第20話 狸と狸、腹の底
かくして、ルシアンは皇族会議の最終聴取という名目で、彼女の上官である法務省大臣ライアナース伯爵に話を聞きに行った。
「今回の件、未遂に終わったのはそちらの冷静な判断のお陰ですよ。
本当に感謝しております」
ルシアンは法務省内賓客室の椅子に座るとともに、愛想よく賛辞を述べた。
「いやいや、うちの女官が気付いてくれたお陰ですよ。
私は部下の彼女の報告を聞き、その危険度に応じてルールどおり上層部に報告しただけです」
ライアナースもルシアンの対面に座り、器用に魔法を使ってお茶を淹れた。
「あの子はね、そんじゃそこらの文官よりもかなり仕事ができる自慢の部下なんです。
面倒な仕事も嫌がらずコツコツ地道にやる、嘘もつかないちゃんとした子です」
上機嫌にライアナースは語った。
噂どおり、かなり目をかけている部下の一人のようだ。
「さすがイースティリア子爵の愛娘ですね。
さぞかし、今回の件のような良い仕事を毎回するんでしょう」
社交辞令で彼女を褒めたが、ライアナースはますます誇らしそうに口角を上げた。
「そうなんですよ、あの子の仕事っぷりは本当に脱帽させられます。
父親譲りでほぼ完璧な資料とそれに付随するエビデンス。
それに、女性特有なのか、何かときめ細やかなことも気付く、痒い所に手が届くというのかな。
私の側仕えの侍女よりもうんと気が利きますからね」
ライアナースはルシアンにお茶を勧めながら話し続ける。
「そりゃあ最初はね、あの子にあまりよくない噂があったでしょ?
今世紀最大の悪女とかなんとかで。
だからね、官吏登用試験過去最高得点を採ったイースティリア子爵家の娘とはいえ、ちょっと心配してたんですよ。
けど、まあ、来てみればあのとおり、一生懸命頑張るとてもいい子でした。
とはいえ、『もう少し愛想があればいいのに』と各署からクレームを貰うときがありまして、あれには憤りましたね」
「クレーム?」
ルシアンは眉をひそめた。
「ええ、そうなんです。
いわゆる、あれです」
ぐいっとライアナースが身を乗り出す。
「女官を嫁候補としか見ていない、そういった官僚たちからですよ」
「ああ、なるほど」
ルシアンは頷きながらティーカップを持つ。
結婚適齢期になっても婚約者がいない文官たちの中には、若い女官が入ると花嫁候補と勘違いし、仕事そっちのけで口説こうとする者も多い。
もちろん、新入女官の中にも婿探しに来るような者もいるから、互いに目的が一致していわゆる宮中恋愛も発生することがあるらしい。
それは全然構わない。
問題は、気に入った相手がいた時、暇を見つけてはこぞって声をかけに行っている輩もいるということ。
双方の管理職としては頭の痛い問題だ。
エヴァン・ゴルマンもその典型だ。
彼の師匠のルシアンとしては、いささか複雑だ。
「あの子は私の懐刀みたいなものです。
その評判を聞いて人員不足だから貸してくれという要請で渋々出したら、そう言われる始末だ。
二度とそちらの要請に応じまいと決めましたけどね」
しゃあしゃあとライアナースは言い、ちくりと最後は皮肉を込めた。
「だいたいね、あの子は家にお金を入れるために仕事をしに来ているんです。
婿探しをしているわけじゃない」
ライアナースの声に若干怒りが滲む。
「奴らは、神聖な王宮執務を出会いの場と勘違いしているんですよ。
そうそう、そちらの騎士様……特にゴルマン伯爵令息」
ルシアンはギクリとした。
「随分とあの子に目をかけてくださっているようですが、時折業務妨害に等しい公開求婚などというど派手なことをするゆえ、今後自重してくださると助かりますがね」
さらりとライアナースはルシアンに釘を刺した。
「あはは、これは面目ない。
承知しました。
こちらも女のケツを追いかけている暇があれば、鍛錬に力を入れろと一喝しておきます」
ルシアンは済まなそうな顔を向けた。
「ええ、是非是非よろしくお願いします」
一転、にこやかにライアナースはハーブの香るティーカップに口をつけた。ルシアンもそれに倣う。
先日の捜査協力のお礼と情報収集の世間話で終わるつもりが、普段力有り余る騎士たちの異性に対する衝動行動を咎められるはめになるとは。
藪蛇だった。
参ったな、これは相当な狸だ。
「とはいえ、大変ですよね、軍部は熱血感溢れる若者ばかりですから。
おとなしく座っている文官とは性質が違う。
常に職務放棄や無用な喧嘩や争いをしないよう目を光らせなくてはいけないのですから」
ライアナースの皮肉めいた言い方に、ルシアンは苦笑した。
「ええ、そちらの聞き分けの良い文官官僚に比べ、うちは肉体的かつ精神的タフさ、打たれ強さ、忍耐力だけはピカ一なんですが、何度注意しても全然言うことを聞かない野郎も多くて、本当に頭が痛いです」
「ああ、なるほど。
こちらにも聞き分けがない者がおりますゆえ、お気持ち、分かりますよ。
お互い、問題児官僚には頭が痛いですね」
「まったくです」
互いに乾いた声で笑い合い、愛想笑いを浮かべ合う。
「すみません、つい話を少し脱線してしまいましたかね」
ライアナースがティーカップをテーブルに置く。
「いえいえ、とんでもありません」
ルシアンもティーカップを置いた。
「そうそう。
それでその後、イースティリア女官は変わりなく出仕してますよね?」
それとなく、ルシアンはローゼルの話題に戻す。
「はい、元気に毎日出仕してますよ」
にっこりライアナースは笑った。
「そうですか、よかったです。
令嬢なのに、かなり過激で緊張感漲らせるようなお願いばかりしてしまったので、心労やストレスで体調を崩していないか少し不安だったんですよ」
ルシアンはいけしゃあしゃあと心配しているふうな声を出した。
「そうですか。
それはそれは。
お気遣い痛み入ります」
ライアナースはにっこり笑って軽く頭を下げる。
「まあ、でも、彼女に限ってその心配はないでしょうね」
あっさりと言った。
「ほう、そう言います根拠は?」
「お気づきになったと思いますが、イースティリア女官はかなりの魔法の使い手です。
ですが、家庭の事情といいますか……。
魔法を後妻に禁止されているのです。
それでも、本人は魔法は好きみたいでして、久々に魔法を使ってそちらのお役に立てたと喜んでいたくらいですよ」
「禁止? それはなぜ?」
ルシアンは訝しんだ。
「ああ、ええとまあ、これは内密にしていただきたいのですが」
ライアナースはルシアンに身体を寄せ、少し声を潜める。
「彼女の継母は、いわゆる旧ナバロー王国の信念をそのまま貫き通すご生家で育ったようでしてね」
ナバロー王国。
アイルナバロー連合帝国が建国される約二百年前に存在した国だ。
男尊女卑が徹底され、女性は家に従い夫に尽くすことが絶対の義務。
奴隷制度や人身売買も日常的に行われ、王族は魔法を持たぬ代わりに呪術で魔法使いを縛る「呪術大国」。
だが、暗い歴史の支配のゆえに、呪術は禁術とされ、研究も実践も固く禁じられている。
「それは大変ですね。あれですよね。
魔法は悪魔の力とされ、男のみが王族との従属契約で使用を許される。
だが、女の使用は破廉恥とされ、邪悪な『魔女』扱いされるという」
「そうです、そのとおりです。
いわゆるアミラス教信者です」
ライアナースは語尾を強めた。
亡国ナバロー王国が信仰していたのがアミラス教であり、廃教となっている。
「数百年近く前の思想を未だに持ち続けている貴族がいるのは知っていましたが。
まさかイースティリア家の夫人がねぇ……」
ルシアンは冗談ではないかとライアナースを見るが、その目は真剣である。
「だから、あの子は魔法を使わないようしているそうですよ」
「もったいない。
まさに宝の持ち腐れですね」
ルシアンは心底思い、しみじみ呟いた。
「でしょ?
だいたい亡ナバロー王国がそういうくだらない魔法使い迫害の風習を作ったのは、魔法使いが生まれない血統だから。
王族の僻みです」
それを厭う魔法を使う各部族の長たちが数百年前に一斉に立ち上がり、建国したのがこのアイルナバロー連合帝国だ。
「魔法を禁止したのは、イースティリア女官の才能を僻んでいる後妻の当てつけです」
ライアナースは憤慨した。
ルシアンも痛切に同感するように頷いてみせた。
「ですが、不思議ですね。
魔法使いを代々生み出しているイースティリア家がそんな家柄と婚姻を結ぶなんて」
しみじみルシアンが言うと、ライアナースはぱっと目を輝かせる。
「ええ、私もそこがどうも腑に落ちないんですよ」
「イースティリア子爵は、タイプの違うウルーム伯爵と共同事業を行っていますしね」
「そうなんですよ。
イースティリア子爵の中で、我々には分からない何らかのお考えがあるのかもしれませんがね」
そう唸りつつ、ライアナースは眉間にしわを寄せた。
イースティリア子爵とウルーム伯爵。系統が異なる二人――。
やはり、誰の目から見てもあそこの関係は、アンバランスと映るようだ。
「それでですね、あれだけ彼女が魔法に詳しいとこちらも知ったからには、イースティリア女官の才能を生かして、魔法省とのパイプ役として今後活躍してもらおうと思ってます」
「ほう。それは名案ですね」
ルシアンはティーカップに手を伸ばす。
彼女ほど働ける人材はなかなかいない。
こっちが望んだ以上の成果を出す彼女が来てくれたら、さぞかし仕事が捗るだろう。
「彼女、いままでは経理や領土関係が専門でしたっけ?」
「そうです。
あの子は兄と父親の指導の元、簡単な領主執務を行った実務経験があるらしく、いろいろ煩雑な書類仕事にも慣れていてね。
飲み込みも早いことから、そっち方面ばかり任せておりました」
「それじゃあ、領主代行の執務ぐらいならお手の物でしょうか?」
「う~ん。
経験値がいささか不足してますが、何度か教え込んで実際やらせてみれば、彼女なら問題ないでしょうね」
「それは大したものですね」
ルシアンは素直に感嘆した。
「ええ、そうなんです。
出来が良すぎて、いろんなところから引き抜きの話も来て、ほとほと困ってるんですよ。
特に財税省のあそこの大臣。
いたく彼女の作った資料を気に入りましてね、是非自分の補佐官にと言うんですよ」
ライアナースは困ったように頭を掻く。
「ほう、財税省というとあのターラント卿がですか? 珍しい」
ルシアンのこめかみがピクリと動いた。
ふと、嫌な感じがした。
ニーズル・ターラント。ルシアンの元上官であり、その頭脳明晰さと明敏さで皇帝の信頼も厚い強面元軍師。
彼の冷徹無慈悲すぎるところに、反発心を抱くことが何度もあり、ルシアンはその名を耳にするだけで、苦々しく胸の奥を刺す。
あの時、自分はまだまだ青臭く、若かった。
この地位に就いて彼の鋭い聡慧さは凄まじかったのだと、改めて思い知らされる。
現在彼は、戦争により大きな怪我を負い、武官を続けることが困難となって財税省大臣へと転業した。
「財税省こそ、宝の持ち腐れですね。
私が彼女の上司ならそこは避けますね」
涼しい顔でルシアンは言った。
そもそも財税省は典型的な男社会だ。
どれだけ優秀でも官僚の花嫁候補としか見てもらえない。
才能溢れる彼女には向いていない。
とはいえ、元上司が気に入ったとあらば、話は別だ。
完全に囲われる。
彼のことだ、レオーネ・ウルームと彼女が婚約破棄したら、あそこの息子。
第4騎士団団長のノーラン・ターラントの嫁にする算段であろう。
いや、それならまだいい。
彼自身、夫人とは随分前に死別している。
ひょっとしたら、自分の後妻に添える可能性すらあり得る。
彼の亡き夫人も才女で小柄な可愛らしい女性。
ターラント侯爵家は経済的にも、政治的にも力がある。
その上、我が辺境伯領地よりも安全で好条件な嫁ぎ先だ――。
ルシアンは、怒りにも似た苛立ちを覚えた。
胃の中に、もやもやとどす黒いものが広がっていく。
「先日の皇族会議で、あれだけの仕事を彼女がこなしたんです。
どこも欲しいに決まってます。
うちの軍部も彼女を補佐官として迎え入れたいという声は高まっています。
彼女の異動先候補に軍部も入れて頂けると嬉しいですね」
ルシアンは、わざとらしく、にっこり笑った。
ライアナースの顔が一瞬歪んだ。
「いえいえ、軍部はさすがにあの子には荷が重いでしょう。
そもそも彼女は女官ゆえ、あまり目立つのも良くない」
「そこ、気にしますか?」
「そりゃあ、まだ嫁入り前の令嬢ですからね」
一瞬、腹を探り合うような空気が流れたが、ライアナースは一転朗らかな声を出す。
「かといってあの才能を無駄遣いするのも惜しい。
まあそういうことで、今後は魔法省からのよく分からん魔術式についての話とか法律とか、あの子を仲介して対応しようということになったんですよ。
魔法省も話の通じる者が連絡係だと助かりますでしょう?」
「ああ、なるほど。
双方の業務がさらに円滑になりますね」
「でしょう?」
ライアナースは得意気に笑った。
「ただここで問題なのは、彼女にどこまで頼ればいいか、重要案件となると厳しいかなと、少し悩んでます」
それとなくライアナースがルシアンの顔を探るような目つきで覗き見た。
まただ、腹の探り合うような落ち着かない雰囲気。
(これは、俺にアドバイスを求めているのかな)
「クレインバール卿は彼女の腕前をどうみましたか?」
痺れを切らしたライアナースが率直に尋ねた。
「そうですね……」
ルシアンは思わせぶりな態度で、お茶を飲む。
ジョージ・ライアナースも魔法は使えるが、そこまで魔力量は高くない。
せいぜい生活魔法レベルで、攻撃や守備魔法のこととなると厳しい。
その点、ローゼル・イースティリアは魔法感知や隠匿魔術を解除できるほどあり、とっくに生活魔法の域を越えている。
防御魔法も使えると言っていたから、攻撃魔法も鍛えれば使いこなせるだろう。
つまり彼自身、未知数のイースティリア女官の有り余る魔法能力をどう生かせばいいか困っている。
かといって手放す気はさらさらない。
それどころか『魔法省の高度な術式も法律も理解できる天才』を法務省の所属として間に挟めば、今後、法務省は魔法省に対して圧倒的な発言権と主導権を握ることができる。
使い道に困りつつも、この巨大な政治的利権を手放す気はさらさらないというわけか。
(本当、とんだ狸だな)
かといってここで、彼女の能力を過小評価しても、ターラント卿に目を付けられている今、そっち側に引っ張られる。
ますます調査もしにくくなる――。
ここは無難な回答と、今後の調査協力の打診で手を打とうか。
「彼女の場合、高等魔術レベルまでの仕事なら問題ないと思いましたね。
実際彼女が魔法を使っているのを見たことないので、先日皇族会議で話した程度の俺独自の所感になりますけどね。
あまり参考にならず申し訳ございません」
のらりくらりとルシアンは言葉を濁した。
それでもライアナースは目を輝かせた。
「いやいや、貴族随一の魔力量を持つ軍師閣下が言うのであれば間違いないでしょう。
そうか、それは都合がいい。
むしろ、あの子自身の知識もそのまま生かせるし、愛想が悪いなんて言った連中に一泡吹かせてやれます」
よっぽど自分のお気に入りにケチが付いたのが腹立たしかったようだ。
「そうですね」
ルシアンは、クスッと笑った。
そして、鋭くなった目でライアナースを見据える。
「ただ一つ懸念点があります。
魔法使いというのは、自由に魔法を使いたがるものです。
魔法に関する法律となると、その魔法使いを規制するルールになります。
イースティリア女官がそれを嫌がるようであれば、むしろ魔法を使う業務の多い魔法省異動の方が彼女の才能を無駄にすることはありませんよ」
「ああ、やはり、そうですよね……」
ライアナースはカリカリと頭を掻く。
「まあ、どこに重きを置くかになりますが、一度彼女に確認した方がいいでしょう。
もちろん、魔法分野でしたらいつでも私も相談に乗りますよ。
領地関係の法律に関しても次期辺境伯として精通しておりますので、何なりとお申し付けください。
協力は惜しみません」
ルシアンは鷹揚に笑って見せた。
ライアナースの顔が強張った。
だが、次の瞬間、声を上げて笑い飛ばした。
「あはは、これはありがたいお申し出。
ですが、あの子はクレームを貰ってしまうほど愛想がございません。
イースティリア女官は、あれくらいの仏頂面がちょうどいいんですよ。
穏やかに仕事ができますからね。
令嬢に大人気な軍師閣下が直接かかわるとなれば、余計な火の粉が降りかかりましょうぞ」
ルシアンは、ライアナースの眼光が鋭くなったことを察知する。
気取られたか。
彼女に愛想がない、女性らしくないといえばそうかもしれない。
女性特有の虚栄に満ちた会話をしないようだし、業務中、余計なことも言わず、素直に物事を話すタイプ。
(逆に、俺にはそれが好ましいと思ったんだけどな)
やはり一筋縄ではいかないタヌキだ。
ここで牽制されるとは。
「大人気なんて、とんでもない。
未だ嫁候補にも巡り合えない不肖の身ですよ」
ルシアンはサッと、年相応の外面のいい笑顔を浮かべた。
人気といっても、辺境伯領地にはやって来ない、見た目ばかり気にする非魔法使いの令嬢たちばかり。嫁候補には至らない。
だが、ローゼルは、総帥の言う通り、婚約者の存在を除けば、ルシアンが掲げる嫁候補の条件にぴったりな存在だ。
ふと、ライアナースがお茶を飲みながら、じっとルシアンを観察する視線に気づく。
ルシアンは艶然と微笑んだ。
いや、違うか。
軍部が法務省の管轄にまで首を突っ込んできているという露骨な侵食に映っただけか。
(ライアナース卿は黙っていれば、味のある渋い中年貴族、だが、喋り出せばタヌキ)
気を付けねば、うっかり足元を掬われる。




