第46話 甘いひとときの夕食と、二重殺人の影
ローゼルが執務塔から帰宅する頃には、外は夜になっていた。
なんだろう、今日はとても忙しくてちぐはぐな日だった。
ようやく会えたルシアン・クレインバール卿。
その彼から求婚されたと思ったら、婚約者レオーネがまた魔法騎士団に捕縛されたという話を意外な人物から聞かされて――。
それから、ナディア・グロウディーナ嬢が彼の部屋に訪れていたっぽい。
(ナディア・グロウディーナって性格悪いけど、可愛いには間違いないもんね。
しかも身分も高いし、何もしていなくても注目を集めちゃうほど華がある)
ルシアンと並んだら絵になるし、結婚するにしても身分上、何ら問題ない。
それどころか、ルシアンは公爵令嬢を嫁に迎える逆玉の輿婚。
そう思ったら、あんなに熱烈に求婚されたとはいえ、だんだん気分が落ち込んできた。
込み上げる焦燥感と、苛立ち。
胸が鈍く疼いて、ローゼルは法務省に戻ってからも、なかなか仕事に集中できなかった。
ペンをとって、インクをつけて、それから……。
駄目だ、午後はずっと考えがまとまらない。
残業禁止と言われたのに、書類の締め切りもあったので、結局ガッツリ残業をやってしまった。
ローゼルは空を見上げた。
今夜は新月らしく、月が見えない。
代わりに星が美しく夜空を彩っているのに、心は晴れない。
夜の王城の回廊には、壁灯が等間隔に並ぶ。
柔らかな光で大理石を照らしていた。
この壁灯はすべて光属性の魔道具。
昼の光とは違う幻想を漂わせ、いつものローゼルならこのノスタルジックな雰囲気を楽しんでいた。
けど、可愛い容姿のナディアが頬を薔薇色に染め、ルシアンに寄り添う姿が頭の中を占拠していて、全然それどころじゃない。
はあ、やっぱ駄目だ。
お腹もすいて悪いことしか思い浮かばない。
ローゼルはお腹をさすった。
今日は父の帰りが遅い。
だいたいそういう日は、継母シャルルが大立ち回り。
まともな夕食は期待できそうにない。
どこかに寄って帰ろうかなあ。
(私のいいところは、美味しいお酒と食べ物があれば、嫌なことあっても忘れられることよねぇ)
こういう日こそ、お酒を飲みに限る。
ふと思い出す王都の川べりの船着場近くの酒場。
あのお店、そろそろ開いているかしら。
そこはローゼルのお気に入りで、ワインもボトルキープしているお店だ。
(あそこのお肉の煮込みが特に美味しいんだよね。
口の中にいれたら溶けちゃうくらいトロトロで、パンにつけて食べると本当最高で)
その店は昼間も大衆食堂をやっていて、ボリューム感のあるランチ定食が大人気だ。
けれど、その看板娘が何日も行方不明になっていて、ここ最近休業していた――。
その子とローゼルは同じ年。
この事実にチクっとした痛みが走り、同時に恐怖心が駆け巡る。
最終的にその女の子はなんとか無事保護されたそうだが、とんでもない残忍な光景を目の当たりにしたとかで精神に異常をきたしてしまった。
今は被害者救出措置とかで、特別に国の保護施設で治療を受けていると聞く。
レイノルドやネイトも以前、夜の女性の一人歩きは注意しろと言われたのを思い出す。
本当、王都でも特に郊外のは危険なんだよねぇ。
ちょっとした夜の飲み歩きが楽しみのローゼルには、残念で仕方がない。
ヒヒィーン
馬の鳴き声が近くなる。
もうすぐ馬車乗り場だ。
ひんやりとした夜風がローゼルの頬を撫でた。
馬車乗り場すぐ傍の回廊の柱に人影があった。
「え……」
どきっと胸が高鳴った。
最初見間違えかと思ったが、ううん、間違いない。
見たことのある胸に強く刻み込まれている輪郭。
いつも無意識に探しているあの人の――。
壁灯と夜の闇が彼の輪郭をハッキリと映し出して、ローゼルは確信する。
人影がローゼルに気づいて、視線を投げる。
「やあ」
人懐っこい笑顔で手を掲げる。
「クレインバール卿」
「遅くまでお疲れ様。
病み上がりなのに、大丈夫か?」
ルシアンがローゼルの側にゆっくり歩き寄って来た。
「ご、ごきげんよう」
ローゼルは気恥しさを覚えながら、慌てて会釈した。
「体調は問題ありません……。
ちょっと集中し過ぎちゃってこんな時間帯になっちゃいましたけど」
「そう。あんまり無理するなよ」
ルシアンはローゼルの頭を撫でた。
暖かくて大きな手。
ローゼルは鼓動が自分でも驚くほど鳴り響き、息ができなくなる。
集中なんて嘘です。
本当はあなたのことが気になってて、仕事がなかなか進まなかったんです。
そう思うのに、口に出すことは憚れた。
「なあ、今から夕飯、食いに行かないか?」
「え?」
「昼間、まだ話の途中だったんだし」
ローゼルは昼間のことを思い出して、カッと全身が熱くなった。
「えっと、あの……」
キュルルルルルル……
なんというバッドタイミング。お腹が鳴ってしまった。
瞬く間にローゼルの顔は熟れた林檎のように真っ赤になって、顔を伏せた。
「あははは!」
ルシアンの豪快な笑い声が回廊や夜空に響く。
それから、大きな手がローゼルの目の前に差し出された。
「さぁ、美味しいものを食べに行こう」
ゆっくりとローゼルは顔を上げた。
笑顔を向ける彼に、柔らかな壁灯が照らす。
どきんと波打った。
「はい。私でよければお供させてください」
気付くとローゼルはそう答えて、その手を取っていた。
***
王都外れの一軒家。
ルシアンが連れて行ってくれたのは、貴族がお忍びで行くような、ひっそりとした店構えの北部料理店。
「ようこそ、いらっしゃいました」
出迎えたのは、壮年の感じのいい顎に髭生やした男性だった。
一緒にローゼルも入店するとたちまち彼の頬が緩んだ。
「まさか坊ちゃんが女性を連れて来るなんて!
しかもこんなに可愛い方を」
亭主はルシアンと顔馴染みなのか、興奮を滲ませた。
「その、坊ちゃんっていうのはやめてくれ。
そんな年齢じゃない」
ルシアンはとても恥ずかしそうに、でも嬉しそうに頬を緩める。
「いいじゃないですか。
よちよち歩きの頃からこっちは見てるんですよ」
「そうだが……」
「ふふ、クレインバール卿がよちよち歩き……」
ローゼルは思わず想像してクスクス笑う。
きっと幼少期も天使のように愛らしい容貌を携えた男の子だっただろう。
「そう笑うなよ。恥ずかしいなあ」
ルシアンは頬をぽりぽり掻いた。
今目の前にいる彼は、まさに年齢相応の青年だ。
なんだか特別なルシアン・クレインバールが見れた気がして、ローゼルの心は弾む。
(やったぁ、すごく新鮮)
二人は一番奥の静かな個室に案内された。
椅子に腰かけながら、ルシアンは照れくさそうに言う。
「ここは、クレインバール辺境伯領のオブシディア地方の家庭料理が食べられる店なんだ。
さっきの亭主はうち領地の元シェフでね、俺がガキの頃から知っているんだよ」
それでもどこか誇りを持った響きがあった。
「そうなんですね、そんな素敵なお店に連れてきてもらえて光栄です」
ローゼルはにこにこしながらメニュー表を広げた。
そこには、ローゼルの想像を越えた料理名。
うむ、なかなか野生じみたお料理のようだ。
獣系の魔物食中心のようで、王都で長く生活しているローゼルには味を思い浮かべることができない。
わずかに眉をひそめるローゼルに気づいたのか、ルシアンがそっと言葉を添えた。
「ここは俺に任せてもらえるか?
あそこは遊牧民の里だ。
魔牛や魔羊の血の入った料理は精が付くが、少々生臭く、慣れていないと食べにくい。
だからこそ、イースティリア女官も気に入る料理を俺に選ばせてくれ」
「はい。お願いします。
私、オブシディア地方の食事、初めてなんです」
「そうか、嫌いな物はあるかい?」
「いいえ、基本的に何でも食べれます」
「偉いぞ。
んー、何がいいかな」
ルシアンは真剣な表情でメニュー表とにらめっこし始めた。
彼は時々ローゼルを小さい子のように褒める。
嬉しいけれど、ちょっと複雑だ。
(私、これでも今年二十歳になるレディなんだけどなぁ)
そう口をすぼめながら、ローゼルはぐるりと店内を見渡す。
家庭的で温かみのある石造りの家。
どこかの地方の田舎の風景が何点も飾られていて、それがまたこの店の赴きを深める。
一番印象的な絵画は清々しい空に、それに似たブルーの小花が咲き乱れ、森に囲まれた遠くに湖、そして砦のような城があった。
幻想的で、荘厳。
「ああ、あれはクレインバール辺境伯領地の春の風景画だよ」
ローゼルの視線を辿ったルシアンがそっと囁いた。
「綺麗ですね」
「ああ、本物はもっと綺麗な眺めだぞ。オブシディア地方は冬が長いからね。
その分、春と夏は短いが、すごくいい季節なんだよ」
ルシアンの声に懐かしさが滲んでいた。
いつかこの目で見てみたい。
ローゼルはいつの間にそう胸の奥で強く願っていた。
メニューはルシアンがローゼルも楽しめる最も癖のない料理を注文してくれた。
「それじゃあ、イースティリア女官の復職を祝って、乾杯」
互いにワイングラスを掲げて乾杯する。
カチンと、硬質的な音を立てた。
オブシディア地方の赤ワインは南部の産地のと比べると、深い色合いに濃い。
味もスパイシーでなんとも野性的。
黒コショウやプラムの香りが漂う。
「ちなみに、今日の食事はちゃんと君の御父上から許可を貰っているからな」
ルシアンが改まった声で言った。
ローゼルは胸が甘く高鳴った。
「はい。父に許可まで貰っていただいて、ありがとうございます」
男性にとって、食事を誘う同性の父親の存在はかなり大きいと聞く。
怖いようなおっかないような、関わりたくない存在。
(それなのに、あえて許可を貰ってくるなんて)
ルシアンのローゼルに対する本気度が窺えた。
「こちらこそ、貴重な時間を割いてくれてありがとう。
で、どう? 体調。
皇族会議で会った時より、顔色がすごくいい気はする」
「はい、お陰様で。
たぶんゴルマン伯爵のところで頂いた回復用ポーションです。
とても高価なものを頂いちゃって、本当に申し訳ないなぁって思ってます」
あんな上質なポーション、イースティリア家ではなかなか手が出せない代物だ。
「気にすることないと思うぞ。
むしろ、王都に帰るとき、自分が君の屋敷まで送ると駄々をこねてうるさかったんだ。
ただでさえ被災地支援で忙しいというから、君をわざわざ領地に呼んだくせに。
何言ってんだか」
ルシアンは苦笑し、肩をすくめた。
ローゼルはなんとなくその図が目に浮かんで、クスクス笑った。
「なあ、エヴァンに会いたかったか?」
そっとルシアンが窺うようにローゼルの顔を覗き込む。
ローゼルは一瞬酔いが醒める。
どうして、そんなこと、言うのかなぁ。
せっかくいい雰囲気だったのに、そこにエヴァンの名前が出ると気分が下がる。
ローゼルの表情が曇ったことに気付いたルシアンが、複雑そうに顔をしかめた。
「ほら、エヴァンが君の新たな婚約者になれば、もっと早くすんなり婚約破棄できたかもしれないのに、君は頑なに婚約を破棄しなかった。
君のことだから、ひょっとしてアイツを巻き込むのを避け、ああやって断り続けたのかなと」
「それは違います。
私、本当に、本当~に、ゴルマン卿に気がなかったからです」
即答した。
「え? そうなのか?」
ルシアンは目を瞬いた。
「はい。あの方は悪い人じゃないです。
むしろ、いい人ですよ。
さすがクレインバール卿の弟子って感じで。
笑顔は素敵だし、あの無邪気さが誰にでも好かれる理由なんでしょうし」
「ああ、間違いなく、あれは善人だ」
「ですよね。
そりゃあ、最初こそ、気持ちのいい人だなと好感を持ちました。
でも、あれだけ真正面から毎日みんなの前で、しかも大声で好意を示されると……」
うんざりしていた。
官僚たちはクスクスと笑ってからかってくるし、エヴァンもそれを自分への応援や称賛だと勘違いしてますます声が大きくなる始末。
「もちろん、嬉しさはありましたよ。
嫌われるより全然いい。
ですけど、その……だんだん好意の示し方が熱烈かつ暑苦しいというか……」
つい本音がぽろりと出かかって、ローゼルは手を振って言い直す。
「いえ、元気印を判で押したような勢いでびっくりしたんです」
「ふっ、なるほど」
ルシアンは吹き出す。
「アイツは猪突猛進だからな。
十代の時からそうだ。
夢中になると会話が一方的になり過ぎて、話のゴールが見えなくなる。
しまいには、あちこち脱線して収拾がつかなくなるからなぁ」
「そう、そうなんです。
私が慣れなくて息苦しくなっちゃったというのか……」
ローゼルは視線を泳がせ、やがて床に目線を伏せた。
婚約破棄もしていない段階から、熱く二人の将来のことを語られ、子どもは何人欲しいだとか、新居はここがいいとか。
全然建設的じゃない。
こんなに疲れる人と一生添い遂げる。
余計、彼との将来の姿が想像できなかった。
そう考えると、まだレオーネとの将来は想像ができた。
彼と結婚すれば、継母から暴力から逃れられる。家の役にも立つ。
(ある意味、義母様から離れるという点においてレオーネとの結婚はやぶさかではなかったのよね)
あの時点ではまさに一石二鳥。そう思っていた。
「ふうん」
ルシアンは顎に手を当てた。
「ストーカーだな」
「いえ、そんなストーカーだなんて」
ローゼルは言葉を切った。
さすがに師匠のルシアンの前で言えるわけがない。
「いいよ、気にしないでくれ。
正直に言っていいよ」
「正直に?」
「そう。俺がアイツの師匠だからって気を遣う必要はない。
好きな相手ならまだしも、そうじゃなきゃ、アイツの行動はげんなりするはずだ」
ルシアンは肩をすくめて、わざと大げさに笑った。
「俺ならそんなことされたら、国境まで逃げ出すね」
今度はローゼルが吹き出した。
「ふふっ……本当そうですよね。
私もそこまで逃げ出したかったです」
笑いながら言葉を返すと、二人の間に柔らかな空気が広がって、不思議と胸の重苦しさが少し軽くなった。
「さっ、前菜です」
亭主が料理を運んできた。
木製の浅いプレートに並べられた色とりどりの前菜。
隣に添えられた繊細なガラスのグラスに入ったミルク酒の白さが涼しげに際立つ。
「うわぁ、美味しそう」
タイミングよくローゼルのお腹もぐぅっと鳴って、一斉にその場のみんなで笑った。
やがて食事は進み、二杯目のワインを頼む頃には、すっかり寛いだ雰囲気になっていた。
けれど、ルシアンはローゼルが料理を口に運ぶのを不安そうに見ている。
「どう? 肉に抵抗ない?」
「はい。全然。
これって魔物肉なんですよね?」
「そう。魔素を抜いた魔熊のひれ肉。嫌がる人は嫌がるんだ。
けど、ここのはハーブがふんだんに使って調理されているから食べやすいとは思うんだが」
「はい。うん、全然問題ないです。
美味しい、好きかも」
ローゼルが喜んで頬ばるのをルシアンは嬉しそうに眺める。
「いっぱい食べて早く元気になれよ」
「クレインバール卿もいっぱい食べてくださいね。
最近事件が立て続けで大変と伺いましたよ」
ルシアンは虚を突かれたような顔をした。
「どうかなさいました?」
「え、っと。うん。
実は昼間、すごく体力を削られる事が勃発してね」
たちまちルシアンの顔が曇る。
ローゼルはふと思い当たった。
(ひょっとして、ナディア・グロウディーナ嬢かなぁ)
「正直頭痛もひどくて、マルスクに何度も治癒魔法をかけてもらったんだよ」
「え、大丈夫ですか?」
ローゼルはぎょっとして身を乗り出した。
「うん、もうすっかり。
イースティリア女官の顔を見たら、一気に吹き飛んだ」
「え、そんなぁ、ご冗談を。お上手ですね」
ローゼルは照れを誤魔化すようにワインを飲んだ。
「冗談じゃないよ。
まあ、でも、こういう時だからこそ息抜きは大事なのかなと思ってね。
根詰めちゃうと見えるモノも見えなくなるっていうか……。
ああ、そうそう。
イースティリア女官。その呼び名も堅苦しいから、ローゼルと呼んでもいいかな?」
「へ?」
ルシアンから屈託のない笑顔を向けられたローゼルは、動きが止る。顔がカッと熱くなった。
「駄目かな?
エヴァンの奴が『ちゃん付け』なのに、俺が堅苦しく女官呼びするのはどうも納得いかなくてね」
「あれはゴルマン卿が勝手にそう呼んでいただけです。許可した覚えはありません」
「じゃあ、『ローゼル』と呼ぶ許可を俺にくれないか?」
どきんとした。
ルシアンからの妖艶な流し目に、ローゼルは心臓を鷲掴みにされたような心地になった。
身体が一気に火照る。
「は、はい。
もちろんです」
思わず承諾の返事をする。
そんな硬直して顔を赤らめるローゼルに、ルシアンは楽しそうに声を上げて笑った。
「あはは!
ありがとう」
ローゼルはその笑い声に、胸の奥が甘く震えた。
もう。この人の笑顔、本当にズルいよ。
さっきから顔が熱い――。
***
王城の地下牢がある一角の古びた石レンガ作りの取調室は、太陽の光が一切差し込まない。
明かりは蝋燭一本のみ。
もはや今が昼なのか夜なのか、その感覚すら麻痺する。
湿った匂い。苔の生えた壁、ネズミの糞尿が混じった鼻を突く異臭。
異様な圧迫感。
呼吸すら憚られる雰囲気がある。
「俺は何もやっていません」
若い男は、ガタガタ震えながら呟くように言った。
必死に机の対面に座る騎士に必死に涙目で訴え続ける。
「お願いです。もう一度調べ直してください。
断じて俺じゃないって分かるんで」
「……そうか、やってないか」
猫のような柔らかい緑色の髪の騎士は悠然と微笑み、頬杖をつく。
「先日のデブラント男爵令嬢の暴行事件の時とまったく同じリアクション、同じ言い分だね。
この前は、あちらから訴えが取り下げられたから渋々釈放したけど、今回はそうもいかないよ。
なにせ、今回は殺人事件だ」
「大袈裟です! 殺人じゃないです。自殺です。それに死んだのは平民です。貴族の俺が裁かれるのはおかしいです」
「そうだね、確かに相手は平民の女性だ。けどお腹にもう一人いたんだよ」
騎士は男の前に血統鑑定書を差し出す。
男は目にするとびくっとして押し黙った。
「わかったかい?
つまり、君は人を二人も殺害したんだよ。
これって、二重殺人というんだよ。
平民相手でもさすがに見過ごせない案件だ」
「そ、そんな……!」
「あと、これ」
騎士は机の上に一枚の金貨を置いた。
「君の所持品に含まれていた」
「はあ……」
男は生返事をする。話の内容が見えていないようだ。
だが、その瞳の奥が、一瞬だけ不安そうに揺れたのをアランは気づく。
「これ、偽造金貨だよ」
「えっ、まさか!?」
「まさか、じゃないよ。ねえ、これ、どこで手に入れのかな?」
「そ、それは……」
男は目を泳がせた。
「夜は長い。今度はちゃんときっちりかっちり、向き合って話を聞かせてもらうからね」
第2騎士団長アラン・リックランスはにっこり微笑んだ。
男、レオーネ・ウルームはその笑顔にますます震え上がって萎縮した。
――夜風に揺れる王城は、星あかりの下、不穏な影を長く伸ばしていた。




