第71話 温かな腕と、夜に潜む爪痕
――王宮内図書館の奥で、最新の貴族辞典を片付けていたローゼルは不気味な影に襲われた。
だが、次の瞬間、何かが弾ける音が響いた。
パシッ
「痛……!」
何かが弾く音と同時に、男が声を小さく上げた。
不意に、背中が温かくなった
柑橘系の爽やかな香り。
(ルシ様?)
ローゼルはそっと後ろを振り向く。
ローゼルの頭上からキラキラとした粒子状の光が放出され、男とローゼルの間に薄い膜を作っていた。
その光はリボンから発していると気付く。
(ルシ様が買ってくれたリボンだ……。
そっか、私に贈ってくれる前に防御魔法を掛けてくれていたもんね)
ほっとするも束の間、目の前の男はわなわな震え始め、ますますローゼルに覆いかぶさるように見下ろす。
爛々《らんらん》と不気味に輝く眼だ。
「生意気だなぁ。
でも、そう強がっている子ほど引き剥がす時が一番綺麗なんだよね」
やがてそれは、情欲を孕んだ危険な目に変わる。
以前、レオーネが舞踏会の時に、ローゼルに向けたのと同じだ――。
男は唇を上げて歯を見せた。
いや――嗤った。
理性的とは言い難い狂気がたっぷりと含まれた奇妙な笑み。
空気が凍りついた。
自分勝手な欲望と官能、淫靡に満ちた危ない眼光。
そんな目がローゼルに迫りくる。
ローゼルは身の危険を感じ、さらに縮こまった。
歯がガタガタとなり始め、息がしづらくなって苦しい。
青ざめるローゼルに男は気を良くしたのか、ますますニィッと口角を吊り上げて嗤う。
舌なめずりをし、また野獣のような息遣いになる。
はあ、はあ……。
首の後ろに息がかかって粟肌が立つ。
全身の血の気が引いた。
どうしよう、どうしよう。
ローゼルは脈拍が速くなって、逃げたい衝動に駆られるのに恐ろしくて体が動かない。
再び手が伸びてきた。
その時、勢いよく扉が開いた。
重い扉が開き、壁にぶつかる大きな音が響き渡る。
静寂に満ちた空間が震えた。
そこに殴り込むように入って来たのは、大きな魔力を纏った人影。
その人影は、迷うことなくローゼルの前に駆け寄った。それも疾風のごとく――。
「てめえっ!」
次の瞬間、男の頬に拳が叩き込まれた。
バキッ
軋む乾いた衝撃音。
空気を裂き、男の体は弾かれるようにして棚へと勢いよく倒れこんだ。
男は意識を失い、床に本がぱらぱらと落ちる。
人影から底知れぬ殺気が迸る。
場は一瞬にして氷のような静けさに包まれた。
ローゼルは目を大きく見開き、人影を仰ぎ見た。
「ルシ……様……」
ルシアンは振り返って、ローゼルの華奢な両肩を握って視線を合わせるように屈んだ。
「ローゼ!
大丈夫か?」
彼の瑠璃色の双眸にローゼルの姿が映り込む。
「う、うん、だ、大丈夫……」
ローゼルは無意識のうちに口元が一文字にきゅっと結ぶ。
来てくれた。
手の震えが収まらないし、言葉を紡ぎ出そうにも声が出ない。
だけど、自分を覆っていた恐怖が一瞬で吹き飛び、喉の奥が詰まる。
(すごい。
ルシ様がまた助けてくれた……)
そう何度も繰り返し思っていると、たちまち瞼の裏が熱を帯びた。
「とにかく無事でよかったよ」
ルシアンの緊張に漲った顔が少し和らぎ、ぎゅっとローゼルを抱きしめた。
「ルシ……様……」
力強くて逞しい腕。
鼻の奥がツンと痛くなって、必死で耐えていたものが、崩れそうになる。
「すごく、怖かった……」
ローゼルの絞り出すような声に、ルシアンの目が大きく見開く。
ローゼルの後頭部を抱きかかえるようにして、再び強く抱きしめた。
「もう大丈夫だ。
俺が来た。
もう何も怖がることはない」
俺が来た。なんて心強い言葉なのかしら。
ローゼルのすべての不安と恐怖を打ち消すようだ。
抱きしめる温かな温度、心地よい彼の柑橘系の匂い。
「何もなくて本当によかった」
肩越しでくぐもったルシアンの声が僅かに震えている気がした。
そんな声に、じんわりと胸が温かくなる。
ローゼルは潤んだ瞳で、大きなルシアンの背中に手を回して抱きしめ返した。
「本当に、来てくれて……ありがとうございます……」
*
どれくらい時間が経ったのだろうか。
ルシアンはローゼルの震えが収まるまで何も言わず、ずっと抱き締めてくれた。
ようやくローゼルの頭の中が、冷静に動き出す。
彼がここに助けに来てくれたのは、すごく嬉しい。
けれど、その反面、不思議だった。
私は王宮内図書館にいることを誰にも言わずに来たのに。
「あの……」
ローゼルの声は、かすれていた。
「どうしてここに来てくれたの?」
ローゼルは疑問をぶつけた。
「リボンに付与してあった俺の防御魔法だよ。
ローゼの防壁魔法が弾けた瞬間、心臓が止まるかと思った。
……間に合ってよかった」
「あっ、それで……」
ローゼルは納得した。
「ましてや、ローゼが残業させるって、ついさっきライアナース卿から連絡も来たし」
ルシアンはローゼルの顔を見ながら、乱れたローゼルの髪を優しく整えるように撫でる。
「これでも俺は魔法騎士総団長だ。
城内の魔力の歪みくらい、どこにいようが全部分かるようにしてある。
特に今は夜間の人員が極端に減らされてるんだ。
警戒しないわけがないだろう」
ローゼルはそっと結んでいる頭のリボンを触った。
「でも、ルシ様。突然悪人を殴ってしまったら……。
ルシ様を非難する声があがりませんか?」
「え? 俺の心配?」
「はい。だって……」
武官を恐れる貴族は多い。
法に則り、国の秩序を守って武力を持って取り締まる存在――。
その一方で、そういう武官の存在を疎ましく思う貴族がいる。
ローゼルの所属する法務省は常に中立的な立場。
どの貴族派閥にも属さない公平な法律を制定することを皇帝陛下の直下で取り仕切っている。
だからこそ、案外、いろんな貴族の派閥構造が頭の中に入っている。
武官を目の敵にしている人たちの顔が何人か思い浮かんだ。
「いくら現行犯だったとして、警告なしで武官が殴ると暴力行為だと言う人もいるでしょ?
これが公になれば、ルシ様の立場が危うくなっちゃう。
それは嫌なんです」
ローゼルの顔色が曇った。
「あはは!」
突如、ルシアンが声を出して笑い出した。
ローゼルはぎょっとした。
「すごいなぁ、ついさっきまで自分が危機的状況だったのに、俺の立場を配慮できるなんて。
これはますます次期辺境伯夫人として、ふさわしい胆力だ」
ルシアンは嬉しそうにローゼルの頬にキスをした。
ローゼルは目を見開き、顔を一気に紅潮させる。
「ル、ルシ様……!」
「本当に可愛いよ。ローゼルは。早く結婚したい」
動揺するローゼルを尻目に、ルシアンはふっと小さく息を吐き、ローゼルの髪に顎を寄せた。
「大丈夫だ、何も心配ない。
現行犯逮捕のためやむを得ない処置だ。
もしこれに対し、抗議してくる者がいれば、軍部も大半の貴族はこう思うはずだ。
『なぜ、加害者を擁護する?』ってね」
一瞬だけルシアンの眼光が鋭くなって、ローゼルはヒヤッとした。
今の台詞の部分、鬼総騎士団長という彼の立場が滲んでいた気がする。
ルシアンは続ける。
「だいたい夜遅くまで仕事をしている女官の背後を狙って襲おうとした輩が、擁護されるのは明らかにおかしい。騎士は人々を守る役目だ。
女官を襲っている男に配慮する必要なんて何もない」
「ですが……」
ローゼルは言い淀む。
男尊女卑に未だ重きを置く保守派貴族の中には、こういう性犯罪が起きると必ず「女官が悪い」と罵る者が現れる。
ルシアンはローゼルの不安を見透かしたように言う。
「確かに、貴族社会は男社会。逆にこう反論してくる奴がいるかもしれない。
『襲われる可能性を考慮せず、夜遅くまで仕事をしている女官が悪い』」
その台詞に、ローゼルの顔は強張った。
「だが、俺はこう言い返すんだ。
『夜遅くまで仕事をしていた被害者に非があるというのか?
いいや、違う。
国のために仕事をしてくれる女官を貶めるその発言こそがお門違いだ』」
ローゼルは目を見開いた。
「『遅い時間まで女性が安心して仕事ができる環境を用意できなかった王城側に非がある。
誰の考えで、現在夜の衛兵の人数が減ったのか。
そこを徹底的に糾弾せねばなるまい』
ってね」
ルシアンの強い声は、まるで今後誰かに言うかのように想定された鮮烈な台詞だった。
「だから、何も心配するな」
柔らかなルシアンの眼差しに、ローゼルは頬を薔薇色に染めた。
なんて力強くて頼もしいんだろう。
まるで初めて出逢ったときのように心を奪われてしまう。
(好き、私、やっぱりこの人のこと、すごく好き!)
ローゼルのキラキラする瞳を見て、ルシアンは小さく笑った。
「それにしても」
ルシアンは倒れて失神している男を冷ややかに一瞥した。
「すまない。もっと強力な防御魔法を掛けておけばよかったな。
けど、法務省という中立的な立場上、軍部の、特に上層部の俺の魔力が常に放出されているのは良くないと思って控えておいたんだ」
ローゼルは、ハッとした。
(そっか。そうだよね。
私の立場を考えて防御魔法の強弱まで調整してくれてたんだね)
特に私はまだ別の男と婚約している最中だ。
それなのに別の殿方からの魔力を浴びた髪飾りを身に付けるというのは、自ら社交界に格好のネタを提供することになる。
なんてきめ細やかな心遣い。
ルシアンの腕の中で、ローゼルは何度も首を振る。
「それでも、このリボンがあったから助かったんです。
ありがとうございます」
もしルシアンからリボンを受け取っていなかったら――
おぞましい心地がして、ローゼルは顔を蒼ざめ、そっと失神する男を見た。
文官の制服を着ているから、どこかの省庁に所属していることは間違いない。
だけど、この人――。
どこかで見たことがある気がした。どこだっけ?
「今度は、何を贈ろう」
「え?」
「俺の魔力残滓が読み取れない銀の髪飾りでも用意するべきだな。
もしくはペンダントか……」
ルシアンはブツブツと呟く。
すでに、次の機会にローゼルに贈る防御魔法を付与したものを考えてくれているらしい。
「ローゼルは何がいい?」
思わず笑みがローゼルから零れた。
「ありがとうございます。ルシ様。
リボンで十分ですよ」
どさくさに紛れてローゼルは、ルシアンを更に強く抱きしめ直した。
ルシアンが一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに目尻を赤くしてローゼルの髪を撫でた。
「謙虚だなぁ」
「そんなことありません。
こうやって来てくれたのが、一番嬉しいんです」
「俺もローゼを守れて、本当にホッとしている」
「……それにしても、さっきの台詞。
『夜の衛兵の人数が減った』ってどういうことですか?」
ローゼルは、思い立って尋ねてみた。
「ああ、それは例の前総務大臣ビアード伯爵のせいだよ」
「ん? どういうことですか?」
「それは……」
その時、廊下が騒がしくなった。
バラバラと統制とれた足音がして魔法騎士団員たちが入って来る。
ルシアンはローゼルの頭をぽんぽんして、そっと離れ、自分の軍服をローゼルの肩にかけた。
「これ着てちょっと待ってて。
夜は冷えるからな」
「はい」
(暖かい……)
ローゼルはルシアンの軍服を抱き寄せるようにして握りしめた。
温かなぬくもりと同時にルシアンの匂いがして、胸が高鳴った。
「ルシアン様」
鋭い声がルシアンを呼んだ。
第2魔法騎士副団長マッシュ・モラレスだ。
彼は硬い表情でちらっとローゼルを見てから軽く会釈する。
ローゼルもなんとなくそれに倣って頭を下げた。
「コイツですか?」
マッシュは、床で失神している男を侮蔑の色を一切隠さずに見下ろした。
「ああ、そうだ」
ルシアンが怜悧な声で、倒れている男の前に立つ。
ローゼルはひんやりとした。
この二人が揃うと、なかなかの迫力がある。
ルシアンとマッシュ。
二人の玲瓏な容貌の威圧感と凄味。
別に自分が悪いことをしているわけじゃないけれど、側にいるだけで冷や水を浴びせられたような気分になる。
(ルシ様は、私には優しいけど、間違いなくこの国の軍部上官なんだなあ)
改めてその事実を思い知らされた気がした。
「ってことで、この野郎が犯人だ」
ルシアンが低声で吐き捨てた。そこには憤怒が滲んでいた。
「まったく、帝国公務員の風上にも置けない野郎ですね。
国家を代表する官僚のくせに背後から女性を襲いやがるなんて」
マッシュが不愉快そうに顔をしかめて、しゃがみ込む。
まじまじと男の顔を観察した。
「――ふうん。肩までの長さのブルーシルバーの髪、中肉中背。
他の身体的特徴も一致している。
そうですね、仰る通りです。
コイツで間違いないでしょう」
マッシュは立ち上がった。
「やはりそうか」
ルシアンはほっとしたような、それでいて複雑な顔つきになった。
(例の犯人?)
ローゼルは首を捻る。
二人の話を推測するに、この人は何か他にも犯行を重ねていて、マッシュがずっと追いかけていた。
そういうことだろうか。
「マッシュ」
ルシアンが鋭い声を発する。
ピリッと空気が緊張した。
「はい、なんでしょう?」
マッシュの顔つきも一段と引き締まった。
「この男の素性を徹底的に調べろ。
明日、コイツの上官を呼び出す」
ルシアンの冷たい声に、マッシュは不敵に笑った。
「承知しました」
マッシュは、各自捜査している周囲の騎士団員をぐるりと見回す。
「おい、お前ら、二手に分かれるぞ」
その声に騎士たちはサッと顔を上げ、背筋をちゃんと正す。
「現行犯の身元洗い出しと地下牢へ連行、残りの奴らは、図書館を封鎖して検分だ。
現行犯の所持品はすべてここに置いておけよ」
「はっ!」
一斉に返事をした騎士団員たちは、マッシュの指示に対してキビキビと動き出した。
それは一瞬だった。
あっという間に男は所持品を抜かれ、気絶したまま連行された。
残ったマッシュたちはテキパキと慣れた仕草で鑑定魔法を使い始める。
すごい、これぞ魔法騎士団。
ローゼルは遠巻きで、騎士団員たちの統制のとれた機敏な動きに圧倒させられた。
ルシアンがローゼルの隣に戻ってきた。
そっとローゼルはルシアンの横顔を覗き見た。
総騎士団長としての顔だ。
(カッコいい……)
ローゼルはぽーっと頬を赤く染めた。
「それじゃあ現場は頼んだぞ」
ルシアンがマッシュに声を掛けた。
「かしこまり。
ああ、そうそう。
アラン様もすぐ王城に出仕してくる予定ですから」
「分かった。
それじゃあ、アランにはこっちに顔を出した後、俺の執務室に来るように伝えておいてくれ」
「了解。被害者の事情聴取は――」
マッシュは悪戯っ子のような目つきで、ローゼルを見た。
彼はローゼルと目が合うと、含蓄ある笑顔を向ける。
「ルシアン様に任せていいですね?」
ルシアンは小さく笑った。
「ああ、それはこっちでやっておく」
「はいはい。
承知しましたぁ」
マッシュは軽快な口調で言って軽く手を振るが、視線はすでに犯人が残していった所持品にある。
その顔つきは、まさにこの国で最も鑑定魔法に優れた分析官だ。
他の騎士たちも周囲の魔力残滓を探るように床に肘をつき、検分を始める。
「お待たせ、ローゼル。
さあ、行こう」
ルシアンはローゼルの背中をそっと押した。
ローゼルが見上げると、そこには柔らかな笑みを向けるルシアンがいて、どきっとした。
(私って、実はものすごい人に、びっくりするぐらい愛されてるよね……)
なんだか変な感じがする。
あんなに怖い目に遭ったのに、恐怖で強張ったローゼルの体がほぐされていくのだ。
たぶん、それはルシアンが傍にいて優しく包み込んでくれるから——。
*
「こちら、どうぞ」
ルシアンの侍従のマルスクが寝椅子にちょこんと座るローゼルに、銀のマグカップを手渡した。
驚くほど温かくて、震えが収まる。
「これ……」
ローゼルは受け取って、クンクン匂いを嗅いだ。
湯気から立ち込める甘い香り。
何だろう? 焙煎豆から抽出したドリンク?
けど、コーヒーとも違う。
一口含むと濃厚な甘みが広がって、心に滞っていた不安の澱みが消えていく。
「最新の南の国からの輸入品、ココアというものだそうですよ。
稀少なんですが、ルシアン様がローゼル嬢にどうしても飲ませたいって、取り寄せたんです」
マルスクは静かに頷き、ローゼルはそっと執務席のルシアンを見た。
彼は騎士団員たちから資料を読み、それに合わせて細かな指示を出している。
ルシアンの深い愛情を感じて安堵する一方、カップを持つローゼルの指先は、まだひんやりと冷たかった。
執務室は入れ替わり立ち代わり大勢の人が出て行き、やがて黒髪を撫でつけた赤目の文官がお辞儀をして部屋に入って来た。
(確か、あの人はレイノルドの先輩上官で教育係の人だ)
同期のレイノルドが彼にいろいろ教えてもらっているのを合同会議とかで何度か見たことがある。
「ルシアン様、そろそろ聴取を始めますか?」
赤目の文官は、ルシアンにそっと尋ねた。
「ああ、そうしようか。
悪いな、ドレイク。
夜遅い時間帯に」
「いえ。問題ありません」
ドレイクと呼ばれた彼は首を振って、ローゼルに視線を投げた。
「彼女が被害者の……」
ローゼルを見てドレイクが息を呑んだ。
ルシアンは鷹揚に頷く。
「そうだ。
法務省のローゼル・イースティリア女官だ。
今回も被害者のことも内密でいく」
今回も?
ローゼルは訝しげに首を捻った。
「かしこまりました。
よろしくお願いします」
彼は同情も憐憫も感じない真顔でお辞儀をした。
いつの間にか部屋は三人だけとなって静かになる。
ローゼルの目の前にドレイクが座った。
「では、さっそく」
ドレイクが改まった声を出す。
「イースティリア女官。私は、ドレイク・フロストパンセと申します。
この度、事情聴取の書記官として立ち会わせて頂きますので、ご了承をお願い申し上げます。
また、被害に遭われ心中穏やかでないにも関わらず、聴取に応じてくださったこと、感謝しております」
礼儀正しい書記官だ。
さすが、レイノルドの先輩。
それにしては、やけに組織的な匂いがする。
ハッキリとした話し口調。
キビキビとした動作。
書記官というより、騎士っぽい雰囲気がある。
ローゼルは姿勢を正し、お辞儀をした。
「こちらこそ、夜分遅くに申し訳ありません。
よろしくお願いいたします」
改まって声を出す。
けれど、指先が少し震えていた。
ふいに視界がぐにゃりと歪む。
男の手の感触は気持ち悪かった。
まるで得体の知れない生き物のように蠢いて、不気味で、今も気を張っていないと、あの男の感触を思い出してゾッとする。
心臓が嫌な音を立てている。
思った以上に自分が緊張しているのを感じた。
やはり心労がたたっているようだ。
ドレイクはすっとローゼルが小刻みに震えているのに気づく。
「――しっかりしたご返答だ。
さすがです」
僅かにドレイクが微笑む。
「ですが、無理は禁物。
少々ご気分を害する話をさせていただくことになります。
問題はありませんか?
無理なようなら日を改めます」
探るような目つきでドレイクが尋ねた。
気分を害する話。ローゼルはごくりと唾を呑んだ。
ローゼルはルシアンから借りたままの上着を羽織り直すように引っ張った。
ここで立ち止まっていても何も始まらない――。
「はい、問題ありません」
ローゼルは気丈な声で返事をした。
ルシアンがドレイクの隣に座った。
「まあ、そういうことだ。
質問は騎士である俺がする。
ドレイクはあくまで立ち合いと書記係だ」
マルスクがルシアンとドレイク用にお茶を差し出す。
「とはいえ、緊張するだろうが、お茶を飲みながら話せばいい」
ルシアンがティーカップに手を伸ばした。
静まり返る室内。
窓の外から梟の鳴く声が聞こえる。
一瞬、ルシアンとドレイクの二人が目で何かを語り合ったような気がした。
ドレイクはお茶を一口飲むと、言葉を慎重に紡ぐ。
「まず、最初に打ち明けておきますね」
ローゼルはたじろいだ。
何だろう、何を言われるのかしら。
嫌な胸騒ぎがする。
「――実は、イースティリア女官を襲った官僚。
以前から王城を騒がせていた連続強姦魔だったんですよ」




