第31話 百の遺体と、刻まれた禁術
エヴァンの執務部屋に移り、ルシアンは改めて今回遭遇した魔物の情報を話した。
腐乱臭漂う継ぎ接ぎ人形のようなおぞましい生き物。
グールもどきの屍の魔物――。
「継ぎ接ぎの魔物ですか……」
「ああ。似ていると思わないか?
『秘密結社 黒の杖』の呪具人形と」
継ぎ接ぎ。
人の皮膚。
爛れた遺体。
「あっ! 確かに」
エヴァンの眼光が鋭く光った。
「だよな」
ルシアンは執事が出すお茶に口をつけた。
エヴァンはしばらくの間何か深く考え込み、低く呟く。
「結局、あれから何かあの事件は解決しましたか?」
「いや、何も。
今回あれだけ残留物があったのに、全然つかめないんだ」
ルシアンは首を振った。
「そうですか」
エヴァンは残念そうにがっくり肩を落とす。
「あの魔物まで彼らが絡んでいるとしたら、それはいろいろ厄介になってきますね。
呪具人形を使う儀式は他にも大勢の魂……生贄と遺体が必要なんですよね」
「そうだ。儀式にはたくさんの血と魂が必要らしい。
魂の入れ替えの儀式とやらをするのに、実際、百人の奴隷の命が犠牲になった例もある。
死者反魂の儀式となれば、さらに多くの生贄が必要になる。
魔物まで作り出して何をやるんだろうな」
『秘密結社 黒の杖』は、ここアイルナバロー連合帝国建国前のナバロー王国の思想をそのまま引き継ぐ反政府新興宗教団体だ。
王権復古を望み、廃教となったアミラス教を信仰する。
構成員も組織図も潜伏先もすべて不明。
ここ数年の彼らの動向から、資産家たちの集まりであり、亡国ナバロー王国に縁のある貴族が与しているのが伺えた。
(そういえば)
ルシアンは、ふいにライアナース卿の台詞を思い出す。
――彼女の継母はいわゆる旧ナバロー王国の信念をそのまま貫き通すご生家で育ったようでしてね。
ローゼル・イースティリアの継母。
彼女の生家も一応調べてみるか。
二人はティーカップに口をつけ、なんとなく部屋が静かになる。
窓の外が騒がしい。
恐らく第3魔法騎士団の一部が、ここゴルマン邸に到着したのだろう。
エヴァンがため息をついた。
「人を切り刻むなんて――悪魔を呼び出そうとしているようなものですよね。
というか、悪魔はどっちだって感じですよ。
人を殺して儀式しても失敗する可能性が高いのに、二百年前の人間を蘇らせるなんてナンセンス。
まさに時代錯誤です。
今更、国を統治なんて無理ですよ」
「その理屈が通じる相手なら、こんなことしねぇよ」
「まあ、そうですけどね」
エヴァンは肩をすくめた。
「理解に苦しみますね、奴らの思考回路が全然理解できません」
「ああ。まさに奇想天外だ」
そもそも亡ナバロー王国の王族の祖先は、遠く東方の大陸から逃亡してきた民族。
その祖国で発達した呪術が、さらに東の島国の文化も混じえ、独自の進化を遂げた術式だという。
だが、呪術という概念は、魔法とまったく異なる。
血生臭い呪術で人を殺害し、呪術で使う人形を作り、儀式を行う。
常人では理解し難い思想だ。
「俺、“継ぎ接ぎ”の魔物と聞いて、あの呪いの人形を思い出しましたけど、そんなに呪いの人形に似てました?」
ティーカップを置きながら、エヴァンが尋ねた。
「ああ、似ていたよ。
皮膚が腐ってなければ、継ぎ接ぎの皮膚を無理やりくっつけた境目とか、あの生々しい感じはまさに呪具人形に酷似している」
「そうだったんですね。
嫌だなぁ、俺が治める領地でそんなおっかないモノが出るなんて」
エヴァンはうなだれた。
「だよな。
まあ、実際その魔物と『黒の杖』がどう結びつくのかまだ分かっていない」
「でも、あの連中ならそういった魔物を作り出す研究をしている可能性も否めないですよ」
「もしその仮説が成り立つなら、疑問がある」
「何でしょうか?」
「あれは、魔物か?」
「はい?」
エヴァンはルシアンの言っていることがよく分からないとばかりに首を捻った。
「業火で燃やしたんだ、あの魔物たちを。
けど、燃え方が変なんだ。
まるで、人間が火だるまになった時のようで――いろいろ調査が必要だ」
「そうですか……」
エヴァンはふいに思い立ったように執務席に山盛りになっている資料の一部を引っ張り出して、ルシアンの前に差し出した。
「ルシアン様」
エヴァンがやけに改まった声を出す。
「俺の思い過ごしかもしれませんが、お話したいことがあります」
ルシアンはティーカップを置き、エヴァンを正面から見据えた。
真っ直ぐな瞳。
何かの確認を突くときの目。
(コイツは恋愛に関しては猪突猛進で手の施しようがない馬鹿だ。
けれど、騎士として有能な男だ。
大抵こんな目つきをする時はすごく重要なことを言い当てるときだ)
「ああ、聞こうか」
ルシアンは襟を正すような気持ちでエヴァンに向き合った。
「実は、今回のユーモネア領地の水害被害で発覚した奇妙なことがありました」
「奇妙なこと?」
「はい」
ルシアンは差し出された資料をペラペラめくって、サッと目を通す。
人名がずらっと並んでいる一覧リストだ。
その人名の横にはその人物の享年といつ亡くなったか。
気になったのは職業、死因が記載してあること。
ほとんどが若くして亡くなった男たちばかりだ。
「水害は時期外れの長引いた大雨が原因でした。
ふだん氾濫しないような川は増水し、農業用の池の水も溢れ出し、大惨事です。
そして、その付近にあった教会と墓地も今回水害に遭い、何体かの遺体が流されてしまったんです」
「それがこのリストか?」
「いいえ。違います。
話には続きがあって、流された遺体回収と再び埋葬するに当たり、気付いたんです。
遺体の数がやけに少なくなってました」
「流されたんじゃないのか?」
「それも考えました。
けど、遺体だけが流されているんです。
棺はちゃんと残っています」
「墓荒しか?」
「その可能性を考えました。
けど、墓を荒らしても遺体は運び出しませんよね?」
「ああ……、言われてみれば、そうだよな。
奴らの目的は遺体が身に着けている宝石と遺品だ」
「でしょ」
「つまり、遺体泥棒がいる、ということか?」
「はい。
何か嫌な予感がして教会の許可を得て、領民総出で墓を掘り起こして確認したんです」
「ふうん、領民総出か。
すごいな、遺体を掘り起こすのは死者の冒涜だとかで領民たちは嫌がらなかったのか?」
「ええ、まあ。
水害の被害地に炊き出しとか率先して行ったら、領民たちが俺の顔を覚えてくれるようになったんで、そこで事情を話したら快く引き受けてくれた、というか」
エヴァンは、はにかんで頬を掻いた。
「そうか。
よかったな」
想像以上にエヴァンは領民に慕われるようだ。
ルシアンは元弟子を誇りに思いつつ、微笑んだ。
「はい。で、領民たちみんな、死者の冒涜というよりは、自分の祖先の遺体が盗まれていた方が後味悪いよねってことで、自主的に協力して掘り起こしてくれたんですよ」
「それで、このリストは遺体行方不明者たち、というわけか」
ルシアンは、リストを目の前のテーブルに広げた。
「はい、そうです。
こうして並べてみるとお分かりになると思うんですが、行方不明の遺体はすべてここ二年以内に事故で亡くなった青年たちのものばかり。
ただし、病で亡くなった者の遺体だけはちゃんと残ってました」
「あえて健康体の男ばかり狙ったのか」
「恐らく。
調べて行くうちに、それなりに生前体格のいい男たちばかりの遺体がなくなっています」
確かに、リストの職業欄を見ると生前は農夫、林業従事者、猟師、元軍人など体を使う業種に就いている者たちが多い。
「遺体は全部で何体行方不明なんだ?」
「我がゴルマン伯爵領地であるユーモネア領地からは、二十六体です」
ルシアンは、エヴァンの「ユーモネア領地から」という言葉に妙な引っ掛かりを感じた。
「ユーモネア領地から、ということは他の領地でも遺体泥棒が発生していると?」
「はい、さすが、察しがいいですね。
隣のポジントル地方やマルシアン地方に似たような盗難が起きているようです」
「ほう……。
だったら、結構な数の遺体がなくなっていることになる。
なぜ王城に報告されていない?」
「この間までうちの領土だけの問題だと思っていたんですよ。
だけど、この前水害被害の後処理にポジントル領主とマルシアン領主が私兵団を派遣してくれて、そのとき何かの拍子に遺体泥棒の話になったんです」
災害の規模によっては国だけの援助では足らず、周辺領主同士が手助けし合う場合がある。
エヴァンはちゃんと新領主として周辺領主と協力体制ができているようだ。
これは、ますます元師匠として感慨深いものがある。
「結局のところ、三領土合わせてざっと百体近くの遺体が行方不明です。
この数からして洪水前から遺体を盗まれていたのではないか、そう結論づけました」
エヴァンがそう言い切り、ルシアンは腕を組んで背もたれに体重を預けた。
「これは王宮に報告した方がいい案件だな」
「ですよね」
エヴァンが深いため息をついた。
「エヴァン。
ゴルマン伯爵としてお前からポジントル領主とマルシアン領主に、国へ遺体泥棒の件を報告するよう話しておいてくれ。
俺からの報告ではうがった見方をする連中が多くてな。
悪いな」
「いえ、問題ありません」
エヴァンは険しい表情を浮かべて頷いた。
「俺からはそれとなく総帥の耳にいれておく」
ルシアンはリスト一覧をエヴァンに返した。
「それだけでも十分です。
ありがとうございます」
「それにしても、少し気持ち悪いな。
遺体を盗むなんて」
ルシアンは眉をひそめて呟いた。
「はい。穏やかじゃないですよね」
「今回のイースティリア女官に持ってこさせた書類、ひょっとしてそれ関連の法案か?」
「ええ、まあ。
確固たる理由があれば、教会の許可なく、領主権限で墓を掘り起こせるようにしたものです。
今回は運よく教会や遺族たちから了承が得られて遺体を掘り起こすことが出来ました」
エヴァンは眉をひそめる。
「けど、もし彼らが協力的でなかったら?
教会から許しがなかったら?
そう思ったら、いても立ってもいられなくて……。
これだけの数の遺体がいきなり行方不明です。
異常ですよ」
「ああ、異常だ。
何者かの意図が見える」
「ですよね。
そりゃあ貴族の中には平民の遺体だから気にするな、と言う奴もいるでしょう。
でも、俺にとって大事な領民たちです。
ちゃんと捜査したいじゃないですか」
エヴァンの声に必死さと熱意がこもっていた。
「お前の気持ち、よく分かるよ。
ましてやあんな魔物も出没したんだ。
ちゃんと因果関係を捜査しておかないと領民たちは不安がる」
「はい、そうなんです」
エヴァンは神妙に頷いた。
騎士の時とは違う、ちゃんと領主としての顔つきだ。
(ちゃんと成長しているじゃないか)
ルシアンは感無量になりながらも、ふいに思い当たる。
「あっ、そういえば、エヴァン」
ルシアンは話題を変えた。
「はい、なんでしょう?」
「領主としての意気込みは素晴らしい。
だからこそ、イースティリア女官に依頼していた予算編成のやり方、俺が教えてやろうか?」
「え! やり方、ルシアン様、ご存知なんですか⁉」
エヴァンは目を見開いて、びっくりする。
そこまで驚かなくても。
ルシアンは苦笑した。
「俺だって次期辺境伯だぞ。
一通りの伯爵教育は終えている。
イースティリア女官のように改変したばかりの法律には少々疎いが、それでも計算方式は変わることない。
俺でも教えられるぞ」
得意顔でルシアンが言うものの、エヴァンは複雑そうな顔をした。
「え、いいですよ。
今度俺が王宮に行ってイースティリア女官に教えを請いますよ」
激しくエヴァンは両手を振った。
「遠慮するな。
教えてやるって」
ぐいぐい来るルシアンにエヴァンは押され、顔が引き攣った。
ルシアン・クレインバールの指導は、鬼と周囲が呼ぶほど厳しいことで有名だ。
弟子として散々鬼指導されたのだからエヴァンはそれを拒絶したいのだろう。
けれど、ルシアンは見抜いていた。
これでローゼルとの接点が完全に失われるのが彼は嫌なのだ。
そのとき、ドアがノックされた。
エヴァンが返事をすると、執事に案内された第3騎士団員の若い男が立っていた。
「失礼いたします。
急ぎご報告をさせていただきたく参上いたしました」
彼の顔色はひどく悪く、どこか動揺の色を隠せない。
ルシアンは思わずエヴァンと顔を見合わせた。
嫌な予感がする。
「どうした?」
ルシアンが冷静に尋ねた。
「は、はい。
実は――イースティリア女官の乗っておりました王宮内務官用の車体部分ですが」
一瞬、間があった。
ごくりと唾を呑み込んで、騎士が声を張り上げた。
「その調査中、突如燃え上がり、跡形もなく、焼失してしまいました」
「は?」
ルシアンとエヴァンは同時に顔を歪めた。
「どういうことだ?」
「ご報告通りです。
突然炎がぶわっと噴き出して、燃え上がったんです。
幸い、怪我人は出ていません。
ですが、なぜ燃え上がったのか、現在原因解明中です」
「魔力残滓は調べたか?
魔法を使えば必ず残滓が残るはずだ」
「いえ、ありませんでした。
その代わり……」
騎士は言いにくそうに語尾を濁した。
「どうした?」
ルシアンが優しい声音で促すと、若い騎士は視線を泳がせ、それからルシアンを真っすぐ見た。
「――禁術の痕跡がありました」
「禁術⁉」
エヴァンが声を上げ、椅子から立ち上がりかけた。
ルシアンは息を呑む。
背中を冷たいものが這い上がってくる。
部屋の空気が凍りつく。
「はい、キャビンの底に呪術の魔法陣があったとかで……。
詳細を調べようとテラリス副団長が覗き込んだ途端に、いきなり火が噴き出したんです!」
騎士は動揺を押し殺しながらも、やや早口で言葉を紡ぐ。
「それで、その、いつ描かれたものなのか分かりかねますが――」
ルシアンとエヴァンの顔を彼は交互にじっと見た。
彼の唇は震えている。
「トーマス団長が言うには、以前ゴルマン伯爵殿が騎士だったときに『秘密結社 黒の杖』のアジトで見たものと同一な気がするとおっしゃってました」




