第41話 策士な軍師閣下と、裏軍師の既婚者騎士
アラン・リックランスは廊下を覗き込むように見た。
慌てて走り去る子リスの尻尾のような髪を揺らす女官の後ろ姿に、くすっと小さく笑う。
「ひょっとしてお邪魔でしたか?」
アランは人懐こい笑顔を鬼軍師ルシアン・クレインバールに向けた。
「ああ、邪魔だったね」
不貞腐れるようにルシアンは椅子にどかっと座り直してふんぞり返った。
「今の、ローゼル・イースティリア女官ですね。
相変わらず可愛らしい女官だ」
アランは扉を閉めた。
「ふん」
ルシアンは鼻を鳴らした。
「惚れるなよ」
ルシアンがぎろりとアランを睨みつけた。
鬼軍師の威圧感に、アランは肩をすくめて笑い飛ばす。
「あはは、独身だったら危うかったかもしれませんね。
でも、俺は独身軍師と違ってちゃんと可愛い妻子のいる身なので大丈夫ですよ」
「ああそう、なら良かった」
ルシアンはむすっとした。
アランはすっかりへそを曲げたルシアンを見てクスクス笑った。
「すっかり子リス女官に夢中ですね」
「うるさい」
「すみませんね、お二人のご歓談の邪魔をして」
「まったくだ」
ルシアンは鼻を鳴らした。
そんな苛立ちを隠さないルシアンの対面の寝椅子にアランは座った。
「さて、例の件、正式に事情聴取しようと思いますので」
「……ああ、そうだったな。頼む」
ルシアンの顔つきが変わる。
年相応の青年から、総騎士団長の凛然とした面差しになった。
「で、それとは別件の魔法騎士団納品物の不良品の剣について。
あれはどうなった?」
「はい。先日イースティリア子爵の証言を元に、納品された剣を分別いたしました。
ちょうどそのご報告に参った所存です」
「ほう。それで?」
ルシアンは身を乗り出した。
「ウルーム伯爵は、相変わらず我々騎士の捜査には非協力的。
ですが、子爵は好意的にご協力承り、円滑に分析と分別でき、大変助かりました」
「そうか」
「結論から言えば、イースティリア子爵は完全に“シロ”です。
不良品の剣の納入は、ウルーム伯爵か、もしくは運搬を任されているエルミナ商会の仕業でしょう。
ついでにあそこの領地の財政記録と人の流れを調べ終えました」
アランは手に持っていた資料をテーブルの上に広げた。ルシアンはそれを手に取ってさっと目を通す。
「ほう。国に提出した収支報告と全然違うな」
「ええ、そうなんです。
まだまだあそこの領地には調べるべきことがたくさんありそうです。
特に奥地。結界の張られた禁足地が怪しいです。
結局のところ、未だ我々は中に入ることができず仕舞いです」
アランは肩をすくめた。
「そのようだな。
魔法省の調べによると、あそこは古代文献からナバロー王国の第二の都市だったらしいし」
「おっしゃるとおり。
なかなかの大きな都市だったようですね。
当時から温泉街としても発達していたとか」
「ああ。今もあそこは観光名所とかになっているよな。
あの領地の税収の大半は観光だ。
あとはウルーム伯爵の錬金術で作った発明品か……」
ルシアンは手元の書類に目を通しながら呟いた。
「はい」
「まあ、ここまで掴めただけでも大したもんだよ」
「そうですよ、調べるの、本当苦労したんですよ。
なので、俺にもご褒美ください」
アランは残っていたチョコレートを一粒頬ばる。
「あー!
それ、イースティリア女官用だぞ」
チョコレート一粒にルシアンが凄む。
「いいじゃないですか。
これ一粒以上の価値があるものを掘り出してきたと思いますけど」
にんまりとアランは細く微笑む。
「ったく」
ルシアンはカリカリと後頭部を掻く。
「まあ、これは大きく一歩前進したことには間違いないな。
よくやった」
「ふふ、もっと褒めてください。
レイノルドにも随分と頑張ってもらいました」
「そうか……。
ご褒美に奴の片想いの相手、ヴァービナス女官とデートできるよう画策しておくか」
レイノルドが同期のエレナ・ヴァービナス女官に片想いしているのは、軍部上層部なら誰しも知るところだった。
「よしてください。
そんなことしたら、兄弟子の王宮魔術師のクロフォード・ノーエランドから攻撃を受けます。
それと彼女の婚約者ランス・マクィーン外交官からも。
あっちから正式な抗議を受けることになるとさらに厄介ですから」
「あはは、冗談だ」
ルシアンは誤魔化すように笑った。
「とにかく、ルシアン様はまず子リス女官との仲を正式なものにするべきです。
びっくりしましたよ。
昼休みの公開求婚」
アランは悠然と足を組んだ。
「え、もうお前の耳に入ったのか?」
「そりゃあ、そうでしょ」
「さすが、耳が早いな」
「そういう問題じゃないでしょ。
ルシアン様は目立つんです。
いい加減、その辺自覚してください」
「自覚って……」
ルシアンはムッとした。
「でも、まさか師弟で公開求婚するとはね」
アランが椅子の背もたれにもたれた。
「師弟揃って、芸がない。
そう言いたいのか?」
「いいえ。弟子のエヴァンの求婚とは雲泥の差だなぁ、と思い知らされましたよ。
重みが違うというか。それで、お返事は?」
「お返事って……。
お前がいいところで邪魔したんだろうが」
恨めしそうにルシアンがぎろっと睨みつけるが、アランはどこ吹く風。
ケロッとして、むしろ朗らかに声を上げて笑う。
「あはは。これは失礼。
でも、あの様子だと、彼女、まだ状況を飲み込めない感じじゃないんですか?」
「そうなんだよ。
なかなか素直に頷いてくれなくてな」
ルシアンは項垂れるように座り込む。
「一応さ、外堀からじっくり埋めて話したんだけどなぁ。
それなのに『私と結婚してもクレインバール卿にメリットが無さすぎる』みたいな。
逆に怪しまれたよ」
苦笑しながらルシアンは天井を仰ぎ見た。
「あはは、現実的なご令嬢だ。
聡明だからこそ、ですね」
「ああ。いっそのこと、彼女の親友ヴァービナス女官も巻き込んで説得させるか……」
「いえ、それは止めておきましょう。
女の堅い友情に男は踏み入ってはいけません」
真剣な表情でアランに止められ、ルシアンは渋い顔をする。
「あと一歩なんだよ。
けど、あの生真面目さが良いんだけど、今はそれが邪魔をしている感じだ」
「この際もう全部ぶっちゃけちゃえばいいじゃないですか。
『この前の爆発未遂事件の発見者だったとき以来からずっと好きでした、一目惚れです』って。
それはもうロマンチックに夜景がキレイなレストランとか予約して、熱烈に……」
「はあ? んなこと、恥ずかしくて言えるわけねぇだろ」
「はっ、よく言いますよ。
ここまで来たら関係ないでしょ」
アランは鼻で笑い、さらにチョコレートを頬ばった。
「あっ、テメーまた!」
ルシアンの叱責の声なんて気にせず、アランは立ち上がった。
「とりあえずご報告しましたからね。
いい加減、その恋愛音痴ぶり、なんとかしてくださいよ」
「はあ? 誰が恋愛音痴だ」
「じゃあ、恋愛童貞」
「は⁉」
ルシアンから素っ頓狂な声が出た。
「だってそうでしょ?
娼婦とはやることちゃんとやれるのに、本命には、そのでかい図体に似合わず、なかなか声をかけられない。
遠くからしか見守れない。
ましてや、第4騎士団長ノーラン・ターラントがあの子にお菓子をあげたのを恨めしそうにして」
アランからの非難めいた視線に、ルシアンは内心ぎくりとした。
アランは臆面もなく続ける。
「騎士団の連中が、彼女を“ちゃん”付けしていたのも不快そうだったのに、蹴散らすどころか何もできず見守るだけ。
戦場では鬼神の如く戦い勝利を収めた鬼軍師なのに、本命女性に対してこんなに初心だったなんてねえ、驚きです」
「うるさいなぁ。
仕方ないだろ、あっちには一応婚約者がいるんだ。
辺境伯次期嫡男で、軍師かつ総騎士団長が容易く声をかけるわけにはいかない。
お互い立場ってもんもあるし……」
ルシアンの語尾が徐々に弱くなった。
「まあ、今までは百歩譲ってそうだったとしましょう」
アランは大袈裟に肩をすくめる。
「いいですか。
女性というのは『いつも君のことを想っているよ』とか『大好きだよ』と『愛してる』と気持ちを口にしないと、不安になって、なかなか心を開いてくれないものなんですよ。
ルシアン様に果敢に交際を申し込んでくるような肉食女子ならぬ肉食令嬢とは違うんですから、伝えるべきことは伝えないと」
「それぐらいわかってる」
「いいえ、分かっていません」
アランはきっぱりと断言した。
恋愛については、年下でも妻子持ちのアランの方が一枚上手だ。
さすがに天下の軍師でも、細やかな男女の機微について語られると、ルシアンはぐうの音もでない。
「ローゼル・イースティリア嬢は、浮気者の婚約者にさえ操を立てるほど身持ちが固い。
お気づきでしょうが、恋愛に関しても疎いご令嬢。
本来なら、婚約破棄は醜聞となり次の縁談は難しい。
けど、彼女の場合、女官の高給や皇族会議などの功績を狙って、婚約破棄後レオーネ・ウルームの後釜を狙っている貴族は大勢います」
「ああ。知っているよ」
ルシアンは不貞腐れたように呟いた。
ローゼルは滅多に夜会やサロンに顔を出さない一匹狼令嬢だ。
だが、近頃は功績や同期の評価も相まって「才女で可愛い」と評判になり、中堅貴族たちが彼女を結婚相手として値踏みし始めている。
その視線が気に障ったし、とてつもなく腹立たしくて、あんなふうに目立つ求婚をした。
ローゼルがやけにルシアンの立場を心配していたが、もちろんルシアン自身も自分の地位と出自、この貴族社会で影響力がどう出るのか、ちゃんと心得ている。
「なので、ちゃんと鈍感恋愛童貞、卒業してくださいよ」
「ほっておけ」
アランの憎まれ口にルシアンが睨んだが、アランは慣れっこで笑顔すらうっすら浮かべている。
だが、すぐに真顔になった。
「それと彼女の父親イースティリア子爵からの伝言です」
ルシアンの表情がすっと消えて、眼光が鋭くなった。
「明日の晩にウルーム伯爵邸にお邪魔する予定です。
とのことです」
端的にアランは言った。
「ああ、分かった。
で、肝心のレオーネ・ウルームは?」
「王城の事情聴取用の地下牢にいます」
「そうか」
「では、捜査に戻りますね。
第2騎士団を主体に取り調べを始めます」
アランは冷ややかな笑みを浮かべ、ルシアンは鷹揚に頷いた。




