第73話 甘い茶菓子と、繋がっていく疑惑(中編)
「総務省の狙いは、衛兵の役割を『外部人材』に移行することだ」
ルシアンは呆れたように天井を仰ぐように見る。
「それはこの帝国を内側から滅ぼす序章にすぎない――」
「そもそもこの『外部人材』システム。
これが問題です」
ドレイクの声が耳に入る。
彼の声音から『外部人材』に対して好意的ではないのが感じ取れた。
「時を遡れば、先日の皇女毒物混入未遂事件についてもそうだったんです」
腹の底から響くような低いドレイクの声。
その瞳には憤怒に近い含みがある。
「総務省の業務に携わった『外部人材』の女が敵国の間諜でした。
調べれば他にも間諜が潜んでいるかもしれません。
これは即刻、撤廃にすべきシステムです」
「え?」
ローゼルは聞き咎め、声を上げる。
「そんなことがあったんですか!?」
ドレイクがハッとして、自分の失言を恥じるような顔をした。
ルシアンも微妙な顔つきになって、口元に人差し指を当ててローゼルに向けて言う。
「内緒だぞ。特別だからな」
「はい、そりゃあ……」
皇女毒物混入未遂事件なんて物騒な事件、簡単に口に出すわけにはいかない。
ましてやその事件は軍部が厳格な箝口令を敷いているぐらいだ。
「あの、そんな間諜を紹介したギルドか商会はどうなったんですか?
責任重大問題です」
ローゼルは二人の顔を覗き込んだ。
「あの工作員は亡くなった令嬢の戸籍を簒奪し、虚偽の身分で王城勤めしてたんだ」
随分と醒めた言い方で、ルシアンが答えた。
「これまた悪質ですね」
「そう、まったくそうなんだ。
そこまで巧妙に身元を隠蔽されては、いかなる商会といえども容易に見抜けるものではない。
とりあえず紹介したところへは厳重注意で終わった」
「そんな……」
ローゼルは震えた。
「軍部としても、すぐさまこのシステム撤廃を求めた。
だが、総務省の面々が頷かなくてね。
それどころか、今回の連続強姦魔の件同様、現大臣のバーンズリー卿の耳に入れないようにしていたんだ」
「えー。
意図的に隠していたんですか?」
「ああ。
先日、バーンズリー卿には伺いたい別件事案があったから、聴取をさせてもらったんだが、その時確認したところ、まったく存知なかったご様子。かなり驚かれていたね」
ルシアンは肩をすくめた。
別件事案。
それって、この前ホキアン親子が軍部に事情聴取された時のことかしら。
とはいえ、その時まで知らされなかったなんて、かなり深刻化しているのでは——
「変です」
ローゼルはルシアンとドレイクを見据えた。
「衛兵の件は、王城の治安、国の防衛に関わるのでもちろん廃止すべきだと思いますが、そういった一般職にまで間諜が紛れ込むのは非常事態です。
公にして廃止した方が国のため。
それなのに、大臣にまで真実を隠して『外部人材』システムを続ける。何でですか?」
「まあ、そうなるよな」
ルシアンは薄笑いを浮かべた。
「ごもっともです。
端的に言えば、『外部人材』システムは前ビアード伯爵派——戦争推進派にとって、美味しいシステムだからですよ」
ドレイクが冷たく鼻を鳴らした。
「美味しいシステム……。
ひょっとして、予算絡みですか?」
ローゼルは控えめに尋ねてみた。
ルシアンたちが驚いた表情をした。
「へえ、よく気づいていたのか」
「はい。だって、一応、法務省の資料室の受付の子の支払処理は、私がやってるんです。
だから、人や業務内容が部署間を異動するということは、当然その人に合わせて仕事も、それから業務に付与されている予算も動くことを知っています」
「正解だよ。
これで夜、衛兵の数も減らした理由も理解できるだろ?
衛兵は人数も多いので、予算もかなり大きい」
「そうですよね。
大幅に夜の人員を減らせば、大幅にコスト削減ができる。
だからって、そのせいで治安が悪くなるのは、本末転倒ですよ」
ローゼルは口をすぼめた。
「ほう、そこまで思い至るなんて……」
ドレイクからの感嘆の声に、ローゼルは頬を綻ばせた。
「そもそもこのシステムは、『外部人材』を斡旋した業者にも、かなり大きなメリットがあることをお気づきになりましたか?」
挑みかかるような瞳でドレイクがローゼルに問いかけた。
「ええ、だって、これって自分たちが働かなくても、お金が入る。
まるで宝箱のようなシステムと言いますか――」
ローゼルは言葉を切り、姿勢を正す。
「『外部人材』を斡旋して人材を採用されるだけで、商会やギルドに紹介料が発生します。
『外部人材』に日銭を支払う場合も多額な仲介手数料が発生し、その一部が斡旋業者に入るんです。
いわば、王城で働く外部人材たちが自動的に金を稼いでくれる、まさに金のなる木です」
彼らの頭の中にあるのは『自分たちの財布の膨らみ』だけだ。
(あの人達の私欲を肥やすために、ちゃんと働いているだけで犯罪に巻き込まれるなんてナンセンスよ)
内心、憤慨していた。
ふいにドレイクから小さな笑い声が漏れる。
「くっ。
宝箱のようなシステム、金のなる木――たとえが的を射てますね」
「あと、あれですよね?」
ローゼルは身を乗り出す。
仕組みが分かれば、答えは明確だ。
「王城に出入りしている『外部人材』の彼らから、王城に勤める上級官僚や皇族たちの詳細情報も入手しやすくなります。
それをチラつかせて、商会は他の貴族たちにお近づきになれるチャンスがあります」
「そうですよ。
拡販の絶好の機会です」
鷹揚にドレイクが頷いた。
「ですよね」
「逆にそれを上手く利用して、戦争推進派はこのシステムを継続支持するよう他の貴族に圧力をかけたんです」
「圧力……。
賄賂じゃなくて?」
「いいえ、違います」
ドレイクが首を振って、紅茶を飲んだ。
「情報です」
「情報?」
ローゼルは眉をひそめた。
「ほら、社交界は情報をいかに入手するかにかかっているだろ?」
ルシアンが口を挟んだ。
「王宮に人材を送り込む商会と良好な関係を築いておけば、貴族は贅沢品だけでなく、自分が仲良くなりたい上流貴族や皇族の情報入手もできる」
「つまり、逆らえば、情報を持つ商会を紹介してあげないぞ。
という圧力ですね」
ローゼルはそっとドレイクを見た。
「はい。情報が欲しい貴族たちにとって、その商会を紹介してもらえなくなるのは大きな痛手になるように刷り込めば、戦争推進派を支持する流れになります」
ドレイクは満足げに微笑んで頷いた。
お金より、情報……。
言われてみれば、そのとおりだ。
貴婦人たちがこぞってお茶会に出向くのは、自分の家に有利な情報を入手するためでもある。
(なかなか貴族らしい弱点を突いている。
違う意味ですごいと感心してしまう)
そうやって戦争推進派は、前ビアード伯爵を大臣という地位に据え置いて、人材斡旋業者の商会やギルドと癒着。
自分たちの都合のいいように王城内部の情報を入手していた。
まさに社交界って感じだ。
「それにしても、さすがですね。
イースティリア女官」
ふと、ドレイクが悠然と脚を組み、ローゼルを真っすぐ射抜くように見据えた。
その鋭い視線に、ローゼルはドギマギした。
「そうですか?
今までの現状をお二人が分かりやすく話してくれたからですよ」
ローゼルは謙虚に答えた。
それでもじっとドレイクはローゼルを見る。
なんだろう。じっくりと見定められているようで、落ち着かない目だ。
再びローゼルは不安になってきた。
しばらくすると、ドレイクはルシアンの顔をちらっと見て、くすっと笑った。
「……ルシアン様が珍しく打ち解けた空気を醸し出す。
しかも部外者であるイースティリア女官がいるのに——
つい私もあってはならない失言をしてしまいましたが――なるほど」
「なんだ? ドレイク。
彼女を警戒していたのか?」
不服そうにルシアンが尋ねた。
「まあ、そうですね。
ルシアン様に近づく令嬢は、なかなか横柄で高飛車……いえ、個性的。
ですが、彼女を重用する理由が理解できました」
ドレイクは肩を揺らして笑う。
「あっ、少々語弊がありました。
イースティリア女官の場合、ルシアン様が口説き落としたんでしたね」
ローゼルはルシアンと顔を見合わせた。
なんとなく気恥しくなって、互いにちょっと目を逸らす。
いつの間にか、外は雨が降り出していた。
雨粒が窓を叩き、室内に淡く響く。
ローゼルは照れ隠しのつもりで、質問をぶつけた。
「あの、もう一つ、お伺いしてもいいですか?」
「なんだ?」
ルシアンがコホンと咳払いをして、改まった顔つきをした。ルシアンの目尻もほんのり赤い。
その隣のドレイクは、さっきまでの痛ましいものを見るような視線から一転、温かな眼差しをローゼルに向けた。
「そんな穴だらけの『外部人材』システムをどうしてオークレー次官は、衛兵権限を総務省に渡してしまったんでしょうか?
元を辿れば、あの次官の就任についても懐疑的です。
上層部の方々は口に出さないけど、そもそも外国人登用は軍部で許されるのかって不審がってます」
オークレー次官――。
ルシアンの元にナディア・グロウディーナと共に押しかけたときが記憶から蘇る。
異国出身者だけあって、彫が深く端正、美麗な貴族。けれど、貧弱で華奢。
とてもじゃないが剣を振るう姿は想像できなかった。
なぜ彼が軍部第二位の地位にいるのか。
武官になる、つまり、国を護る兵力になるということだ。
そして、軍部や魔法騎士団は代々武装魔法使いのエリート集団の集まり。
剣術も馬術も魔法も満足に使えない異国出身の文官が、彼らの頂点に立つなんて烏滸がましいにも程がある。
「そうですね、他の省庁から見ても、オークレー次官の就任は異常でしょう」
ドレイクは苦々しく顔を歪めた。
「俺たち武官もあの人事には誰一人納得していないから当然だ」
ルシアンはため息交じりに呟き、 ドレイクに目配せをした。
「あれは、まさに図られた人事です」
ドレイクの声はひんやりするほど醒めきっていた。
「それはどういう意味でしょうか?
この国は君主制法治国家です。
そんなひとつの派閥に偏るような上官の図った人事は行われない仕組みになっているはずです」
ローゼルは動揺し、冷たい汗が背中を流れるのを感じた。
「オークレー卿が軍部の第二位の地位に就任決定した人事会議。
あれは、総帥遠征と同時にルシアン様も長期王都を離れていた日程に開催されました」
雨音とドレイクの抑揚のない声音。
「そんな中、急遽人事会議と同日同時間で開かれた緊急食糧供給会議があったんです。
大半の大臣は急務課題のそちらに参加。
通常ならば、議長である総務大臣もそちらに出席し、人事会議は延期されます。
ですが、戦争推進派が強行開催をし、オークレー卿の次官就任を決定してしまったんです」
悔しさに満ちたドレイクの声が部屋中に響いた。
ローゼルは不意に疑問を抱く。
「えっと、緊急食糧供給会議というのは、先日の水害に遭ったユーモネア領地の件ですよね?」
「あぁ、確かに直近はそこが水害に遭いましたね。
その時はそこではなく、グロウディーナ公爵領地です。
あそこはこの国最大の小麦産地です。
不作となれば、民の食糧不足に直結します」
ドレイクが静かに言った。
「グロウディーナ公爵の……。
ああ、そっちが」
ローゼルの胸の奥に微かな違和感が残った。
「俺が長期出張に行っていたのは、そこの被災地支援のためだ。
大きな自然災害の後は魔物が異常発生するっていうからな」
「もちろんです。
人命救助が大事です。
ルシアン様や総帥の遠征は必要不可欠でした。
緊急食糧供給会議が、人事より優先されるのは当然な流れです。
逆に人事会議を決行するのが不自然なんです」
ローゼルは神妙に頷くも、何かが気に入らない。
前ビアード伯爵はグロウディーナ公爵と仲良しだったはず。
いや、仲良しではなく、腰巾着。
それなのに困った公爵家を救出する会議に参加せず、人事会議を優先させた。
おかしい。
どうしてグロウディーナ公爵を助けない?
――お金より、情報。
その言葉がなぜか頭の中でひどく引っ掛かる。
次の瞬間、ローゼルは思わぬ考えが降って来て驚く。
「……」
ローゼルは硬直した。
「どうした?」
ルシアンが眉をひそめた。
「え、あ……次官就任の人事会議って……」
ローゼルはそこで言葉を切った。
顔は強張る。
「ルシ様……、いいえ、クレインバール卿」
ローゼルは青ざめた顔でルシアンを見据える。
「あの、グロウディーナ公爵領地は、天候不順による自然災害だったんですよね?」
「え? ああ、もちろん。
大雨後に大量発生しやすい大蛇や水蛇型魔物が多々出没したから間違いない」
ルシアンの答えを聞きながら、ローゼルはあの会議で可決した事案の契約書の記憶を反芻する。
あの契約書を取りまとめたのは、ライアナース卿とローゼルの先輩イーサン・モーデッリア。
その補佐役としてローゼルも就いていた。
だから、なんとなくだけど覚えている。
グロウディーナ公爵領地へ復興物資を運搬した商会は二つ。
一つは公爵家が出資しているエルミナ商会。
もう一つは、前ビアード伯爵が懇意にしていた商会で、『外部人材』斡旋もしているところ。
つまり――。
喉の奥が引き攣った。
あの大規模な災害と復興支援の裏で、戦争推進派とあの商会はすでにグロウディーナ公爵領の——
駄目だ、これ以上、口に出すのは憚られる。
もしこの推論が正しいとすれば、とんでもないことだ。
ローゼルの背筋がひんやりとして、雨の降っている夜の空気は冷たく湿り気を帯びた。




