第52話 ナイトマーケットの密やかな灯りと、不吉な刻印
夜の帳が下りると、王都の外れのナイトマーケットは一層の熱気に包まれた。
宙に浮かぶ魔法ランタンが色とりどりに瞬き、大通りを幻想的に照らす。
銀細工や絹布。海の民の貝細工。
甘い菓子の匂いが漂う。
香ばしく焼かれる肉の煙が夜風に混じる。
人々の笑い声と呼び込みの声が賑やかに交錯していた。
「うん。ローゼルはどんな格好をしていても可愛い」
ルシアンはにこにこと嬉しそうにローゼルを見た。
「ありがとうございます……」
ローゼルは素直に褒めてくれるルシアンの言葉に照れくささを覚える一方、舞い上がりそうな気持ちでいっぱいになっていた。
シンプルな生成りリネンシャツに、裾や袖口に小さな刺繍。
革の小さなサッチェルバッグ、すごく動きやすい庶民服だ。
それから、編み込み髪に布リボン。
(変なの、初めて買ってもらった服が庶民服なのに、すごく特別な感じがする)
ローゼルは隣に並んで歩くルシアンを見上げた。
落ち着いたベージュの粗布のシャツに、袖をまくりやすいシンプルなチュニック。
焦げ茶色のズボンと丈夫な革ブーツ。
庶民服なのに体格がいいのも相まって、貴族のお忍びという風体で、全然庶民らしくない。
どうしても育ちの良さが滲み出している。
(私は付き添いのお供をする侍女って感じがする……)
つい卑屈になりそうになりながらも、ルシアンのすごく楽しそうな顔を見ていると、ローゼルの頬も自然と綻ぶ。
たくさんの人々、道沿いに並ぶ数多くの屋台や露店。
その間をゆっくり歩きながら、ルシアンはおもむろに言う。
「いいか、ローゼルは俺のことを“ルシ”と呼ぶんだぞ」
「え、そんな畏れ多い!」
「畏れ多くない。
むしろ、それがここでは自然」
ルシアンは鼻を膨らませて主張した。
「わかりました。じゃあ……、あの」
ローゼルは三つ編みにした毛先をもじもじ触りながら呟く。
「私のことも、ローゼルじゃなくて……『ローゼ』って呼んで欲しいです」
言い終えた途端、ローゼルはカッと顔が熱くなった。
我ながら大胆な提案をしたと思っている。
なにせ、ローゼ呼びをしているのは、レオーネと兄など、極親しい人だけ。同期で友人のエレナですら、まだ愛称呼びに仲は発展していない。
ルシアンがまじまじとローゼルの顔を覗き込む。
「いいのか?」
「はい、ぜひ……お願いします」
ローゼルは視線を下げた。
真っすぐルシアンの顔が見られない。
「はは、これは嬉しい誤算だ」
ルシアンの声は弾み、ローゼルの手を握った。
ローゼルは弾かれるように顔を上げた。
「初デートで愛称呼びの許可も出た。
これはもう楽しむしかないよな」
あどけないルシアンの笑顔に、ローゼルの胸はまさに狙い撃ちされた感覚に陥って、甘く弾ける。
「はい、もう楽しむしかありません!」
ローゼルの明るい声に、ルシアンはまるで子供のようにはしゃいだ表情になった。
ローゼルはますます胸が甘くときめく。
歩いているうちに、ローゼルは嗅いだことのない不思議なスパイスの匂いに興味を惹かれた。
すぐ横の露店だ。
「食べてみたい?」
ルシアンがローゼルの視線を辿って、優しく声を掛けた。
「えっと……」
お肉は豪快な大きさで、五つも一本の串に刺さっている。
食べたいけど、食べきれる自信がない。
(他にも食べてみたい珍しいドリンクとかお菓子があるから、どうしよう)
「最初の一口だけ、ローゼが食べて。残りは俺が食べるから」
「え? でも」
「親父、それ、一本くれ」
ルシアンはすかさず露店の男に注文をする。
「あの、いいんですか?
クレ……ルシ様」
「様は不要。
もちろん敬称も」
「えっ。じゃあ、……えっと、う~んと……」
ローゼルは思い切って名前を呼ぼうとするが、躊躇う。
恥ずかしさと呼んでいいのかなという遠慮、そして不安が入り交じる。
期待するルシアンの瞳。
どうしよう、どうしよう。敬称もなしで呼ぶなんて――。
でも、彼が望むなら叶えたい。
「ルシ」
名を呼んだ瞬間、ルシアンの目がぱっと輝き、屈託のない笑みが零れ落ちた。
まるで雲に隠れた太陽が顔を出したような熱っぽい喜悦と興奮が滲む。
どきんとした。
「ああ、当然だ」
ご機嫌なルシアンがお金を支払う時、露店の店主がローゼルに笑みを向けた。
「可愛い子とデートだねえ、一個おまけしておいてあげるよ、この色男」
「おう、ありがとう。
そうだろう、俺にはもったいないぐらい可愛いんだ」
ルシアンは上機嫌でローゼルの肩を引き寄せた。
その自然な仕草にローゼルの心音は跳ね上がった。
「楽しい夜をね」とニヤニヤ笑う店主から串肉をルシアンが受け取ると、そのまま人混みをゆっくり歩き出す。
「ほら、ローゼ。
熱いうちに齧りついて」
「齧り……」
そんなお行儀の悪いことをしてもいいんだろうか。
「大丈夫、ここは礼儀作法に厳しい社交界じゃないんだ。
好き勝手に食えばいいんだよ」
戸惑うローゼルを気遣うように、ルシアンはにかっと歯を見せて笑った。
さっきからルシアンはローゼルの気持ちを見透かして、心配ごとを全部払拭してくれる。
ローゼルは思い切って串に食いつく。
ぱくっ
口に肉が入った途端、なんとも言い難い甘く濃厚なソースとピリッとする辛みが広がった。
「お、美味しい!」
肉汁がぶわっと口の中を凌駕する。
ふだん食べる貴族用の料理にはない濃厚さが広がった。
ただ、お肉のサイズが大きい。
ローゼルは口いっぱいに肉を頬張るけれど、まだ一欠片も食べれていない。
「あはは、やっぱローゼは小さくて可愛いなぁ」
ルシアンには小動物のように必死で食べる姿がツボだったらしく、盛大に笑った。
「お肉が大きいんです。残りは食べちゃってください」
「いいのか?
んじゃあ」
ルシアンは串焼きをどんどん食べていく。
ローゼルがやっと一つ食べ終わる頃には、ルシアンはもう『ご馳走様』と言っていた。
「あ~美味かったな」
「はい!
一口だけなのに、すごく食べ応えがありました!」
「だな。
んじゃあ、次は冷えた酒が飲みたいところだけど」
ルシアンはきょろきょろする。
少し行った先の通りの一角で、木樽を並べた酒屋台が賑わっていた。
「ローゼ、あそこで一杯、飲まないか?」
「はい、ぜひ!」
貴族社会ではルシアンの今のような豪快な笑い声は目立つ。
けど、ここは多くの庶民が集い、がやがやと喧騒が取り巻く場所。
そんな笑い声も溶け込んでいく。
(うわぁ、これって貴重だよね。
気取っていない自然体のルシアン・クレインバールが隣に並んでいるんだもの)
ローゼルはますますウキウキしてきた。
ルシアンが見つけた酒屋台は、四方を分厚い布で囲んだ店だった。
カーテンのような半透明な布切れをくぐると、そこはちょっとした木製の簡易的カウンター席があり、中央の天井に掲げてある魔法灯が店内を照らしていた。
全体的に薄暗いけれど、どことなくしっとりとした大人びた雰囲気がある。
酔客の笑い声と杯を打ち合わせる音。
楽しく興じるお喋りのざわめき。
「お邪魔するよ」
ルシアンは慣れた様子で店に入って、カウンター越しの露店の亭主の男に、目配せをした。
「こっちに座って」
ぶっきらぼうな亭主が一番端の席を勧めた。
ローゼルは物珍しそうに店内を見回して、席に腰掛けた。
「ローゼは何を飲む?
蜂蜜酒? それとも果実酒?」
ルシアンもその隣に座りながら尋ねた。
「そうですね……」
他の客たちが呑むお酒をちらちらと見て、ひとつの酒瓶に目が留まった。
「火竜麦酒がいいです」
「え? あれ、女性には結構刺激的な味ですよ」
注文を取りに来た亭主が驚く。
「はい、全然平気です」
「本当、大丈夫ですか?」
亭主が心配そうにローゼルの顔を覗き込む。
「結構強いですし、星果酒なんか女性に人気ですよ」
「大丈夫です。
ずーっと飲んでみたかったんです」
「けどねえ」
亭主は渋る。
ローゼルはムッとした。
また見た目で判断されてる。
女性は男より強いお酒が飲めない。
この亭主もそう思い込んでいるみたいだ。
確かに私は見た目で、しょっちゅうか弱い女の子に見られる。
けど、おあいにく様。
その辺の男性よりも体力も忍耐も自信がある。
(しかも、お酒に関しては貪欲なんだよね、私)
ふだん飲めない庶民の定番の火竜麦酒。
どうしても飲んでみたい。
「問題ありません。
こう見えても私、お酒、強いんです」
頑として譲らないローゼルに亭主は目を瞬かせた。
それから不安そうにルシアンを見た。
本当にいいのか?と目で訴えている。
ルシアンは愉快そうに肩を震わせて笑う。
「ご希望どおり火竜麦酒を一つ頼む。
飲めなかったら俺が飲むから」
「はあ」
「で、俺はスパイス酒」
亭主はすぐにお酒を提供し、お通しとして塩漬けの魚を出した。
そして待ちに待った火竜麦酒がローゼルの目の前にやって来た。
ローゼルは泡立つ火竜麦酒を前に、胸を高鳴らせる。
「うわぁ」
ローゼルは歓喜の声を上げた。
まるで小さな炎が弾けるようにきらめくように、赤銅色の泡が勢いよく立ち上っている。
杯を近づけると、香ばしい麦の香りに混じって、ほんのりとスパイスの刺激が鼻をくすぐる。
(きたきた、これこれ~)
「どう? 飲めそう?」
ルシアンがニヤニヤしながら、ローゼルに尋ねた。
「はい、全然飲めそうです」
ローゼルは目の前のお酒に釘付けだ。
亭主だけが心配そうに様子を窺っている。
そのうち、ルシアンの頼んだスパイス酒が提供された。
琥珀色の液体に、細かい香辛料の粒が沈んでいた。シナモンやクローブのような甘い香りと、唐辛子のような刺激が鼻を突く。
ローゼルとルシアンは目が合うと、木の盃を持ち上げ「乾杯」と言って一口目を呑む。
「むっ!」
ローゼルは目を見開いた。
「美味しいぃ」
最初は濃厚な甘みが舌を包み、次の瞬間にはカーっと喉を駆け抜ける熱がじんわりと広がる。
まるで体の芯に小さな火が灯ったようで血が一気に巡った。
(うぅ! 癖になる!!
これはもはや、ただの麦酒ではないじゃないよ。
まさに竜の息吹を思わせる温かさと旨味、最高だよ!!)
ローゼルは堪らず、ごくごくと喉を鳴らした。
ルシアンもためらいなく杯を掴み、喉を鳴らして一気に流し込む。
「あ~旨い!」
その豪快な飲みっぷりに、ローゼルの頬が自然に緩んだ。
ルシアンと視線を合わせるだけで胸の奥で小さな鐘が鳴った。
「どう?
希望どおりの味?」
「はい!
そりゃあもう、ずっと飲みたかったお酒なんで。
はぁ、本当に美味しいですね」
「ああ。今日も仕事頑張ったって感じだ。
ってまだ、残っている案件はあるけどな」
ルシアンは苦笑した。
残っている案件とは、ナイトマーケットの巡回のことだろう。
「ある程度はいいんじゃないですか。
酔わない程度に楽しみましょうよ。
そうしないと、逆に怪しまれてしまいますよ」
ローゼルはルシアンの耳元で囁いた。
驚いた顔をしたルシアンは、ローゼルをまじまじと眺め、ほんのり目尻が赤くなる。
「そうだな、これも臨機応変だ」
そっとルシアンが今度は耳打ちし返した。
途端に、その吐息が耳に掛かってローゼルは、お酒を飲んだときよりも顔が火照った。
***
ナイトマーケットで飲む庶民のお酒。
かなりアルコール度数が高い。
けれど、大の酒好きのルシアンはこれくらいがちょうどいい。
ルシアンは満足げに笑い、杯を机に置いた。余韻は長く、口の中に残るスパイスの香りがクセになる。
いつもより強い酒。
そのせいだろうか、ローゼルがさっき何気なく耳打ちをしたとき。
ルシアンはあの時の胸の高鳴りを思い出して、耳を触る。
普段より甘く妖艶に聞こえ、どきっとした。
駄目だなぁ、俺、相当浮かれてるなあ。
酔っていないのに、ふわふわとした浮遊感。
甘酸っぱい幸福感が漂い、これが任務も絡んでいるということをつい忘れそうになる。
「ふふ、やっぱり美味しい」
ローゼルは初見にも関わらず、刺激的な火竜麦酒を堪能している。
気に入ったのか、すでに二杯目。
いい飲みっぷりだ。
新米の騎士たちですら一口で音を上げる火竜麦酒。
けれど、ローゼルはごくごくと飲み続け、付け合わせの塩漬け魚を口に運ぶ。
その手つきも様になっていて、ルシアンは思わず吹き出しそうになった。
この見た目にそぐわない男顔負けの飲みっぷりに、亭主や周囲の客たちはただただ驚き、やがて苦笑し始める。
無理もない。
いくら庶民服を着ても、ローゼルの気品をかき消すことはできない。
蜂蜜色の双眸に透明感ある白い肌。
低く見積もっても、裕福な商人の娘に見える。
肉体労働をしている庶民の男たちの定番の酒を美味しそうに飲む姿は、滑稽に映るのかもしれない。
(俺的にはそういうところがいいんだよ)
貴族だからと鼻にかけない態度。
気取らず庶民の露店の酒場で酒を嗜む姿。
皇太子が持ってくる見合い話の令嬢なら、卒倒してしまうだろう。
同じ貴族令嬢のはずなのに、ローゼルは本当に気取らない。
やっぱり、彼女のこと好きだ。
見ると、ローゼルの木の盃は空だ。
ルシアンの口角が上がった。
「もう飲み終わったのか?」
「はい、美味しかったです」
頬を綻ばせるが、まだ飲み足りないようで、ローゼルは店内に飾られている珍しい酒瓶をちらちら見ている。
そのうち、そっとルシアンの杯の中身も確認する。
「ルシ……も、空ですね。
次何を飲みますか?」
「そうだなぁ」
その時、カウンター越しの亭主がちらりと見て、こちらに合図をする。
彼はルシアンがスカウトした下町の情報屋だ。
亭主のその瞳が一瞬だけ鋭さを帯び、ルシアンは合図するその方向に視線をさりげなく投げた。
ルシアンたちとは反対側に座る男たち。
一見中流階級の人間に見えるが、その殺伐とした雰囲気は何やらきな臭さがある。
酒を呑み交わす雰囲気にしては、異様なまでに真剣。
周囲を気にする素振りには違和感を抱くほど。
そのとき、亭主が何気に酒瓶を彼ら側に置いた。
その影に、見慣れぬ封印の刻印がちらりと覗いた。
(へえ。こんな物騒なもんが庶民の酒場に紛れているとはね……)
ルシアンはローゼルに向けた笑みを崩さぬまま、頭が冴え渡り走り始めた。
その瞬間、淡い魔力の印が密売人の机に刻まれたのが、酒瓶に反射した。
あの刻印は――最近魔法騎士団が追っている裏組織の品の符号だ。
恐らく闇オークションで流通する違法薬物売買に関するものだろう。
それを彼らはすっとポケットに忍ばせた。
刹那、ピリリと肌に電流が走る。
不吉な魔力の澱み。
ルシアンは眉をひそめた。
ふいに、隣に座るローゼルがぴくりとした。
まるで小動物が何か危険を察知したときのような動きだ。
ルシアンはさり気なくローゼルを観察する。
彼女はちらっと周囲に視線を流し、一瞬だけ例の男たちに留まる。
が、次には何事もなかったようにつまみを食べる。
(ふうん。
相変わらず魔力感知は鋭いわけか)
そのとき、男たちがお金をカウンターに置いて立ち上がった。
「オヤジ、ご馳走さん。
駄賃はここに置いておくぞ」
「あいよ。
また御贔屓に」
亭主は如才なく笑顔で振舞っていた。
その亭主とルシアンは一瞬、目が合う。
静かにルシアンは頷いた。
すっかりさっきまでの浮遊感は抜け落ち、代わりに抱く危機感。
体のどこかで警報が鳴る。
長年この世界で培った本能が出す警報だ。
彼らのただの癖に見える仕草。
その表情に底知れぬ闇が僅かに覗いた気がした。
「さて、ローゼ、違う店にも行ってみないか?」
ルシアンが改まった声を出す。
「ここ以外にも珍しい酒を出している店はあるぞ」
「珍しい!
もちろん、行きます!」
目を輝かせてローゼルは立ち上がった。
「あはは、本当にお酒、好きだよなぁ」
ルシアンはローゼルの栗色の髪を撫でた。
ローゼルの耳が赤くなるのを確認しながら、ルシアンの視線は店を去る男たちに走らせる。
「大将。
うまかったよ、ご馳走さん」
「ご馳走様でした」
ルシアンとローゼルは亭主にお礼を言って支払いを済ませる。
そのとき、すっとさり気なく亭主から四つ折りにした小さな紙を握らされる。
ルシアンはそっと亭主の顔を盗み見る。
亭主も意味深にルシアンを覗き返していた。
互いにうっすら笑みが浮かぶ。
「あ、あの、ルシ……。
私も支払います!」
慌ててローゼルが財布を出そうとするので、それをルシアンは手で制した。
「俺が誘ったんだから俺が出すものなんだよ。
気にするな」
「え? いいんですか?」
「ああ、もちろんだ。
さぁ、次の店に行くぞ」
ローゼルに笑みを向けながら、左手に握った紙の感触を確かめる。
「じゃ、じゃあ、次、デザートを私に奢らせてください。
さっき、蜂蜜とフルーツのシロップをかけた氷菓子が売ってたんです。
あっ、その前に甘い物、お好きでした?」
「特段甘党ではないけれど——」
ルシアンは半透明な布切れをくぐり、男たちの背中を捉える。
ローゼルもルシアンに続いて店を出た。
「氷菓子は後味がさっぱりするから好きだぞ」
「よかった!」
ルシアンは自分を気遣うローゼルの白く柔らかな手を握った。
壊れそうなほど繊細で小さな手。
途端に、ローゼルから花咲いたような笑みが零れ落ちた。
ルシアンは目を瞠った。
(くそぉ、不意打ちだ)
度数の高い庶民の酒を呑んでもけろっとしているくせに、こういう初々しさ。
たまらなくいい。
(俺はローゼルよりも年上なのに、こういうことには全然慣れていないな)
照れ隠しも相まって、ルシアンはローゼルに気持ちを悟られないようにローゼルの手を握り直し、ナイトマーケットの雑踏へと歩み出した。
夜の帳と色とりどりの灯り、人々のざわめきが、二人を包み込む――。




