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カァーム・ビュラクラト ―社畜女官ローゼルの婚約破棄奮闘録― 私は何も望まない  作者: 兎丸 蓮


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第27話 忍び寄る影の犯人

 ――第1皇女殿下アストレイア皇女毒物混入未遂事件。


 持病持ちの皇女殿下には、禁忌となる茶葉、ハーブがある。


 ルシアンは、緊急軍事会議を開いた。


 事が事なので、エヴァンたち第1魔法騎士団である近衛騎士たちを始め、王城内にいた第2から第4の団長や副団長も集結している。

 集まったメンバーの表情は硬く、ピリピリした緊張感が漂う。


「なるほど。

 ノーチェス伯爵家のお茶缶に本来入っていたホワイトティーがごっそり入れ替えられ、殿下の禁忌であるハーブ、セージが入っていたわけか」


 詳細報告を聞き終え、ルシアンは唸るように頷いた。


「はい。あの中に含まれるツヨンという成分が殿下の持病の発作を誘発する神経毒性成分を持っています」


 第1魔法騎士団長ヴァルターン・ファルクスの表情は特に強張っていた。


 それも当然、第1魔法騎士団は皇族の近衛騎士。

 その皇族のお茶会に毒物に匹敵する異物を持ち込んだとあっては一大事。


 特に皇女のアストレイアは、<星辰の巫女>と二つ名を持つほどの国や友好国の命運を握る占星術師。

 皇帝陛下、皇太子、皇后に次ぐ、身の安全を確保すべき御方だ。


「なお、お茶会は書記官ドレイク・フロストパンセの妹が気づいたため、穏便に終えました」


「そうか。

 さすがドレイクの妹だな」


 ルシアンは感心した。


 確か彼女は第2皇女ミシェーラ殿下付きの侍女長だ。

 そして、彼女は皇族直属の機密組織〈影〉の一人。

 かなり鼻が利くと聞いていたが、噂に違わず、その通りらしい。


「陛下にご報告は?」


「はい、総帥がすでにご報告済みです。

 詳細は追ってご報告することになっております」


「分かった」


 ルシアンは顎を撫でながら頷いた。


 すでに犯人の女は捕縛した。

 否、捕縛した直後、奥歯に仕込んであった猛毒で自害してしまったので、すべてが解決したわけではない。


「で、女の身元は?」


 ヴァルターンにルシアンが尋ねると、彼は静かに答えた。


「はい。残念ながら個人を特定するものは何も見つかりませんでした。

 ただ、ノーチェス伯爵家の侍女の制服を着ておりました。

 伯爵家に確認したところ、全然知らない女だということです」


「知らない女が自分の家の侍女に成りすまして悪事を働く。

 しかも皇族に毒にも等しい茶を飲まそうとするなんて。

 伯爵家にしてみたら凄まじい恐怖ですね」


 第3魔法騎士団長のトーマスが口を挟んだ。


「ああ、同感だ」


 ルシアンは呟きながら、腕を組んだ。

 冤罪であるのに、不敬罪として一族全員極刑となってしまうところだったんだ。


「その他詳細については、現在遺体検案所で、マッシュと検視官たちが検分しております」


「そうか」


「よくその女が怪しいと見抜けましたね」


 第2魔法騎士団長アランがヴァルターンに聞いた。


「ああ、それは偶然その女とすれ違った女官がおかしいと気づいたんだ。

 足音がしない、と」


「足音が」


 みんな一斉に息を呑んだ。


「隠密行動での癖が出たんだろうな」


 ルシアンが呟き、第4魔法騎士団長ノーランが唸る。


「勘のいい女官ですね、誰だろう」


「あれは、たぶん法務省の子ですね」


 横から不審な女を検挙した若い騎士が声を上げた。 


 ルシアンはハッとした。

 ひょっとして、それは……。


「法務省⁉ 

 それってローゼルちゃんじゃない?」


 ルシアンが言葉を発する前にすかさず、目を輝かせたエヴァンが身を乗り出した。


「そう、たぶんその子です。

 子リス女官とか呼ばれている小さい子!」


「はあ、やっぱローゼルちゃんは凄いなぁ」


 エヴァンは感嘆のため息をつく。


「そうだな、イースティリア女官ならそういうのを察知しそうだ」


 ルシアンが呟くと、同時にみんなも肯定の意を示した。


「俺、ますますローゼルちゃんに惚れ……」


「まあ、それは置いておき」


 アランがエヴァンの声を遮る。


「なぜその不審者がノーチェス伯爵家の侍女の制服を持っていたんでしょうか? 

 それは確認できてますか?」


「いや」


 ヴァルターンは首を振った。


「そうだよな、どこの貴族の家も侍従の制服は厳重に管理してあるはずだ。

 制服はいわばそこの貴族の顔みたいなようなもんだ」


 トーマスが腕を組みながら首を傾げた。


「ああ、そのとおりだ。

 伯爵家となれば、自分の家に不名誉なことをしないよう、従者の教育も徹底するのが普通だ」


 ノーランも同意する。


「ノーチェス伯爵は、制服の盗難はなかったと断言している」


「であれば、似せて作ったのか」


「あり得ますね。

 今回のお茶会はやけに各家の侍女の数が多かったんですよ」


「確かに、侍女の数がそれだけ多ければ、お茶缶の茶葉を入れ替えることは造作ない」


「とはいえ、王城にはどうやって侵入した? 

 門の入城記録に不審なところはなかった」


「それね……」


 口々にみんなが言って、やがて会議室がしんとする。

 思い思いに考えを巡らしているようだ。


 なんだろう、どこかが引っかかる。

 ルシアンは胸騒ぎがした。


 そもそもなぜ、猛毒など即効性の高いものではなく、皇女の体に障りがあるような微弱の毒を盛ったのだろうか。


 ノーチェス伯爵家に恨みがあって謀反の疑いをかける目的だったとしても、少々中途半端だ。


「ノーチェス伯爵……」


 ふいに、今まで黙っていたテラリスが呟いた。

 一斉にみんなが注目する。


 テラリスは自分の直上官であるトーマスを見据えた。


「トーマス様、王都の婦女連続殺人事件の十人目の犠牲者セリーヌを覚えてますか? 

 彼女の勤め先はノーチェス伯爵家でした」


 トーマスは息を呑む。

 どよめきが走った。


「え、なんでそこで婦女連続殺人事件が出てくるんですか? 

 それにあの事件の被害者は全員平民でしょ? 

 伯爵家の侍女は下級貴族が定番ですよ」


 エヴァンが不思議そうに声を上げるので、トーマスが静かに口を開く。


「それが彼女は特別枠の平民出身の侍女だったんだよ」


「特別枠?」


「そう。生活魔法もそこそこ使えて、機転が利く。

 その上、長年伯爵家に仕える庭師の姪。身元保証人付きだ。

 それに、誰よりも働き者だからと伯爵夫人が特に重宝していたらしいんだ」


「なるほど、そういうことか。

 生活魔法が使える侍女は、平民の出自でも貴重ですよね」


 エヴァンは納得したようにポンと手を叩く。


「確か、あの事件の被害者の特徴のひとつが、魔力保持者であること。

 でしたね?」


 アランが尋ねた。


「ええ、そうです。

 それに、行方不明になった時、彼女は侍女姿のまま夫人に頼まれて王都に買い物に出ていたようです」


 テラリスが補足するように答える。


「被害者、ということは助からなかったんだよな?」


 ノーランが低い声で問いかけた。


「うん。残念ながらね。

 そうそう。

 遺体も全裸で発見されたんだよ」


 トーマスの目が遠くなる。


「他の被害者同様、身体の一部が欠損。

 彼女の場合は、左脚を太腿から切断され、頬の皮もそぎ落とされていたね。

 むごい殺され方だった。

 血の大半も抜かれ、灰色がかっていてね。

 目も当てられないほどだったよ。

 通常なら死斑が現れるはずだが、血が徹底的に抜かれていたせいで、それすらもなかったよ」


 みんな一瞬恐怖を滲ませ、どことなく哀しげな沈黙が降りた。  

 やがてノーランが呟く。


「何度聞いても胸糞悪い事件だなぁ……」


「まったくだ」


 ルシアンは両腰に手を当て、ため息交じりに言う。


「だからこそ、この事件は早々に解決したいんだ」


 仕切り直すようにみんなの顔を見回す。


「とりあえず毒物混入未遂事件においては、女が着ていた侍女の制服をもう一度検分し直そう。

 偽物か本物か。

 本物なら誰のものか分かる刺繍が施されているかもしれない」


「はい」


 ヴァルターンが返事をした。


「どちらにしろ、婦女連続殺人事件の犯人が伯爵家の制服を仲間に与えた、もしくは転売した。

 この二つの事件が繋がっている線が濃厚だ」


「仲間……、ということは、婦女連続殺人事件は組織ぐるみの犯行なんですか?」


 若い騎士が恐る恐る質問を飛ばす。


「ああ、さっきテラリスとも話してたんだが、婦女連続殺人事件は組織的犯行であり、『秘密結社 黒の杖』の仕業だ。

 十中八九、例の如く、呪具人形でも作り出すつもりなのだろう。

 そして、魔力保持者の女性の血を集めている時点で、魔力を結晶化し武器に改造できる魔力石生成も考えられる」


 数人の騎士から息を呑む音が聞こえた。


「呪具人形……って、反魂の術に使うためのですか? 

 数年前に闇組織に黒の杖が作らせていたという――」


「ああ。それ。

 人形は人間の肌を継ぎ接ぎで作っている。

 奴らの目的はあれを元に亡国の王族を復活させ、帝国を滅ぼし、再建国することだ」


 ルシアンはあっけらかんと言うが、ここ最近騎士になった若者たちは、恐怖のあまり顔を青ざめて身をすくめる。


 当然だ。

 ナイフなどの鋭い刃物で人体の皮を剥いで、人間の肌を素材に強靭な針と糸で縫い合わせ、人形を作るという行為。

 おぞましい以外何者でもない。


(実際俺はこの目で何度もその人形を見てきたし、弔ってきた。

 戦争にも行ったことがない若造には不気味でしかたがない話だ)


 だが、まあ、これも経験。


 注視すべき点は、敵はいつも俺たちよりも一歩も二歩も先に新しい武器や呪術を開発しているという事実――。


「そういえば、魔力石って、あれですよね」


 エヴァンが手を挙げる。


「確かぁ、魔力保持者の女性の血から魔力を抜き出して、改造魔法銃の弾丸にするっていう」


 思い出すようにエヴァンは顎を撫でながら、視線を斜めに上に飛ばした。


「ああ、それだ。

 魔法が使えない者でも魔法使いを殺せる武器に転用できるとんでもない代物が魔力石だ。

 実際にその改造魔法銃で重症を負った官僚もいる」


「そうそう、あれも魔法使いを狙ったマリュード皇国の仕業でした」


「まあ、はっきり言えば、俺はこの二つは繋がっていると思っているんだ」


 ルシアンはきっぱりと言う。

 騎士たちがハッとして目を見開いた。


「とっくに気づいている者はいると思うが、不審者の女の自害の仕方。

 あれはマリュード皇国の間諜と同じだ。

 恐らく今マッシュが調べている毒の成分も先日の皇族会議の賊と同じだと思う」


 団長、副団長たちは同意するように頷いた。


「それこそ、最近の『秘密結社 黒の杖』の連中も、俺たちに捕まるとすぐに同じ手口で自害する輩が後を絶たない。

 そもそも奴らの共通目的は同一。繋がっていても、なんらおかしくない」


「数年前ありましたね、マリュード皇国と『秘密結社 黒の杖』が手を組んで王城テロを仕掛けたことが……」

 

 アランがぼそっと呟いた。


「うんうん、あったあった」


 当時を知る騎士たち全員、懐かしそうな表情を浮かべた。


「そういうこと。

 ここ数年おとなしいと思っていたけれど、『秘密結社 黒の杖』連中も目に見えて蠢き始めた。

 アイツらは狡猾だ。

 目立たないように裏で暗躍する。

 この調子だと、そろそろ、デカいことをやらかすかもしれない。

 気張れよ」


 ルシアンの威圧感ある強い眼差しに、全員の顔に緊張が走った。


「では、異物事件の犯人の女が、もしマリュード皇国の間諜ならば、『秘密結社 黒の杖』から伯爵家の侍女の制服を入手し、今回の事件を企てたかもしれない。

 そういうことですね?」


 ヴァルターンの目が鋭く光った。


「その可能性は高い。あくまでも証拠はないから俺の推測にすぎない。もちろん、ノーチェス伯爵家に恨みを持つ貴族が絡んでいる場合もありうる。そこも考慮して捜査を進めて欲しい」


「承知しました」


「焦げ茶で、切れ長の瞳……」


 みんなが深刻に話し合うそんな中、テラリスがなにやら部屋の端で、ブツブツ呟きながら書類をペラペラめくっている。


 彼の手元には総務省から借りてきた外部人材の名簿と、今回の不審者の女の人相書き。

 どうやらそれと照らし合わせているようだ。

 それも物凄い速さで。


 全員が固唾を飲み込んで、見守る。


 突如、ピタっとテラリスの手が止まった。

 強張るテラリスの表情を見て、嫌な予感が胸を掠めた。


「どうした? 

 まさか、見つかったとか?」


 トーマスがテラリスの隣まで行き、その手元を見た。


「おいおい、マジかよ……」


 トーマスはぎょっとした。


「どうした?」


 ルシアンは冷静に声を掛けた。


 二人は気まずそうに目配せし合い、そしてトーマスが名簿をルシアンの元まで持ってきて言う。


「ここに載っているノエル・ディアス嬢なんですけど、彼女、実は半年ほど前に亡くなった令嬢です」


「え?」


「この令嬢、薬物中毒で、彼女の実家の屋敷で魔力暴走を起こして一時大騒ぎになったんです」


「……オーバーメディケイションか」


「それです。違法薬物の使い過ぎで廃人化する直前に起きる魔法の大暴走です」


 オーバーメディケイション。それが起きると魔力が異常に膨れ上がって、普段は魔力量が少ない者でも一時的に暴走し、魔法使いは魔力が枯渇するまで魔力暴走をし続ける厄介な症状だ。


「それで、両親ももう手を付けられないからと、俺たち第3魔法騎士団に制圧依頼が来たんです。

 けど、到着する前に、彼女、力尽きて亡くなったんですよね」


 トーマスが複雑そうな顔つきで、頭をぽりぽり掻く。


「そんな令嬢が王城で働いていたとは……」


 ルシアンはゾッとした。


 これはこれで大問題だ。薬物中毒者は突発的に錯乱や暴力を起こすこともあり、皇族の住む王宮もある王城に働きに来るなんて言語道断。

 そういう薬物検査もせず、王城に人材を斡旋する商会の杜撰さは見逃せない。


「いえ、彼女は王城では働いておりません」


 テラリスがきっぱり言った。

 ルシアンは目を瞬いた。


「どういうことだ?」


「この名簿に載っている身体的特徴と、実際我々が目にしたノエル・ディアス嬢と、全然違うんです。

 髪や目の色、体格はもちろん。

 それよりも、大事なことは、今回の女の人相書きと身体的特徴が瓜二つなんです」


「え? 

 つまり、本来のディアス嬢とは違う女性が、ディアス嬢と偽って王城で働いていたということですか?」


 アランは眉をひそめ、確認するように尋ねた。

 一瞬、間があった。


「はい。

 この国に同姓同名の貴族はおりません」


 テラリスは冷ややかな口調で告げる。

 

「この名簿にあるディアス嬢は、我々が遭遇したディアス嬢が亡くなった数週間後から王城で働いているんです」


 ルシアンはまるで頭を殴られたような衝撃を受けた。


 縁もゆかりのない貴族の侍女の制服を着て、足音をたてずに歩きまわる隠密行動に慣れた女。

 王都で魔力持ちの平民女性を連れ去る「教師みたい」な女。

 そして、半年前に亡くなった令嬢に成りすまして王城を出入りしていた女。



 点と点が線となり、真実が浮かび上がった ――。


 どうして今まで気づかなかったのか。

 胸の奥で悔しさと衝撃がルシアンに押し寄せた。

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