第24話 恋の仕掛け人と、晴れない疑惑
「ローゼル・イースティリアは“シロ”だ」
ルシアンが自分の執務室に報告に訪れたアランに言うと、「ああ、やっぱり」とあっさり呟く。
「総帥はああ言ってましたが、あの子はいい子ですよ。
エヴァンの猪突猛進はアレですが、彼は案外人を見る目がありますからね」
ふふん、とアランは何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
ルシアンは「そうだったな」と頭を掻く。
俺だって疑いたくて疑っていたわけじゃない。
すべての可能性を加味しておかないといけない立場にあるからだ。
そう内心で言い訳するものの、ローゼルを疑っていたことに罪悪感を感じた。
「ではでは、そんなルシアン様に、こちらをお渡しします」
改まった声で、アランは一枚の鑑定書をルシアンに差し出す。
「この報告は、まさにグッドタイミング、ルシアン様ご所望の情報ですよ」
「どれ?」
ルシアンはささっと目を通した。
その目が見開く。
「……ほう、よく調べたな」
思わず口角がにっと上がった。
「そうでしょ?
そのついでに面白いものも手に入りましたよ」
アランはニコニコ顔で、今度は何通かの手紙をテーブルの上に広げた。
ルシアンはそれを手に取って読む。
「……っ!」
息を呑んだ。
他の手紙も広げて読み進めた。
「なるほど。これは実に興味深い内容ばかりだな」
ますます勝ち誇ったような笑みが零れた。
「でしょ?
で、これらの証拠からルシアン様は、次どうするんですか?」
意味深な視線をアランが投げた。
「どうするって……。
そりゃあ、これを元にアイツを正式に立件して……」
「違います!」
ルシアンの台詞を被せるようにして、アランが声を荒げた。
彼の表情は険しい。
「そっちも大事ですけど、俺の『どうする』っていうのは、ローゼル・イースティリア嬢ですよ」
「は?」
ルシアンはぽかんとした。
「ほら、先日の舞踏会のダンス。
あれは、とてもお似合いでしたよ。
ルシアン様も心なしか嬉しそうでしたし」
「まあな」
無意識のうちに口元が緩む。
義務だった令嬢たちとのダンス。
それが、初めて楽しいと思えた。
あんなに素晴らしい舞踏会は、今まで一度だってなかった。
「それから、騎士たちの悔しそうな顔ときたら……もうエヴァンなんて、すごい形相でしたね」
アランはくっくっと肩を震わせて笑った。
「はは。まあ、そうだろうなぁ……」
ルシアンは乾いた声で、頬を掻く。
あの時、騎士たちから向けられた視線は非常に痛かった。
そりゃあ、そうだろう。
彼女に懸想する騎士たちにしてみたら、ルシアンがローゼルと三曲立て続けにダンスをしたことは、いいところを全部横取りされたようなものだ。
(だけど、決めちゃったんだよなぁ、嫁にするって)
一度決めたことは、有言実行。ここで引くわけにはいかない。
ルシアンは机の上に手を乗せ、指を重ねた。
「イースティリア女官については、この事態が収まってからアプローチをかけようと思っている。
今ここで俺が動けば、彼女が下衆の勘繰りのネタの矢面に立たされる。
それは避けたい」
「確かに。急がば回れ、とも言いますしね。とはいえ、いい感じの牽制になっていますよ。
彼女、今世紀最大の悪女なんて悪評があるのに、官僚たちの間では各家の婚約者候補として人気が高いですから」
「だな。まあ、その悪評も胡散臭いところだがな」
ルシアンは言葉を濁した。
「ええ。実際、彼女は社交界に滅多に顔を出さないことでも有名。
誰かが意図的に広めているのでしょう」
アランの目が鋭く光った。
「ああ、それは間違いない。
だからこそ、彼女を知っている官僚たちは誰もあの悪評を信じていない。
信じているのは、彼女の顔すら知らない王宮務めと縁のない貴族たちだけだ」
実際、彼女を見れば誰も今世紀最大の悪女なんて思わないはずだ。
愛らしいと評される面差しに、気品あふれる所作に生真面目な性格。
「そうそう、噂といえば……」
アランが話題を変えた。
「さすがですね。
抜け目がないというか」
「え?」
「ほら、ルシアン・クレインバールは、以前からローゼル・イースティリアに懸想していた――。
アレ、ルシアン様が流したんでしょ?」
アランが証拠になる手紙を回収しながら、ルシアンを探るような目つきで見た。
「バレたか」
ルシアンは苦笑した。
「はい。タイミング良すぎです。
さすがに分かりますよ。
でも、いいアイディアだと思いました。
ウルーム伯爵令息とデブラント男爵令嬢との浮気発覚で、一番傷つくのはイースティリア女官です。
その彼女が肩身の狭い思いをしないように恋物語風に広めるなんて、奇想天外でしたよ」
「まあな。あれが最も彼女の名誉を傷つけない方法だと思ったんだ」
噂を広める者は面白ければ真偽なんかどうでもいいと思って無責任に広める。
だからこそ、あの夜、ローゼルが帰宅したのを見計らって、ルシアンはわざと貴婦人たちが喜びそうな恋物語風なストーリーを従者マルスクに命じて流していた。
恋愛沙汰の噂は特に広まるのが早い。
「ええ、効果絶大。噂は瞬く間に広まっていますね」
手応えを感じる一方、周囲から散々冷やかされ、彼女のファンの騎士たちからは恨まれ、しまいには皇帝陛下からも「儂も何か協力するぞ」とご機嫌にお声をいただいた。
相手がお気に入りのイースティリア子爵の娘だからだろう。
とはいえ、なんとも言い難い、歯がゆくて気恥ずかしい気持ちだった。
「しかし、参ったよなぁ。
レオーネ・ウルームは釈放か……」
ルシアンは顔を曇らせた。
しっかり締め上げ、婚約破棄まで持ち込めなかったのが悔やまれる。
「大丈夫ですよ。ルシアン様」
アランがやんわりと微笑んだ。
「このまま順当に証拠が集まれば、レオーネ・ウルームは間違いなく殺人容疑で再逮捕できます。
そうなればさすがにイースティリア子爵も婚約破棄に踏み切れますよ」
微笑みながらも、殺気が出ている。
ルシアンは苦笑した。
「そうだといいんだが」
ウルーム伯爵とイースティリア子爵。
片方は建国以来の貴族で魔法使いの家柄。
もう片方は、建国五十年後頃に連合国に吸収された民族の族長から成り上がった貴族。魔法の知識は豊富で優秀な錬金術師だが、魔法はまったく使えない血統。
二人の共通点は、アカデミーの同級生であり、ジル・エグアルム卿の弟子。
元魔法省の同僚。
そして、魔法騎士団に納品する魔剣の共同事業主。
「ウルーム伯爵とイースティリア子爵。
あそこの関係性をもう少し洗い出したい。
やはりあの二人は誰がどう見てもアンバランスだからな」
ルシアンは眉をひそめた。
「確かに。言われてみればそうですよね」
アランも頷く。
「出自の爵位はどうであれ、魔法省所属のときは対等な関係にあったはずだった」
「そうだ。むしろ、エグアルム卿の愛娘を妻に迎えたイースティリア子爵の方が立場は上」
「それなのに、今は完全にウルーム伯爵が優位」
「不可解だよな?」
「そうですね」
「二人の過去になんらかの力関係が逆転する事柄があったのは明白だ。
けど、いくら探っても普段協力的なイースティリア子爵はだんまりで、伯爵は軍部には非協力。
二人の師匠のエグアルム卿はあの通り反権力主義。
全然情報が集まらん」
ルシアンは椅子に大きくもたれかかった。
「とはいえ、魔剣の不良品については、解決しなければなりません。
騎士たちの命が懸かっていますからね。
先日も一人の騎士が重症を負いました」
アランは憮然として腕を組んだ。
「分かってるよ。
あぁ、くそっ。
レオーネの捕縛で突破口が開くと思ったのにな」
小さくルシアンは舌打ちをした。
「あそこ、『秘密結社 黒の杖』や闇ギルドとの繋がりもまだグレーでしたもんね」
「そうなんだよなぁ。
裏組織との繋がりをぷんぷん匂わせながらも、ウルーム伯爵は素知らぬ顔だ」
ルシアンは、深いため息をついて頬杖をつく。
数年前、裏社会の人間が扱う魔道具や武器などの危険器具をウルーム伯爵が持ち前の錬金術を用いて製作し、販売している疑惑が生じた。
本人に問いただすも、
――商会に頼んで販売しているだけ。商会がどんな団体に、どんな人たちに販売しているまでは分かりかねる
もっともらしい理由をつけて軍部の捜査に非協力だった。
そして、ここにきて魔法騎士団に納品される不良品が急増。
大型の魔獣の首は切り落とすことができず、すぐに刃こぼれし、怪我を負う騎士たちが後を絶たない状況だ。
「軍部への問い合わせ対応もひどかったですし、俺もここらで揺さぶりをかけたかったですよ」
アランの声に憤慨が滲む。
当然だ、軍部が『製法のどこかに不具合があるのではないか?』と問い合わせをすれば、
――言いがかりも大概にしてくれ。
こちらにはなにも不備はない。
むしろ、魔法騎士団員たちの使い方が悪いのではないか。
武官をしっかり躾けていない軍部の責任だ。
ウルーム伯爵からの、まるでこちらに非があるかのような返答だった。
「剣は武装魔法使いの俺たちにとって武器であると同時に誇りだ。
騎士団員の魔剣の取り扱い方に問題はない。
こちらに非があるとも思えない」
新人には刃を抜く角度から鞘に収める所作まで、細部に至るまで厳しく指南している。
しっかり躾けていない?
まったくふざけてる。
力で制する武装魔法使いの集団の魔法騎士だからこそ、そこは徹底しているというのに。
「悔しいですよね。
他に代替品があれば、ウルーム伯爵領産の魔剣を使わなくて済むのに」
アランが神妙な顔つきになる。
「ああ、そうだな」
ルシアンは重々しく頷いた。
結局のところ、あの領地の鉄鉱石と刀鍛冶の伝統はこの国随一。
そこにイースティリア子爵の付与魔法が合わされば、どの剣も太刀打ちできない。
「この際、レイノルドに潜入捜査をさせますか?」
アランが提案した。
「そうだな……。このままでは埒が明かない」
軍部上層部の書記官レイノルド・ハウルデュースは、頭も切れ、剣筋もいい。
朴訥で口数の少ない男だが、稀少な魔獣使いで非常に情報収集に長けている。
「ちょうど、ウルーム伯爵領地内で『マモノ』増加の調査をしているんだよな?」
「はい。王宮魔術師と魔法省と共同で」
「そうか」
ルシアンは天井を仰ぎ見る。
魔物――マモノ。
軍部の上層部では、時折それを「奴隷」の隠語として使う。
「奴隷」という言葉は、悪い印象が強く残る言葉だ。
下手にその言葉を使えば、面白おかしく囃し立てる輩も出る。
中にはどこかの貴族が使っているなら、我が家も「奴隷」が欲しいとほざく頭の悪い貴族も出現する可能性がある。
「現在、彼らはウルーム伯爵領地内のオーレイヴ荒原の禁足地手前です。
あそこの結界に入れず立ち往生している状況です」
アランが硬い表情で言った。
「王宮魔術師……クロフォードがいても手間取っているのか。
んじゃあ、レイノルドがいても足手纏いだな」
ルシアンは顎を撫でながら逡巡する。
あの地では違法に奴隷労働が行われており、さらに彼らを縛るために禁術である呪術を使う者がいるという。
その呪術者の特定と実態解明のため、ここ数か月、レイノルドを筆頭に他部署と共に調査を進めていた。
「アラン、レイノルドに通達。
至急、ウルーム伯爵領地の採掘所に潜入しろ、と。
ただし、二週間以内に、だ。
さもなければ、さすがのレイノルドでも悪目立ちして、術師とやらに命を狙われる可能性がある」
「御意」
引き締まった顔でアランは、短く返事をした。
あの地で奴隷がいるのであれば、当然奴隷を売る者がいるはずだ。
今まで奴隷を売買しているのは、『秘密結社 黒の杖』と繋がる組織ばかり。
今回も同じか――だとしたら、ますますローゼルとレオーネの婚約は一刻早く破棄させなければならない。
その時、扉をノックして入ってきたマルスクが声を掛ける。
「ルシアン様、そろそろお時間です」
「ああ、分かった」
ルシアンは席を立ち上がった。
「さて、本日の恒例軍事会議に行くか」
「はい」
アランが頷いた。
「オーレイヴ荒原の「マモノ」に魔剣不良品多発の件、いろいろあの伯爵家に絡む疑念は多いな。それに、先日の皇族会議の件もまだ全部片付いていないからな。
こりゃあ、ひとつひとつ地道に潰していくか」
「そうですね」
「アランはなるべく早めに帰れよ」
「え?」
「嫁さん、二人目を妊娠中だろ?
臨月に入ったっていうし」
アランは眉をひそめた。
「ですが……」
「こういう時は嫁さんを特に大事にな。
出産は命懸けだし、二人目とはいえ不安だろう」
ルシアンはあっけらかんと言った。
世の中の男たちは、出産は嫁の仕事。自分には関係ない、とそうほざく輩もいる。
けれど、それは違うとルシアンは思っている。
「母子ともに健康であること。
それが騎士がこの国に忠義を尽くす基本だ」
アランが一瞬だけ泣きそうな顔をするが、すぐさま立て直し、やんわりと微笑んだ。
「ルシアン様も早く幸せな家庭を持てることを祈ってますよ」
「なんだよ、上から目線かよ」
「はい。こればかりは俺の方が経験者ですよ」
「はぁ、さすが出産を控えた嫁を持つ男の発言はひと味違うねぇ」
「ルシアン様の奥様がご懐妊された際は、うちの嫁が出産の先輩として、いろいろお手伝いいたしますよ」
「そうだなぁ、考えとく」
幸せな家庭、か。
ルシアンは内心呟いた。
この先、彼女と共に歩む人生。
そうなれるよう、いろいろと地ならしが必要だ。




