第68話 奇妙なお茶会と、渡りに船の応援要請
それは奇妙な組み合わせのお茶会だった。
王宮来客用サロンの巨大なサッシから注がれる濃い緑が三人と一匹の上に影を落として、不思議な一体感を与えていた。そんな感じだった。
同期のエレナとのお茶会は頻繁にやっていたけど、今日はそこにあのクロフォード・ノーエランドと黒リスの小次郎も参加している。
エレナとクロフォード、小次郎。
この二人と一匹は連帯感が強く、ローゼルは疎外感を味わってしまうのではと、不安に思っていたけど、それはすぐに払拭された。
「皇族会議の時、ローゼルが爆破魔法陣を見つけたんだって?」
エレナが興味津々で身を乗り出した。
「うん。偶然ね」
ローゼルは頷く。
本当のところ、第2皇女のミシェーラがローゼルの不快感の正体に間違いないと背中を押してくれた。
けど、これは誰にも言わないというミシェーラとの約束。
決して、口には出さない。
「すげぇよな。隠匿魔法が掛けられてたんだろ?
よく探し出したよ」
クロフォードも感心する。
「あれ、結構探し出すの、難しいんだぜ。
王宮魔術師の中でもアレを苦手とする奴、実は結構いるんだ」
「へえ、そうなんだぁ」
エレナとローゼルは声を揃えて答えた。
思わず二人で顔を見合わせて、ぷっと吹き出した。
「そう思うと私ってすごいね」
わざと調子に乗った発言をすると、エレナはにこっと笑った。
「そうだよ。前々から言ってるでしょ?
ローゼルはすごい魔法使いになれる素質があるよって」
「そうだけどさぁ……」
ローゼルは照れ笑いをした。
「上層部も怪しい給仕までローゼル嬢が見つけたのには脱帽していたぜ」
クロフォードは頬杖をつきながら、サンドイッチに添えてあったパセリを口に入れた。
「ほら!
本当、ローゼルは凄いよね」
「キキィ!」
小次郎までもローゼルの功績を褒めてくれて、ローゼルはなんとなく誇らしく、恥ずかしい。
頬が熱を帯びて、視線を落とした。
「それで、ユーモネア領地に向かう途中で、魔物に襲われたっていう話なんだけど」
エレナが心配そうにローゼルの顔を覗き込んだ。
「うん……」
それからエレナとクロフォードは、ローゼルが遭遇した新種の魔物について、いろいろ聞いて来た。
クロフォードは王宮魔術師として今後の対策として少しでも多くの情報を求め、エレナはローゼルの無事を噛みしめながら、領地で散々魔物討伐をこなしてきたのもあって討伐したくてしょうがない、という感じでうずうずしていた。
違う。そうじゃない。
心のどこかでそんな声がした。
二人には何か別の目的がある。私とおしゃべりしたかったんじゃない。
私と話をする必要があったのだ。
ローゼルの心の中の冷静な部分が、そう確信していた。
エレナとクロフォードが時折交わす共犯めいた熱い視線。
いい感じで小次郎が「キキィキィ」と鳴いて、ローゼルを交えた話の輪が保たれているけれど、すでに二人だけで世界ができあがっている――。
ねえ、エレナ。婚約中のランスとうまくいってる?
ふと口に出しそうになる質問。
だけど、ローゼルはあえて口にするのをやめた。
同期のランス・マクィーンは、冷静で美しい男だ。
同期の中で一番地頭もいい。
いち早くエレナの性格の良さとか凄さとか見抜いていたし、人としても、まめで礼儀正しい。
ちゃんとエレナは自分を大切にしてくれているベストパートナーに見染められ、選んでいる。
けれど、心の中に強くいるのはランスじゃなくて、今ここにいる美しい男――。
親友の恋路を応援したい気持ちの裏で、どこかが鈍く疼いた。
(大丈夫だよ、きっとランスのことだ。
エレナをちゃんと捕まえて離さないはず)
「ねえ、エレナ。
教えてもらいたいことがあるんだけど、いい?」
ローゼルは尋ねた。
「なに?」
ローブを被ったエレナ。顔はよく見えないけど、優しくにっこり微笑んでいる。
やっぱり、言えない。言ってはいけない。
目の前の二人の雰囲気を壊してはいけない。
そんな気がしてならなかったし、くすぐったいような、晴れがましさというか、不思議で楽しいお茶会の雰囲気を壊したくなかったのだ。
「あ、あのね」
「うん?」
「魔素石の採掘場所が極秘になっているのは、それってどうして?
不法採掘防止っていうのもあると思うんだけど……」
「敵国に渡ったら、戦争に使われるからだよ」
クロフォードが端的に答えた。
「え? 戦争?」
ローゼルはぎょっとした。
「そう。ほら、考えてみろ。
分かりやすい例で言えば、極端だが水源だ。
魔法で水は生成できるけど、大半は魔法が使えない帝国民だ。
そこを敵が占拠し、川に毒を流したら?」
「……飲んだ人は死んでしまう」
ローゼルはゾッとした。
「そう。人だけじゃない。
動物も魚も。生きとし生けるものが死んでしまう。
魔素石もある意味、同じさ。
あれはいろいろ使い道のある鉱山だ。
魔道具の核となるのはもちろん、鉄鉱石以上に、魔法加工とかすれば兵器のエネルギー源としても使える」
「兵器……。
そんな物騒な物、この国では製造を禁止されているのに、ですか?」
「この国は、魔法が絶対的だからね。
けど、そういう術を持たない俗物的国家ではかなり重要視される。
特に魔法使いを目の敵にしているような国は、対魔法使い用兵器をこうしている間にも着々と開発している」
エレナが頷き、代わるように話し出す。
「そうだね。
魔道具の核となる石も錬金術で大量生産できるようになったと言っても、やっぱり人工的なものよりも天然の魔素石から作った魔道具の方が壊れにくいし、効果も絶大。
それに、俗物的国家はそういった資源を昔から採り続けているからか、最近は閉山しているところも多いって聞くね。
ここ帝国は最低限しか採掘していないから、良質なものがまだまだたくさんあるっていうし。
それこそ、資源が枯渇している国には喉から手が出るほど欲しいって話だよ」
「そういうこと。
敵国に占拠されたら採掘され放題。
帝国内の資源で殺人兵器をバンバン作られちゃうってこと。
だから、国家機密の中でも、最大級の秘密にされているんだよ」
クロフォードが肩をすくめた。
「そんな」
ローゼルは絶句した。
けど、そのとおりだ。
この国では当たり前のように手に入れられる資源。
鉱山資源であったり、食べ物、山岳から流れ出てくる綺麗な水、資源の乏しい国にとって欲しくてならないものだ。
自分がいかに恵まれた国で育ってきたのか、改めて実感する。
「じゃあ、仮にだよ……」
ローゼルは震える声で、必死に言葉を紡ぐ。
「採掘している領主とそれに携わる関係者以外の人間が、そのことを知っていたら大問題になるってことよね?」
エレナとクロフォードが一瞬顔を見合わせ、二人の表情がさっと曇ったのが分かった。
ローゼルの胸が嫌な予感でざわめく。
「そうだね。
……誰に伝わったのか、どういう派閥の人たちが知ったのか、それ次第っていうのもあるけど――」
エレナが言葉を切った。
「いや、明らかに大問題だ。
早急にどこでどう情報が漏れているのか確認しておかないといけない事案だね」
クロフォードは、その強い若草色の眼差しをローゼルに向け、ハッキリと断言した。
***
「契約審査室に応援ですか?」
ローゼルは上官のライアナースに、午後の就業時間早々呼び出され、新たな任務を与えられた。
「そうだ。
契約審査室のエルド男爵が風邪をこじらせてしまったみたいで、半年ほど休んでいる。まだしばらく出仕できないと手紙が届いたんだ」
「そうなんですね。
お気の毒に」
半年も風邪に悩まされる。それはかなり辛いだろう。
「それで、イースティリア女官の体調も第一に考え、私の補佐はしばらくの間、秘書官に一任することにした。
あちらを全面的に手伝ってあげて欲しい」
執務席に座るライアナースは、苦笑を浮かべた。
気分的にモヤモヤしている最中に、ルーティン業務とは違う新しい仕事。
いつもなら、無気力感を覚えるはずが、今回はまさに渡りに船。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。承知しました。
でも、そんなに多忙なんですか?
この時期、新たな法改正案も出始め、ライアナース卿も繁忙期ですよね?」
「そう、そのとおり。
そこへ来て、イースティリア女官が抜けるのは非常に痛い」
はあ、とライアナースは大きなため息をつく。
「けどなぁ、最近爵位を譲る貴族が相次いでいて、その名義変更や内容修正追加依頼が多いんだと。
ここで、勤勉で働き者のエルド男爵の長期病欠も非常に痛い」
「かしこまりました。
いつから出向けばいいですか?」
「できれば、早速お願いしたい」
「じゃあ、午前中に受け取ってきた書類を仕分けしてからでもいいでしょうか?」
「ああ、そうしてくれ。
モーデッリア卿にはすでに話は済ませてある」
ローゼルは「承知しました」と軽く頭を下げ、執務室を出た。
(最近、こういう応援要請、多いなぁ)
新人期間を終えた三年前の財税省の応援要請を皮切りに、魔法省、つい半年前は総務省。
今回は省を跨がないとはいえ、一緒に仕事をする面子も上官も変わる。
でも、契約審査室の室長は時々ご褒美だと言ってお菓子をくれる。
ふだんは気難しい方だけど、キャラメルや金平糖を親戚の叔父さんのようにふんだんに差し入れしてくれる。
甘党のローゼルには非常に嬉しい。
ローゼルは速足で作業室に戻る。
エレナたちとのお茶会で、魔素石の採掘場所が極秘になっている理由について、クロフォードが発した台詞。
――明らかに大問題だ。
早急にどこでどう情報が漏れているのか確認しておかないといけない事案だね。
ウルーム伯爵は軍部からも危険視されているし、侵略戦争を推し進める貴族たちと仲がいい。
彼が魔素石の発掘場所を知っていることは、想像以上に由々しき問題だ。
きっとルシアンたち魔法騎士団も捜査し出すだろう。
だけど、このモヤモヤを解消するためにも、このままにしておけない。
私は私なりに、ウルーム伯爵という人を見極めなければいけない。
誰にも頼らず動かないといけない気がしていた。
(――そりゃあ、ウルーム伯爵は破棄したい婚約者の父親だし、お父様を裏切るような行為をしているのは知っているよ)
それでも、彼が幼少期から可愛がってくれた人であることは変わりない。
たとえどんな悪事に手を染めていても、私にとって――。
クロフォードにもエレナにも、安直にウルーム伯爵が知っている事実を言えなかった。
言ってしまうと、ウルーム伯爵が即座に軍部に追われる気がしたし、何よりも口にするのであれば、ちゃんとした証拠が必要だ。
憶測や適当な推測で、こういうことを口にするのは良くない。
だからこそ、契約審査室の応援要請は、ありがたい申し出だ。
まさに調べるにはもってこいの部署。
機密の契約書を閲覧する権限がもらえる。
作業室でローゼルは午前中受け取った書類を早速関係部署ごとに捌く。
ふと、一つの変更書類に目が留まった。
午前中にも話が上がったディウースリィ伯爵家からだ。
『爵位譲渡完了届、および家督名義人変更書』
数週間前に爵位の譲渡が行われていたようだ。
「ふうん……」
変更書と同時に、ディウースリィ伯爵家からもう一枚新しい届出の書類を見つけた。
『国家機密品 契約内容変更依頼書』
国家機密品とは、まさに魔素石など周囲に採掘できることを秘密にしておく資源のことだ。
何気なくローゼルは書類に目を通す。
稀に申請書そのものの内容を誤って提出する貴族がいるからだ。
そうした場合、「間違ってます。この申請書に書き直してください」と返信する。
それはローゼルの役目。
だけど、今回のはそういった類ではない。
ローゼルは一瞬、息が止まりそうになった。
『契約にある採掘量の、大幅な減少修正を申請する。
理由:採掘代表者の死亡により今後の採掘予定が大幅に減少するため。
そのため、市場の急激な価格高騰、混乱を防ぐために在庫を留保致します』
――ディウースリィ伯爵は魔道具の核となる魔素石を独占的に採取、販売し、意図的に在庫を留保。
そのため、ここ最近、魔素石の市場価格は高騰しています。
不意にウルーム伯爵の声が蘇った。
ローゼルの書類を持つ指先が震える。
もう一度、書類を舐めるようにして読む。
まさにウルーム伯爵の言っていた「意図的に在庫を留保」だ。
どうして?
なぜ伯爵は知っていた?
どくんどくんと心臓の音が大きく響き、全身から血が引いていくような気がした。
(情報が漏れている!)
なんともいえない嫌な予感が胸を掠める。
ローゼルは反射的に体を翻して、もう一度ライアナースの執務室へ走った。




