第25話 猪突猛進な真実の愛は、報われる?
「ズルい! ルシアン様、ズル過ぎます」
――定例軍事会議。
ルシアンが十の魔法騎士団の総団長として会議室に入るなり、弟子であるエヴァン・ゴルマンが凄まじい勢いで駆け寄って来た。
「なんだよ、上官への挨拶もなおざりに」
ルシアンがぎろっと睨みつけると、エヴァンはびくっとして、たちまち有能な騎士の顔つきになった。
「これは失礼しました。お疲れ様です。
クレインバール騎士団長閣下」
「ああ」
ルシアンが満足げに頷き、中央の自分の席に座ろうとするや否や、エヴァンが立ち塞がった。
「ですから、ルシアン様。
ズルすぎます」
「何が?」
エヴァンは拗ねたような顔つきで、目にはうっすら涙すら浮かんで訴える。
「俺だってローゼルちゃんとダンスしたかったんですよ。
それなのに馬車でいち早く帰しちゃうなんて、ひどいじゃないですか」
「ひどいも何も……」
ルシアンは苦笑を浮かべ、後頭部をカリカリ掻く。
各騎士団長たちと、ルシアンによって選抜された騎士たち皆、エヴァンとルシアンのやりとりをニヤニヤしながら眺めた。
みんな興味津々なのだ。
はあ、とルシアンは大きくため息をついた。
「……あのまま、あそこに残しておく方が不憫だろ。
お前が俺の立場なら放置したか?」
低い声音で一蹴した。
エヴァンはぐっと押し黙った。それから首を振った。
そう、針の筵となったあの場に、彼女を独りで残すわけにはいかなかった。
従妹がローゼルの婚約者レオーネを横恋慕。
しまいには、その浮気相手の従妹が、何故か暴行罪でレオーネを訴え、彼は魔法騎士団に捕縛されることに。
確実にスキャンダルを好む社交界にとって、格好の的だろう。
「ルシアン様。レイノルドへの連絡は完了しました。
あと、イースティリア女官について、レイノルドから情報をもらえるようにも手配しておきました」
第2騎士団長アラン・リックランスが囁くように言った。
「え? レイノルドから?」
「はい。彼、彼女と同期ですよね。
たぶん、ルシアン様以上にいろいろな情報を持っていますよ」
アランが意味深に微笑んだ。
「え? 情報?
どういうことですか?」
ルシアンとアランの内緒話にエヴァンが首を突っ込む。
内容が分からないという様子で、交互に二人の顔を見回す。
「エヴァンは分からなくていいです」
アランが笑顔を浮かべながらも、足蹴にする。
「いやいや。ちょっと待ってくださいよ、アラン様。
俺はローゼルちゃんにずっと求婚し続けてきたんですよ。
ローゼルちゃんを何かの駒にするんだから許しませんよ」
「勘違いするな」
ルシアンがエヴァンを見下ろす。
「駒にはしない。
ウルーム伯爵を捕縛するために近づいただけだ」
冷徹な響きにエヴァンは、一瞬背筋が凍る。
「そもそも、エヴァンは彼女に断られたんですよね?」
今度はアランがエヴァンに尋ねた。
「え……まあ。
断られましたけど、でも、俺は諦めません。
真実の愛は絶対にあるんです!」
何かの決意を胸にエヴァンは恥ずかしげもなく、みんなの前で言い切った。
一瞬静寂が訪れた。
呆れ返るような空気に、失笑。
そして、「いいぞ、その意気だ」と煽るヤジが飛んだ。
そのヤジにエヴァンは元気づけられ、恥ずかしそうに頭を掻きながら笑った。
「ご声援、ありがとうございます。
俺、頑張ります!」
「お〜、いいぞ!」
「頑張れ!」
囃し立てるような声が飛ぶ。
「エヴァン、しつこい男は嫌われますよ」
そこにアランが断言する。
場が一瞬、しんとした。
「いいえ。
そこから真実の愛が生まれるんです!」
エヴァンは問題ないとばかりに言い切った。
「おぉ、さすが、エヴァン」
「よっ、不屈の精神!」
再びどっと盛り上がる。
「笑止」
間髪入れず、アランがまた切り込む。
「かれこれ三年でしたっけ?
一方的に君が婚約者のいる彼女に惚れこんで、公開求婚なんて糞恥ずかしいことを連日行っていたのは」
「失礼ですね、糞恥ずかしくないですよ。
俺の熱い想いを伝えただけです。
それがたまたま王城のみんながいるところだった、ってだけですよ」
エヴァンは憤慨をしながら腕を組む。
全然悪びれる様子もない。
「それが、糞なんですよ」
アランはエヴァンに迫り寄って、エヴァンの額を指でぐりぐりと押し付ける。
「だいたい王城で求婚する馬鹿がどこにいるんですか。
しかも、大衆を集めて。
執務塔では君の求婚劇が一種の名物になっているというではないですか」
「名物だなんてそんな。
確かに、俺が執務塔へ行くと文官たちから『今日も頑張れよ』なんて声を掛けられるようになりましたね」
エヴァンはニヤニヤして、満更でもない表情で顎をさすった。
「馬鹿ですか、君は」
「馬鹿、馬鹿って失礼ですね。
とにかく、あんな暴力的な男が婚約者なんて可哀想すぎるでしょ。
俺はローゼルちゃんを救い出して、幸せにしてあげたかったんです」
「本当に……剣の腕前は魔法騎士団屈指のくせに、脳ミソは戦闘以外脳筋ですねぇ」
アランはあっけらかんとするエヴァンの額をさらに力を込めて、ぐりぐり押し付ける。
「痛い痛い……!
アラン様、マジで痛いって」
「痛いのは君の頭です。
そもそも子爵位の彼女が伯爵位の令息の君の求婚をきっぱり断れるわけないでしょ。
婚約者がいるのは建前。
それすらも分からないなんて愚者の極みです。
まずは彼らを潰すことから考えるべきでしょ」
「いや、一応あれこれ婚約破棄に向けてやってみたんですけど、やっぱ伯爵家の次男坊は権力ないっていうか……」
「お前、三年もあの子を追いかけ回していたのか?」
エヴァンの台詞に被せるように、呆れたルシアンが声を上げる。
「三年しかですよ」
「三年も、だよ」
ルシアンは頭を抱えたくなるような気分で、自席に腰掛けた。
同時に、他の騎士たちもそれに倣って、指定の席に座り始める。
ルシアンは、ふと皇族会議の時に見せたローゼルの表情を思い出す。エヴァンの名前を出した途端、一瞬だけだったが顔を大きく歪ませた。
(俺が思っている以上に恥ずかしい思いをしたんだろうなぁ……)
もっと早く気づいていれば、この弟子の阿呆みたいな公開告白を止めていたのに。
そこが悔やまれる。
「あれ、ルシアン様。
ご存知なかったんですか?
エヴァンが女官のケツを追いかけまわしているって」
席に着いた第3騎士団長のトーマス・ケリークロノムが苦笑を浮かべた。
「ああ、そんなもん知らん。
そりゃあ、なんとなく意中の令嬢がいるとは耳にしていたが……。
エヴァンだってガキじゃない、
立派な成人だ。
私生活まで俺が口を出す必要はないだろ」
「それもそうだ。
けど、コイツの公開求婚は公開処刑だって、本当、すげぇ有名でしたよ。
それをネタに文官たちからクスクス笑われましたからね。
同じ武官として恥ずかしいっていうか、参りましたよ」
トーマスが後頭部をカリカリ掻いた。
「そうですよ、ルシアン様。
さすがに色恋の噂に疎すぎです。
ましてや、コイツ、一応、ルシアン様の弟子でしょ?
この猪突猛進的な思考、叩き直した方がいいですよ。
じゃないとルシアン様の高名に傷がつきます」
第四騎士団長ノーラン・ターラントが口を挟んだ。
「間違いない。
数か月後には、コイツが家継ぐっていうんですから尚更ですよ」
トーマスも大きく頷いた。
「そうだな。
だが、あいにく俺はコイツの剣と軍術の師匠なだけなんだ。
とはいえ、そこまで愚行行為をしているのであれば、もう一度一から改心させる必要がありそうだ」
ルシアンの口調に怒りが含む。
「アハハ。無駄無駄ぁ。
ルシアン様がちゃんと教えたところで、この脳筋野郎の猪突猛進ぶりは壊滅的だぜ。
さすがに俺もイースティリア女官に同情するよ」
第2騎士団副団長マッシュ・モラレスが手を叩いて笑った。
彼は若手でルシアンに続く美麗騎士と言われているが、口はとにかく悪い。
「うるせぇ、顔だけ男」
エヴァンがマッシュに言い返した。
「おお、僻みか?」
「違う!」
「なあなあ、エヴァン。知っているか?
顔がいいって最大の武器なんだぜ?
お前も美形とか花形近衛騎士なんて呼ばれているんだからさ、もう少しオツム鍛えた方がいいぜ?
わざわざ婚約者がいる相手に求婚しなくても他の女を口説けばいいんだよ」
マッシュは煽るようにエヴァンに向けて、煌めく笑顔を向け、自分のこめかみをぽんぽんと指差す。
頭を使え、と暗に仄めかしている。
エヴァンはますますカッと顔を赤らめた。
「うるさいなぁ。
お前こそ、ようやく巡り合えたタイプの女性との運命的な出逢いを知らなさすぎだ」
「あー、はいはい。
知らなくて結構でーす」
「なにを⁉」
「で、まだ追いかけ回しているのか?」
ルシアンが低い声音で尋ねた。
悠然と足を組み、じっとエヴァンを見据える。
そんなルシアンに、エヴァンは一瞬怯んだ。
「さすがに、もう止めました……」
すごすごとエヴァンは答えた。
「へえ、そうなんだぁ。
一応、お前でも自制できるんだぁ」
なおもマッシュが煽る。
「フン、ローゼルちゃんに言われたんだ。
『お願いですから、もう止めてください。
他部署との打ち合わせとかお仕事が増えたんで、これ以上時間を無駄にしたくないんです。
お互いに時間を大切にしましょ。時間は有限です。
時は金なりです!』って」
一瞬、静まり返った。
ぷっとルシアンが吹き出すと同時に、
「あははは!」
どっと笑い声が上がった。
「そのとおりだ」
「時は金なり、間違いない!」
痛快とばかりに騎士たちは手を叩いて笑う。
「ひーっ、ひっ、ひっ。
さすが『法務省のイースティリア女官』だ。的確だ!
遠回しにお前の公開処刑は時間の無駄だとばっさり切られたわけか」
マッシュは臆面もなく腹を抱えて笑っている。
「だー!
公開処刑じゃねぇし。
お前には俺の気持ち、一生分からねえよ!」
全身をひくひくさせて笑い続けるマッシュにエヴァンは更にムキになった。
エヴァンが本気なのが余計笑いが込み上げる。
その時、第3騎士団副団長テラリス・フォージクがパンパンと手を叩いてその場を諫めた。
「はいはい。
皆さん、お静かに。
これでは会議を始められません。
ほら、総帥もお越しですよ」
正面扉前に軍部最高峰の地位にある軍部総帥のハウルデュース公爵が現れ、全員顔色をサッと変えた。
席についていなかった者たちは、急いで座り始めた。
「あー、若い奴らは相変わらず元気だなぁ」
総帥は欠伸をかみ殺しながら、手を首に当て、パキパキ鳴らす。
それからルシアンの隣の椅子にふんぞり返るようにして座る。
「色恋沙汰で身を滅ぼすなよ、諸君。
まあ、でも恋をすることはいいことだ。
なあ、ルシアン?」
「……そうですね」
ルシアンは意味深な総帥からの流し目に、静かに微笑んだ。
「軍師閣下、全員揃いました」
ルシアンの元にネイト・ファーヴァ書記官がそっと囁いた。
ネイトは、話題になっているローゼル・イースティリアと同期だ。ローゼルからもエヴァンのこの求婚劇についての話を聞いているだろうからか、複雑な顔つきでこのやり取りを聞いていた。
「ああ。分かった」
ルシアンはくるりと円卓に集う騎士たちを見廻した。
その顔つきは、総騎士団長、兼、この国の軍師だ。
参加した騎士たちも姿勢を正し、気を引き締める。
「それでは、今から臨時軍事会議を開催する」
凛然とする声が部屋に響いた。
軽口の余韻は一瞬でかき消え、緊張と覚悟の空気が満ちた。




