほほう」
ルシアンは冷ややかにネイトを見下ろす。
ネイトがびくっとして、一瞬怯んだような表情を浮かべた。
(いけない、いけない。
つい、威圧してしまった)
ルシアンは自戒しながら、穏やかに丁寧に言葉を紡ぐ努力をする。
「むやみに彼女を傷つけるような真似はしないから安心しなさい。
君の心配も杞憂だ。
すでに手は打ってある」
「杞憂?」
「そう」
「なんですか、その手を打つって……!」
ネイトは今にも食って掛かりそうな勢いだった。
「明日正式に内示があるから、これも内緒だぞ」
その言葉の間に、冷徹な微笑の裏から優越感が滲み出る。
「明日からイースティリア家は子爵でなく、伯爵になるから」
ネイトは目を見開いた。
勝ち誇るようにルシアンは笑った。
「トーマスとノーランも明日まで内密で頼むぞ」
ルシアンは二人の様子を窺っていたトーマスとノーランに声をかけた。
「ああ、承知しました」
「……了解です」
二人は思い思いの表情で返事をした。
特にノーランはローゼルに淡い恋心を抱いているからか、僅かに悔しさが滲んでいる。
顔を伏せたネイトは唇を噛み、拳を膝の上でぎゅっと握りしめた。無言のまま、反発心を態度で露わにする。
(悪いな、ノーラン。ファーヴァ書記官も。
こういうのは片想いの年数じゃないんだよ)
覚悟の問題だ。
「意外ですね。
イースティリア家ってどれだけ功績上げても、代々、陞爵を固辞していたのに」
不思議そうにトーマスが声を上げた。
「そういえばそうだな」
ノーランもハッとして頷いた。
「あっ、ひょっとしてそれもルシアン様が手を回した結果ですか?」
トーマスが調子良く尋ねた。
「まあな」
ルシアンは肩をすくめた。
「マジっすか!
それ、すごくないですか?
イースティリア女官の婚姻のために子爵が陞爵を了承したってことですよね」
「娘の婚姻だけじゃないよ。そもそも陛下が強く望んでおられたことだ。
それに、そろそろ彼女の兄アルバート・イースティリア子息も皇太子殿下と共に留学から帰国されるだろ?
彼は有能と聞くからね、そのままスライドで殿下の側近になるはずだ」
「へえ。
引いては殿下のため、ってことですか」
素直にトーマスは感心した。
ネイトとノーランが、同時に苦い顔をするのがルシアンの視界に入った。
「ファーヴァ書記官。いろいろお気遣いありがとうな。
ローゼも君のような同期がいて力強いだろう」
ぽんとルシアンは軽くネイトの肩を叩いた。「ローゼ」という愛称呼びをするルシアンに、ますますネイトは屈辱的だと言わんばかりの表情を露わにする。
そのままネイトは唇を固く結び、無言のまま軽くお辞儀をして取調室を出ていった。
「それじゃあ、お前らは、聞き出した三名の職務怠慢行動履歴を洗い出し、証拠を固めておけ。
自分の部下なんだ、これは管理不行き届きになるぞ」
「はーい。面目ありません」
反省しているのか否か、トーマスは軽く受け流した。
「ルシアン様、本気なんですね。
彼女のこと」
低い声音でノーランがルシアンを強い眼差しで睨みつける。
そこには複雑な感情がこもっていた。
「まあな」
やんわりとルシアンは微笑んだ。
「さて、俺は今宵王都を見回りしてくる。
昨日の今日で悪さをするとは思わないが、俺が巡回するだけでも魔法騎士団としての役割を全うしていることになるからな」
そう言って、ルシアンは取調室を出た。
コツコツ。
廊下を歩く靴音が響く。
ルシアンは窓の外を見た。
昨日の雨が嘘のように晴れた。
やることはまだまだたくさんある。
まず早急に取り掛かるのは、行方不明のウルーム伯爵の捜索だ。
彼が今ルシアンが抱える問題事の大半を解決する鍵を握っている。
今のウルーム伯爵は四面楚歌のはずだ。
息子が投獄されていてローゼルに婚約続投を拒否された。
何も解決していないどころか、彼が領地に戻るにしても、第8魔法騎士団が王都から続くウルーム伯爵領地の街道を封鎖している。
領地に立ち入ることは叶わないだろう。
それなのに、まだ見つからない。
(まったく、あの伯爵はどこへ行ったんだか)
彼が国家機密を知っていたことも調べなければならない。
ローゼルが昨晩遅くまで王宮内図書館で調べ物をしていたのは、その一環だった。
(さすがにあんな事件に巻き込まれたせいか、社畜――もとい、働き詰めのローゼもおとなしく今日明日休みを貰うことにしたな)
彼女の上官ライアナース含め、王城連続強姦魔の被害者たちの所属責任者は、朝一ルシアンのところへやってきて、事件の詳細を聞き終えると、すぐさま宰相府へ向かった。
これで『外部人材』システムには大幅なメスが入り、解体されていくだろう。
あとは、あの婆さん。
ナイトマーケットで会った露店の元呪術師だという老女――。
彼女は魔剣の大量不良発生に何か関わっている気がする。
(あの婆さんにも近々話を聞きに行かないといけないかもな)
とりあえず、クロフォードの調査待ちか。




