第35話 麗しき騎士からのお誘いと、引き際
「お嬢様は、かの有名な美騎士のクレインバール卿にそれはもう大事に抱えられ、お部屋まで運ばれたんですよ!」
それは目覚めた翌日、昼食のデザートを食べた後だった。パトリシアが興奮気味に話す。
「クレインバール卿が?」
ローゼルは胸がどきんと跳ねて、危うく持っていたフォークを落としそうになった。
(うそ、あんなに麗しい騎士がわたしをお姫様抱っこ?)
「それはもう物語の挿絵のようにお似合いでしたわ」
パトリシアは、夢見る少女のように頬を赤らめてうっとり呟いた。
「あはは、大袈裟だよ」
ローゼルは面映ゆい気持ちになりながら、手を振って否定した。
「いえいえ、そんなことございませんよ。
見目麗しきお二人でしたよ」
「そんなことないって」
ローゼルはますます苦笑した。
あんな美しい人に抱きかかえられたら、美醜問わず誰でも恋物語の扉絵になるに決まっている。
ふとそこでローゼルは思い当たる。
「……え、ちょっと待って。
お部屋って――ひょっとしてあの私の部屋をご覧になったの⁉」
思わず大きな声が出た。
「ええ。そうです。
廊下には豪華な調度品が置いてあるのに、ご令嬢なのに質素なお部屋の家財にお怒りでしたよ。
それをまたシャルル様に強く問われたそうですよ。
女官をやっているお嬢様がなぜ栄養失調にならなくてはいけないのかって。
あのときのシャルル様はもう顔が真っ青だったとかで……」
パトリシアの口元がむずむずと緩む。笑いを押し殺しているのだろう。
普段から継母シャルルの態度に腸を煮え繰り返していたパトリシアには、痛快な出来事だったようだ。
ふだんのローゼルだったらきっとスカッとしただろう。
けど、もはやそれどころじゃない。
穴があれば入りたいほど恥ずかしい。
(だって、あんな部屋を見られたんだよ。
これは黒歴史を通り越して暗黒歴史!)
ルシアンのような麗人にあの部屋を見られたことは、ショック以外何者でもない。
頬が熱くなり、羞恥心が一気に押し寄せる。
さぞかし、令嬢とは思えないほど寂れた部屋で驚いただろう。
全然可愛げのない古ぼけた質素な調度品しかない、女性らしいものは母の形見のドレッサーのみ。
シャルルは、ローゼルがいない間に部屋を物色して、しまいには気に入った物を勝手に持って行ってしまう。
だから、あえて置かずにいたのになぁ。
まさかそれが仇になるとは思ってもみなかった。
情けなさと惨めさが胸を締め付ける。
結局、ローゼルはずっと極度の魔力欠乏症のせいで寝込んでいた。
魔力欠乏症は日頃ちゃんとした栄養を摂って、ゆっくり体を休めればたいていは三日で回復できる病だ。
けど、日々の不摂生のせいで栄養不足と診断され、全体的に回復が遅くなっている。
仕事を二週間まるまる休む羽目となり、いまだベッド生活だ。
「本日のお昼もしっかりお召し上がりになりましたね」
パトリシアはローゼルの手元のお皿が空になったの見て、皿を下げた。
「うん。美味しかったよ」
その時、廊下の外が急に騒がしくなった。
ざわめきが波のように押し寄せ、人の声が交錯する。
女性の甲高い金切り声だ。
何か錯乱したように喚き叫び、泣きじゃくる。
継母シャルルだ。
それに被せるように野太い男の声が重なる。
この声は、領地で護衛を専門にしているエルドだ。
「本日でしたね。
奥様の侍女たちを全員解雇するのは」
パトリシアが冷ややかに呟いた。
「うん、そうだったね。
仕方ないよ、あの温厚なお父様を怒らせたんでしょ?」
ローゼルは肩をすくめた。
「ええ、それはもうすごい剣幕で。
長年勤めさせていただいているあたしたちも初めてでしたね」
パトリシアは神妙に頷いた。
「それだけひどいことばかりしてたんだもん。
それでも一応、解雇する侍女たちに慈悲的処置で新しい職場への推薦状だけは書いてあげたんでしょ?」
「はい、そうです。
あんなに仕事をしない子たちには不要だとわたしは思いましたけどね」
パトリシアは、鼻を鳴らした。
「そこは私も同感」
ローゼルはため息をついた。
あの侍女たちの態度は酷いものだった。
聞けばルシアンのような格上の貴族が屋敷を訪れたにも関わらず、しっかりとしたおもてなしをしないばかりか、職務怠慢、お喋りに興じていたとか。
無礼にも程がある。
「でも、推薦状も書いてくれない冷たい子爵家と、先方から心証悪く思われるよりは、定型文のものでもあった方がないよりはマシよ。
これも我がイースティリア家の名誉のため」
「さすがお嬢様。
割り切ってますね」
パトリシアがローゼルを持ち上げるように感極まった声を上げた。
「ふふん、まあね」
ローゼルは調子に乗って、得意気に笑ってみせる。
廊下ではいまだにシャルルのヒステリックな叫び声が響いている。
「従者のくせに生意気な!
わたくしはここの奥方よ!!」
その声が徐々に小さくなっていく。
きっと暴れ回る彼女をエルドや庭師、料理長あたりの男性陣が抑え、彼女の自室に押し込んだのだろう。
(仕方ないよ。
もうお義母様は、ここの奥方だけど、女主人じゃないもの)
ローゼルは冷ややかに肩をすくめた。
もともと父は物静かで、怒ることは滅多にない。
怒ると言っても、貴族として不適切な振舞いや品格に欠けた行動をしたり、危険な目に遭ったりして、こちらに非があるときだけ。
そんな父がさすがに殺風景なローゼルの部屋を見て、激昂したという。
けれど、怒られたはずの継母は反省する素振りは見せず、悪びれる様子もない。
――あの子はもうすぐウルーム伯爵子息の元に嫁ぐんでしょ?
先行して調度品を売っただけですよ。
わざわざ手配してあげたんですから感謝すべきことであり、叱責される筋合いはございません。
――食事?
ああ、それは太り過ぎの令嬢は殿方から嫌われてしまうでしょ?
それを未然に防いだだけ。
すべて我が家にとって大事な躾の一環ですよ。
それがなにか?
シャルルは薄笑いを浮かべ、呆れる言い分を繰り広げた。
ついに父は怒りを通り越して呆れ果て、継母の女主人としての権限をすべて剥奪した。
代わりにローゼルとその補佐をバルセシャンがすることになった。
そして、継母が雇った侍女は、本日をもって全員解雇された。
そういうことも相まって、ローゼルの生活水準はめちゃくちゃ上がった。
まず食事がふつうに提供されるようになったことだ。
水で薄められてゴミが浮いた冷めたスープはもう出て来ない。
パンだってカチカチの硬いカビパンじゃない、焼き立てのふわふわだ。
お肉も歯で噛み切れない筋の部位じゃなくて、柔らかくて旨味が口の中に広がる。
サラダも虫が入っていないパリパリの野菜で新鮮だ。
ひょっとしたら、このままいけば倒れる前より体調が良くなるかもしれない。
「それにしてもお嬢様のお見舞いの品はすごいですわね」
パトリシアが温かいハーブティーを用意する。
「うん、ありがたいことにね」
部屋の片隅にある贈り物にローゼルは視線を投げた。
同期や同僚、知人から贈られたお見舞いの品々もローゼルの体調を気遣うものばかり。
意外だったのは、エヴァン・ゴルマン伯爵から送ってもらった見舞いの品だ。
ユーモネア領地産のハーブティーと、特製ポーション。
あれは王都一位二位を争うほどの高品質で高級品。
惜しげもなく毎日のように届けてくれる。
ポーション効果は大きく、以前継母から受けた暴行の痕もすっかり消え、長年悩まされていた肩こりや頭痛までもすうっと消えていった。
ローゼルは鏡に映る自分を見て、ようやく人並みに戻れた気がした。
(今までもらった贈り物の中で、一番嬉しかったなぁ)
エヴァンには、ちゃんと社交辞令的な定型文のお礼の手紙を送った。
けれど、驚くほど分厚い返信が来たときはさすがに笑ってしまった。
きっとこれが返事を書いたら、無制限に返信やそれこそローゼルの望まない贈り物ばかり送ってきそうだから、あえてその返事はしていない。
「パトリシア、あの、男性用の上着。
洗濯屋さんに出してくれた?」
「ええ。もちろん。
今頃お嬢様のお手紙と共にクレインバール卿のお屋敷に届いているはずです」
ローゼルから恥じらいの笑みが漏れた。
受け取った時、彼がどんな顔をするのか想像する。
柔らかな笑顔を浮かべてくれるだろうか。
玲瓏な容貌に、耳の奥にしっかり刻み込まれた麗しい声。
顔がじんわり熱を帯びる。
その時、元気いい声とともに、ローゼルの部屋の扉が開いた。
「ローゼ!
聞いて聞いて!」
デジールだ。
勢いよくローゼルの元に駆け寄る。
「あのね、あのね」
「駄目ですよ、デジール様」
女家庭教師メリーが、それを止める。
彼女は父が新たに雇ったデジールの教育係だ。
「申し訳ありません、お嬢様」
メリーが申し訳なさそうな顔をした。
ローゼルは首を振った。
「ううん、大丈夫だよ。
ごきげんよう、デジール、メリー」
「はい。ごきげんようです!」
無邪気にデジールが元気に答えた。
「そういう場合は、『ごきげんよう、姉上』ですよ」
メリーは少しだけ怒り口調でデジールを諌める。
「いいですか、デジール様。
お部屋に入るときは、まずノックが必要です。
特にローゼル様はご姉弟とはいえ、れっきとしたレディです。
紳士たる者、令嬢を丁重に対応しなくてはなりません」
「はーい」
デジールは素直に返事をする。
けれど、どこ吹く風、すぐさまローゼルの元に走り寄る。
「あのね、ローゼ。
今日は、子猫と仲良くなったんだよ。
お庭にいてね、僕が話しかけたら可愛く『ニャーオ』って鳴くんだよ」
「へえ、どんな子猫だったの?」
「えーっとね、茶色で小さくて、尻尾がブルンブルン揺れるんだよ。
足だけ白くてね」
ローゼルはうんうん、と頷いてデジールの話を聞く。
きらきらと輝く目、上気する頬。デジールは楽しそうに話す。
以前は シャルルやその侍女たちの目があって、最低限しか触れ合うことはできなかった。
デジールもどこか窮屈そうにしていた。
けれど、今は顔つきが生き生きとして、毎日が楽しそうだ。
きっと毎日、充実しているんだろう。
これもデジールが父の命でシャルルとは別室で生活するようになったからだ。
ようやく本来の男の子らしい活発さが目立つようになっていた。
ずっと禁止されていた剣術の練習も行うようになって、これからどんどん男性らしくなっていくはずだ。
穏やかな時間。
ほんの少し前まで、この屋敷はローゼルにとって拷問屋敷だった。
だからこそ、こんなふうに過ごせるのはなんだか不思議で、心がほんわかしてくる。
「それでね、ローゼ。
そのあとにね……」
デジールは、ローゼルから離れない。
弟といっても異母姉弟。
今はタカが外れたように、たくさんおしゃべりをするようになった。
パトリシアがメリーに目配せをした。
ローゼルは病み上がりだと暗に言っていたのだろう。
「デジール様。そろそろ剣術の時間です。
先生もお見えになりますから下の階へ行きましょう」
一向にローゼルから離れないデジールに、メリーが部屋を出るように促す。
「そっか、もうそんな時間なんだね。
じゃあね、ローゼ」
デジールは少し名残惜しそうにしながらも、元気よく手を振って部屋を出た。
「あらま。
今から剣術の練習ですか?」
デジールとすれ違いざまに部屋に入って来たのは、侍女のマーサだ。
「うん。そうだよ」
「お怪我がないように励んでくださいね」
「はーい!」
デジールの大きな声と、「デジール様、廊下は走ってはいけません」と咎めるメリーの声が響いた。
さっきのシャルルのヒステリーな声と全然違う。
「さてさて、お嬢様」
ハーブティーを飲むローゼルに、マーサがご機嫌に声を掛ける。
「クレインバール卿から本日もお手紙が届いていますよ」
「え、今日も⁉」
ローゼルの顔がぱっと華やいだ。
それを見たパトリシアとマーサが顔を見合わせて、さらにニコニコ微笑む。
その眼差しが妙に気恥ずかしくて、たちまちローゼルの全身はカッと熱くなった。
「ささ、どうぞ」
マーサはローゼルに手紙を渡した。
「ありがとう……」
今日もお手紙をくれた。
ローゼルは手元にあるルシアンからの手紙をじっと熱心に見つめた。
嬉しい。
どきんどきんしながら、封を開けた。
途端に、爽やかな柑橘系ミントのような香りが漂う。
ローゼルはその香りを思いっきり胸いっぱいに吸い込む。
(クレインバール卿の匂いだ……)
筆不精で有名な彼なのに、すっかりローゼルの文通相手だ。
「今日もクレインバール卿はお嬢様の好きな蜂蜜ケーキとバラの花束を贈ってくださいましたよ。
花束はさっそく活けておきますね」
「うんうん。お願い」
ローゼルの声は上擦る。
彼らしい筆圧の強い字。癖があるのに、ちゃんと読みやすい字だ。
頬を熱っぽい漣が滑っていく感覚が身体を駆け巡る。
甘く高鳴る喜悦と興奮。
そして、次によぎったのは躊躇いと遠慮。
ローゼルの顔は徐々に強張っていく。
「これ、まずいよ……」
ローゼルは一瞬、頭が真っ白になった。
全身から血が引いていく。
「どうなさいました? お嬢様」
パトリシアが異変を感じて、すぐさま近寄る。
マーサも何事かを眉をひそめた。
ローゼルは恐る恐る手紙から目を離して、二人の侍女を見た。
二人が固唾を飲んでローゼルの次の台詞を待つ。
ローゼルは掠れた声で言う。
「デ、デートに誘われちゃった……」
――快気祝いで、今度二人きりのお茶会やディナーはどうだろうか?
*
その日の夕食は随分と荒れた。
久しぶりに家族が全員食堂に揃ったのだが、緊張感が漲るとても落ち着かない食事だった。
ローゼルがルシアンからもらった一通のお手紙の内容。
両親たちの方が恐れ、困惑し、警戒していた。
なにせ、相手は今までまったくご縁の無かった辺境伯子息かつ軍部の重鎮の一人。
偶然今回ローゼルの命を救ってもらったとはいえ、一応ローゼルの婚約者がいる身。
かといって、決して蔑ろにしてもいけない。
ローゼルは内心とても複雑だった。
手紙を貰った瞬間は有頂天だったけれど、今は子どものように怯えている。
「こんなこと断じて許されないわ。
早くウルーム家と結婚させるべきです」
シャルルは父にそう強く訴え出た。
彼女にとって、婚約中の令嬢が他の殿方から求婚されるなんて言語道断だからだ。
「だいたい殿方と肩を並べて女官の仕事なんてしているから、こんなことになるんです。
はしたない。
みっともないと思わないのかしら」
キッとシャルルがローゼルを睨みつけた。
(そうですよね。
そういう展開になりますよね……)
ローゼルは黙り込み、白身魚のムニエルを静かに口に運ぶ。
悔しいけど、彼女の言うとおりだ。
レオーネから謝罪の手紙以降何も音沙汰はないけど、一応婚約は続行している。
それなのに、婚約者よりも格上貴族からデートを申し込まれるなんて、あってはならないことだ。
これではデートを誘ったルシアンの方が非礼を働いた貴族になってしまう。
「クレインバール卿とは私が一度話をしてくる」
父は口元をナプキンで拭いた。
「何をお話するんですか?
どうせ丸め込まれるに決まってます」
シャルルは皮肉めいて冷笑を浮かべた。
「まず、先方がどういう了見で送ってきたのか確認をしておきたい。
クレインバール卿はローゼルの命の恩人、無下にはできまいよ」
「ですが……!」
怒りと苛立ちに満ちたシャルルは、勢いよく席を立ち上がる。
「食事中だ。
静かにしなさい」
父がピシャリと言った。
一瞬、食堂がしんと静まり返った。
何かを言おうとしていたシャルルは、ぐっと言葉を呑み込んだ。
「とりあえず、ローゼルはクレインバール卿へ品々の贈り物のお礼と『婚約者がいるので』とお誘いは辞退する旨の返事を書いておきなさい」
父はナプキンで口元を押さえながら、ローゼルに端的に言った。
「はい」
ローゼルは静かに頷いた。
いつもの無機質な喋り方。
この前目覚めた時の優しい父が嘘のようだ。
ローゼルは少し寂しさを覚えた。
その時、じろりとシャルルがローゼルを睨みつけた。
決して目があったわけじゃないのに、ローゼルは震え上がって、視線を落とした。
指先が震える中、ローゼルは彼女からの責めるような視線に耐えられなくて、そのまま顔を伏せて食事を口に運ぶ。
「本当に困ったものだわ。
だいたい婚約者以外の殿方に心惹かれるのは、邪道でみっともないこと。
未婚の令嬢は厳格に殿方と距離を置き、貞淑でいなければならないのよ。
本当、恥ずかしい子だこと」
冷たい刃のようなシャルルの台詞が、ローゼルの胸に突き刺さる。
なんだか急に料理の味がしなくなった気がした。
「クレインバール卿って、ローゼを運んできたオジサンだよね?」
食堂内の緊張した空気を一切読んでないデジールが、あっけらかんとした声を出した。
シャルルの顔が凍りつき、ローゼルも硬直する。
「デジール。
クレインバール卿はオジサンじゃないよ」
意外なことに父は、くすっと笑って優しく宥めた。
「あの御仁は国を守る立派な騎士様だよ。
七年前の敵国との戦争でも先陣を切って兵を鼓舞し、勝利を収めたんだ」
「ふうん。そうなんだ。
すごい人なんだね」
デジールは素直に感嘆した。
「何がすごいもんですか。
国を危険に導く悪魔ですよ、あんなの」
低い声で呻くようにシャルルが吐き捨てた。
その場にいた者全員が訝しげに彼女を見る。
ローゼルはゾッとした。
その横顔は陰鬱な狂気じみたものが漂い、うっすら恐怖が込み上げてくる。
ローゼルを襲ってきた魔物と一瞬だけ同一の気配を感じた。
「そういうことを言うものではない。
彼がいたから、こうやってローゼルが一緒に食事できるんだ」
父は氷のような声で言い放つ。
有無を言わせぬ迫力に、シャルルは全身をビクリとさせた。
「気分が悪いわ。失礼」
シャルルは不機嫌そうに食堂を出た。
父はさっとマーサに目配せした。
マーサは頷いて、彼女の後を追う。
「なんでママ……お母様は怒っちゃったの?」
デジールの呑気な声が食堂に響き、空気がふと和んだ。
「さぁ、なんでだろうね」
父は悠然とワイングラスに手を伸ばした。
デジールは少し黙ってから、思い切ったように声を上げた。
「お父様、あのね、僕、思ったんだけどね」
「ん?」
「クレインバールきょう、あの人とローゼ、すごくお似合いだったんだよ」
「え?」
ローゼルは突拍子のない弟の発言に驚いた。
父は目を何度も瞬いた。
「だってね、すごくローゼを大事そうにしてたんだよ。
なんかね、物語の騎士とお姫様みたいで、キレイだなと思ったんだ」
一瞬、父が哀しそうな目をした。けれど、優しく微笑んだ。
「そうか。
……デジールにはそう見えたんだね」
「うん!」
無邪気に頷くデジールを尻目に、父がローゼルをちらっと見た。
その視線にはかすかな苦しそうなものを感じ、ローゼルはなぜか物凄く居心地が悪くなった。
窓の外の木々がうねり、強い風が吹いた。




