第74話 甘い茶菓子と、繋がっていく疑惑(後編)
ローゼルは、蒼ざめた顔で言葉を失っていた。
「どうした?」
ルシアンが心配そうにローゼルを見た。
「えっと……」
ローゼルは視線を泳がす。
どうしよう、どうしよう。
これが本当だったら、職権乱用どころか背任行為に当たる。
ひょっとすると、国家機密の妨害をしたとして陰謀罪として扱われる場合も。
(そんな大それた罪を前ビアード伯爵たち——戦争推進派が犯したかもしれないなんて、軽々しく口にできないよ)
ローゼルは、自分が考えていることが恐ろしくなって身震いした。
外の雨は次第に強まり、窓に強く打ち付ける。
その音に伴って、ローゼルの鼓動もますます加速した。
グロウディーナ公爵領地に復興物資を運搬したあの商会。
真っ先に運搬に手を上げた。
緊急性を加味して契約云々は後回しになって、すぐさま救援物資を運ばせた。
その後、後追いの契約書をローゼルは以前業務の一環で、法令違反や不備がないか確認をした。
ただ、エルミナ商会に比べてやけに高額な運搬料金だなと思って気になっていた。
(エルミナ商会って、この国の一位二位を争うほど規模が大きな商会だもんね)
実際の運搬などはその下請けが行っているらしいため、なんでもかんでも割高。
でも、確実に欲しいものを用意してくれる。
かたや、あそこは小規模な商会。
とはいえ、迅速にどこよりも早く動いてくれるから何かと便利。
(高額になった要因も、人を呼び集めるためにお金がかかる、とかだったけれど……)
あの時は、特急料金として計上されていた。
そこにグロウディーナ公爵のサインもあったので「問題ない契約書」として処理をした――。
でも今思えば、あの高額料金は不自然すぎる。
商会は、普段から食糧などの物資の運搬に大きく関わっている。
天候不順での不作も、王都に在住している領主よりもいち早く察知することも可能だ。
ましてや、グロウディーナ公爵は魔法を滅多に使わないことで有名だし、連絡方法に最速な手紙魔法や使者が飛行魔法で知らせる、という手段を好ましく思っていない。
そうなると早馬か鳥を使っての報告になる。
けど、もしあの商会と前ビアード伯爵が繋がっていたとしたら――
迅速に動ける小規模商会。
それだけ情報入手には、余念がない。
つまり、報告を意図的に遅らせることが可能だ。
無論、報告が遅延すれば、さすがの敏腕な公爵だって動きが遅くなる。
「ローゼ」
ルシアンの声で、ローゼルはハッとした。
「ローゼ。大丈夫か? 顔が真っ青だ」
気遣う優しい声に、ローゼルはあたふたとした。
言ってもいいだろうか。
でも、証拠が何もない。
私の憶測に過ぎない。
「イースティリア女官。
何かお気づきになったんですね?」
確信めいてドレイクが鋭い声で尋ねた。
いきなり喉元にナイフを突きつけられたような衝撃が走った。
ローゼルは視線を床に落とした。
「えっと、でも……推測です、私の勝手な」
「どういった推測ですか?
話してみてください」
ドレイクの乾いた声で詰め寄る。
ローゼルは首を振った。
「いえ、言えません」
「なぜ?」
「証拠がありません。
もし間違っていたら私、すごい酷いことを軍部に発言したことになります」
「すごい酷い……。
ますます興味深い」
目を細めてドレイクが薄ら笑いを浮かべた。
ルシアンは一瞬何かを思案し、それから柔和な口調でローゼルに言う。
「気にせず言っていいよ。証拠固めをするのは俺たちの仕事だ」
「でも……」
「そうです。あなたが噂どおり有能であることは、今までのやり取りでちゃんと分かってます。
たとえ、的外れなことをここで発言したとしても笑い飛ばすくらいできますから」
頑なに口を閉ざすローゼルに、ドレイクは手を広げて笑った。
どうやらいくらローゼルが躊躇って拒絶しても、この二人は何が何でも聞き出すつもりだ。
確かに、自分一人で悩んでいても手に負えないことだ。
この際、話してしまった方がいいかもしれない。
「それじゃあ……言いますね。
本当に的外れだったら笑い飛ばしてくださいね」
「ああ、大丈夫、大丈夫」
ルシアンは屈託のない笑顔を浮かべて、手をひらひらさせた。
ローゼルは深呼吸をして、恐る恐る口に出す。
「人事会議と食糧供給緊急会議の日程が被ったのは偶然ではなくて、意図的だったかもしれません」
想定外のことすぎたのか、二人は同時に息を呑んだ。
しばらく沈黙が流れた。
雨が窓に強く当たる音が部屋中に響く。
(ほら、この沈黙!
この沈黙が嫌だったのよ!)
ローゼルは心の中で叫ぶ。
「なかなか面白い推論だな。
是非とも続きを聞かせてくれ」
ルシアンが口角を上げ、腕を組んで椅子にもたれるように座り直し、先を促す。
渋々ローゼルは、言葉を慎重に選びながら話し出した。
「グロウディーナ公爵領地の復興物資を運搬した商会――コンソーシアム派交易組合。
総務省に『外部人材』を多数斡旋している商会なんです。
しかも、コンソーシアム派交易組合は、グロウディーナ公爵領地を中心に、その周辺領地の領主と取引をしています。
公爵領地の隣のウルーム伯爵領地とも接点があるんで、次期ウルーム伯爵夫人として、ウルーム伯爵に紹介されたこともありました」
「コンソーシアム派交易組合か。あまり聞いたことがないな」
ルシアンの表情は険しくなった。
「エルミナ商会とか、その辺に比べたらかなり小規模で、資本元はビアード伯爵家です」
「ほう。ビアード伯爵家」
「はい。ひょっとしたら公爵領地が雨天で酷い状況になったのを――
その……あえて隠していたのかもしれません」
「つまり、頃合いを見て王城と公爵に知らせた、そう言いたいのか?」
ルシアンの声は低く、重く響いた。
先程までの柔和な笑みは消え、双眸が鋭く光る。
「そうすれば莫大な緊急運搬費を得ることができます」
神妙にローゼルは頷いた。
「――食糧供給緊急会議開催のタイミング、それらが謀られていたのではないかと、そう推測されたんですね?」
確認するようにドレイクが訊き返した。
「そうです」
「……なるほど」
ルシアンは指先で机を叩きながら、ローゼルの言葉を反芻するように繰り返す。
「人事会議と食糧供給緊急会議の日程が、意図的に重ねられた……か」
ドレイクは椅子から身を乗り出し、ローゼルをじっと見据えた。
その眼差しはまるで獲物を見定める鷹のようで、ローゼルはびくっと身体を震わせた。
「イースティリア女官の推測は軽々しく口にできるものではないです。
ですが――」
ドレイクは一拍置き、声を低めた。
「もしそれが事実なら、王城の意思決定そのものが操作されていたことになる。
これはただの商会の不正では済まされません」
「そうだな」
ルシアンは腕を組み直し、深く息を吐いた。
その吐息には苛立ちと緊張が入り混じっている。
二人の視線が重くのしかかり、ローゼルの胸は嫌な音を立てる。
(……やっぱり、言わなければよかったかも)
泣きそうな気分にローゼルが陥っていると、ルシアンが宥めるように、にこっと笑った。
「ありがとう、この先は我々軍部が真相を突き止めるよ。
いい意見が聞けた。
なっ、ドレイク」
思いのほか明るいルシアンの声に、ローゼルは目を見開いた。
「はい。まさか王城強姦魔の事情聴取から、別角度で前ビアード伯爵についての新たな推論が得られるとは思いませんでした」
ドレイクは力強く頷いた。
ほっとローゼルは胸をなでおろす。
その時、扉がノックされた。
「アランか。
入っていいぞ」
ルシアンの返答後、第2魔法騎士団長アラン・リックランスが入って来た。
「遅くなって申し訳ありません」
「いいや、こちらこそ休んでいるところ悪いな。
今日は非番だっただろう?」
「いえ。問題ありません」
アランはローゼルと目が合うと、やんわり微笑んで会釈をした。
会釈し返すローゼルの前に立ち、突如アランは片膝をついてローゼルの顔色を窺うように見上げた。
「イースティリア女官。
この度は被害に遭ったということで。御無事でなによりです」
ローゼルは首を振った。
「いえ。クレインバール卿の素早いご判断で事なきを終えました」
「そうでしたか」
アランはにこやかに言い、ルシアンに含みのある視線を送る。ルシアンは視線を逸らして頬を掻いた。
「イースティリア女官に怪我もなかったのは不幸中の幸い。
さて、ここからは私も聴取に参加させていただきますね」
アランが一人掛けの椅子に腰かけると同時に、マルスクはすっと紅茶を差し出した。
「今、ちょうど今回の連続強姦魔の注意喚起ができなかった理由をイースティリア女官に話していたところです。それと、前ビアード伯爵たちの思惑もご一緒に」
ドレイクが淡々と言った。
「ああ、そういうことですね」
アランはマルスクが淹れた紅茶を早速口に運んだ。
「では、話が早い」
柔和なアランの表情が鋭くなった。
ティーカップを置いて、ポケットから四つ折りにしてある紙を取り出し、それを広げてテーブルに広げた。
「この男、面識はありますか?」
紙には人相書きが描いてあった。
肩までの長さのブルーシルバーの髪、中肉中背。
琥珀色よりも赤みがかった瞳。
「この人……」
ぞわっと鳥肌が立って、ローゼルは顔を強張らせた。
思い出した。
「ブルーノ・アヴェーヌ卿……」
「知っているのか?」
ルシアンの顔色がサッと変わる。
「知っているというか……」
ローゼルは動揺し、胸の奥で鈍い痛みが疼いた。
それから、束の間逡巡して言葉を紡ぎ出す。
「――入省当時、いっぱい話しかけてくれた人で、お菓子をたくさんくれた人なんです」
「お菓子?」
男性三人はきょとんとした。
「はい。
でも、少しいわくつきのお菓子で……」
言葉を濁すローゼルに、みんなが一斉に眉をひそめた。
「なんだ、それは」
ルシアンの顔つきが険しくなった。
「あっ、ひょっとして……」
アランが思い出したように声を出す。
「一時期入省したての女官に、強力な媚薬入りのお菓子を配っている独身官僚が大勢いたんです。
確か、レイノルドが同期のエレナ・ヴァービナス女官からその話を聞いたとかで、うちの騎士たちが調査に乗り出したんですが、なかなか尻尾を捕まえられず……。
まさか、彼がその一人ですか?」
「はい、そうです。
エレナ……ヴァービナス女官から注意を促されていましたので、食べるのをやめて、全部魔法省のヴァービナス女官の先輩にお菓子を分析してもらったんです」
ローゼルは当時の記憶を呼び起こす。
あの時は、まだお給金を今ほどもらえていなくて、お菓子を全然買う余裕がなかった。
だからこそ、王都で有名な菓子を見ず知らずの先輩官僚たちが次々とくれたときは、本当に嬉しかった。
噂でしか聞いたことのない令嬢たちに人気のお菓子。
マカロンにマフィン、キャラメル。ほかにもいろいろ。
「でも調べてもらった結果、大半が怪しげな薬が盛られていて、やむなく処分したんです」
(あの絶望感。
半端なかったなぁ)
美味しいお菓子に怪しい薬を盛った官僚たちを恨んだくらいだ。
「ええと、さっきのアヴェーヌ卿は、総務省の『准』帝国公務員です。今も新人の女官たちにお菓子を配り歩いているのを見かけます」
ローゼルは鼓動が速まるのを抑えるように言った。
「そうですか。――ようやく名前と身元が判明しましたね。
しかも、『准』帝国公務員とは。彼の制服は『正』帝国公務員でした。
この制服もどこから入手したのか――。
まあ、マッシュが今頃本人を叩き起こし、執拗な尋問を繰り広げていると思うので、判明するのは時間の問題ですね」
アランが顎を撫でながら、不敵に笑った。
「マッシュにか……」
ルシアンとドレイクの顔が大きく歪んだ。
「それはさぞかし手厳しい尋問をされているでしょうね」
ドレイクがため息交じりに言った。
第2魔法騎士副団長のマッシュ・モラレス。
彼はルシアン同様とんでもない美男なのに、かなりエグイ尋問をすると聞いたことがある。
見た目にそぐわず、粘着質で残忍。きっと徹底的にしごかれるはずだ。
だけど、ローゼルはそれを可哀想とは決して思わない。
(自業自得だよ。
女性を恐怖のどん底に突き落としたんだから――)
「イースティリア女官」
不意にアランがローゼルを見た。
「被害に遭っていた女官たちの所属は、彼女たちのプライバシーのために伏せますが——
全員、総務省とまったく無関係の部署の女官で、子爵位以下の令嬢でした。
ですが、あなたは総務省に応援にまで行っていて、唯一加害者と面識のあった被害者です。
他に何か変なことをされていませんか?」
「えっ、変なこと……。
えっと……」
ローゼルはどきっとした。
指をコネコネしながら、ローゼルはそっと上目遣いでルシアンを見た。
その視線に気づいたルシアンは穏やかそうな表情を繕うが、その目には心配と憂慮が浮かんでいる。
その眼差しに負けて、ローゼルは小さい声で呟く。
「アヴェーヌ卿は、婚約者の友人なんです」
「へえ、レオーネ・ウルームの」
アランの目が鋭く光った。
「はい。
それなのに、アヴェーヌ卿は……入省しばらく経ってから交際を迫ってきて……」
「ほう。
イースティリア女官がレオーネ・ウルームと婚約中なのを知っているのに?」
「そうです。
レオーネと隠れて付き合おうって。お菓子とお酒、毎日あげるからって……」
もじもじとしながら、ローゼルの口調は弱々しくなる。
「まさか、ないとは思うが、こっそり付き合っていたのか?」
ルシアンの声が懐疑的になった。
「違います!
それは絶対にない、ないです!」
慌ててローゼルは手を振って否定する。
「そこまで落ちぶれてません。
ただ、その……しばらくの間、付き纏われたことはあります。
ちょうどその頃、ゴルマン卿からも公開処刑……いえ、求婚を毎日のように受けていた時期なので、ゴルマン卿が『お前はストーカーか!』と一喝してくれて……。
それ以降は、近づかなくなったと言いますか……」
男性三人は顔を互いに見合わせ、同時にため息をついた。
「エヴァンが言うのかよ……。その台詞」
「同感です」
「あり得ませんね。
ストーカー級の求婚していた奴が人をストーカー呼ばわり。
笑止」
それぞれがエヴァンに突っ込んだ後、気を取り直したアランがにっこり笑った。
「まあ……、考えようによってはエヴァンが用心棒になっていたってことですね。
とはいえ、あの男は自分より爵位の低いご令嬢を襲った。
正体がバレた時、自分に逆らえないのを見越して犯行に及んだ可能性が非常に高いです」
「はっ、クズっぷり全開だな」
ルシアンが侮蔑を滲ませて顔をしかめた。
「ええ、クズもクズです。
被害者の皆さん、イースティリア女官のようにお菓子をもらったことがある『正』帝国公務員だと証言してくれました。
でも、まさか『准』帝国公務員とは。
道理で、血眼になって探しても該当者がいないわけです」
アランはため息をついた。
「そのお菓子、皆さん、ひょっとして食べちゃったんですか?
強力な媚薬が入っていたのに――」
あわあわとローゼルは尋ねた。
「一口だけね。
全員、異口同音、お菓子を口に入れた途端、気分が悪くなったとかでその場で捨てたそうです」
ローゼルは安堵した。
もし、あの時、エレナから忠告を受けてなかったら私はどうなっていたんだろう。
そう思ったら、ローゼルはゾッとして、背筋が凍った。
(もう、エレナに感謝しかないよ!)
「恐らく彼は獲物をずっと探していたんでしょうね」
ドレイクは呆れるように言った。
「そうだと思いますよ。
被害者女性はイースティリア女官のように小柄で器量のいい女性ばかり。
箔をつけるために『正』帝国公務員の制服に着替えていたんでしょう」
アランは肩をすくめた。
「身分詐称してお菓子を配り、好みのタイプを物色。
機会があれば我が物にしようと狙っていたのか。
最低だな」
ルシアンは苦々しい表情でティーカップに手を伸ばして、お茶を飲み干した。
「明朝、総務省から制服が盗まれているかどうか確認してみます」
ドレイクが言った。
「ああ、そうしてくれ。制服は厳重に管理するように、以前ユリウス殿下からも指示を受けているからな。
それと、——そもそも王城で犯行を犯す時点で、大胆不敵。
王城以外のどこかで成功体験を積んで王城で罪を犯してる可能性は高い」
カシャンと無機質な音を立てながらルシアンはティーカップを置く。
「ええ。
その辺の洗い出しも行います。
ああいう性犯罪者は成功体験があるからこそ、手口が派手になっていきますからね」
アランは冷静な目で頷き、ローゼルを柔らかな眼差しで見据えた。
「ああ、そうそう。イースティリア女官。
確認したいことがあります。
ご両親への報告はどうしましょうか?」
「えっ」
ローゼルは不意を突かれて、返事に詰まった。
「こういう繊細な犯罪は、被害者の詳細情報は少人数のみに留めます。
もちろん、同期のネイト・ファーヴァやレイノルド・ハウルデュース、両書記官にも内緒にしておきますのでご安心を。
ですが……」
ちらっとアランはルシアンを見てから、再びローゼルに視線を戻す。
「御父上の子爵にはお伝えしておいた方が……」
「内緒でお願いします!」
ローゼルはアランの声に被せ気味に声を荒げた。
「お願いですから家族には言わないでください。お願いです」
両指を絡めて祈るように、ローゼルは切実に訴えた。
父だけならまだしも、シャルルに知られたらこれみよがしとレオーネとの結婚を早められてしまうかもしれない。
レオーネは罪人かもしれないのに――。
ルシアンがアランに目配せをすると、アランは静かに頷いた。
「分かりました。イースティリア子爵にも内緒にしておきます。
ただ、上官であるライアナース卿には申し訳ありませんが、立場上ご報告はさせてもらっておりますので、ご承知おきくださいね」
「……はい」
ローゼルはしゅんとして肩を落とした。
まるで悪いことを見咎められたように、バツが悪い。
「イースティリア女官。
ライアナース卿は此度のことは非常に重く事態を見ており、そして、『明日にでも他の被害に遭った女官たちの上官、総務大臣のバーンズリー卿と共に宰相に直接衛兵の外部人材の登用や夜の警備の人員削減の撤廃を求める』とのことです」
「ほう。それは頼もしい援護射撃だな」
ルシアンはニヤリと笑った。
「これでバーンズリー卿も前ビアード伯爵派に責任を押し付けられることもないだろう」
「え? どうしてバーンズリー卿に責任を?
悪いのは、前ビアード伯爵派なのに」
ローゼルは身を乗り出して尋ねた。
「前ビアード伯爵派にとって、品行方正なバーンズリー卿の下ではいろいろやりにくいんだろう。
だからあえて、情報を入れないよう周囲を固めようとしていたんだ」
「悪質ですね」
ローゼルはスカートをぎゅっと握り締めた。
「打ち明けると、前々から宰相とはこの法案を廃止にしようと動いてはいたんだ。
だが、前ビアード伯爵の腰巾着ども、つまり、甘い汁を吸っている貴族連中が『経費削減』、『すぐ廃案するのは、総務省の沽券にかかわる』とかで反発して妨害行為ばかりに遭ってね」
「バーンズリー卿に知らせなかったのもその一環ですか?」
「だろうね。
だけど、もう文句は言わせない。
イースティリア女官のお陰で突破口ができた」
ルシアンから強い眼差しが注がれ、ローゼルは頷く。
「お役に立てたのなら、怖い目に遭った甲斐がありました」
「いや、本来だったら、そんな怖い目に遭うようなことはないはずなんだ。
こちらこそ、守れなくてすまない」
「大丈夫です。
これ以上、他の女官たちが危ない目に遭わないように、よろしくお願いいたします」
自分たちの利益追求ばかりを優先して凶悪犯を放置したばかりか、全く責任のない大臣に罪を被せ、断罪しようとする。なんて卑怯な人たちなんだ。
そのせいで、被害者に遭った女官が、少なくとも十人はいる。
男の力で無理矢理、処女を奪われる――。
改めて自分の運の良さに感謝すると同時に、全身が熱くなり、再びどす黒い恐怖が襲う。
ローゼルは自分の腕を無意識にさすった。
被害に遭った彼女たちはきっと男性に触れられるだけで、おぞましい体験を思い出すかもしれない。
もしかすると、結婚することすら難しくなるかもしれない。
ローゼルはそっとアランやドレイクと話すルシアンの横顔を見た。
ルシアンが抱きしめてくれたぬくもりを思い出すと、いろんな気持ちがごちゃごちゃ入り混じる。
(私はこの人になら触れられても嫌だとは思わなかった。
むしろ、もっと側にいて欲しいとさえ願ってしまうのに――)
恋をして、好きな人に触れてもらいたい。
好きな人に触れたい。
そんな当たり前の感情が機能しなくなったら……。
大事な人が、他者の傲慢な欲望で離れていく。
それは物凄く悲しくてやるせない苦しみ、魂を引き裂くような恐怖だ。
「では、すでに聞き終えている感じなので、これでイースティリア女官の聴取は終わります。
今夜はゆっくり体を休めてください」
アランは優しい笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます」
「そうそう、ライアナース卿からの伝言です。
明日明後日は仕事をお休みしてください、とのことです」
「え?」
「イースティリア女官に依頼した急ぎの仕事については、こちらでもなんとか調べてみる、とのことです」
急ぎの仕事――ウルーム伯爵が国家機密を教えた情報漏洩者を探し出すことだ。
「分かりました」
ライアナースの気遣いにローゼルは、肩の力が抜けた。
どっと疲労感が押し寄せた。
思いのほか、身体は緊張して固まっていたようで節々が痛い。
(温かいお湯に浸かって、ふかふかのベッドで眠りたい……)
ローゼルは気が緩んで欠伸が出そうになった。
いけない、いけない。
人前で欠伸なんて淑女としてあるまじき行為だ。
それでも込み上げる欠伸を必死でかみ殺す。
「ではドレイク、すぐにでも報告書にまとめてくださいね」
アランはたちまちその場を仕切り出した。
「承知」
ドレイクは返事した。
アランがルシアンに視線を投げる。
「ルシアン様も今宵はイースティリア女官をご自宅へ送り届け、そのままご帰宅ください」
「おっ、いいのか?」
ルシアンの声が跳ねあがった。
「はい。本日の王都の巡回は第4騎士団に任せてください。
第4の団長ノーランとは話はついています。
連続強姦魔については我ら第2騎士団が責任もって対応いたします」
「悪いな」
「いいえ。
ウルーム伯爵は逃亡、グロウディーナ公爵の苦言まで浴びせられ、今日は散々でしたからね」
苦笑するアランにルシアンは気まずそうに頭を掻く。
「まったくだ。助かる」
ルシアンは立ち上がって、ローゼルへ手を伸ばした。
「ローゼ。帰ろう」




