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カァーム・ビュラクラト ―社畜女官ローゼルの婚約破棄奮闘録― 私は何も望まない  作者: 兎丸 蓮


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第19話 辺境伯の求婚事情と、泥臭い人間の感情

「んまあ、いろいろお疲れちゃん。とはいえ、お前らは一体何をやっとった? 

 随分とお粗末な失態ばかりだな」


 軍部最高峰の権力者 総帥ハウルデュース公爵閣下が、執務用の机にどんと脚を載せ、椅子に盛大にもたれかかる。


 その手には、ルシアンとアランが書き終えたばかりの報告書。


 強面のスキンヘッド、頑強な体躯、顎髭を生やした桁違いの魔力を持った中年のオヤジ。

 迫りくる眼圧。途方もない桁違いの魔力。


 この豪快さをルシアンはすでに馴れたが、アランはまだ戦々恐々としているのか、心なしか顔が強張っている。


「お粗末でも協力者の手助けも相まって、被害なし。

 死傷者ゼロ。

 事なきを得ました。

 それ以外に何をお求めで? 

 賊の自害は始末書を書きましたけど、あれは不可抗力ですよ」


 ルシアンは挑みかかるように総帥を睨み返す。


「協力者ねえ……」


 総帥は、報告書を読み進めながら、髪のない頭を撫でる。


「まあ、いい。

 で、結局のところ、お前らは今回の騒動で何の教訓を得た? 

 今後の課題は?」


「そうですね。我々軍部の課題は、日々の鍛錬メニューを追加ですね。

 あとは、上層部から総務省に正式に苦情(クレーム)を入れていただければ、何も問題ありません」


 悠然とルシアンは顎を撫でながら、にっこり笑った。


「……アランは?」


 ぎろりと総帥から視線を向けられたアランは、一瞬びくっと震えた。


「は、はい。私も同意見です」


 アランの声が少し上擦った。


「ほう、同意見。

 では、鍛錬メニューの追加というが、例えばどんなことをすればいいんだ?」


「えっと、今回の協力者であるイースティリア女官の観察眼と魔力感知能力値には驚かされました。

 魔法陣を破壊した王宮魔術師によりますと、隠匿魔術について、あれはいくら魔力感知が鋭くても普通は気づかない厄介なものだったそうです。

 相当鍛錬しないと見つけられない難物だとか。

 それを女官の彼女が見つけました」


「ああ、そうだったな。

 軍部は巡回騎士含め、誰一人見つけられんかったな」


 皮肉めいた総帥の声。

 アランは一瞬気圧されるが、負けまいと毅然と言い切る。


「はい。なので、魔法騎士の魔術再教育は必須。

 一介の女官があそこまで出来るのであれば、魔法騎士はさらに出来ないと示しがつきません。

 特に皇帝陛下の家族を護衛する第1騎士団。

 いつまで経っても王宮魔術師頼りでは、魔法騎士団の名折れになってしまいます」


「なるほどなぁ」


 総帥は何度も頷いた。ルシアンは机の上にある報告書の『今後の課題』の欄を指差す。


「この際ですから、徹底的に鍛え直し、難易度の高い魔術式を王宮魔術師頼みになっている現場を打破したいところ。

 同時に、武官の地位向上も目標に掲げます」


 ルシアンが補助する形で言葉を添える。

 今回のように武官を足蹴にしたような文官に仕切られては、いざとなった時、護衛任務を全うできない。


「あい、わかった。」


 総帥は合点がいったとばかりに、自分の額をわざとらしく手で叩いた。


「んじゃあ、その辺は各騎士団長と話を詰めてくれ」


「承知しました」


「武官地位向上については、陛下と宰相混じえ、話をしておこうとは思っとる。

 だが、軍部が動いたことで特段被害はなかった。

 総務大臣はグロウディーナ公爵家の腰巾着だ。

 せいぜい、減俸処分。

 うまくいっても左遷、更迭程度だ。

 これ以上の処罰は難しいと思う」


 アランから醸し出す空気が、一瞬ビリっとする。


 アランの実家リックランス公爵家と、総務大臣ビアード伯爵家は代々不仲だ。

 あのままテロが遂行されていれば、団長のアランは間違いなく処罰対象になり、アランの父親現魔法省大臣にも累が及ぶ可能性があった。


 そうなると、国の勢力図が一気に変わり、均衡が崩れる。

 ひょっとしたら、ビアード伯爵はリックランス家の失脚を狙っていたのかもしれない――。


「致し方ありません」


 アランは首筋を撫でるように触って、ため息をついた。


「それでも甘い処分だと思いますが、とりあえず、何事も未然に防いで何よりです」


 吹っ切れた顔つきで、アランは曖昧に微笑んだ。

 さすが、公爵家の息子。

 感情ではなく理性で抑え込んだ。


 総帥はアランに感心しつつ、次に鋭い眼光をルシアンに向けた。


「ルシアン。念のため、今回皇族会議に参加していない貴族をリスト化して確認しておけよ。

 あんなふうにすんなり城に侵入できたのは、総務大臣の警護案だけに問題があったわけではないだろうに。

 手引きした者が必ずいるはずだ」


「はい。同感です。

 なので、すでに第2騎士団を中心にリスト作成に着手しております」


 ルシアンが涼しい顔で続ける。


「あと、外部防音防魔感知の結界なんて最先端な魔法を使った奴も調査中です。

 なぜ、軍部にも連絡が来なかった魔法をそいつが知っているのか、いささか腑に落ちませんからね」


「相変わらず仕事が早い男だな」


 総帥は苦笑し、ルシアンは艶然と微笑んだ。


「お褒めにあずかり光栄です」


「で、今回の功労者のイースティリア女官ちゃんの結界情報元は、祖父のジル・エグアルムからだっけか?」


 総帥が足を下ろし、ぐっと身を乗り出した。


「はい、そのようです」


「まさかあの偏屈爺さんの孫娘とはな。

 ったく、あの爺さんは本当に自由気ままだからなあ。

 困ったもんだ。

 異国で発表された新型結界の論文を国に報告せずに、孫娘で完結するとは」


 面倒臭そうに呟いた総帥は、また毛のない頭をさする。


「仕方ありませんよ、西方の永世中立国に籍を置く名誉教授サマですからね。

 彼は特別な位置にいるんです」


 ルシアンは肩をすくめた。


 ローゼルの祖父ジル・エグアルムは、世界的にも有名な偉大な魔法使い。

 つまり、自由に世界各国の論文を手に入れられる地位にある。


 義息子や孫たちは国に忠義を尽くしているというのに、彼自身は筋金入りの反権力主義者だ。

 そもそも彼は国に大人しく従うつもりはない。


「厳密に言えばあの爺さんだってこの国の貴族。

 最低限の役目を全うして欲しいもんだ」


「それは難しいでしょうね。

 そこを杓子定規で罰すれば、あの御仁のことです。

 今後一切協力しなくなります」


 彼の破天荒な性格を考慮すると、この国を平然と捨てる可能性も否定できない。


 そのため皇族とは個別に『有事には協力する』という約束を結んでいる。

 義息子が忠誠心厚いイースティリア家を担保することで、ある程度の自由が保証されているというわけだ。


「まあな。

 国としても一時的な利益のために貴重な人材を手放すのは惜しい」


 総帥は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


(これはきっと総帥の若かりし頃、そうとうジル・エグアルムにしごかれた経験があるな)


 ルシアンがそう推察していると、総帥がじろっとルシアンを見た。


「ルシアン、このままイースティリア女官と仲良くしておけよ」


「え?」


 突拍子のない発言にルシアンはぽかんとした。


「どうやら今回の彼女の活躍に国からも、それなりの報奨金を出そうという動きがあるみたいだ」


「報奨金、へえ、すごいですね」


 ルシアンは抑揚なく相槌を打った。


「皇帝陛下がたいそう彼女を褒めていたぞ。

『さすがイースティリア家の娘だ』と」


 総帥は冷笑を浮かべた。


「陛下は本当イースティリア家贔屓ですね」


 ルシアンとアランは目配せし合い、苦笑いを浮かべた。


「まあ、今回のは、さすがの宰相も彼女の行動力に、脱帽している感じだったな」


 総帥は机から脚を下ろし、椅子に腰かけ直した。


「そりゃあそうでしょうね。

 偉そうにふんぞり返っている大貴族も大臣も、ましてや俺たち軍部の誰も気づかなかったんです。

 あの子がテロを未然に防いだと言っても過言じゃないですよ。

 その功労は大きく蔑ろにされるべきではないです」


 ルシアンは肩をすくめた。


「それはそうだ。

 公然と表彰できないのが残念だな」


「ですね」


 とはいえ、いくら内々的に処置した公然の秘密と言いながらも、いずれどこからか話は漏れ出るだろう。


「イースティリア女官が最初に見つけた三か所の魔法陣は、あらかじめあの子が隠匿魔術を解除していたらしいぞ。

 あれには上層部全員が驚いたな」


 総帥は頭を撫でながら、ニヤニヤし出す。


「はい。そうです。

 あれは簡単にできることではありません」


 アランの声が徐々に落ち着きを取り戻していった。


「解除?」


 思わずルシアンが口を挟んだ。


「はい、そうですよ。

 あれ? 俺、報告してませんでした?」


 アランはきょとんとした。


「ああ、初耳だ」


 ルシアンの脳裏に身を縮こまらせている小柄なローゼルが横切る。


(隠匿魔術がかけられているのを見抜いたと言っていたが、あの子が解除した?)


 ひょっとして、隠匿魔法は解けたが魔法陣そのものは解けなかった。とあの時、言っていたのか? 

 彼女はかなり緊張してぎこちなかった。

 それだけ俺が怯えさせてしまったのかもしれない。


 今までどんな令嬢に嫌われてもさして気にすることはなかった。

 殺意を持たれても一向に構わない。

 むしろ、騎士なのだから自分の大切な人を守れるのであれば、牙を剥けばいくらでも刃を抜く。


 けど、あの子は、嫌われたくない――。


「つまり、王宮魔術師がすんなり最初見つけた三か所は破壊できたと言ってたのは、そのお陰かというのか」


 総帥は椅子の手摺に頬杖をついた。


「はい。そうです」


 アランが頷く。


「ガハハ! 

 それはますますイースティリア女官ちゃんにアッパレだ」


 豪快に総帥は笑った。


「あの子は、女官やってるよりも巷で魔術師やっている方が、よっぽど向いてるんじゃないかねえ。

 どこぞの胡散臭い伯爵家の嫁にはもったいないよなあ、ルシアン」


 含蓄ある眼差しで、口角を上げて総帥が問う。

 一瞬、腹を探り合うような剣呑な空気が流れる。


「あはは、そうですねぇ」


 ルシアンは乾いた声で笑い飛ばし、冷ややかに肩をすくめた。

 総帥の言わんとしているニュアンスは伝わった。確かに、もったいない。


 彼女ならさぞかし領民に好かれる伯爵夫人になれるだろう。

 けれど、あれほど才能ある女性が胡散臭いウルーム伯爵家に嫁ぐ。


 それが好ましいとは思えない――。


 だからといって、「仲良くしておけ」とはどういうことだろう。


 総帥は彼女の婚約者の一門ウルーム伯爵家を露骨に敵対視している。

 この機会にあの伯爵家を探るまたとないチャンスということか?


 だが、敵対家門に繋がる令嬢と接点を持てというのは少々危険すぎるのではないだろうか。


 そう思うのに、ルシアンは、なぜか気持ちが高揚するのを感じた。

 彼女の姿は、想像以上に奥の深いところに焼き付いている。


(俺も焼きが回ったか……)

 

「ウルーム伯爵領地の件にしても、婚約者のイースティリア女官の存在は無視できない」


 総帥が呟く。


「一応な、疑り深い儂だからな、意地悪く彼女を疑ったりもした」


「え? 疑う?」


 アランが驚いた声を上げた。


「ああ。ほら、アラン、考えてもみろ。

 女官になれるほどの才女で、法務省官吏として魔法も嗜んでいる。

 もしかしたら婚約者と仲が悪いフリをして周囲を欺き、裏で悪事に加担するかもしれないんだぞ。

 もしそうなら相当厄介な相手になる」


「確かにそうですけど」


「法律の穴をかいくぐって、いくらでも悪さし放題できる、ってね。

 いろいろタイミングが良すぎたから、儂は今回の騒動も一枚噛んでいるのではないかと睨んどった」


 言い切る総帥の言葉に、ルシアンの身体が一瞬強張った。

 まさか、総帥も俺と同じ疑惑を抱えていたとは。


「なあ、ルシアン。

 どうせお前も同じように疑ってたんじゃないのか?」


 容赦なく総帥がルシアンを視線で貫いた。


 見透かされていたか。


 ルシアンが苦笑すると、アランが不安そうにこちらを見る。


 総帥はふうとため息をつき、腕を組む。


「だが、まあ、ありゃあ、本人はシロだな」


「その根拠は?」

 

 ルシアンは間髪入れず尋ねた。


「あの子の上官のライアナースだ。

 あの法曹一家は、胡乱な輩を何が何でも部下にはせん。

 それ以外の要因、つまり、あの子を取り巻く環境だ」


「環境、ですか……」


 ルシアンは、どこかほっとしたような声が出た。


「ルシアン、お前の嫁探しの条件は、魔法使いだったな」


 唐突な総帥の台詞にルシアンは目をぱちくりさせた。一体何を言おうとしているのか。


「はあ、そうですが?」


 皆目見当がつかず、生返事をする。


 クレインバール辺境伯領地――国境に近く、魔物が蔓延る死地。


 敵国の攻撃も受けやすく、領主の妻となれば、魔物を退ける強さは必須。

 嫡男として、ある程度の魔法が使える令嬢を嫁に迎えなければならない。


 総帥は 勝ち誇ったようにニヤニヤ笑う。


「あのイースティリア女官ちゃんは、少々鍛えればかなり腕の立つ魔法使いになるぞ」


「はい?」


「お前、ここらで仲良くなって真剣に口説いてこい」


「は?」


 キラリと、総帥の眼光の奥が光り、口角がニッと釣り上がった。

 この表情。

 悪ガキが何かよからぬ悪戯を企んだ時と同じ顔つきだ。


 何年も彼の部下であるルシアンは、嫌な予感がした。


「あの子、お前のもろタイプだろ?」


「な……っ! 何を言っているんですか?」


 ルシアンはカッと身体が熱くなった。


「エヴァンから聞いたぞ、お前が初対面の女性に手を伸ばして頭を撫でていたってな」


「っ……!?」


 ルシアンは言葉を失う。

 ますます自分の耳まで赤くなるのを感じた。


(くそぉっ! 

 エヴァンの奴、余計なことを総帥に吹き込みやがって!!)


 ちらっとルシアンがアランを見ると、アランも何度も大きく頷く。

 しかも口元が緩んでいる。


「儂も話を聞いて思ったんだ。

 淑女としての嗜みも教養もあって、領主代行で領地運営のできる才女。

 ついでに小柄で華奢な小動物系美女。

 まさに彼女はお前の理想の嫁さんだ」


「だから仲良くしておけと? 

 今、それ関係ないですよね?」


 ルシアンは憮然とした。

 完全にこの上官は、この状況を面白がっている。


「いやいや、関係なくないことないぞ」


 チッチッと総帥は、楽しそうに人差し指を振った。


「四年前にお見合い話を断って以来、お前は全然女っ気がないじゃないか。

 お前自身であの子の身辺調査をするついでに、口説いてこいや」


「ますます意味が分かりません」


「硬いなぁ。

 このまま女官なんてやっていたら、せっかくの才能の魔法も使わないで、あの伯爵家の嫁になっちまうだろ?」


「俺に横恋慕しろっていうんですか?」


「おう、横恋慕、上等じゃないか。お前の理想の嫁はすぐそこにいるぞ。

 ウルーム伯爵家の鼻を明かして強奪してくるくらいの気概を見せてみろ」


 おいおい、何を言っているんだ、この御仁は。


 もともと突拍子のない男だったが、ますます意味が分からない。

 騎士としても、貴族令息としても横恋慕とは、いささか歪んでいる。


「総帥。悪ふざけもいい加減にしてください」


 ルシアンが凄みのある表情を浮かべるも、総帥は飄々(ひょうひょう)と笑う。


「儂、本気だけど?」


「いいですか、冷静に考えてください。婚約者のいない俺が、婚約者がいる令嬢と懇意になるのはいささか外聞が悪すぎますよ。そもそも彼女だって俺に付きまとわれたら迷惑でしょ」


 ルシアンはピシャリと断言した。

 男ならまだしも、女性が浮名を流すのは良くない。


「ああ、その辺は大丈夫だろ。彼女にはとんでもない悪評がいまだ蔓延しとる。

 共に働く官僚たちはそれが嘘だと知っとるが、一般貴族たちはまだあの噂に踊らされてる。

 多少別の男が口説いたところで状況は変わらんさ」


 総帥は他人事のように言い、手をひらひらさせる。


(悪評ね……)


 今世紀最大の悪女――。

 婚約者を束縛し、彼に近寄る女たちを執念深く追い回す恐ろしい嫉妬深い女。


「愚息の情報によると、悪評を吹き飛ばすほどの謙虚で気遣いのできる器量よしのおなごなんだとか」


 愚息。総帥の息子レイノルド・ハウルデュース。

 現在軍部上層部書記官で、今アランからの特命によりそのウルーム伯爵領地に出張中で不在だが、ローゼルとは、同時期に入省した同期仲間。


 猜疑心の強いレイノルドがそう評価するのだから、きっとそうなんだろう。

 昨日の話した感じだと、お世辞でも「悪女」とは言い難い令嬢だ。


「そういえば」


 さり気なくアランが思いついたように声を上げる。


「そろそろ皇太子殿下の定例のご帰還時期でしたね」


「そうか、もうそんな時期か」


 総帥はますますしたり顔になった。


「また殿下からお見合い相手を仲介されるんじゃないのか?」


「ああ、そうかもしれませんね」


 総帥とアランが笑顔で迫り、ルシアンは露骨に顔を歪めた。


 クレインバール辺境伯領地は、国の要所。

 次期辺境伯爵に婚約者がいないのは一大事と、皇族たちはこぞってルシアンにあの手この手を使って縁談話を持ってくる。


 留学に出ている皇太子は、数か月ごとに帰国して国務をこなす。

 そのたびに彼は「おすすめの令嬢」を紹介してくる。


 だが、どれも大貴族のしがらみや散財癖を抱えた、皇太子妃候補から外れた女性ばかり。

「テメーのお下がりなんて真っ平ごめんだ」と内心叫びつつ、毎度丁重にお断りをしている。


 少しでも次期辺境伯に恩を売りたいのだろうが、正直ありがた迷惑というもの。


「まあ、あれだ。

 一向に伴侶を連れてこないサリッド殿が業を煮やし、また自分が目星をつけた令嬢宛てに、息子のルシアン本人の許可なく勝手に見合い話をもちかけるぞ」


 総帥の口元が緩んで、意地悪く微笑んでいる。

 ルシアンの顔は引きつるばかりだ。


 一時期、父サリッドは、本格的に動いてルシアンの見合いを画策していた。

 だが、本気の嫌悪と嘘を混ぜ合わせたような断り文句ばかりでいい返事をもらったことがない。


 やはり”死地”と呼ばれ辺境伯領地への移住は、ふつうの親なら敬遠する。

「王都でのハウスタウン暮らしなら承る」なんて調子のいいことを寄越す者もいるが、それでは保守的なあの領民には受け入れられない。


 それどころか、娘の親が無理に婚約させようとすれば、死地への移住を毛嫌いした令嬢に、本気の駆け落ちをされて逃げられたことすらある。


(まるで生贄探しのようだなぁ)


 最近も父から催促を受けた。「早く嫁と孫の顔を見せて欲しい」とうるさい。


「嫁探しは懲り懲りなんですよ」


 ルシアンはため息交じりに言う。


「もうこの際、独身を貫き、遠縁の息子を養子として迎え入れようかと真剣に考えているぐらいです。

 放っておいてください」


 冷ややかなルシアンに、総帥とアランが同時に複雑そうな顔をする。


「まったく、糞つまんねぇ男だなぁ。ルシアン」


 総帥が口を尖らせた。


「つまらんくて結構」


「まったく。

 お前には人間力がないんだよ。

 もう少し泥臭い人間の感情を知った方がいい」


「泥……?」


 ルシアンは首を捻った。

 そこまで女を口説き落とすことが大事なのだろうか?


「お前は騎士としても軍師としても優秀だ。

 けどな、お前は他人を拒絶しているんだよ。

 どこか斜に構え、人を見下ろしている。


 今後起きるかもしれない戦争のとき、そんな将軍に誰がついてくるんだ? 

 お前には吸引力が全然ないんだ。

 魔力がなければ、これっぽちもパワーが感じられないんだよ」


「それとこれと関係ないのではないでしょうか?」


 ルシアンは平然を装いながらも、内心ムッとした。


「関係あるね」


 総帥は椅子に座り直し、両指を組み机に肘をついてルシアンを見据える。


「お前の足りないのは、まさに人間臭さだよ。

 この国に大事だと思う女、誰一人もいないんだろ? 

 とんだ欺瞞に満ちた正義と忠誠心だ。偽善者も甚だしい。


 家族がいる、愛する人がいる。

 だからこそ、この国を何が何でも守ろうとするんだ」


 ルシアンは唇を一文字に結ぶ。


 欺瞞、偽善。今までしっかり騎士としての矜持を守って命懸けで闘ってきたつもりだ。

 それなのに、そんな言葉で片づけられるなんて屈辱的だった。


 こめかみが熱くなった。


「まあ、とにもかくにも、今回の皇族会議のテロ未遂事件については、今後も第2騎士団主体で探ってくれ」


 改まった声で総帥がルシアンとアランを見た。


「承知しました」


「んで、ルシアンはウルーム伯爵領地の調査は引き続き頼む。

 ちゃ~んと、イースティリア家とウルーム伯爵家との結びつきの調査をしておけよ。

 あそこが一番納得いかなくて、かつ厄介なんだ」


「俺がですか?」


「ああ、お前だ。

 それであの女官ちゃんを口説いてこい」


 総帥の有無を言わせぬ圧に、ルシアンは苛立ちとなんともいえない嫌な心地になった。


(この御仁は何が何でもローゼル・イースティリアと俺をくっつけたいらしいな)


 ルシアンは短く返事をした。


「かしこまりました」

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