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カァーム・ビュラクラト ―社畜女官ローゼルの婚約破棄奮闘録― 私は何も望まない  作者: 兎丸 蓮


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第49話 ランチタイムの傍観者たち

 ホキアン・バーンズリーは、怯えながら王宮官吏食堂に足を踏み入れた。


 いつもと変わらない喧騒。

 いつもと変わらない風景。


 ホキアンはすれ違う人々の顔を確認しながら、空いている席を探す。

 だが、空いている席で一人掛け用や二人掛け用の小さな円卓はすでに埋まっていた。


 ちらっと窓際の席を一瞥する。


 そこは、いつも小さな同期ローゼル・イースティリアが定位置のように座っている席だ。


 だいたいの官僚たちはその席を避ける。陽が当たり過ぎるとか、白いテーブルクロスが反射して食事しにくいとか。けれど、彼女は好き好んで座っていた。


(今日はローゼル、まだいないのか)


 昨日はあの席でちょっとした事件が起きた。

 冷酷無慈悲の鬼軍師であるルシアン・クレインバール閣下が、ローゼルに公開プロポーズをしたのだ。


 それは、密かにローゼルに想いを寄せていた若手の官僚に大激震が走るほどの悲報。


 なにせ相手は、若くして軍部上層部の仲間入り、立身出世街道まっしぐら。

 死地と呼ばれる次期領主になること以外、非の打ちどころない美麗で玲瓏な男だ。


 そんじゃそこらの男では到底勝てる見込みがない。


 あの後、二人は姿を消した。


 ローゼルはどうするつもりなんだろう。

 レオーネ・ウルームとも、まだ婚約は続投中。


 ホキアンは空いている六人用の円卓へ向かう。


(俺は同期の二人以外、金輪際、武官とは縁を持ちたくないけどな)


 少し苦い思いを胸に抱きながら、ホキアンが腰かけるとさっそく給仕がやって来た。


「注文はどうなさいますか?」


 メニュー表を差し出され、それを見ながらホキアンは注文をする。


「日替わりコースで。

 ドリンクは……。

 本日の食前酒はなに?」


「本日の食前酒は黄金麦の甘露水でございます」


「うん、じゃあ、それを早速頼むよ」


 給仕は恭しくお辞儀をしてメニュー表を脇に抱え、去って行く。


 ホキアンは、もう一度いつもローゼルが座っている席に視線を投げた。


(ルシアン・クレインバール卿かぁ。

 先日の舞踏会でも二人が踊っていてびっくりしたっけ)


 ローゼルがいまの婚約者とこのまま結婚してもうまくいかないのは、火の目を見るより明らかだった。


 彼女の婚約破棄には賛成だ。

 けど、誰しもがその後釜にルシアン・クレインバールが真っ先に名乗り出るなんて想定外だった。


 彼は本気だから公然と求婚したんだろう。


 それにしても凄い自信だ。

 振られる可能性だって無きにしも非ず。


 覚悟が違う。

 中途半端な俺とは大違いだ。


 ホキアンは大きなため息をついた。


「こんなはずじゃなかったのに」


 呻くように無意識に出た声。

 空虚に消えていくはずの声なのに、それを聞き咎める男たちがいた。


「なにが、『こんなはずじゃなかった』んだ?」


 聞き慣れた声がしてホキアンは弾けるように顔を上げた。


「やあ、ネイト」


 声の主にやんわりと人懐っこい笑みを浮かべた。

 同期のネイト・ファーヴァだ。


 そして、その後ろには大きな灰色の影のようなレイノルド・ハウルデュース。

 今回のバーンズリー家のすべてを知っている軍部上層部お抱え書記官だ。


 ホキアンは一瞬ばつが悪く思う。


「レイノルド。ごきげんよう。

 元気だったかい?」


 それでもホキアンは如才なく挨拶をした。

 何事もなかったように、ネイトに気取られないように、さり気なく。


「ああ、久しぶりだな、ホキアン」


 レイノルドも自然な表情でホキアンを見た。


「ここ、空いてるか?」


 そう尋ねて来る口調も目つきも、腹立たしいほど自然だ。


「ああ、二人ともどうぞ。

 今日はどこも小さな円卓はいっぱいみたいでね」


 ホキアンはにっこり笑った。

 ネイトは周囲を見回して呟く。


「本当だな、今日はボッチ飯の連中が多いな」


 相変わらず身内との会話では口が悪いネイトだ。


「そうだな」


 くすっと小さくレイノルドが笑って、二人ともホキアンと同じテーブルに腰かける。


 何気ない会話が交わされる。

 どうやらレイノルドはあのことをあえて口にする気はないようだ。


(ふうん、コイツもなかなかの役者だな)


 そう思いつつも、ホキアンは心底ほっとしていた。


 というよりも、レイノルドはそもそもそういう奴だ。


 あの食えない感じの総帥の息子でありながら、彼は全然腹黒くない。

 むしろ、誠実で繊細。

 見た目が総帥譲りの巨体にやや強面な顔つき、魔力は桁違い。

 そのせいでそこにいるだけで周囲を慄かせるが、実際は誰よりも優しかったりする。


 ホキアンが頼んだ食前酒を持って来た給仕が、二人にメニュー表を手渡した。


「ホキアンは何にしたんだ?」


 ネイトが尋ねた。


「僕は日替わりメニューだよ。

 あれが一番ヘルシーだし、飽きがこない」


「まあ、そうだよな。

 俺もそうしよう。

 レイノルドは?」


「俺も同じにする。

 メインディッシュの牛肉赤ワイン煮込みが気になる」


「んじゃあ、決まりだな」


 パタンとメニュー表を閉じたネイトとレイノルドは注文をした。

 

 いつもどおりの穏やかなランチタイム。

 ざわめく貴族官僚たちの話し声に混ざり、皇族御用達の楽団の生演奏が始まる。


「で、なにが、『こんなはずじゃなかった』んだ?」


 椅子の背もたれに鷹揚にもたれかかり、ネイトが改めてホキアンに尋ねた。


「あはは、独り言だよ。

 気にしないでくれ」


 ネイトとレイノルド用に食前酒が運ばれてきた。


「これこれ。

 俺、案外好きなんだよな」


 ネイトがはしゃいだ声を出した。


「ああ、俺も喉越しがいいから好きだ」


 レイノルドも頷く。


 三人はグラスを持ち上げて「乾杯」と言った。


 麦芽を軽く焙煎して煮出した香ばしい飲み物だ。

 見た目はビール風だが、アルコールは含まれず、滋養強壮に効き、長時間の執務に耐える官僚たちの定番だ。


 三人が炭酸で喉が潤った最中、レイノルドが声を上げた。


「そうそう、ホキアン。

 出張土産があるんだ。

 この前までオーレイヴ荒原に調査に行っていたんだが——」


 彼は制服ポケットから小さな小箱をテーブルの上に置いた。


「へえ、紅塩ハニーラスクか」


 ホキアンは頬を綻ばせて手に取る。


「これって、荒原の岩塩をひとつまみ振りかけて、蜂蜜を染み込ませて焼いたラスクだよね。

 僕の好きな味なんだよ。

 ありがとう」


 ホキアンは自分でも豪語するぐらい美食家だ。

 特にローゼル以上に甘いお菓子には目がない。


「カリッとした食感と甘じょっぱさ絶妙なんだとかで、ティータイムにぴったりだと思ってね。

 お気に召してもらえたようで良かった」


 レイノルドは照れくさそうに笑った。


「レイノルドってそういうところ、本当センスいいよなあ」


 ネイトは運ばれてきた前菜の蒼鱗魚のカルパッチョを口にする。


「そうか? 

 でも、そう言ってもらえると嬉しいもんだな」


 照れくさそうにレイノルドは鼻を掻いて、食器を手に持つ。


「あそこは砂嵐が多い荒んだ土地だが、地下水脈があり、果実が少量育つらしい。

 砂果ナツメキャラメルとか、火花豆クラッカーとかもあったんだが、これの方が見た目も洒落ていて、何よりも小分けされてて配りやすい」


 レイノルドは説明しながら、前菜を口に運んだ。


「あれ、確か……。

 エレナも魔法省の臨時調査員で行ったんじゃなかったのかい?」


 思い当たったホキアンの質問に、レイノルドが頬を綻ばせて頷く。


「ああ、そうだ。

 途中まで王宮魔術師と魔法省との共同調査だった」


「最近レイノルドも出張だらけだよな。

 エレナなんてここ半年、顔を一向に見てないぜ」


「そうだろうな。

 何かとお互い緊急特命があってね。

 結局、今回も俺だけ先に調査を抜けたんだ」


 レイノルドは苦笑した。


 緊急特命。ホキアンはその単語にどきっとした。


「そりゃあ、残念だったなぁ。

 外交中のランスに一歩リードできると思ったのに」


 口の端を上げてネイトがニヤニヤ笑う。


「いやいや。別にそんなことは考えてない。

 俺は単に仕事で行っただけだから」


 必死で弁明するようにレイノルドは言った。

 けれど、正直者の彼のこめかみは僅かに赤く染まっていた。


「本当か?」

 

 懐疑的にしつこく聞くネイト。

 目には悪戯っ子のような意地悪さがある。


「ああ、本当だ。

 やっぱり同期だからか、エレナと一緒の仕事はいろいろやりやすいよな」


「やりやすいねぇ。

 どんなやりやすさなんだろう……」


 ますますネイトが探るような目つきでレイノルドを見た。

 あたふたとするレイノルド。


 ホキアンはそんな様子を、あえてクスクス笑って余裕を見せた。


 レイノルドは同期のエレナ・ヴァービナスに片想い中だ。

 彼女は王道の可憐さを持つローゼルとはまた違う、ミステリアスな魅力の美女である。


 そんなレイノルドの熱い想いを尻目に、彼女は外交中の同期ランス・マクィーンと数年前に正式に婚約した。


 つまりは、レイノルドは公爵家という身分を後ろ盾にしながらも、惜しくも失恋してしまったのだ。

 それでも彼は、彼女を想い続けている。


(レイノルドって、本当一途な男だよね)


 好きな女性がいないホキアンにとっては実に羨ましい。

 まあ、レイノルドをからかっているネイトも同じだけど――。


「ご機嫌よう、同期三人とも」


 鈴を転がしたような可憐な響きが、男三人の頭上から降ってきた。


 ローゼル・イースティリアだ。


「やあ、ローゼル。

 昼休憩まで長引いた会議は終わったのか?」


 ネイトがローゼルに人懐っこい笑顔を向けた。


「うん、ようやくね」


 ローゼルは肩に手を当てて、首を回す。

 それから、食堂内をきょろきょろ見回す。


 誰かを探しているのか。


「まあ、座れよ。

 ローゼルのお気に入りの席は、ほら、別の御仁たちに座られちゃったみたいだし」


 笑顔でネイトはローゼルに座るよう勧め、ローゼルの定位置の席には視線を飛ばす。


 その視線を辿ると、ローゼルがいつも座るあの席は、他の官僚たちが優雅に食事を楽しんでいた。

 いつも空いているはずの席が埋まってしまっていて、ローゼルは残念そうにする。


「あー、本当だ。

 今日は読みたい本があったのになぁ」


 見るとローゼルは分厚い本を脇に抱えていた。


「ローゼル。

 あそこで読書するの、いい加減やめた方がいいぜ。

 目が悪くなる。

 ただでさえ、細かい文章をずっと読んで、目を酷使するような仕事なんだからさ」


「大丈夫よ。

 それにあそこは暖かくて気持ちいいの。

 ほら、私っていつもモグラみたいに閉ざされた部屋の中にいるでしょ? 

 だから日向ぼっこ兼用。

 まさに一石二鳥」


「なんだよ、日向ぼっこって。猫かよ」


 ネイトが茶化しながら、目を細め、とても楽しそうに笑う。


(相変わらずネイトはローゼルのことが好きだよな)


 ぼんやりとホキアンは思い出す。


 入省式の日。


 あの日、 まさに人が恋に落ちる瞬間。ホキアンは目の前で目撃した。


 薔薇色に染まる頬。

 熱にうなされたような眼差し。

 艶めいた噂に事欠かさないネイトが、まさに心を奪われていた。


 一目惚れ――。


 それからすぐだ。数々の浮名を流していたネイトが急に女遊びをやめた。周囲には仕事が忙しいから、なんて言っていたみたいだけど、違う。

 ローゼルがいるからだ。


(あれは俺の中で衝撃的だったな。

 けど、当の本人、ローゼルは全然気づいていないんだ。

 鈍感っていうか、あえてそう思わないように一線を引いているというか……)


 ホキアンは運ばれてきたスープを口に運んでいると、ローゼルが同じテーブルに座った。


「今日は何食べようかなぁ」


 弾む声でメニュー表をローゼルはめくる。

 彼女はいつも宝物を開ける時のようなキラキラした目でメニュー表を読む。


 その姿をネイトが潤んだ熱っぽい瞳で見つめていた。


 ローゼルはそんな視線に気づかず、単品をいくつか頼む。

 

 見た目通り少食の彼女はフルコースを頼むことはあまりない。

 それでも男性陣の飲んでいる食前酒は気になるらしく、こちらも併せて頼む。


 酒好きのローゼルらしくて、ついくすっとみんな笑う。


「おいおい、ローゼル。

 これ、ノンアルコール。

 知ってるか、お酒じゃないぞ」


 またしてもネイトがローゼルを揶揄う。


「ふふん、それぐらい知ってるよ。

 でも、いいの。

 お酒飲んだような気分になれるでしょ?」


 いつもならムッとして言い返すローゼルが、今日はご機嫌なのか、にこにこ笑顔を浮かべている。


 それに対して、そのご機嫌の意味を知っているのか、ネイトは面白くなさそうに鼻白む。


 注文した後もローゼルがちらちら周囲を気にするので、レイノルドはふっと笑った。


「ルシアン様なら」


 その名が出た瞬間、テーブルの空気が変わった。

 ホキアンは、内心ぎくりとし、ローゼルの瞳が揺れた。

 ネイトの顔つきも少し強張るのが分かった。


「臨時上層部会議に招集されて、本日のお昼はこっちに来ないよ」


 レイノルドの声は淡々としていたが、妙に重く響いた。


「わ、私、べ、別にクレインバール卿のこと、何も言ってないよ」


 ローゼルは飛び上がるように驚き、挙動不審になった。


「でも、探してただろ?」


 言い当てるレイノルドにローゼルは「うっ」と言葉を詰まらせた。


「会議しながら仕出し弁当を食っているはずだ。

 残念だったな。

 あとでルシアン様に伝言しておくよ。ローゼルが探していたって」


「ううん、そんな。

 お忙しいのに、申し訳ないよ」


 慌ててローゼルは首を振った。

 それでも僅かに口元には含羞ある笑みが浮かんでいる。


「そうか? ローゼルは気にする必要はないと思うぞ。

 なんといってもルシアン様のお気に入りだからな」


 率直に言うレイノルドに皮肉も嫌味もない。

 ローゼルはますます顔を赤らめ、恥じらうように視線を落とした。


 ホキアンはちらっとネイトを盗み見た。


 ネイトはかすかに身をよじり、苦しそうな表情を浮かべていた。

 

 これは、さぞかし面白くないだろうな。


「ああ、そうそう、これ」


 レイノルドがポケットから何かを取り出す。


「ローゼルにも土産だ。

 この前、渡しそびれてた」


 さっきホキアンにも渡した紅塩ハニーラスクだ。


「ありがとう!」


 ローゼルは嬉しそうに手に持った。

 この笑顔は男性陣全員、思わず頬が綻んだ。


「最近出張ばかりだね、レイノルドは」


 お土産を見ながら、ローゼルも同じような感想を持ったのか呟いた。


「まあな」


「今回の出張先はオーレイヴ荒原だっけ?」


「ああ。そこだ」


「ウルーム伯爵領地内だから昔家族で行ったことあるんだ。

 あそこは岩塩や稀少な薬草が採れるんだよね」


「そうなのか。

 まあ、あそこは昔から有名な温泉街でもあるからな。

 家族旅行にはうってつけだよな」


「うん、そうなの」


 しばらくローゼルとレイノルドの会話が繰り広げられる。

 ホキアンとネイトは運ばれる食事を口に運びながら会話を聞いていた。


「ねえ、エレナはまだ戻って来ないの?」


「そろそろ王都には帰って来ているはず。

 そのうち顔を出すんじゃないのかな」


 レイノルドの表情は硬く、なんとなく寂しげだった。


「おや、レイノルド。

 心配してるのは調査の進捗か、それとも彼女の安否か?」


 例の如くネイトが、ニヤニヤしながら絡む。

 レイノルドはむすっと不機嫌そうになった。

 そこにローゼルが慌てて気遣うように口を挟んだ。


「そうなんだね。

 ちなみに、出張目的は魔物増加の原因追及だっけ?」


 一瞬間があってから、レイノルドは頷いた。


「そうだ。

 あくまでも軍部は自然現象的なものだと結論づけた」


「ふうん。

 珍しいね、あの辺は魔物が出ない一帯だったのに」


 ローゼルが哀しそうに呟いた。


「だから調査依頼があったんだよ」


「そっか」


 レイノルドの声はやや硬い。


 ローゼルが所望した食前酒が来て、ローゼルの目が輝いた。

 

「本当、これ、酒じゃないよ」


 ネイトが念を込めてローゼルに言った。


「もう、分かってるって」


 口をすぼめるローゼルに、「まあまあ」とホキアンは仲介した。


「はい、改めて。

 みんな、グラス持って」


 四人はグラスを持ち上げて「乾杯」と同時に言う。


 ローゼルが頼んだ品も届く。

 季節野菜のサラダ バルサミコ風味と澄んだコンソメスープ、白身魚のポワレ。


 しばらく四人は他愛ない会話と食事を楽しむ。

 そこにもう一人の同期モレーノ・ガヴァーゼルも合流した。


「そういえば、ローゼル。

 あの鬼軍師閣下から求婚されたって本当?」


 モレーノが突如場の空気を読まない発言をした。

 ローゼルは咳き込んだ。


「もう、急に何を言い出すのよ」


 ローゼルは困ったような表情を浮かべ、ナプキンで口元を拭いた。


 モレーノはおっとりした気質で気の良い男で周囲に愛されている。

 そんな彼の唐突な台詞に悪意はない。

 だからこそ、ローゼルも苦笑を浮かべるしかない。


「だって、この話、すごい盛り上がりを見せてるよ」


「盛り上がりって……」


 途端にローゼルの顔がまた真っ赤に染まる。


「まあ、確かに」


 レイノルドは呟く。


「ルシアン様がローゼルを敬慕していただなんて、俺、出張から戻って来て初めて知った。

 ちょっと置いてきぼりをくらった感じだ」


 拗ねるようなレイノルドの台詞に、ローゼルはもじもじしながら身を縮こませた。


「えっと……、私だってびっくりしているんだよ」


 ごにょごにょ、ローゼルは呟く。


 傍目から見ても誰もが分かる恋する女の子だ。

 そんなローゼルは、ホキアンにとって意外ではあるけど、すごく愛らしいと思えた。


 けど、ネイトはあからさまにそれが気に入らない様子で目線を逸らした。


「で、結局クレインバール卿とどうなったの? 何か進展はあった?」


 無邪気なモレーノの質問に、ローゼルが虚を突かれたように目を見開いた。


「し、進展!? 

 ううん、な、なな何もない!」


 ローゼルはあからさまに狼狽した。

 なんとなくみんなが顔を見合わせる。


(あっ、これ、絶対何かあったな……)


 男性陣全員は無言でそう思う。


「そうか。

 これはますます本気みたいだな。

 ルシアン様も」


 苦笑するレイノルドに、「余計なこと言っちゃたかな」とあたふたするモレーノ。ムッとするネイト。


 ホキアンだけはみんなと少し違う反応をした。

 じっとレイノルドを観察する。


 この男は一体どういう了見で今日俺と食事を共にすることにしたのだろうか。


 何も読み取れない灰色の双眸。

 その双眸に光がスッと入る。


「俺は賛成だぞ。

 ルシアン様なら必ずローゼルを大切にするだろうからな」


 突然、レイノルドがきっぱり言い切った。


 ローゼルがハッとしたようにレイノルドを見て、照れくさそうに笑った。


(そうだ、こいつはそういう奴だ)


 ホキアンは、再び静かにレイノルドの顔を見据えた。


 不器用だけど、優秀。

 それでいておべっかも美辞麗句も言わない。

 すべてに率直で曲がっていない。

 同期の誰もがそれを知っている。


「気が早いよ。

 だって、まだ婚約破棄手続き終えてない。

 それが終わらないと……とてもじゃないけど別の殿方のこと、考えられないよ」


 ローゼルは口を尖らせた。


「はは、そうだな。

 まず、そこだな」


 一瞬レイノルドがこっちを見た気がした。

 ホキアンは身を固くした――。

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